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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第十六話。魔女の代償……

「代償……どんなものかな?」

「支払う代償は大きければ大きいほど、魔術の力は上がるの」

「ああ、ようはゲームでいう、MPとかみたいな術を発動させる為に使う魔力みたいなものなのか?」

「うん。この間の『霧』の魔術を使う場合ならそうだね……」

「ああ……キリカと戦った日の朝に出てたヤツだね」

あの朝の霧はやっぱりキリカが造り出していたのか。
どうりでいつもより深いと思ったよ……。
魔術で自然の法則を無視して『霧』を出せるとか、流石は『魔女』だね。
あの朝の光景を思い出していると、キリカが告げた。

「例えば……あの霧を1時間発生させるのに必要な代償は、一週間分の味覚不全……とかね」

「なんだって⁉︎」

キリカが告げたその代償の大きさに驚きの声を上げてしまった。
キリカは甘い物が大好きだ。
あの日から数日後には皆んなでケーキバイキングにも行った。
他にも、クラスの友人達と食べ歩いていた姿を見かけていたが……言われなければ味覚不全なんて思えないくらいいつも通り、美味しそうに食べていた。

「すっごく美味しいに違いないものを、全く味わえない。しかも、それを一切悟られないように楽しく過ごす……みたいな代償だよ」

「キツい代償だな……それは」

味を感じないのはキツい。
感じないだけではなく、周りの人に悟られてないように『演技』までしないといけないんだ。
本当は美味しくないのに、美味しそうに。しかも楽しく過ごし、一緒にいる人には悟られてはいけない。
そんな代償をキリカはさりげなく支払っていた。
女の子は演技上手、とはキリカが言っていた言葉だが、全く俺にそんな気配を感じさせずに楽しんでいたのなら、それは、なんというか……。

「ごめんよ。気づいてあげられな……って、そうか。気づかれたら代償にならないのか」

こっち(・・)のモンジ君ならそう言ってくれると解ってたから余計にね」

こっち、とはどっちの俺の事を指しているのか、気になるが。
それよりも重要なのはキリカの代償の方だ。今までのキリカの話を聞いて解ったが。
キリカは代償を……隠さなくちゃいけない。何故なら、それを自分で設定したからだ。
______わざと、苦しい道、理に反する代償を支払う。
それがキリカの魔術なんだろう。
他にも理由がありそうだが。

「キリカ、もっと詳しく聞かせてくれるかな?」

「うん、いいよ。後はそうだね……使い魔のあの子達には、定期的に血をあげるの。たま〜に貧血っぽいのはそのせいなんだよね」

キリカのその発言により、キリカと戦ったあの時に、キリカの血に群がっていた蟲達を思い出す。
そういえば、大量に群がっていたな。

「結構あげてるのかな?」

「普通の人の献血の2倍くらいかな?」

普通の人の献血が一回で400㎜ℓだから……キリカの場合、一回で800㎜ℓくらいか?
年間だと1200㎜ℓまでしか献血できないから一回蟲達に献血しただけでかなりの血液を失う事になるんだな。
『魔女』が支払う代償って大きいんだな。

「魔女とはいえ、辛くないか?」

「あは、ありがと、モンジ君。辛くないと、魔女じゃないんだよ」

『魔女』だからこそ、辛くても『代償』を支払う、か……。
魔女の大変さを知ってしまったな。
一見なんでも出来るように見えて、その実、支払うのが大変。
だけど『強い魔女』として君臨する為には、それらを余裕で支払っているフリをしないといけないわけで。
……ロアっていのは、自分も他人も騙しながら生きていかないといけない存在なのかもな。
そんなキリカの代償を聞いた俺は、キリカの魔術が万能だからといって、あんまりキリカを頼る事はしないようにしよう、と心に誓った。

