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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第十七話。夢の少女の正体は……

2010年⁇月⁇日。夢の中で……。


不意に目を覚ました場所は、物静かな和室だった。
またここかぁ、という思いと。何か、忘れてはいけない何かを忘れているような、そんな不思議な気持ちを持っている。
……自分の名前すら『どうでもいい』と思い出す必要すら感じなくなっているのに、思い出さないと『いけない』気持ちがあるなんて。
『俺』は一体……?

「どうかしましたか?」

考え込んでしまった、俺の頭の上から声が聞こえた。
目を開けて見てみると、そこには『いつもの少女』がいた。
透き通るような優しさと落ち着きを持った俺が安心できる人。
この子さえいれば、他の子はいらない、そう思える少女。
……思い出せない『何か』は、この少女に関係する事だったような気がする。


「何でもない」

俺は少女に膝枕されている事に気づきつつも、『これが当たり前の事』のような気がして、膝枕(そのまま)の状態で、しばらく堪能してから少女に手を伸ばした。
少女は一瞬、驚いてから嬉しそうに俺の手を受け入れた。
ほんのりと暖かく、柔らかい。そんな少女の頬の感触が手に伝わった。

「そんな事より、よく覚えてないが……『次は……一緒にお食事を食べましょう』とか誘ってなかったかな?」

「ええ。それじゃあ……頭を退かしていただけますか?」

「っと、ごめんよ……」

名残惜しさを感じつつ、俺は少女の膝の上から頭を退かして、体を起き上げた。
起き上がった視界に入ったのは______程よい広さの和室と、障子越しに差し込む陽光が目に優しく入った。
辺りを見回していると少女がスッと立ち上がり、部屋の隅に用意されていた膳を持ってきた。
少女のその仕草や、今の俺の状況を見ていると、何だか看病されているみたいな感じがしてきた。
……どこも悪くはないんだけどな。

「何かおかしいですか?」

自虐気味に笑った俺に、心配そうな視線を向ける少女。

「いや、かいがいしく看病されているみたいだなぁ、って思ったんだよ」

「ああ……ふふ、看病ではなく、ご奉仕ですよ」

「ははっ……それはドキドキするね」

「ええ、ドキドキしてくれたら嬉しいので」

クスクス、と小さく握った手を口元に当てて少女は笑う。
そして……。

「さあ、どうぞ、召し上がれ」

御膳を差し出してきた。見ると御膳の上には、純和食が乗っている。
俺はその御膳に手を伸ばそうとして……その時。
一瞬だけ。一瞬だけ思考にノイズめいたものが走った。
食事を摂ってはいけない、そんな注意を受けたような……?
……気のせい、だよな?

「何か嫌いなものでもありましたか?」

「あ、ん、いや……」

改めて御膳の上に乗っている料理を見てみるが、ほかほかの御飯とお味噌汁。魚の塩焼き、煮物、漬け物に、そして……お茶。
どれも美味しそうな料理だ。
何で食べてはいけないなんて思ったんだ?
不思議に思いながらも俺は箸を手に取る。

「いただきます」

箸で料理を摘み、一口目を口に運んだ。
……その料理は、控えめな味付けなのにとても美味しくて、『素朴』な味わいがする、まさに彼女のイメージそのままだった。

「うん、美味しいよ」

「あ……ありがとう、ございます……」

俺の言葉に俯いた彼女の顔がほんのり赤く色づいていて、ドキっとしてしまった。
こんな美少女に手料理を作ってもらえるなんて俺は幸せものだなぁ、としみじみ思った。
この穏やかで静かな時間がいつまでも続けばいい。そんな事も思ってしまう。

「あの……」

そんな事を思っていた時だった。
俺が食べる様子をじっ、と見つめていた彼女が口を開いた。

「ん、なにかな?」

「あの……もし良かったら、ですが……」

ほんのりと頬を赤く染めながら、瞳を潤ませて彼女は言った。

「ずっと……一緒にいてくれませんか?」

彼女からの突然の告白。

「あっ……ん、えーと、だな……」

つい今しがたまでは、この時間がいつまでも続けばいいと思っていた俺だが。
なのに、何故だか即答ができないでいる。
答えはすでに決まっているのだが……なんとなく。
そう、なんとなく______この少女を見ていると……。
彼女(・・)の顔が思い浮かんだ。
いや、その顔に見覚えはない筈なのだが……。

