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ルドガーinD×D (改)

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四十一話:不幸の始まり

 
前書き
少しオリジナルの言葉や展開を加えています。
それでは本文をどうぞ。 

 
ルドガーが走り去っていったと思うと突然、景色は移り変わり洞窟のような場所をルドガーが走って行き、黒づく目に仮面という何とも怪しげな格好の男達を従えた一人の白いコートを着た眼鏡をかけた背の高い男性を目指している場面になり黒歌達を驚かせた。そしてルドガーの目指している男性を見て黒歌はルドガーにどことなく似ていると思った。


『ギリギリだな、ルドガー。お前、これがクランスピア社の入試試験ってわかっているんだろうな?』

『わかっているよ、兄さん……ただ夢見が悪くてさ』


『兄さん』ルドガーのその言葉にその様子を見ていた黒歌達の視線は一気に男性に視線を集中させる。ルドガーの兄は一見すれば穏やかな人物で荒事には不向きの様に見えるがよくよく見ればその顔と漂わせる雰囲気はかなりの手練れという事を示している。その事に気づいたヴァーリや美候は手合わせしたいと呟くが、すぐにここが記憶の中だと気づきがっくりと肩を落とす。


『兄さんはよせ。今日の俺は、お前の試験官だ。ユリウス試験官と呼べ。クランスピア社の試験はコネでどうにかなるものじゃないぞ』

『はい、ユリウス…試験官』


ルドガーの兄―――ユリウスの指示に従い、かなり言い辛そうにユリウス試験官と言うルドガー。そんな様子にユリウスは一瞬柔らかな兄としての微笑みを浮かべるがすぐに気を引き締めて試験官としての顔に戻る。

そんな微笑ましい様子を眺めながら祐斗はルドガーの現状を考察していく。まず、ルドガーはクランスピア社という会社の試験に来たという事、そして何故かは知らないが記憶であるにもかかわらずルドガーの年齢は間違いなく自分よりも上だという事。そして何より―――


「とても殺し合いをするような兄弟には見えない……」

「ええ、とても仲の良い、どこにでもいるような兄弟ですわ」


祐斗の呟きに朱乃も同意を示す。他の者も同様の意見だ。ユリウスとルドガーはどこにでもいる兄弟なのだ。変わった点は見受けられない。そう、表面上では。


『それにしても、夢見が悪いなんてどうしたんだ?』

『……兄さんに殺される夢を見たんだ』

『俺が、お前を殺した…?』


ルドガーのその言葉にユリウスの声が僅かに重く低いものになり、目も鋭くなったことにルドガーは気づかなかったが、黒歌達は第三者の視点から見ていたためにそれに気づいた。そして何より、殺されたという単語に反応した。そしてユリウスの次の言葉に何かヒントがあるのではないかと集中するがすぐにそれは徒労に終わる。


『ま……お前が俺のトマトシュークリームを勝手に食ったら、そうなるかもな?』


「「「「ああ、この人、間違いなくルドガーの兄弟だ」」」」


ユリウスのトマト好きが発覚したことにより、満場一致でルドガーの兄だと確信する黒歌達。黒歌に至っては以前ルドガーのトマトシュークリームを勝手に食べたら襲われたのでユリウスの言葉が全く冗談に聞こえなかったが。


『さあ、今は夢よりも現実だ。試験を始めるぞ』

『武器は、これを使え』

『ああ』


ルドガーはクラン社のエージェントに支給される双剣を受け取り、慣れた手つきでクルリと回して、黒歌達が見慣れた構えをする。


『ふっ……同じ構えか。やはり兄弟だな』

『兄さん……ユリウス試験官の教えの賜物です』

『おいおい、こんな所でゴマを擦っても何も出ないぞ。……とにかく、頑張ってこい』


最後に何かを押し隠すような顔をして頑張れというユリウスに対してルドガーは無邪気な笑顔を浮かべてお礼を言い、そのまま気合を入れて試験内容である訓練場内に放たれた魔物五体を倒しに行った。そんなルドガーの姿が見えなくなったところでポツリとユリウスが声を零す。


『弟の頑張りを無下にするのは心苦しいがこれもあいつを守る為だ。すまないな、ルドガー……』


その後、ユリウスは試験が終わったと思った矢先に現れた魔物に襲われそうになっていた女性を助けるために魔物に倒されたルドガーに不合格を言い渡した。その事に先程の言葉を聞いていた黒歌達は疑いを抱いたがこの時のユリウスの真意を知ることは誰にもできなかった。





