| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

8部分:第八章


第八章

 酒は瞬く間に飲み干された。二人は少し赤い顔になっていた。
「まだ。飲めるかしら」
「勿論ですよ」
 速水は沙耶香に言葉を返した。二人は口元だけで笑い合っていた。
「ですが。一つお話したいことがあります」
「何かしら」
「この屋敷にいる人達ですよ。把握しておられますか?」
「いえ、まだよ」 
 沙耶香は素直に答えた。
「屋敷に案内してくれたあの男の人とあの方。そして」
「貴女と褥を共にされたあの少女」
「今わかっているのは三人だけね。けれどそれだけじゃないわよね」
「はい。家にはまだ何人かおられますよ」
「何人も」
「ええ。メイドの方が何人か、他にもね。女性の方が多いようですね」
「それはいいことね」
「おやおや、まだ味わい足りないのですか」
「味わうものは一つだけとは限らないわ」
 沙耶香は言う。
「一つのものを一度だけ味わうのは私の主義じゃないわ」
「多くのものを何度でも、ですね」
「そうよ、それはわかってくれてるわね」
「はい。まあそれはいいです」
 速水はそれには構わなかった。沙耶香の嗜好はよくわかっていたからだ。
「名簿、御覧になられますか」
「あるのね」
「はい、こちらに」
 彼が腕を掲げると隠されている顔の左半分の目の部分が黄金色に光った。その光が手の平に当てられるとそこに一冊のファイルが現われた。
「どうぞ」
「有り難う」
 沙耶香はそのファイルを受け取った。それを開いて中を見る。
 中には何枚かの写真と多くのデータがあった。その中にはあの男のものもあった。
「あの人は野島さんというのね」
「そうです、そこに載っていますね」
「野島栄一、覚えておくわ」
「他にも」
「結構多いわね」
 沙耶香はファイルを見続けながら言った。
「思ったよりも」
「そうですね。私もこれ程大勢の方がおられるとは思っていませんでした」
 速水も答えた。
「意外と多いものです」
「何人かは住み込みなのね」
 それもデータに書かれていた。
「ええ、そのようですね」
「待遇はかなりいいのね」
「あの方は気前のいい方ですからね。当然でしょう」
「そうね。それにしても」
「可愛い女の子が多いと」
「ええ」
 沙耶香の笑みが妖艶なものとなった。
「嬉しいわね、何かと」
「またそれですか。お好きなことで」
「今回もまた。仕事の合間には困らないわね」
「いい加減私に振り向いてもらいたいものですが」
「それは何時かね。それじゃあ今日はこれまでで」 
 そう言ってファイルを速水に返した。それから席を立った。
「どちらへ?」
「寝る前に。身体を清めておきたいの」
「御風呂ですか」
「そうよ。貴方はどうするの?」
「御一緒に。と言いたいところですがそれはいささか露骨ですね」
「分かれているそうよ」
「まあそうでしょう。それに私はもう入りましたし」
「じゃあ私は行くわ」
「どうぞ、では私もこれで」
 速水も席を立った。そして自室に戻る。そして沙耶香も風呂場へと向かった。部屋には一時誰もいなくなったがやがて沙耶香が戻った。彼女は下着だけになりベッドの中に入った。灯りを消し眠りに入ったのであった。
 次の朝目覚めるとすぐにベルを鳴らした。昨夜のメイドが部屋にやって来た。
「おはよう」
「おはようございます」
 沙耶香が笑いかけると彼女は頬を赤らめさせた。昨夜のことを思い出したのであった。
「昨日はよく眠れたかしら」
「は、はい」
 沙耶香の言葉に戸惑いながら答える。沙耶香はそうした少女の様子を見ておかしそうに笑いながらベッドから出た。黒いブラにショーツであった。
「服は自分で着るから」
「はい」
 沙耶香の言葉に頷く。彼女は自分で言った通りベッドから出て服を着はじめた。白いカッターに赤いネクタイ、そして黒いスーツであった。髪は指をパチンと鳴らすと上にあがった。そしてそこで纏まったのであった。
「他の身支度は後でするとして」
「ご朝食ですか?」
「そうよ。今朝は何かしら」
「ソーセージとハム、チーズ、それにトーストです」
「トーストね」
「御飲み物はミルクですが。如何でしょうか」
「いいわね。私の好きなものばかりよ」
 沙耶香は全部聞いたところで目を細めさせた。そしてテーブルに着いた。
「では頂こうかしら」
 スーツの上にナプキンをしながら少女に言った。
「そのトーストをね」
「付けるのは何に致しますか?」
「何があるのかしら」
「色々ございます。ジャムにマーマレード、バターにマーガリン。ジャムにはストロベリーにオレンジ、それとブルーベリーとメロンがございます」
「豪勢ね」
「それにローズ」
「薔薇ね」
 薔薇と聞いて沙耶香の目がまた細まった。
「薔薇のジャムとは洒落てるわね」
「薔薇は食べられますので」
「ええ、それは知っているわ」
 沙耶香は少女の言葉に応えた。テーブルの上に右の肘をついてその手の甲に形のよいそのあごを乗せていた。
「ローマ帝国の頃からね。食べられていたわ」
「そうだったのですか」
「何時から食べられていたのかは知らなかったのかしら」
「申し訳ありませんが」
 少女は俯いて答えた。
「いいわ、それはまた教えてあげる」
 沙耶香はそれを聞いてこう返した。
「後で。二人っきりでね」
「二人っきりで」
「嫌なのかしら」
「い、いえ」
 それをまた顔を赤くして首を横に振って否定する。だがそれは拒む態度ではなかった。
「もし宜しければ」
 顔を赤くさせ、視線を横にやって述べた。
「お願いできますか?」
「ええ、わかったわ」
 その言葉を聞いてまた妖艶に笑った。あの時の笑みであった。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