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黒魔術師松本沙耶香 仮面篇

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13部分:第十三章


第十三章

「ワインは。飲む方ね」
「そうなの。日本は」
「私は嫌いではないけれど」
 日本のワインについてである。どうにも国内では今一つ評判がよくないのが実情であるがそれでも沙耶香は日本のワインも好きなのだ。
「日本に来たら色々と飲めるわよ」
「イタリアよりも?」
「ひょっとしたら」
 誘うような笑みになっていた。それは果たしてワインに誘っているか彼女の中に誘っているのかはわからない。どちらの意味もあるのかも知れない。
「多いかもね」
「それじゃあ。日本での公演を楽しみにしておくわ」
「ええ、御願いね。そちらも」
 こうした話をした後で立ち上がり歌劇場を後にした。そうして華やかな市街地から少し離れた場所に出たのだった。ニューヨークという場所はただ華やかな場所だけがあるのではない。静かで落ち着いた場所もあるのだ。今沙耶香はシエナとマネージャーと共にそこに来ていた。そうしてある教会の前で車を止めたのであった。
「ここの近くだったわね」
「ええ」
 シエナが沙耶香に答えた。
「ここの近くだけれど。どうしたの?車を急に止めて」 
 車は沙耶香が運転していた。ところがその彼女が車を急に止めたのである。ここに妙なものを感じたのだ。
「悪いけれどここで人を待たせてあるの」
「人を!?」
「そうなの。言っていなかったかしら」
 いきなりこう言うのだった。それも突然にである。少し考えればおかしな話だが沙耶香はここでその目から魔術を放った。そうしてシエナもマネージャーも信じさせたのである。
「さっき」
「そういえば言っていたわね」
「そうですね」
 二人は魔術をかけられたことに気付かず答える。既にそこでもう魔術にかかってしまっていたのだ。
「ですからここでお別れと」
「そうでした」
「ええ。車を止めてもらって悪かったわね」
 謝ってからマネージャーに声をかける。
「後は貴女がね。また」
「はい、また」
 情事についての記憶はあえて消していなかった。彼女が声をかけられて頬を赤らめるのを見て楽しんでいたのだ。こうして二人は泊まっているホテルに向かい沙耶香は教会の前に残った。夜の闇の中に白く浮かび上がる教会はサン=ピエトロ寺院にも匹敵する巨大な教会であった。
 見れば所々まだ建築中であった。だが建物一つ一つの巨大さが桁外れでありゴシック式の塔もドームもある。縦にも横にも白く巨大な建物が続き奥行きもかなりのものだ。沙耶香はすぐ側の手すりを見たがそれがあまりにも小さく感じる。まるで城砦の様に巨大な造りだ。塔の数も普通の教会とは比較にならない。礼拝堂にしろそれはやはりあまりにも巨大で外から建物を見ただけでも圧巻であった。全体的に古風な、ドイツのそれを思わせる教会であり沙耶香はそこにアメリカ的なものを見るとすれば巨大さだけであった。
「この巨大さがアメリカかしら」
「そうだね」
 不意に何処からか声がした。夜の闇の中から。
「それは確かに言えるね」
「賛同してくれて有り難いわ」
「それはまたどうも」
 声は笑って沙耶香に言葉を返してきた。
「お礼を言われるなんて思わなかったな」
「あら、そうだったの」
 沙耶香はその声にとぼけた調子で返した。
「私は誰でもお礼は言うわよ」
「ふうん、そうは見えないけれどね」
「人を外見だけで判断するのはよくないわ。それに」
 沙耶香はその身体に魔力を纏いだしていた。それで己を守るかのように。
「貴方がまさかここで出て来るとはね」
「意外だった?」
「ええ」
 そう声に答える。
「何故かしら。てっきりホテルの前で来ると思ったのに」
「気が変わったんだよ」
 沙耶香にそう答えてきた。
「少しね。あの人を斬るのはここでいいかなって思ったんだけれど」
「残念ね。そうはいかないで」
「まあそれはそれでいいさ」
 気配がした何か不気味な気配が。
「お面は。幾らでも手に入れることができるしね」
「それは。私のことかしら」
「そうだよ」
 声はクスクスと笑っていた。笑いながら沙耶香に言うのだった。
「貴女のお面。欲しいんだけれど」
「私のは。高いわよ」
 気配がする方に顔を向けた。そうして言葉を告げるのであった。
「生憎だけれど」
「あれ、高いんだ」
「当然よ。そう易々とは売らないわ」
 両手はポケットに入れたままだ。だがそれでも構えを取っていた。身体を声のする方に向けている。そうして既に魔力で身体を覆っていたのだ。
「それでも。いいかしら」
「いいよ、別に」
 声はそれでもいいと言う。
「だったら。それでやり方があるし」
「そう」
 沙耶香はそれを聞いてもやはり平気な様子を崩してはいなかった。
「それは。いつものやり方ね」
「何だ、知ってるんだ」
 声はそう返されても別に驚いた感じはない。それどころかさらに近付いてきたのだった。気配は妖気だった。妖気が沙耶香に迫っていた。
 
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