場面はそこで再び変わる。ルドガーが住んでいると思われる、マンションの一室が朝を迎えていた。ルドガーは大切な入社試験に遅れそうになったこともあるというのに幸せそうに惰眠をむさぼっていた。その様子に黒歌達は微笑ましそうに笑いを浮かべて何となしに今が何時頃なのか調べようと思ってルドガーの部屋に置いてある時計を見てあることに気づく。


「……すいません、誰かあの時計読めますか?」

「時計? ……あれ、何だ、あの文字、外国語か? 部長わかりますか?」

「私にも分からないわ。それに……時計だけじゃないわ、この部屋にある全ての文字が見たこともない文字よ」


小猫が時計の文字が読めないことに気づき、他の者に聞いてみるがイッセーも分からず、この中で最も教養がありそうなリアスに聞くがリアスもまた見たことのない文字であるために首を捻る。しかし、幾ら考えた所で地球という概念にとらわれている限りは答えに辿り着くことは出来ない。


『おーい、ルドガー! いつまで寝ているんだ』


黒歌達が考えていた所でユリウスがルドガーを起こす声が聞こえてくる。その声にルドガーはまだ眠そうな瞼をこすりながらもベッドから起き上がり身支度を整えてから部屋から出て行く。それにつられて黒歌達もついて行くとリビングのテーブルに座ってルルと戯れていたユリウスが若干呆れた顔でルドガーに声を掛けて来た。


『駅の食堂への初出勤だっていうのに、いい度胸しているよ』


ユリウスの言う通り、今日はルドガーの記念すべき初出勤の日なのである。それにも関わらず、ギリギリまで眠るルドガーに対して黒歌達も若干の呆れを見せる。ユリウスにそう言われると流石に気まずくなったのかルドガーはユリウスから目を逸らす。そんな様子にユリウスは『全くこいつは、可愛い奴だ』といった感じの暖かい視線を向ける。その様子に黒歌達はユリウスがかなりのブラコンであることを悟る。


『兄として一言、言っておくべきかな?』

『お願いします、兄さん』

『そうあらたまられると緊張するが……』


ユリウスは椅子から立ち上がりルドガーの元へと歩み寄り、元気づけるようにルドガーの肩に手を置く。そんな様子を見ていると兄というよりもどちらかというと父親みたいだなと見ていた黒歌達は何となしにそう思う。


『やっと決まったコックの仕事だ。しっかりやりなさい』

『ぷっ』

『笑うなよ』


やけに改まった様子のユリウスが面白かったのか、思わず吹き出してしまうルドガー。そんなルドガーの様子にこちらも少し笑いながらルドガーの頭に大きな手を置き、ワシャワシャと撫でまわすユリウス。

そんな子供相手の様な行動にルドガーは照れてその手を払いのける。小猫はそんなルドガーの様子にある種の新鮮味を覚える。小猫の知っているルドガーはいつも誰かを撫でる側であったので自分と同じように撫でまわされるルドガーには親近感を覚えた。


『ナァ~!』

『ルルも腹が減ったてさ。飯にしよう』

『ああ』


ルルの声に反応したユリウスが素早くルルが何を求めているかを当ててルドガーに自分達も飯にしようと提案する。その提案にルドガーも頷いてキッチンに朝食を作りに向かう。その間にもルルは早く餌をくれとユリウスにアピールする。

そんな様子に黒歌はなぜ、ルルがこうも太っているのかを何となく察する。恐らくはユリウスがルルのおねだり攻撃に耐えきれずに餌をあげてしまうのだろう。ルドガーは健康管理には人一番、気を使うのでルルが太るほど餌を与えたりはしないはずだ。それにしても……立派なお腹だと黒歌は思う。


「白音はこうなったらだめよ」

「……姉様は私を何だと思っているんですか?」


そんな姉妹の会話がユリウスたちに聞こえるわけもなく、ユリウスはルドガーに今朝のメニューを尋ねる。


『シェフ、今朝のメニューは?』

『トマト入りオムレツだよ、兄さん』

『お前……俺にはトマト食わせとけばいいって思っているだろ? 間違っちゃいないけどな』


そんなユリウスの言葉に黒歌達はルドガーのトマト好きはユリウスからの遺伝なのだなと理解する。そして同時にどこまでも平穏で変わり映えの無い日常に生きているルドガー達が朝食を食べ終わり、後片づけをするというこれまたどこにでもありそうな光景の中で違和感を感じ取る。

