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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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4部分:第四章


第四章

「大方の話は聞いていると思うがのう」
「そうね。ちょっと待って」
「むっ!?」
「店が開いたままよ」
 沙耶香が入ってから店は開いたままであった。彼女はそれを思い出したのだ。彼女の他に客はいない。彼女はそれを確認してから右手の親指と人差し指をパチンと合わせた。
 するとそれで店の扉が閉まった。これで終わりだった。
「これでいいわ」
「用心深いのう」
「念の為よ」
 そう老婆に告げる。
「誰が何処にいるかわからないし」
「まあそうじゃな」
 この言葉に関しては老婆も同意した。その通りの正論であったからだ。
「相手も何処にいるかわからんしな」
「相手ねえ」
 それを聞いた沙耶香の目が微妙に細くなる。それこそが肝心だと言わんばかりに。
「それに。聞いた話によるとピエロらしいね」
「そう。ピエロじゃ」
 老婆も沙耶香のその言葉に応えて頷く。
「ピエロがのう。暴れておるのじゃよ」
「面白い絵になりそうね」
 沙耶香はそれを聞いて今度はこう述べた。細めさせた目に微妙な光が宿る。それは今そこにいるものを見ている目ではなかった。
「摩天楼にピエロだなんて。中々ね」
「絵心はあるようじゃな」
「見る分にはね」
 描くのではないと言う。実際に沙耶香は絵は好きだが描く方ではない。見て楽しむ方なのである。時折女性の画家を口説き落とすこともある。そちらの方が多いかも知れない。
「好きよ」
「そうかい。ではもっと絵になるぞ」
「そうね」
 また老婆の言葉に頷く。
「その辺りの話も聞いているわ」
「何じゃ。よく知っておるのう」
「東京にいるから」
 答えとしてはかなり妙なものであった。だがそれでも今の話においては極めて妥当な答えになっていた。それは東京という街の特質にあった。
 東京はただ繁栄しているだけではないのだ。そこにはありとあらゆる魔性の存在が集まる。沙耶香はその多くの魔性の存在達から各地の異形の存在についての話を聞き出しているのだ。今回もそうして事前に情報を集めていたのである。
「ある程度はね。聞いているわ」
「相変わらず便利な街にいるのう」
 老婆もそれについては羨ましがった。
「このニューヨークよりもそうしたことでは便利なようじゃな」
「そうかもね。何しろあの街は特別だから」
 今度は沙耶香が妖しい笑みを浮かべていた。今の彼女の妖しい笑みは異形の存在を感じてそれを楽しむ笑みであった。
「退屈もしないし。いい街よ」
「ではその街にいてこの話を受けようと思ったのじゃな」
「貴女の話も聞いたしね」
 老婆に顔を向けての言葉であった。
「面白い話だったから」
「確かにな。面白い話じゃろう」
「ええ」
 また老婆の言葉に頷く。
「そのピエロが美女の顔を次々と切り取っていく」
「主の好みの話じゃな」
「全くね」
 妖しい笑みをまた見せた。
「黒魔術師に相応しい仕事でもあるし」
「では。受けるのじゃな」
「観光だけで来たのじゃないわ」
 今度の返答はこうであった。
「わざわざここまでね。それはわかってくれていると思うけれど」
「うむ。では報酬は銀行に振り込んでおくぞ」
「全額なの」
「仕事は必ず果たしてくれるのは知っておるからな」
 笑って沙耶香に述べた。
「一括払いじゃ」
「そうね。それは安心して」
 今度は自信に満ちた笑みになる。沙耶香は依頼された仕事はこれまで必ず果たしてきている。それが黒魔術師としての彼女の誇りでもあるのだ。
「仕事が失敗した時は」
「主が死ぬ時か」
「黒魔術師の仕事はそういうものだから」
 笑みが変わった。空虚さを含んだものになっていた。
「生か死かね」
「面白い心掛けじゃな。相変わらず」
「その分生きるのは楽しませてもらっているわ」
 こうも言うのが沙耶香であった。
「何かとね」
「では今回も楽しみながら頼むぞ」
「わかったわ。仕事のやり方は私のやり方で行かせてもらうわ」
「そこまで拘束するつもりはわしにもないわ」
 老婆はその耳まで裂けている口を思いきり開いて笑ってみせた。
「そうしたところは主に任せる。いいな」
「ええ。それさえ守ってもらえるのなら」
 すっと笑って老婆に応える。
「受けさせてもらうわ」
「うむ」
 老婆は沙耶香の言葉を受けて微笑む。そうしてまた言うのであった。
 
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