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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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5部分:第五章


第五章

「きっとそう言うと思っておったわ」
「それは予言かしら」
「ふぉふぉふぉ、こんなことにまでは使わんよ」
 今の沙耶香の言葉にはまたしても楽しそうに笑うのであった。
「生憎のう。これは読みじゃ」
「読み、なのね」
「美女が次々と顔を切り取られておる」
 まずは事実を述べてきた。これが重要だと言うのである。
「そこじゃよ。まずは」
「それを聞いて私が受けると」
「左様。実際に受けるな」
「否定はしないわ」
 ということは肯定であった。実際に如何にも沙耶香の好みそうな事件であったのだ。美女と聞いて彼女が動かない筈もなかったのだ。
「こういう事件は好きだし縁があるし」
「全くじゃな。主には」
「私はあれなのよ」
 紅の妖しい美しさに満ちた唇を微かに歪めて笑ってみせてきた。
「蝶なのよ」
「蝶とな」
「いえ、天使かしらね」
 あえておどけてこう述べるのであった。
「魔都の」
「天使は天使でも堕天使じゃな」
 老婆は沙耶香のその言葉を評して言うのだった。
「主は」
「堕天使ね」
 不思議といい響きの言葉に聞こえた。沙耶香の顔がまた笑った。
「それも。悪くないわね」
「乗り気のようじゃな」
「私はこんな女だから」
 自嘲ではなかった。そこにはそうした軽いものではなくより深い笑みがあったのだった。
「そういう言葉はね。耳に心地いいわ」
「そうか。堕天使でよいのか」
「結構ね。あの神の教えは好きではないし」
 沙耶香は十字架を好んではいない。教会の中で女を抱いたこともある。背徳の大罪と知りながらである。ここに彼女のあの神に対する考えが出ていた。
「堕天使。その翼を喜んで受けるわ」
「そうか。では堕天使よ」
「何かしら」
 あらためて話をするのであった。
「主はこの事件どうして受けるのじゃ?」
「一言で言うと興味があるからね」
 先程と同じような言葉であった。
「道化師が美女の顔を切り取っていくなんて。そそられるわ」
「血の匂いにか」
「そうね。それだけじゃないけれど」
 妖しく笑ったまま答えるのだった。
「むしろ。その切り取られた顔がどれだけ美しいのか」
「おやおや。主も趣味が悪いのう」
「見てみたいという気持ちもあるしね」
「何かと興味をそそられるというわけか」
 こういうことであった。何もかもが夜の世界に身を住まわせている沙耶香にとって相応しいものであったのだ。だからこそ彼女はこれに乗ったのである。
「よきかな、よきかな」
「それじゃあ早速はじめさせてもらうわ」
「宿はどうするのじゃ?」
 老婆は今度はそれを問うのだった。
「ホテルでも。予約しておるのかのう」
「一応はね」
 こう答えた。
「取ってあるわ。別に泊まり歩いてもいいのだけれど」
「泊まり歩くか。何処をじゃ」
「私の泊まる場所はいつも一つよ」
 すぐに楽しそうな反応を見せてきた老婆にまた言葉を返した。
「違うかしら」
「アンカレジでもう堪能したのではないのかえ?」
「それはそれ、これはこれね」
 沙耶香の返答は何処までも色を好むものであった。それこそが沙耶香であると言えば極論になるがそれでもこうした行動が沙耶香なのである。
「一人だけじゃね。私は満足しないわ」
「やれやれ、相変わらずそちらも贅沢じゃのう」
「ニューヨークよね」
 今度は街について尋ねてきた。
「ここは」
「今更何を言うのじゃ?」
 老婆は目を少しおとけさせた。言うまでもないことであるからだ。
「他のどの街じゃ。それを言うと」
「そうね。それで充分よ」
 沙耶香はそれを確認して満足気なものに笑みを変えてみせた。
「人種の坩堝アメリカで特に様々な人間がいる街」
「ふむ、日本のおなごだけでは満足できぬか」
「時には違うワインも飲みたくなるものよ」
 美女をワインに例えてきた。
「他の国のもね」
「アメリカのワインは美味いぞえ」
 老婆はまた沙耶香に言った。
「それもかなりのう」
「ええ。それは知っているわ」
 沙耶香もそれに頷く。目を細めさせたうえで。
「何度も味わっているし」
「色はどれが好きじゃ?」
「どれでも」
 これまた沙耶香らしい返事であった。
 
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