「他のロアもそういう辛い代償とかあるのかな?」

「ない場合がほとんどかな。完全に『物語』や『伝説』をなぞっているからこそ、特殊な力を使えるのがロア達なの」

「なるほどなぁ。それじゃあ、キリカから見たら他のロアは結構チートに見えるのかな?」

『魔女』はどこの国に行っても大抵通じる存在だが、その実、結構弱点が多くあって、苦労するようで。『魔女』以外の他のロアは、大抵、代償もなく能力が使えるようなので『魔女』であるキリカからしたら結構不憫なのかもしれないな。『魔女』というロアは。

「う〜ん……他の子は他の子で、ちゃんと手順を踏んで、きちんと名前を残さないと消えちゃうからその辺りが大変そうだけど。私はその点、いつ力を使うのも自由だし、何を食べるのも自由だし。消える確率もほとんどないからね」

「なるほどね……キリカなら普通にしてるだけでも、可愛い『小悪魔』っ子とか噂されてるからね」

「あはっ、ありがと」

キリカの嬉しそうな笑顔を見ると心が和むな。
やはり、今後も俺や一之江が現地調査で、キリカが情報担当の癒しキャラ役の方がいいのかもしれないな?

「って、話大分逸れたね」

「そうだね。まあ、記憶の操作そのものはそこまで難しくないんだけど」

「そうなのか?」

「うん。『そういう逸話』があればいいだけだから。例えば『魔女』の場合、『いつの間にか貴方の隣にいて、当たり前のように生活しているかも?』みたいなお話あるじゃない」

「ああ、聞くといかにもそれっぽいな」

「私の記憶操作はそれを利用したものだから、ある意味ロアにしてみるとベタな力かな」

記憶を操る、なんて万能な力っぽいが、キリカみたいなロアからすると別に凄い事ではないみたいだ。

「今回の場合、厄介だな、とは思うけどね」

「やっぱりそうなのかな?」

「本当ならモンジ君には戦ってほしくなかったんだけどね『神隠し』」

「確かに、戦いた……くはないなぁ」

『神隠し』とされてるが、あの夢は。
とても優しくて、穏やかで、気持ち良かった夢だからな。

「戦っても、勝てないと思うもん。『神隠し』っていうのは昔から『いる』と思われている、妖怪とか伝説レベルに近いロア。『魔女』みたいに弱点がいっぱいあるようなモノじゃないものね」

『魔女』であるキリカが勝てないと言い切るからには、勝率はかなり低いんだろう。
勝てないと言い切ったキリカは、俺の為に頭をひねって対策を考えてくれている。

「『神隠しのロア』が確実に存在しているから……先に倒す方法かぁ……うーん」

キリカが頭を悩ませるのも無理はない。

「一之江の時みたいになんとかする方法は?」

「『神隠し』は攻略出来ないんだよ。解決方法っていうのがないから」

「く、口説くとか」

「あははっ! モンジ君なら出来るかもしれないけど。でも、夢の中のモンジ君はそれが幸せになっているんだよね? しかも、自分の事を忘れている状態で」

「うぐっ、確かに……」

「口説けるかもしれないけど……『この世界』の事を忘れているモンジ君が、果たして『この世界』に連れて帰ってこれるかな?」

そう。忘れていたら、そもそも戻りたいとも思えない。
思えないから、知らない世界に回帰したいなんて思うわけがないんだ。

「うーん、どうしたらいいのかな?」

「まあ、その鍵が彼女なのかもしれないね」

「うん?」

意味有りげに呟いたキリカは風になびく髪を押さえながら、俺の顔をまじまじっと見つめた。
……何かを知っているという感じに。
そして、その時、俺の脳内に浮かんだのは。
今日いきなり去ってしまった少女の姿で。