「……音央?」

なんとなく______
その名前が自然と口をついて出てきた。


「つ⁉︎ 何故⁉︎」

そして俺がその名前を口にした途端、彼女が目を見開き、慌てて立ち上がった。
その瞬間______俺の中に、音央という少女に関する大量の記憶が流れ込んできた。
あの日、物憂げな表情で別れた少女。その後、忽然と姿を消して、どこを探しても見つからなかった事。
『神隠し』に遭ったんだ、と囁かれ初めている事______。
そう、この夢は!

「いや、お前は『神隠し』か⁉︎」

「つ、いや!」

音央と『同じ顔』をした少女は、逃げ出すように立ち上がると、一気に駆け出して障子を開けた。
障子の、その先にはちょっとした板張りの廊下があって、そして庭に通じる窓もあり……。

「つ⁉︎ あれは……」

そこは見覚えのある場面だった。
少女が『外』に走り出すと、俺の視界が揺らぎ……ぐにゃりと風景が歪んで、足が重くなり、前に進めなくなった。
まるで、強制的に目覚めさせようとしている……ようだ。

「ま、待ちやがれっ!」

追いかけようとしても、身体は言うことを聞かず、なんだか、身体の中から力が抜けていくようは感覚がして。頭痛と吐き気もしてきて……。

『もう遅いよ?』

そして、その時。
聞き覚えのある声が頭の中に響いた。
______この、特徴的な語尾上げの声は……!

『貴方は、この『富士蔵村』の料理を食べちゃったもんね?』

「この声、詞乃ちゃん……か⁉︎」

『だから、次に眠った時。貴方はもう元の世界に戻れないよ?
やっと、食べてくれたね。 ずっと待ってたんだよ?
貴方が『富士蔵村』の料理を食べるのを……。
リサさんが貴方に出した料理にはこの村の食材は使われてなかったから。
だから貴方が眠って、この村の料理を直接口にするのをずっと待ってたんだよ?
ようやく食べてくれたね? あはははっ!』

詞乃ちゃんの笑い声が頭の中でこだまして……。













俺は自分の部屋の布団の中で目を覚ました。

「……今の……は……」

夢の中の少女は音央と同じ顔で。
あの場所は『富士蔵村』で。
そして……。

「朱井詞乃……」

『神隠し』に名前を付けられたという『人喰い村(カーニヴァル)のロア』の声。
見間違いじゃなかったのか、と額に手を当てて現実逃避をしようとして、その手に『何か』を持っている事に気付いた。

「小型の……ラジオ?」

これは確か、『富士蔵村』で音央に持たせていたものだ。
それが今ここにある、という事は……。
これが『3度目』の『手土産』なのか?
予期せぬ出来事だったが、ようやく掴んだ。
この数日、まるで消息が掴めなくなっていた『六実音央』の手掛かりを、やっと。
手掛かりを掴めた俺は、不意に、音央が消えた日に見た顔と。さっき見た少女の顔が脳内で思い浮かんだ。
そして、重なり合った。

「……ったく、ホラーっぽく誘い込むんだったら。あんな寂しそうな顔すんなよ、音央」

音央が消えてからすでに1週間経っていた。
その音央が夢に現れた。
……出るならもっと早く出てこいよ。
そう、悪態を吐きながらも、『境山』の方を向いて俺は言った。

「いいぜ。『主人公』が助けてやる。無理矢理、その顔を笑顔にしてやるよ!」

そう口に出して、『4度目』に挑む為の気合を入れたのだった。


2010年6月10日。午前5時。一文字家前。

すっかり目が覚めてしまった俺は、頭をスッキリさせようと、早朝ランニングしようと思い立って家を出る事にした。
そして、ジャージに着替えてから家を出た瞬間、ビックリするようなイベントが起きていた。
なんと。

