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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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22部分:第二十二章


第二十二章

「何じゃ、またか」
 老婆は沙耶香の姿を見ると呆れたような声を出した。
「夜に朝にと。好きじゃのう」
「香りがするのね」
「するなんてものじゃないわ」
 そう沙耶香に告げる。
「全く。何処に行っても変わらぬか」
「これでもセーブしているのよ」
 沙耶香はその切れ長の目を細くさせて述べた。
「東京にいる時よりも」
「あの街はやはり違うか」
「宝石には困らないわ」
 女達を宝石と言う。確かにそれは一面においてはそうであった。
「おかげでね。一日に何個も」
「やれやれ。このままでは東京から宝石がなくなってしまうの」
「その心配はないわ」
「ほう、それはまた何故じゃ」
「魔都は至る所に宝石があるから」
 楽しげに目を細めさせたまま述べるのであった。
「私が一万の宝石をその手に触ってもまだ足りないのよ。それに」
「それに?」
「宝石は次から次にと出て来るもの」
 それが彼女の宝石への考えであった。
「だから。なくなることはないわ」
「ふむ。よく考えれば御主は東京以外にも行くのう」
「そう。そこでも宝石を頂いているわ」
 このニューヨークにおいてもそうであった。彼女にとっては至る所に転がっているのが宝石なのだ。それが尽きることはない。実に喜ばしいことに。
「だから。困ることはないのよ」
「幸せな話じゃのう」
「少なくとも宝石にはね」
 それを自分でも認める。
「困ってはいないわ」
「今日はまずは一人じゃな」
「ええ。昨日は他にも出会えたわ」
「仮面の持ち主にじゃな」
 老婆の声の色が変わった。笑ったものから真剣なものに一変したのであった。そのことが話が変わることを示唆していた。
「出会ったか」
「道化師だったわ」
 沙耶香は昨夜の相手を告げた。
「彼については」
 右手をそっと前にかざす。そうしてそこから何かを出した。それは一枚の花びらであった。青紫の花びらを出しそれを老婆に向かって漂わせたのであった。
 花びらはそのまま老婆の頭の中に入る。老婆はそれを黙って受け取りそれから語るのであった。
「成程のう」
「これで事情はわかってくれたわね」
「うむ」
 実は彼女はその青紫の花に昨日の闘いの記憶を入れていたのである。語るよりもまず見せたのである。的確かつ迅速に相手にわかってもらう為であった。
「面白い相手のようじゃな」
「そうね。中々楽しめたわ」
 老婆も沙耶香も笑って話をする。二人共目を細めさせて笑っていた。
「いい感じにね」
「それはいいことじゃ。しかし」
「何かしら」
「随分苦戦したようじゃな」
 楽しげに沙耶香を見て言うのだった。
「御主にしては」
「あら、そうかしら」
 だが沙耶香にはその自覚はないようであった。同じ笑みで老婆に言葉を返す。
「私はそうは思わないけれど」
「そうなのか」
「ええ。苦戦は楽しいものではないわ」
 彼女にとっては。戦いとはそうしたものではないのだ。
「そうか。では見つけておるな」
「ええ」
 また笑って答える。
「わかったわ。後は会うだけね」
「そう簡単に会えそうもないがのう」
「さて。それはどうかしら」
 笑ってそれは煙にまくのだった。
「そうともばかり限らないわよ。で会いは偶然だから」
「それが偶然ならばのう」
 老婆も沙耶香が何を言いたいのか察した。そうして彼女も思わせぶりに笑って言うのだった。
「作られた偶然でなければな」
「作られたものでも偶然は偶然よ」
 沙耶香はあえてこう述べた。
「それでもね」
「では御主が宝石達を手にしていくのも偶然か」
「必然でもあるわ」
 随分都合のいい言葉であった。
「宝石は私の手の中に入るべきものだから」
「それはちと違うと思うがのう」
 流石にこれは随分と自分勝手というか唯我独尊の言葉に聞こえた。
「まあそれでも宝石を弄び続けるのが御主じゃしな」
「今日はまずは一人」
 沙耶香は言った。
「もう一人といきたいところだけれど」
「やれやれ、もてることじゃ」
 これはやっかみもある言葉であった。もてる女に対してではなくそれだけ魅了させることができることへのやっかみであった。どんな歳でも同姓でもどんな嗜好でもそれを感じずにはいられなかったのだ。
「憎いことじゃて」
「じゃあまた」
 沙耶香はそこまで言うと踵を返した。
「伝えたいことはもう伝えたし」
「今度は何処へ行くのじゃ?」
「そうね。今度はサウスブロンクスか地下鉄でも行こうかしさ」
 ふらりとした感じで答えた。
「そう考えているけれど」
「今はどちらも平和じゃぞ」
 かつてはニューヨークの治安の悪さの象徴だった地下鉄とサウスブロンクスであったが今は違う。ニューヨークもかなり治安がよくなりどちらも随分と穏やかになったのだ。老婆はそれを沙耶香に告げたのである。
「生憎じゃがな」
「それならそれでいいわ」
 だが沙耶香はそれでもいいと言うのであった。
「それでも行かないといけないし」
「何か知っておるのじゃな」
「そうよ。だから行くのよ」
 そういうことであった。沙耶香とてただ単に遊びに行くわけではないのだ。そこには目的もある。もっとも彼女の場合は目的もなく美女や美少女を探し出し篭絡する為や美酒を楽しむ為に行く場合もあるのであるが。そこもまた沙耶香である。
「じゃあ」
「そこで宝石を見ればどうするのじゃ?」
「その時は決まってるわ」
 背を向けた時に声をかけられた。それで顔だけを振り向けて述べるのであった。
「頂くわ」
「なら行くがいい」
 老婆も沙耶香がそう言うと思っていた。だからかえって安心したのだ。
「楽しんでな」
「わかったわ」
 老婆の言葉に応えて店を後にする。そのまままたあの青い渦の中に入りそうしてサウスブロンクスにやって来たのであった。そこは確かに以前よりはかなり穏やかになっていた。民主党出身の大統領だったビル=クリントンがここに事務所を構えた辺りから随分雰囲気がよくなったのである。主に外交のまずさと女性問題でケチのついている人物であるが内政や経済、人種問題においては得点の多い大統領である。少なくとも人種的偏見は彼には非常に少ないというのは事実であろう。彼にしろアメリカでは主流派と見なされにくいアイルランド系というのも大きいであろうが。
 
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