それはテレビから流れるニュースから聞こえてくる単語だ。『自然工場』『クランスピア社』『エレンピオス』クランスピア社はルドガーが入社に失敗した会社だという事は知っているが『ティシュから空中戦艦まで』というキャッチコピーは異常だ。しかも政府と連携すら取れる企業らしい。

しかし、それだけの会社なら一度は耳にしていてもおかしくはないはずなのだが誰一人として聞いたことがない。『自然工場』に『エレンピオス』という名前も聞きなれないものだ。そこで黒歌達はルドガーの出身がどこであるかを聞いたことがないことに気づく。冥界で拾われる前にどこに居たのかは誰も知らないのである。


〔本日十時、トリグラフ中央駅から式典用の特別列車が運行され、記念セレモニーには、クランスピア社社長ビズリー氏ら、多くの著名人が出席する予定となっております〕

『特別列車……お前の勤め先から出発するんだな』

『うん』

『そういや、なにか欲しい物はあるか? 就職祝いってやつだ』


そう言われてルドガーは少し考える。そしてふと現在、ユリウスがメンテナンスをしていてテーブルの上に置いてある、真鍮と銀の懐中時計が目に入る。ルドガーにとっては兄がいつも大切に手入れをしている物なので小さい頃から憧れていたものだ。だからこそ、ダメだろうなとは思っていたが言ってみた。


『兄さんの時計が欲しい』

『っ! ……こんな古いのを? 時計ならいい腕時計を買ってやるよ。ああ、ネクタイがいいかもな。駅で大勢の客相手に働くんだ。身だしなみは大切だぞ』


ルドガーが時計を欲しいと言った瞬間、ユリウスの顔が僅かにこわばるが直ぐに何でもないように取り繕って話を逸らそうとする。ルドガーは気づかなかったがその様子に黒歌達は眉をひそめて顔を見合わせる。ユリウスは間違いなく何かを隠していると全員の意見が一致する。


「あの時計って……骸殻を使う時に必要な物よね?」

「ええ、リドウもヴィクトルも確かに同じ型の時計を持っていました」

「という事は、ユリウスさんは……ルドガーさんに骸殻を使わせないようにしているということでしょうか?」


ヴァーリの問いかけにアーサーが頷き、ルフェイが推測を立てる。しかし、なぜユリウスがルドガーを時計から遠ざけようとしているのかの本当の理由はまだ彼等には分からなかった。黒歌が話し合っている間にユリウスは仕事の時間だと言って時計を持ち家から出て行ってしまった。そんなユリウスに続く様にルドガーも家を出ていくと再び場面が変わった。




『あなたのおかげで無事に駅に着くことが出来ました。あ、それと僕はジュード・マティスです』

『俺はルドガーだ。別に気にするなって駅に行くついでだったんだし』


場面は大きな駅らしき場所でルドガーが黒髪で白衣を着た青年と握手を交わしている所だった。白衣を着た青年の名前はジュード・マティス。本来なら一緒に行くはずだった幼馴染みが急に行けなくなってしまった為に駅までの道が分からずに困り果てていた所にルドガーに声を掛けられて助けられたのだ。

ジュードは最後に道を教えてくれたルドガーに感謝の気持ちを述べてから特別列車へと駆け出していった。その姿を見届けてからルドガーは爽やかな気分で職場に向かおうとして駅員に呼び止められる。


『ちょっと駅員室に来てもらえるかね。八歳ぐらいの女の子が、君に妙なマネをされたと言っているのだが』

『はあっ!?』


「「「「ロリコンだったの(か)!?」」」」

「ルドガー……私が正常に戻してあげるから安心するにゃ」

「ルフェイ、ルドガーの範囲百メートル以内には入ってはいけませんよ」


黒歌達は一応叫んではみたり失望したりしているものの、ルドガーをずっと追っていたのでその様なことをルドガーがしていないのは百も承知だ。つまりはノリだ。しかし、ルドガーの様子を詳しく見ていなかった周りの人達はルドガーがロリコンの犯罪者だと断定し、冷たい視線をルドガーに向ける。

その中でルドガーは必死に誤解を解くために中心人物である少女を探す。その少女は帽子を被り背中にはリュックを背負った姿をしており。ルドガーと“同じ色”の目でルドガーを見つめ口を開いた。


『(ご、め、ん、ね)』


口パクでそう伝えると改札口を、金を払わずに潜り抜け、何故かルドガーの飼い猫であるルルを引きつれて電車の中へと消えていった。そこでルドガーは確信した。自分は無賃乗車のダシに使われたのだと。

ルドガーは自分の不幸を嘆く、初出勤の日に痴漢冤罪をかけられたのだ、折角の採用は無くなるだろう。下手すればこのまま刑務所に入れられてしまうかもしれないと思っていたその時―――


――――ドガァァァンッ!


