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黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇

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20部分:第二十章


第二十章

「それはね」
「ですが今女の子と仰いましたが」
「女の子も好きなのよ」
 こう言葉を言い換えてきた。
「これでわかるかしら」
「ええ、それでしたら」
 こう言われてマスターもようやく納得したのだった。
「よくわかります。そういうことですか」
「気が向けばどちらでもいいのよ」
 美酒を楽しみながら言う言葉であった。
「どちらでもね。ただ」
「ただ?」
「最近は女の子ばかりね。年上も年下もね」
「それはまた凄い」
「そうした意味でこの街はいい街だわ。お酒も美味しいし」
 一杯飲み干す。すぐにおかわりが前に置かれる。沙耶香はそれをその白く細い指で手に取る。そうしてそれをまた口に近付けるのであった。
「奇麗な女の子もいるしね」
「そうですね。癖の強い娘が多いですが」
「またそれがいいのよ」
 カクテルを飲みながらの言葉であった。吐息にその香りが移っていた。
「癖が強いからこそね」
「そういうことですか」
「そうよ。食べ物でもお酒でも癖が強いからこそいいっていうものがあるわね」
「確かに。カクテルでも」
「私はそういうのがかえっていいのよ。もっとも」
「もっとも?」
 そこで沙耶香に対して問うた。
「何かありますか?」
「あるわ。時としてはまだ癖のない娘を愛するのもいいわね」
「左様ですか」
「ええ、そういうことよ」
 また笑みを浮かべての言葉であった。やはりここでも妖美であった。
「だからこそいいのよ」
「強い味もそうでない味もまたいいと」
「それぞれの味があるわ」
 沙耶香は美女を美食や美酒に例えてみせる。その例えるのもまた楽しんでいるのがわかる。
「そうでなくては何の面白みもないしね」
「では今夜もでしょうか」
「さて」
 ここでは先程の老婆との話と同じになるのであった。
「それはわからないわね。出会いは全くの偶然だから」
「ではそこは運任せですか」
「完全にね。だから」
 またカクテルを飲み干していた。また差し出された新たなそれを手に取って飲みながらマスターと話を続けていくのであった。
「どうなるかはわからないわ。これから」
「出会いがあればいいですね」
「なければそれはそれでいいわ」
 沙耶香はそれもまたよしと言ってみせる。
「楽しみは他にもあるし」
「ではそのイギリス人のステーキは」
「それだけはお断りさせてもらうわ」
 あまり上手いとは言えないジョークに微笑んで返す。
「悪いけれどね」
「左様ですか」
「さて。それじゃあ」
 ここで話を終わらせるのであった。
「これを飲んだら帰らせてもらうわ」
「おや、もうですか」
「ええ、悪いけれどね」
 マスターに対して言う。
「これで終わらせてもらうわ」
「もっと残られればいいのに」
 マスターはそれが少し不満であるようだった。顔が少し悲しそうであった。
「残念です」
「悪いけれどね。けれど」
「行かれるのですね」
「そういうこと。それじゃあ」
 金をマスターの前に置く。そうして席を立つ。
「これでね」
「よい方と巡り合えるといいですね」
「それはこのコインが教えてくれるかしら」
 そう言うとコインを出してきた。一枚の金貨である。
「これを投げてみて」
「表だったら会えて」
「裏だったら会えない。さて、どうなるかしら」
 親指を使ってコインを上に跳ねさせる。そうするとコインはクルクルと回転して沙耶香の手に落ちた。そのコインが教えてくれたものは。
「表ね」
「では会えますね」
「そうね。どうやら」
 今は魔術は使っていない。それでこれが出たことには僅かだが満足を感じていた。
 沙耶香が店を出て暫くの間はこれといったことはなかった。様々な色の漢字が彩る繁華街には様々な人々が擦れ違っている。黒社会の人間もいれば商売女もいる。普通の人間もいれば共産党の高官がお忍びで来ている。そうした中を沙耶香は進むのだった。
 そのまま歩いているとやがてお決まりの場面に遭遇した。繁華街の隙間から見える裏路に柄の悪い男達に絡まれている美女を見たのであった。
「よお姉ちゃん」
「俺達と付き合わないか?」
 ここでもお決まりの台詞であった。台詞までもが古典的であり沙耶香はそれを聞いて何と古典的だと思ったがそれは口には出さなかった。
 だがそれでもそれは口に出さずに路に入るのだった。男達を止めるつもりではなく美女を見たからだ。それが最大の理由であった。
 派手な服装をした美女だった。何処か女優めいた整った美貌の持ち主であった。年齢は三十代前半といったところであろうか。その艶麗な美貌に魅せられて路に入るのであった。
「ねえ」
「何だ?」
「何かこっちにも奇麗な姉ちゃんがいるな」
 男達は自分達の後ろにいた沙耶香に顔を向けて言う。スーツだがその色合いも柄もかなり酷いものであった。見るからにその筋の人間とわかるものであった。
「俺達の相手するか?」
「何ならよ」
「相手ね」
 沙耶香は男達のその言葉を聞いて笑うのだった。楽しげな笑みで。
「そうね。いいわ」
「じゃあすぐによ」
「知ってる店でな」
「店じゃなくていいわよ」
 沙耶香は男達の誘いを断り言うのだった。動くことはなかった。
「ここでいいわ」
「ここで?」
「変わった趣味の姉ちゃんだな」
「悪いけれど遊ぶわけじゃないから」
 そう言うと右手に薔薇を出してきた。蒼薔薇であった。
 その蒼薔薇をすぐに投げる。すると忽ちのうちに花びら達が吹雪となって男達を襲うのであった。
 
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