「おはよう!」

キリカが満面の笑みを浮かべて家の目の前で待っていたんだ。
朝から美少女が迎えに来てくれる。
美少女とのドキドキ登下校がしたい!
なーんて、思うのは浅はかってもんだ。
だって現実にそんな事をしてくれる女の子はどれだけいる?
仮にいたとしたら……その子はよほど束縛が強い子か、計算高い女の子なんだと、俺は思う。
きっと男受けするような仕草や表情を浮かべて自身に都合のいいように言う事を聞かせているんだ!
まあ、これはあくまで俺の意見だけどな。
そんな美少女なキリカが満面の笑みで俺の家の前にいる。
……そういえば似たようなシチュエーションが一之江であったな。
なんて思い出す。

「よお、おはよう! キリカ」

「うん、おはよう、モンジ君っ!」

「こんな朝っぱらからどうしたんだ?」

キリカと早朝ランニングの思い出といえば……あの日の朝を思い出す。
深い霧と大量の蟲に包まれたあの日を。
まさかとは思うが……キリカは『魔女』だからな。
もしかしたら……という可能性もある。

「大丈夫。今日は食べにきたんじゃないし。むしろ、私はモンジ君に食べられちゃった女の子みたいなものだからね」

今日は(・・・)という部分に不安を感じつつ、すぐ様突っ込みを入れる。

「待て! その言い方は誤解を招くから禁止な」

「これから美味しくいただかれちゃいます♡の方がいい?」

言葉を変えて言ってきたが……それも誤解を招く言い方だな。
まあ、いいや。もう諦めた。
キリカみたいなタイプは言うだけ無駄だしな。
しかし諦めたが言われっぱなしなのもアレだな。
よし、少し乗ってやろう。

「もう、ご馳走様だ」

「わっ、もう食べられちゃった⁉︎」

大げさに驚きつつ、俺に手を差し出しながらニッコリ笑いかけてきた。

「行こっ」

「ああ」

溜息混じりに呟いた俺はその手を取ると、キリカと一緒に歩き出した。





2010年。6月10日。境山山道。


俺とキリカは2人だけで歩いていた。
肩を並べて手を繋いで。
それはいわゆる恋人繋ぎというやつだった。
恥ずかしいのとヒスりたくない衝動で何度も手を振り払おうとしたが、その都度キリカがぎゅうううと手を握ってきたので振り払えなかった。
何故か、ここで拒んではいけないようなそんな気がした。
そんな事を思ったその瞬間、隣を歩くキリカの、その髪からふわりといい香りがした。
俺が見ている事に気付いたのか、キリカは俺を見上げてニッコリと笑った。
その表情を見てようやく気付いた。
______優しくして貰っている、という事に。

「音央ちゃん、見つからないね?」

キリカが優しい声色で発した。話題はもちろん、音央の事だ。

「そうだな。よく言う話しだけど、警察も動けない……いや、動かないんだな」

「私達くらいの年齢の女の子は、ちょくちょく家出ごっこするからだろうね」

思春期の少年少女の家出。
家出ごっこ。
親や教師への軽い反発。
ちょっとグレてみた、みたいな反抗心の現れ。
俺達くらいの年齢ではよくある出来事。
だから、音央もそう思われてしまっているという事のようだ。
本当は違っていてもそれに事件性がない限り、動かないのが警察だからな。

「1週間ちょっとの行方不明では、そんなに本腰を入れないものなんだよ」

「やっぱり、そういうもんなんだな……」

世界が違えど警察という組織の本質は変わらない、という事なんだろう。

「行方不明の捜索って、時間が経てば経つほど証拠が見つけづらくなるんだけどね」

「……だろうな」

時間が経てば経つほど、証拠が見つけにくくなる。
だから最近の俺は焦っていた。
それこそ、日課だった一之江との訓練(という名の虐待)やキリカの講習をサボって探し回るくらいに。そしてそんな俺を、2人は文句を言う事もなく見守ってくれていたんだ。
だが、そんな風に見守っていてくれていたキリカがわざわざ俺の家の前で待っていた。
それも夢を見た、その日に。