凄まじい爆発音が駅に響き渡り、その爆発に乗じて謎の武装集団が辺り構わずに発砲しながら特別列車に乗り込んでいった。


「ひぃぃぃっ! な、なんですかぁぁぁっ!」

「列車テロというやつだろうな」


悲鳴を上げるギャスパーとは正反対にゼノヴィアは冷静にこれらの出来事はテロが引き起こした物だと判断する。

ルドガーはこの騒ぎで逃げ出せば痴漢冤罪のことを有耶無耶にできると考えたがそれでも自分に冤罪をかけたあの少女と愛猫ルルが心配だったので面倒事に巻き込まれることを覚悟で、本人的にはカッコよく決めながら改札口を飛び越えて列車に乗り込んだ。





ルドガーが列車に乗り込むと黒歌達の景色も変わり、いつの間にか列車に乗り込んだことになっていた。そして列車に乗り込んだルドガーは辺り一帯に広がる乗客と乗組員の死体に顔を歪ませながら、少女と愛猫が同じ状態になっていないことを祈りながら列車の中を歩き始めた。


『ナァ~』

『ルル! 無事だったか? この子は!? ……よかった気絶しているだけみたいだ』


ルルの鳴き声に反応して行ってみると、少女が倒れていたので慌てて抱き起すが、息をしていたためにホッとするルドガー。そして少女がユリウスの真鍮の時計と瓜二つの時計を首からかけていることに気づく。その事に興味をもったルドガーが時計に触れると、時計は一瞬、光を発したかと思うと同時に消えてしまった。


『なっ!?』

『うぅ……ん……』


ルドガーの驚いた声で意識が戻ったらしく少女が目を覚ます。ルドガーは一先ずそれに安心してどこか身を隠せる場所に移動しようとするが運の悪い事に丁度見回りをしていたテロリストの一人に見つかってしまい問答無用で銃弾の雨を浴びせられる。このままではいずれ殺されてしまうと思ったルドガーは少女とルルを座席の陰に隠して単身テロリストに立ち向かう。


『はああっ!』

『こいつ、エージェントか!?』


座席の上を飛び回り、蹴りを入れたりなどトリッキーな動きをしながらテロリストに対抗するルドガーだったがこの頃のルドガーではまだ素手で銃を持った敵の相手をすることが難しく、腹部に蹴りを入れられて引き下がった所で銃を突きつけられてしまう。


『終わりだ!』

『これっ!』


ルドガーがもうダメだと覚悟したところで少女から二本の剣が投げ渡される。が、テロリストは既に引き金を引いておりルドガーは煙の中に消えていった。全員が煙を凝視するなか、煙が晴れた先に居たのは全ての銃弾を双剣で受け止めていた、ルドガーだった。

その様子に過去の記憶とはいえ、ホッとする黒歌。そんな未来の恋人の様子を知るわけもなく、ルドガーはクルクルと無駄にカッコよく回してから双剣を構えあっという間にテロリストを蹴散らしてしまう。


『こわい人……もういない?』

『ああ……怖くないか?』

『平気だし……ぜんぜん』


明らかに強がりだと分かる返事にルドガーは思わず笑みをこぼす。しかし、その気の緩みが原因なのか背後に新たなテロリストの接近を許してしまう。それに気づいてすぐに振り向いたルドガーだったがテロリストは力なく崩れ落ちていく。そしてその後ろから拳を振り切った状態のジュードが現れる。その事にお互いが驚くがさらに後ろからジュードを褒め称えながら出てきた人物に三人と一匹の意識は集中する。


『そちらも、なかなかの腕をお持ちのようだ。私はクランスピア社代表、ビズリー・カルシ・バクー』


銀色の髪に大柄な体のビズリーがルドガーに対して手を差し出して握手を求めて来る。ルドガーはそれに対して若干迷ったものの握手に応じて自己紹介をする。


『ルドガー・ウィル・クルスニクです』

『ルドガー・ウィル・クルスニク……ユリウスの身内か?』

『本社のデータにありました。ルドガー様は、ユリウス室長の弟です……母親は違うようですが』


ビズリーの呟きに秘書であるヴェルが即座に反応してデータを調べ上げ、意味あり気に最後の部分を付け加える。その事実に黒歌達は驚きの声を上げる。どこにでもいる兄弟だと思っていたが腹違いの兄弟という事を知ると一気に暗く感じてしまうのは人の性だろう。


