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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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7部分:第七章


第七章

「舞いなさい、カード達よ」
 彼はカードに対して言う。
「そして我が問いに答えるのです。これから私達が出会うことは何か」
「私達、ね」
「ええ」
 速水は沙耶香の言葉に笑った。整った微笑であった。
「今回は協同作戦ですからね」
「そうね。幸か不幸か」
「私にとっては幸ですが」
「じゃあ私は。どうなのかしらね」
 そんな話をしているうちにカードの動きは止まり十枚のカードがテーブルに舞い降りた。そこにはケルト十字の占いが為されていた。タロットにおいてオーソドックスなものの一つである。
「まずは一枚目ですね」
「私達がどういった状態にあるか」
「恋人、と出て欲しいところですが」
「それだと話が違ってくるわよ」
「そうした状況で占っているのではないのが残念ですね」
 そんな話をしながらカードを裏返す。出て来たのは運命の輪であった。
「ふむ」
 速水はそれを見てまずは考える顔になった。口に手を当てていた。
「今から大きく動きそうですね」
 運命の輪は絵からもわかる通りその運命の進展を表す。正しいものであれば好転を、逆であれば暗転をだ。もっともそれ以外に全てのはじまりを感じることもある。速水はこの時ははじまりを感じていた。
「二枚目は」
「キーカードね」
 沙耶香は二枚目がめくられるのを見て言った。そこにはこの件に関しての糸口が示される。それは教皇であった。
「五番目のカード」
 教皇はタロットのナンバーでは五枚目なのである。彼はそれを言ったのである。
「そして学識ですか」
「キーになるのはそれ、ね」
「はい。三枚目は私達がどうしたいのか」
「それはわかっているわね」
「ええ。それは」
 星であった。希望、即ちこの件の解決である。
「しかし隠された方向性は」
 それは四枚目に現わされる。そこにあるのは月であった。不安や焦燥といったぼんやりとした不吉なものを表わす。あまりいいカードではない。
「この件。まさか」
「次は?五枚目ね」
 沙耶香はそれに構わず次を裏返させた。そこに出ていたのは恋人の逆であった。浮気や別離、そういった実らないものを表わす。
「これはまた妙な」
 速水はそれを見てまた考え込んだ。
「はじまったばかりだというのに」
「どういうことかしら」
 これには沙耶香も首を傾げさせていた。ベッドの中で怪訝そうな顔をする。
「ここまでになるのに何か実らないものでもあったのかしら」
「そして。それを実らせる為に」
「ということなのかしら」
「何か読めませんね」
 速水も彼女と同じく首を傾げさせた。
「これは。どういったものか」
「そうね。けれど次お願いするわ」
「わかりました」
 六枚目はどういうふうになるか。未来の流れである。それは塔の逆であった。破滅、窮地といった最悪の意味である。塔のカードは正でも逆でも意味はさして変わらない。最悪のカードである。
「前途は多難みたいね」
「ですね。それはわかります。そして今私達が置かれているのは」
 またしても逆であった。世界の逆。既存のことが成り立たなくなるか、袋小路に入る。やはりいい意味のカードではない。世界は本来は非常に素晴らしいカードなのだが逆になるとこうなるのだ。
「やはり。厄介な話みたいですね。では周りの状況は」
 それが八枚目である。今度は悪魔であった。
「・・・・・・これは直接感じました」
 速水はカードを見て言った。
「今回の件は魔性ですね」
「やっぱりそうなるのね」
 それは沙耶香も感じる。そもそもそうでなければ二人が呼ばれる筈もないのだから。
「では解決出来るのか」
 九枚目、そこにあったのはまたしても逆のカードであった。十三番目のカード、死神であった。これは実は悪いカードではない。正ならば復活、逆ならば再生である。
「発想の転換をしてみろ、ですかね」
「そうみたいね」
「ただ、どうにも教皇と関係がありそうですね」
 速水はこれも感覚で感じていた。
「二番目のカードと」
「はい。五、ですか」
 彼はそれを頭に留めることにした。そして遂に最後のカードを裏返す。そこにあったのは隠者であった。静かな、表に表われるものではない知性を表わす。カードはそれで終わりであった。
「最後にはちょっと以外ですね」
「隠者の正。どうなるのかしらね」
「ま、悪いカードではなくて何よりです」
 まずはそれに安堵した。
「ただ。厄介な話にはなりますね」
「そうね。それでも」
 沙耶香はベッドから起き上がった。起き上がりながら指を鳴らすとそれで服がその身に纏われた。あの漆黒のスーツであった。ネクタイはやはり赤であった。
「魔法ですか」
「下着もちゃんと着けているわよ」
「そんなものなくともいいですのに」
「何度も言ってるでしょ。まだ貴方には何も感じないのよ」
「私に魅力がないと」
「それは違うわね。貴方には充分な魅力があるわ」
 ベッドから出ながら言う。それは認めていた。
「けれど」
「けれど?」
「それだけでは駄目なのよ。私が人を好きになるのにはね」
「複雑な方です」
 速水はその言葉を聞いてうっすらと笑った。
「数多の少女や美女達は味わうというのに」
「味わうのと愛するのは別よ」
 それが沙耶香の返事であった。
「また違うわ。貴方ならわかるでしょう?」
「確かに。それでは今はまだ、ということで」
「ええ。ところでお酒がまだあるけれど」
「お酒ですか」
「メイドさんがね。持って来てくれたものよ」
 速水と向かい合ってテーブルに座る。そして指を鳴らすとふわふわとボトルとグラスが二つずつ姿を現わして飛んで来た。そのまま速水がタロットをなおしたテーブルの上にやって来た。
「ワインよ、赤の」
「赤ですか」
「ワインは好きだと思っていたけれど。違うのかしら」
「いえ、好きですよ」
 速水は口だけで笑ってそれに答えた。
「ただ。何か特別な気がしましてね」
「どういうことかしら」
「貴女と二人で飲むからですよ。これがどうも」
「私と飲むと味が変わるのかしら」
「はい。甘いワインはまるで蜜の様に、辛いワインはまるで薔薇の花の様に」
 速水は言う。
「その味を変えます。このうえなく美味に」
「お世辞かしら」
「いえ、お世辞ではないです。この赤にしろそれまでの赤から宝石の赤になります。そう、まるでルビーをそのまま溶かした様な赤に」
「その宝石を飲む気持ちはどうかしら」
「私にとっては。至上の喜びです」
「わかったわ。では飲みましょう」
「はい」
「これからの宴の前祝いに」
「黒と影の世界の為に」
「乾杯」
 二人は杯を打ち合わせた。そして酒の甘美な世界へと入った。

 
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