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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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闖入劇場
  第百十三幕 「油断するものを敗者と呼ぶならば」

 
風花百華と打鉄弐式、黒と水色の二つの装甲が、沈みかけの夕日を照らして勇ましくその存在を照らされる。その姿を前に、くノ一もまた黙って突っ立っている訳にもいかない。

「う~~ん……なんか望んだ展開と違うけど、まぁこれはこれでいいか。では、転身!!」
((変身じゃないんだ……))
(え?ちょっと何その不満顔……?)

片足だけ展開していたISが、今度こそくノ一の全身を包んだ。
両腕部はバックラーを彷彿とさせるパーツのついたマニュピレータに包まれ、脚部は如何にも機動力を重視したマッシヴなものに。黒と赤を基調としたその装甲に加えてくノ一の口元を包んでいたスカーフがばさりと長く伸びた、漆黒だったスカーフが桃色に染まる。どうもあのスカーフがISの待機形態だったらしい。
そこには世界の一部だけを寝食したように異質な、忍者を彷彿とさせる装甲を纏ったくノ一が佇んでいた。

「……さて、この機体は"雷陰(らいかげ)"――私の戦装束よ。さあ、今度は口先だけでない所を見せて見なさいッ!!」
「上から目線で偉そうに……言われなくともそうするさッ!!」

その姿を見た時には既に、3者はバラバラに動き出していた。
真剣勝負にスタートの合図など存在しない。そのようなお行儀がいい儀礼をする必要もなければする余裕もそこ在りはしない。この空間にいま存在しているのは――ただシンプルに、どんな手段を用いてでも相手を打倒するという強い覚悟だけがあればいい。

「"鳴動"、収束率70%で固定、発射準備!!」

風花百華の背中に展開された六枚の非固定浮遊スラスターユニット「桃花扇(とうかせん)」のうち、肩部と腰部に附随する物の装甲の一部がスライドし、その砲身を外気に晒す。
砲身がより小型化し、数も二つから四つに増設されたそれは、以前より多少自由度は下がったものの射撃武器としては飛躍的に能力が向上している。

――桃花扇の中には風花百華の持つ圧倒的な機動力を維持するために極薄の"武陵桃源"が発動している。そして、武陵桃源の余剰エネルギーを用いることで、鳴動はかつて非固定浮遊部位だった頃よりも格段にチャージ速度と利便性が向上していた。
同時に、打鉄弐式の荷電粒子砲"春雷"もまた別射角から発射態勢に入っていた。

「喰らえッ!!」
「速いけど、そこッ!!」

瞬間、計六筋の閃光が空間を奔る。射撃武器を使う事を視野に入れて可能な限り旅館から距離を取ったが、最悪の事態を想定して射線は近くに着弾するように設定してある。……その分環境破壊度数が爆上げなのだが、人命がかかっているのでやむを得ないとユウは自分を納得させた。

元々それ程命中を期待してはいなかったが、雷陰は垂直にジャンプすることでそれをあっさり躱した。行き場を無くした破壊力と熱量が砂浜を穿つ大穴を空ける。
すぐさま噴射加速し、ユウは上空に飛んだ雷陰に凄まじい加速で肉薄した。相手はスピードタイプである以上、常に攻め続けなければいけないからだ。

だが、ある意味では予想通りな事にその動きを雷陰は読んでいた。

「飛んで火にいる夏ミカン!そんな甘酸っぱい予測で行動するのは……迂闊だよ!!」

瞬間、雷陰の手に閃光のように灯った量子化の光を見たユウは目を見開いて歯噛みする。

「あれは……ラピッドスイッチだって!?ちっ、射撃武器か!!」
「量子化にあの動き……データ参照の限りでは、やっぱりドゥエンデではなく、IS……!」

ラピッドスイッチで握られたハンドガドリング砲から逃れるために武陵桃源のバリアを展開する。このバリアなら多少の射撃くらいは防ぐだけの出力が――と考えた瞬間、背筋にぞっとする悪寒が走った。
定石だと思って打った手を盲点でひっくり返される瞬間の、兄との戦いで何度も味わった感覚。

(――その行動さえ読まれているとしたら……まっ、ずいッ!!)