『そうか。では、私とも家族のようなものだな』


ほんの少しだけ笑みを浮かべながらそう言うビズリーの言葉はその時のルドガーにも黒歌達にも分からなかった。そんな時、突如として列車が大きく揺れてエルが小さく悲鳴を上げる。


『始めたな、アルクノアども』

『アルクノア!?』

『リーゼ・マクシアとの和平に反対するテロ組織です』

『連中は和平政策を支持する我が社を目の仇にしていてね。恐らくはこの列車を突っ込ませるつもりなんだろう』

『そんなの困る! エルはこの列車で“カナンの地”に行かないといけないの!』


エルの『カナンの地』という言葉にビズリーが反応を見せるがルドガーとジュードにとってはその一つ前の言葉の方が今は大事だったために、列車を止めるためにエルとルルをビズリーに預けて急いで先頭車両に向かう。再び出て来た聞きなれない単語に黒歌達も頭を捻るものの考えてもしょうがないとついて行く。その後ろ姿をビズリーが複雑そうな顔で見送っていたことに気づくこともなく。


『クラウディア……お前によく似た子だな』





場面は変わりルドガーとジュードが先頭車両に到着した場面になっていた。そして黒歌達の目に飛び込んできた光景は倒れ伏すアルクノア兵達と、その中心で骸殻から元に戻るユリウスの姿だった。


『ルドガー!? なぜ……』


ルドガーの存在に驚いて振り返るユリウス。その両手には銀の時計と真鍮の時計が握られている。しかし、ルドガーはまだ時計の力を知らないのか時計については何も言わずにどうしてここにいるのかと聞く。その問いに骸殻が見られていなかったと若干、安堵の息を吐きながらユリウスは仕事だと手短に言う。


『あ! パパの時計知らない?』


そこに消えた時計を探している少女とルル、そしてビズリーとヴェルが現れた。ビズリーは到着するとすぐに優秀な部下に自分も鼻が高いと言わんばかりにユリウスの働きを賞賛し始める。それに対して謙遜するユリウスであったがビズリーを見つめるその目は実に冷ややかであった。


『しかし、こんな優秀な弟がいたとは、大事に守ってきたようだな。優しい兄さんだ』


ビズリーの言葉はそのまま受け取ればルドガーを褒め、さらにはここまで育て上げたユリウスをも褒めているように聞こえる。だが、ユリウスにとっては罵倒よりも怒りを駆り立てる言葉であった。その証拠に凄まじい殺気がユリウスから放たれ、あちらからはこちらに触れないと分かっている黒歌達にさえ、身構えさせた。


『……当然だろう!』


ユリウスの双剣が容赦なくビズリーの頸動脈に襲い掛かるが、ビズリーはそれをほんの少し顔を動かすだけで避ける。そしてその後もユリウスが幾度となく本気で剣を振るうがビズリーはその場から一歩たりとも動くことなく全てギリギリのところで躱していく。


「社長さん強いわね……只者じゃないわ」

「おう、しかもルドガーの兄貴も相当な手練れなのにこの差だ。これじゃまるっきり化け物だぜぃ」

「しかし、一度手合わせしてみたくもあります」


ユリウスの行動に驚いているリアス達をよそにヴァーリと美候、そしてアーサーの戦闘狂は冷静にビズリーの実力を分析し尚且つ戦いたいと話しあっている始末だ。そんな様子をユリウス達が知る由もなしに戦闘を続けていき、形勢が不利だと判断したユリウスが懐から二つの懐中時計を取り出して構える。


『パパの時計! …あれ!?』


ユリウスが持つ時計を自分の時計だと思った少女が一歩前に踏み出した瞬間、少女の胸元に本来の彼女の時計が光と共に現れる。その光景にユリウスもビズリーも思わず戦いの手を止めて時計に視線を向ける。とその時―――


『我々は認めん! リーゼ・マクシアとの融和など!』

『しまった!』


物陰から突如現れたアルクノア兵が無差別に銃を乱射し始めたのだ。そのうちの一つが少女に向かって飛んできたがルドガーがそれを双剣で叩き落とし事無きを得た。しかしながらアルクノア兵はまだ攻撃をやめずに一つの弾丸がユリウスの真鍮の時計に当って時計を跳ね飛ばした。時計は少女の胸元に飛んでいき少女の胸元の時計と重なり合い一つになったように黒歌達には見えた。そんな中ルドガーは少女を安全な場所に非難させるためにその手を掴む。