「俺が『3度目』の夢を見た、って気付いたのか?」

「うん。目が覚めたら、モンジ君の存在が、気配がいつもと違って薄くなっていたからね」

「そういう事もわかるんだな、キリカは」

「モンジ君だからだよ。ほら、君ってば私の事……自分の物語にしてくれるって言ったでしょ?
だからだと思う」

「そ、そうか……恥ずかしいな、なんか」

今更だがキリカに告げた言葉を思い出して恥ずかしくなった。
あっちの俺がした事だが、こっちの俺もその事は覚えているわけで……。

「ふふっ。多分、瑞江ちゃんも気付いているんだと思うよ?」

キリカは自分だけではないよ? と一之江も気付いていると言った。
だけど、一之江はわざわざやって来ない。
______俺がピンチになったら自分を呼ぶと確信しているからか。
或いは、こういうメンタルケアはキリカに一任しているからか。
どちらも一之江の優しさと信頼の現れで……俺はなんだか嬉しくなった。

『妖精の神隠し(チェンジリング)』に取り込まれつつあるからかな。モンジ君は今、この世界での存在がとても薄くなっているの」

「ああ、皆んなの記憶からも消えてしまう、って言うヤツか」

「このまま完全に取り込まれてしまったら、きっと私達の記憶からも消えてしまうから、ちょっと心配でね」

「……悪いな、心配させて」

「ううん。会いに来てみたら、私を口説いた時みたいな目をしてるんだもん。逆に安心しちゃったよ。
『ああ、この目は誰かを助ける主人公の目だ』って」

「買いかぶりすぎだ。俺にそんな力はない」

ヒステリアモードじゃない、こっちの俺に主人公の素質はない。
自分で言うのもアレだと最近思うようになってきたが……俺はちょっと争い事に耐性がある普通の高校生だからな。
だから映画や漫画の『主人公』のように、ヒロインを救う事なんてできやしない。
できないと思うが……。
だけど、俺が助けてやりたいのはヒロインじゃない。
友達を助けたい。だから俺は……。
______『神隠し』に挑む。
有名な誰でも知ってる都市伝説『神隠し』。
それに挑むのはロアにしてみれば、かなりの自殺行為なのかもしれない。
だが、俺がなんとかしたいのは『神隠し』ではなくて、『音央』なんだ。

「なあ、キリカ」

「うん?」

俺の声に返事をしながらもキリカは導くみたいに歩き続ける。
その行き先は何処なのか、というのは何故か気にならない。

「ありがとうな」

「わ、何もしないうちから感謝された」

驚きながらも嬉しそうなか、ニンマリ口になるキリカ。

「どんな状態でもモンジ君はモンジ君だからね。だから私は私なんだよ」

「ん?」

キリカの言葉に何か引っかかるが俺がその疑問を口に出す前にキリカは続け様に告げる。

「ちゃんと、魔女的に打算で行動しているって事。モンジ君に優しくするのも、ぜーんぶ自分のためだから、感謝し過ぎる必要はないんだよ?」

「ははっ、そう言ってくれるのが既に優しいよな、キリカは」

後で打算で動いていた、と思われないため、ではなくて。
キリカはこう言っているんだ。
「だから気にしないで」と。
……キリカを気にせず、俺は俺のやりたいようにやればいい。
そう、教えてくれたのだ。
だが、なんとなく気になった事があるから尋ねてみる。

「なあ、何でキリカは俺にそんなによくしてくれるんだ?
俺以外にも有能な『主人公』っていうのはいるんだろ?」

キリカのオカルト講義の中で、何人かの『主人公』の話を聞いた事がある。
彼ら、彼女らは歴史に名を残した『英雄』や『勇者』、或いは『聖女』で俺に比べたら間違いなく本物の『主人公』だった。
それに比べて俺は一高校生に過ぎない。
ヒステリアモードになれば別だけどな。

「モンジ君はモンジ君だからだよ」

さっきと同じ言葉を理由にするキリカ。
俺が考え込むとキリカはクスクス笑って手を強く握り締めてきた。

「魔女が、打算以外で……こうやって手を握りたくなるような子だから。普段の君はなんというかな……『力』とか『情報』以外の何かで私達を支えようとしてくれるからね」

力や情報ではない何か。
俺にそんなものがあるとは思えないんだが……。

「だからきっと、『神隠し』にだって負けないんじゃないか、って思っちゃった」

「そう、なのか?」

「これが全く赤の他人である『神隠し』なら別なんだけど。なんせ……音央ちゃんなんでしょ?」

確信しているように、その名を告げるキリカ。
だから俺もその名を告げた。

「ああ、夢の中で遭った少女は、音央だったよ」 
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