「……そう、だな」

音央は何かを知っている。
そう思えてならなかった。



2010年6月3日。午後10時。一文字家、疾風の部屋にて。

帰宅して夕飯や風呂を終えた俺はベッドに横になって天井を見上げていた。
思い起こすのは、音央の事ばかりだ。

『ごめん、あたし、先に帰るね』

悲しそうな、辛そうな顔をして去っていった音央。
一文字の中学時代からの友人で、いつも元気な明るい少女。
そんな彼女に、あんな顔をさせてしまった。
それがどうしても……気になって仕方がなかった。
どうして、あんなに寂しそうな顔をしていたのだろうか?
どうして、あんなに苦しそうな顔をしていたのだろうか?
どうして……俺に謝ってきたのだろうか?
どうして……。

「考えろ! 遠山金次」

尋ねれば、話せば解る、なんていうのは幻想だ。
全部の『どうして』を聞き出すのは、考えるという事を放置したのと同じだ。
全部の『どうして』を聞き出すのは友人を……人の心を考えない、大切にしないヤツがやる事だ。
俺は……彼女の『どうして』を考えたい。

「謝った、っていう事は申し訳ないって事で……」

彼女が俺に罪悪感を持っている、という事だ。
そして、思い当たるのはそれより少し前の会話。
俺が『神隠し』の夢を『二度』まで見てるという会話。
音央は……彼女は、俺が『8番目のセカイ』で『妖精の神隠し(チェンジリング)』を知る前に、既にその内容を知っていた。

「何故知っているのか……」

その噂をどこからか聞いている、というのが一番よくあるパターンだが。
それでは謝る理由にならない。
知っていたのに教えなくてごめんね、という感じでななかった、からな。
むしろ、自分が何か悪い事をしているから、そんな表情だった。
って、まてよ。
______『自分』が?

「まさか」

よく考えろ、遠山金次。
音央が見ていた夢とはどんなものだった?
音央が言っていた、あの時の言葉を思い出す。そう、確か……。

『そういや、あたしも最近変な夢を見るのよね』

出だしはこんな感じだったはずだ。

『ハッキリ覚えているわけじゃないんだけど。あたしが、誰かと知らない部屋にいるの』

『たまに見る夢なんだけど、一緒にいる人はちょくちょく入れ替わっていく感じ』

『なんでか知らないけど、悲しい気分になる夢でね』

『あたしは、その人とずっと一緒にいたいのに、必ず『別れ』があるの』

『ずっと一緒にいちゃいけない、みたいな。それで、お別れするとぎゅううっと胸が苦しくなって目が覚めるの。起きたら泣いてる事もあったりして』

______必ず別れがある、不思議な夢。
その夢に、もし『俺』が出ていたとしたら?

「音央、アイツ、まさか……」

俺はガバッとベッドから身を起き上がらせた。
もし、アイツの見ている夢と、俺が見ている夢が『同じ』夢だったとしたら?
あの夢の少女が……音央?




コンコン。




「うおっ⁉︎」

「ん……どうかしましたか兄さん?」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

部屋のノックにビックリして声を上げると、ドアの向こう側から理亜と金女の声が聞こえてきた。

「ああ、いや……寝ぼけていただけだ」

「そうですか? ともあれ兄さんお風呂上がりましたよ」

「そうだよ、早く入らないとダメだよ?妹の汗が溜まった妹風呂だから早く入ってね、お兄ちゃん」

「「って、妹風呂ってなんだよ⁉︎(ですか?)」」

ハモって同時に金女に突っ込みをいれた俺と理亜。

「妹の体液とか、妹の髪の毛とか、妹の……「あー、もう解った。直ぐに湯を入れ替えろ。後で入るから……金女、お前は少し落ち着け」……もう、お兄ちゃん非合理的〜」

そう言いながら金女の気配はなくなった。
おそらく言った通りに風呂を入れ直しに行ったのだろう。
本当、なんで金女はこんな残念な思考回路してんのかね?
人工天才(ジニオン)でアメリカの有名大学を卒業してるくらいに頭はいいのに……。
なんでこんなに残念なんだ。