『な、なに? …あっ!』


ルドガーがエルの手を掴んだ瞬間、時計から黄金の光と歯車が放たれ、少女の体を通してルドガーに伝わっていき辺り一帯を照らしていく。そしてルドガーの姿は苦しみながらではあるが変化していきクオーター骸殻へと変身する。そしてルドガーはまるで溢れ出す力の苦しみから逃れるかのように渾身の力を込めて槍をアルクノア兵の胸に投擲し、アルクノア兵を断末魔と共に壁に磔にする。

そして、それと同時に世界は歪んでいき、気づけばルドガーとジュード、そして少女とルルは列車の最後尾に戻っていた。そのことに訳が分からず呆然と自分の腕を見るルドガー。そして黒歌達もなにが起きたのか分からずに顔を見合わせている。取りあえずルドガーが少女の安否を確かめようと近づこうとするが少女はルドガーから隠れる様にジュードの背中に張り付く。


『えっと……』

『エルはエル。エル・メル・マータ』

『心配ないよ、エル』

『心配ある! その人も時計も変になったし!』


ジュードの心配ないと言う言葉にエルは否定の言葉を発する。そしてそのあからさまな拒絶の言葉がグサリとルドガーの心に突き刺さる。子供は純粋故に言葉を選んでくれない。ルドガー自身、確かにあの姿は子供には怖いだろうなと思うだけあって深くへこんで座り込んでしまった。そんなルドガーを気遣うようにジュードが話しかけて来る。


『えっと……僕、不思議なことに縁があって、四大精霊とか精霊の主とか、ね』


「精霊……やっぱり知らないわね。一体ここはどこなのかしら?」

「もしかして……違う世界とかは……ない、ですよね」


アーシアの言葉に全員が顔を見合わせる。本来であれば荒唐無稽の話であるが、ここまで自分たちのいた世界と共通点が無いとくればその線は十分に考えられる。それに以前アザゼルもそのようなことを言っていたと思い出す。そこで一先ず、彼女達は、ここは異世界だと決めることにした。

そして彼女達が話していた間にルドガー達は先程のジュードの登場と同じようにルドガーの同級生というノヴァとその上司であるヴェランドが現れて彼女から詳しい列車の状況を聞いていた。その時、黒歌がノヴァに対して警戒したように睨みつけていたのはご愛嬌だろう。

そしてノヴァから聞いた情報は白いコートのテロリストが乗客を無差別に殺害して回ったという物であった。それに対して特徴がマッチするユリウスが犯人であって欲しくないとそう思いながら再び車両を進んで行くルドガーであったが現実は非情であった。

先頭車両に到着したルドガー達を待っていた者は乗客と乗組員の死体が転がる中心で血だらけの双剣を手に持ち、返り血でその白いコートを赤く染めたユリウスであった。


『兄さ――『来るな!』――に、兄さん?』

『全部俺に任せろ……』

『何が起こっているのか教えてくれ』

『知る必要はない』


ルドガーも必死になってユリウスから説明を聞こうとしているがユリウスは断固とした拒絶の意志を示して何も答えようとしない。さらにはあの弟に向ける暖かな眼差しはどこにいったのだと思うような冷たい視線でルドガーを睨みつけている。しかし、そんなことで納得できるはずもなくルドガーは再びユリウスに説明を求める。だが―――


『必要ないと……言っただろう!』


そう叫ぶと同時に黒く禍々しい姿にユリウスは変貌しルドガーに襲い掛かって来る。その禍々しい姿に思わず、ギャスパーだけでなくアーシアとルフェイも悲鳴をあげてしまう。ジュードがとっさに襲い掛かるユリウスからルドガーを庇うが止め切ることが出来ずに結局、二人纏めて吹き飛ばされてしまう。

その後、何とか態勢を立て直してジュードと共にユリウスを撃破したルドガーであったが実の兄の変わり果てた姿に言葉が出ずに黙り込んだままユリウスを見つめる。ジュードはそんなルドガーに思うところがあったのだが今は列車を止めなければ死んでしまうので急いで運転席へと向かっていった。