それはネガティブな予測に過ぎないような些細な可能性でしかなかった。それでも、第六感は勝つために無視することが出来ない大親友にして友人だ。何故なら、直感的な判断とはそれまでの経験則に裏打ちされた高度な未来予測システムだから。
正しいのかもしれないし、間違っているのかもしれない。
それでも自分の勘を信頼したユウは、反射的に噴射加速を解除してPICを切断した。突如加速を失ったことによる空気抵抗をアクロバティックな動きで利用し、AMBACを使いながら無理やり直線状から逸れる。

直後、ガドリングが火を噴いて覇気ほどまでユウのいた空間を次々に通り過ぎてゆき――ズドドドドドドッ!!という轟音を立てて地表が爆炎を上げて爆ぜた。
ユウの勘は当たっていた。爆発の威力からして明らかに合金弾の類ではなくグレネード級の爆発に、ユウは第六感の判断が正しかった事を確信すると同時に戦慄した。こんな危険な武器が実用化されているなど、聞いたことがない。
あのタイミングで避けられるとは思っていなかったのか、くノ一は射撃を避けたユウに口笛を吹いて称賛した。

「ヒュウ♪よく直前で回避したねぇ?瞬時加速中にそんな方法で回避するなんて芸達者~!」
「敵に褒められてもあまりうれしくないんだけどねッ!!」

簪はとっくに射線から逸れていたからよいものの、もしアレをバリアで防ごうなどと考えていれば、山田先生と戦った一夏たちのようにボール感覚であっさり吹き飛ばされてしまっていただろう。バリアで破壊そのものは防げても、爆発の衝撃を殺すことは難しい。
ガドリング並みの連射速度で、一発一発がグレネード並みの破壊力。
非常にシンプルで、だからこそ攻略が難しい。

「グレネードガドリング……いや、ミサイルガドリングか?何とも物騒なものをッ!!」
「ふふ、スポンサーが有能だからね!悔しいならユウちゃんも最上重工におねだりしてみたら?きっと嬉々として作ってくれるわよ!」
「くっ、子供扱いするなって前から言ってるだろ!!」
「そーいう台詞が出るうちはまだまだ子供なの……よっとぉ!」

小馬鹿にしたような笑顔と共に向けられた砲身が火を噴き、射撃の追跡が容赦なくユウを追跡する。高速起動しながらのドッグファイトが繰り広げられた。ユウは流れ弾を気にして余り高度が取れないにも関わらず、雷陰の射撃は容赦なく高度から追い立てる。

背後、真横、真後ろ、正面。次々に着弾しては大きく爆ぜる射撃を、歯を食いしばりながら避け続ける。
荒鷹のように追跡する雷陰の速度は、まさに得物を追跡する狩人のそれだ。最上重工の手で昇華されてスペックを底上げした風花百華――日本最先端レベルのISと互角に近い速度である時点で、彼女とそのバックにいるスポンサーが只者ではない事を物語っている。

「でも、やれることは……ある!簪、おねがい!!」
「合点……承知!」

その声は、上空から射撃する雷陰の、更に上から。ハッと気付いたくノ一が空を見上げると、そこには沈みゆく太陽よりも高い空に水色の鎧が輝いていた。ユウが囮になっている隙に、簪が余裕を持って回り込んだのだ。

「どさくさで高所を取られた!?」
「HTLS起動……MRS同期!山嵐、斉射ッ!!」

簪の視覚に投影されるロックオンシステムが、けたたましいアラートと共に雷陰を捉える。瞬間、非固定浮遊部位から白煙を撒き散らして爆裂の針が空間に解き放たれる。上下左右縦横無尽の軌跡を描くマイクロミサイルは、簪の意を組むように生物的な機動変更と時間差を効かせて雷陰に襲いかかった。

だがそれを前にしても、やはりくノ一の不敵な笑みを揺るがすことは叶わなかった。

「判断は間違ってないけど、残念無念!こっちにはこんな隠し札もあったりして!」

くノ一はガドリングを片手に、もう片方のマニュピレータで濃桃色のスカーフを弾く。瞬間、通電したようにスパークを起こしたスカーフは突如高速で動きだした。リーチはおおよそ10メートル近く。野生生物の尻尾のようひとりでに動き回るそれは超音速の鞭のように飛来するミサイルを叩き落とした。
それも一発や二発ではなく、射程範囲に入ったものを目まぐるしい速度で次々に撃墜していく。

「これぞ忍術、マスタークロスの術!……嘘だけど!」
「独立兵装!?なら、こうする!!」

直後、簪の指示に従ったマイクロミサイル達が信管を強制発動した。
ゴバババババババァッ!!と、着弾前に空間を爆炎で染め上げ、その衝撃が雷陰を激しく揺さぶる。
ミサイルとはそもそも命中させるものではなく、空間的衝撃によって相手を破壊する兵器。極論を言えば近くで爆発さえすればいい。スカーフで叩き落とされれば衝撃は届かないが、命中する前に至近距離で爆発させればバランス程度は崩せる筈。

「ユウ!」
「応ともッ!!」

そして、その隙を逃がすまいとユウは回避の動きから反転して地面に足を突き立てて踏ん張る。加速と重量分の運動エネルギーを打ち消すように地面が大きくえぐれ、脚部がみしり、と嫌な音を立てるが、構わず曲げた足に全力を込めて空へと踏み出す。
踏み出すと同時にPICを全開に、噴射加速。踏出瞬時加速の要領で爆発的な速度を得た風花百華は、一筋の矢のように雷陰に迫っていた。