「兄さん、スミマセン」

「いや、理亜が謝る事じゃないだろ?」

「ですが……金女さんより先に上がったせいで兄さんに迷惑を……」

「迷惑とかそんな事考えるな。家族だろ、俺達は!
迷惑はかけていいんだ。迷惑をかけて、かけられるのが家族なんだから」

「あ、そう……ですね。ふふっ、兄さん、ありがとうございます。それじゃあ今後も迷惑をかけますね」

「ああ、どんと来い!」

ただし、女性関係は勘弁してくれ。

「それじゃ、私はかなめさんの様子見てきますね。
兄さんも直ぐに来てくださいね」

「ああ、解った。って、あ、そうだ理亜」

「なんですか?」

「念のため、なんだが。音央の事は覚えてるか?」

これで『知りません』とか言われたらショックなんだが。

「何度かお会いしましたよね。私にも大変よくしてくれました。それに、兄さんが音央さんの話をする時は必ずスタイルの話題になりますので、覚えています」

「うぐっ、ま、まあ、覚えているならいいんだ」

スタイルの話題をしていたのは一文字疾風であって『俺』じゃない。
ヒステリアモード時の俺なら何か言い出すかもしれないが俺が女性のスタイルを言うわけない。
……ないぞ?

そんな事より、俺が理亜に音央の存在確認をしたのにはわけがある。
以前、『ロア喰い』を調べた際にあった事だが、『人々の記憶から消える』というのが今回の『神隠し』にもある出来事だからな。
音央という存在は確かにいて、理亜という証人もいる。
その存在自体が消えたわけではない。
それを確認出来ただけでもホッとした。

「最近、音央のヤツ頑張っているらしいんだけどさ。アイツの噂って何か知ってるか?」

「ええ、頑張られているようですね、雑誌モデルなどもされていますし、それ以外に何か……中学校での評判、などですか?」

「そういうのでもいいし、昔の話が噂になっていたりとか、そんなのでもいい」

「ん……思い出してみます」

ドアの外で考え込むような理亜の気配があった。

「あ、そういえば」

「ん、何だ?」

「音央さんは昔、神隠しに遭ったそうですね」

「え……?」

その単語が理亜の口から出た事に驚いてしまった。
音央自身が……『神隠し』に?

「ほ、本当にか?」

「ええ、音央さんの熱狂的なファンの子が言っていました。迷子になって、1日だけいなくなったとかなんとか。誘拐ではないかと思われたそうですが、翌日には帰ってきたそうです。その時の証言から、単に迷子になっただけって話で落ち着いたとか」

「……そうか」

「女の子が1日いなくなった、という噂でその近所は大騒ぎだったそうですよ」

『神隠し』。
音央自身が『神隠し』に遭っていたという噂。
俺の頭の中で、何かが符合しそうだった。
『神隠し』に遭った音央。
近所で騒がれた音央の『神隠し』。

「ありがとうな、理亜」

「いえ、また民俗学ですか?」

以前適当に吐いた嘘を思い出したのか、理亜が尋ねてきた。

「いや、友達の悩みを解決したいだけだ」

「……なるほど。頑張ってくださいね」

「ああ」

俺が一人で悩んだりしていても仕方がない。
今の俺が一人でできる事なんてタカがしれてるしな。
ひとまず頭の中を整理する為にもひとっ風呂浴びてくるか。

「じゃあ、風呂に入るかな。せっかくだから理亜、一緒に入るか?
妹風呂をしよう」

「冗談は脳だけにしてください」

「脳を否定された⁉︎」

「それでは」

俺の冗談に、即答して。
クールな言葉を残して去っていく理亜。

「よしっ!」

ヒステリアモードじゃない、こっちの俺だが、考えるだけ考えて、まとめるだけまとめてやろう!
そしたら、明日。
音央と話をしてみるか。

俺はそう思っていたのだが……。






翌日から、音央は学校に来なくなって。



______そして、まるで『神隠し』に遭ったかのように、その行方は突然解らなくなっていたのだった。 
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