『ひっ、何これ!?』

『この化け物が……うちの社員を! おい! さっさと殺せ!』


先頭車両にやってきたノヴァがユリウスの変わり果てた姿に悲鳴を上げ、ヴェランドが自社の社員の仇とばかりに怒りをあらわにし、ユリウスを殺すように命じる。しかし、ルドガーにとっては例え人殺しであってもユリウスがたった一人の兄であることには変わりがないので苦しそうに目を閉じて拒絶の意志を示す。


『兄さんを……殺せるわけがない!』

『かばうのか? この化け物を!?』


その様子に小猫は深い共感をする。もし、黒歌が世間一般で言われているようなただの凶悪なはぐれ悪魔だったとしても自分も殺せるとは思えない。恐らく、ルドガーと同じように拒絶するだろうと考える。


『優しいな……お前は……』


柔らかな、今朝ルドガーと話していた時と同じような声を出すユリウスにルドガーはホッとする。いつも優しい兄に戻ってくれたのだと、これは何かの間違いだったんだとそう思い、兄に近づこうとしたがその瞬間、一陣の風と共にユリウスの剣がルドガーの頬の横を突き抜けていく。


『だからっ!』


ノヴァとヴェランドが胸から血を吹きだしていきながら崩れ落ちていく。そしてその後ろには赤黒い血の付着したユリウスの剣が壁に突き立っていた。ユリウスが二人を殺したのだ、ルドガーがユリウスを殺さなかったために。

茫然と立ち尽くすルドガーにユリウスは近づきその首筋に剣を当てる。その様子にイッセーはルドガーから言われたある言葉を思い出す。『守ることを選べば相手を傷つけ、傷つけることを拒めば守れない』この惨状はルドガーがユリウスを傷つけることを拒んだためにノヴァ達を守れなかったのだ。その事実にイッセーはどうしようもないやるせなさを感じてしまう。


『来るなと言ったんだ!』

『やあああっーー!』


惨たらしい現実に八歳のエルは耐え切れなくなり悲鳴を上げる。するとその悲鳴を引き金として辺り一帯を包み込む程の強烈な光が、エルが身に付けている時計から放たれ、ルドガーを包み込んでいく。そして、ルドガーは再び骸殻を纏うことになる。


『うおおおおおっ!』


今にも泣きそうな雄叫びを上げながらルドガーは手にした槍でユリウスを貫く。肉を貫いた嫌な音が辺り一帯に響き渡る。その様子に黒歌達は思わず目を背けたくなるが一番辛いのはルドガーだと思い、その様子を目に焼き付ける。黒歌達はこれがルドガーの言った兄殺しだとこの時思ったが真実が違うことにはまだ気づいていない。


『ル…ド…ガー……』


槍に貫かれたユリウスは最後にまるで泣きそうなルドガーをあやすかのように頭を撫でようとしたところで黒い霧となって消え、ルドガーの槍の先端には黒い歯車を組み合わせたような物だけが残った。


『ダメだ! ブレーキが壊されて……!』

『な、なにこれっ!?』


二回から飛び降りて来たジュードとルルの傍に居たエルがルドガーの姿と槍の先に付いている物体に驚いたところで物体が砕け散り、そこから光が出現する。そしてその光が大きくなるのに呼応するかのように世界は歪んでいき、そのまま―――砕け散った。


『『『うわああーー!?』』』





そこで再び場面が変わり、バーらしき店でルドガーは目を覚ました。そしてもしかしたら先程までの事は夢だったのかもしれないと思っている所に非常にもそれが現実だったことを知らせるニュースが耳に入って来る。そして、取りあえず自分の現状を知るためにルドガーが立ち上がったところでバーチェアに座る赤いスーツに長い髪の男が目に入った。黒歌達はこの男の名前を知っていた。


『列車テロだってさ。ぶっそうだねえ』


「「「「リドウ!?」」」」


かつて、コカビエルと共にイッセー達と敵対し、陰湿な嫌がらせや黒歌を人質に取るなどの行動をした卑怯な人間の筆頭にあげられそうな人物が目の前に居たのだ。そのことにここがルドガーの記憶の中であるにもかかわらずイッセー達は身構えてしまう。

しかし、この時のルドガーはまだそんなことなど知らないのでどうして自分がここに居るかを聞いてリドウが助けてくれたことを聞くと素直に礼を言う。一方の黒歌達はそんなリドウらしからぬ行動に警戒するがジュードがバーに入って来たことで意識をそちらに向ける。