ユウは、簪がマイクロミサイルを自爆させると決めた時には既に反撃のために反転の準備をしていた。簪の目を見て、彼女が今から隙を作るのだと直感したから。そこに言葉など必要ない。ただ、根拠のない信頼と確かな付き合いがあればそれを手に取るように理解できる。

「"武陵桃源"、脚部収束!!音速粉砕……バリアキィィィーーーーックッ!!」

踏出、噴射加速、バリアの三点を乗せた猛脚が、爆発で動きを止めた雷陰に迫る。
二人の連携は、完璧に近かった。
だが、連携が出来ている事と敵を打倒できるかという事は、別個の問題でしかない。

「ちょーっと……その行動は尚早だよ?ユウちゃんッ!!」
「何ッ!?」

バランスを崩しているようにしか見えなかった雷陰の動きが、反転する。
全力を込めた渾身の蹴りは、そっと添えるような蹴りでバランスを崩した。軌道を逸らされた一撃は、たったそれだけのアクションで無力化される。そこに至って、ユウは己の迂闊さを呪った。

――くノ一は、バランスを崩してなどいなかった。ただ、そのふりをしていればユウは乗るだろうと考えたうえで態と晒した罠。つまり、ユウはまんまとその罠に飛びこまされたのだ。
気付いた時にはもう遅い。加速によって方向転換の利かない状態での突進は、速度と威力がある反面で回避されたときに背中を晒してしまう悪手でもある。
全てを込めた破壊力は、必中の状況でなければ使ってはいけない。
その原則を、勝利に焦るあまりに破った。
完全な自業自得にして愚の骨頂。考えうる限り、最悪の失態だった。

くノ一のガドリングが、自然なターンと共にそっとユウと風花百華へ照準を合わせた。
その隙を突くことが出来れば、くノ一ならばそのまま反撃を許さずにバリアエネルギーを枯渇させることも出来る。

「結局、負け犬は負け犬のままか……最後の最後に焦って吶喊なんて。ユウちゃんにはまだ早かったのね」

くノ一は残念そうに、しかしどこかで安心したような安らぎの混じった複雑な顔で、終幕を下した。

――ただし、他2名の役者はそのカーテンコールを素直に下す気などまったくなかったが。
くノ一は失念していた。ユウの向かった先に、誰がいるのかを。

「いいや、まだまだ粘らせてもらうさッ!!簪!手を!」
「うん!!PIC全開、スラスタ反転!!」

簪は待ち受け、ユウは躊躇いなくそこへ飛び込む。加速を解除したまま速度を殺さずに直進したユウの手が、待ち構えていた簪の手を握った。

「どっ……せぇぇぇーーーーーいッ!!」

そして、簪は――ユウをそのままジャイアントスイングの要領で回転させ、加速そのままに雷陰の方へと全力で投げ飛ばした。

「なっ、加速を潰さないまま反転ですってぇぇぇッ!?」
「潰す?違うよ、倍プッシュだッ!!」

反転と同時にユウは再びスラスタを爆発させて噴射加速。先ほどの加速にさらに加速を加えることで、その速度はさらに倍加。更に再びバリアを展開することで、その速度は既にISのそれとは思えない速度に達していた。
ここまでの速度になるとPICでのパイロット保護が――せっかく強化によって保護機能が増大されたのに、そのキャパシティを圧迫するレベルのGを消しきれなくなる。ある意味懐かしくもあるGと空気抵抗に全身を軋ませながら、ユウはもう一度攻性バリアを展開。

――外れても追跡する桜色の魔弾に変貌した。

「ただいまぁぁぁーーーーッ!!」
「えっ……あ、お、おかえり!……って言ってる場合じゃないッ!?」

慌てて照準を合わせ直すが、それは既に遅かった。簪とユウが反転した場所は、ユウが踏出加速をしたよりも更に近い位置。更にはユウの速度は最初よりも増加していると来たものだ。つまり――単純に他応する時間がない。

「受けて見ろ!!これが貴方が腰抜け呼ばわりした男の……反撃の狼煙だぁぁぁぁぁあああッ!!!」
「――ガフぅッ!?」

今度こそ――風を掻き斬るユウの猛脚が、くノ一の雷陰のどてっ腹にめり込んだ。
絶対防御で打ち消しきれない、内臓を抉るよう名凄まじい衝撃が、くノ一の顔を驚愕に染め上げる。

「おぉぉぉぉぉ……りゃぁぁぁああああッ!!」

咆哮を上げながらバリアの反射力と蹴り飛ばしを重ねがけした吹き飛ばしをモロに受けた雷陰は、為すすべなく海へと吹き飛ばされた。
確かな手応え――最低限のノルマは、確かに叩き込んで達成した。

「……借りひとつ。簪の手は借りたけど、返したよ!」
「これが、私とユウの、友情コンビネーション……!」

直後、吹き飛ばされた雷陰が海に落下して、どぉぉぉぉぉんッ!!と、巨大な水柱を上げた。
  
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