『リドウさん、ルドガー達の様子はどうですか?』

『問題なく治療完了。二人共ね』

『さすがはクランスピア社の医療エージェントですね』

『いやいや、俺の医療黒匣(ジン)が精霊術より優れているだけだよ』


黒歌達には黒匣(ジン)も精霊術という単語もよく分からなかったがとにかくリドウが嫌な奴だという事だけは再認識できた。その言い草にジュードも顔をしかめるが直ぐに電話がかかって来たので外に出て行く。

そして、手持無沙汰になったルドガーがテーブルの上に置いてあったエルとユリウスの時計が一つになった時計を手に取りマジマジと眺めているとエルが起きたので大丈夫かと声を掛ける。それに対して大丈夫とエルが答えたのでルドガーはホッとして時計をポーチにしまう。しかし、エルにとってはその行動は自分の時計を盗られた様なものなのですぐにルドガーにしがみついて返してと言い続ける。


『エルの時計とったー! ドロボー、ドロボー! ドロボーーッ!』


その言い草にルドガーも心苦しくなるものの、この時計に起きた数々の不思議な現象の説明をすることが出来ないので何も言えずにただエルに振り回されるままにする。


『取り込み中すまないが、二人あわせて1500万ガルドだ。治療費だよ、君達の命の値段』

『エル、お金なんてもってない……ひっ!』

『稼ぐ気さえあれば、金を作る手段はいくらでもあるんだよ。子供だろうが、なんだろうがな』


リドウはエルをソファーに押さえつけて、冷たい目で見下ろしながら非情な言葉を吐く。その様子にルドガーも嫌悪感を抱きエルを押さえつけるリドウの腕を掴み、睨みつける。そんなルドガーに対してリドウはまた嫌味を言い。ルドガーを引き下がらせる。

そんな険悪な空気の流れるバーにある女性が空気を読まずに現れる。その女性は列車でユリウスに殺されたはずのノヴァであった。ノヴァは借金の申し込みの為に来たのだがその依頼主がルドガーであったために驚きの声を上げる。そんなノヴァに対してルドガーは無事を喜び話しかけるがとうのノヴァはルドガーの問いかけに首を傾げるばかりであった。


「おかしいね……確かに彼女は殺されたはずなのに」

「仮に生きていてもこんな短時間で元通りになれる傷ではなかった」

「ノヴァさんがこうだと、ユリウスさんも生きている可能性が高いね」


祐斗とゼノヴィアの騎士コンビがノヴァの対応の不自然さについて話し合っている間にもリドウは話しを進めていきエルを無理やりに連れ去ろうとする。それに対してルドガーはここで借金を全てエルに押し付けて自分は逃げるという考えを思いつくが、そんな非情な方法はもってのほかだと直ぐに切り捨てて口を開く。


『わかった。契約する』

『O・K。賢明な判断だ、ルドガー君』


そしてルドガーは契約書を書くために斡旋役のノヴァから説明を受ける。と、そこで電話から戻って来たジュードがその状況を見て慌てて、もしサインをしたらルドガーの行動が管理、制限されることを教えサインすることに反対するが、リドウからお前が払ってくれるのかと言われて黙り込む。ジュードは源霊匣(オリジン)の研究の資金が足りない為にリドウに足元を見られているのだ。


『ね、他の方法を考えようよ』

『ああ、身内に泣きつく手があるよな。例えば、兄貴にとか』

『……っ!』


リドウの煽るような言葉にルドガーの自尊心が傷つけられ、サインをする決心を固めて契約書にサインをしてしまった。ルドガーはこれでどうだと半ばやけくそ気味にノヴァに契約書に渡す。


『……契約成立です。では、貸し出した2000万ガルドをリドウ様の口座に』

『「「「ふえてる!」」」』


思わず、黒歌達とエルの言葉がシンクロしてしまう。先程リドウが言ったのは1500万ガルドだ。そして今ノヴァが読み上げた額はさらに500万増えた2000万ガルドだ。黒歌達はガルドという通貨の基準を知らないがそれでも今までの様子から到底払える額ではないことが分かったためにリドウを記憶の中でありながらも睨みつけてしまう。


『悪い、君の家族の治療費を忘れてた』

『ンナァ……』


「猫からも治療費をふんだくるなんて卑劣過ぎるにゃ!」

「……全くです。……ここから殴れないのが心苦しいぐらいです」


申し訳なさそうに鳴くルルに対して同じく猫として思うところがあったのか黒歌と小猫がリドウに今にも殺さんとばかりにガンを飛ばすが本人は記憶の中の為に効果が無い。おまけに現実においても既にヴィクトルに始末されているためにこの苛立ちはどこにも晴らせないだろう。


『また治療が必要になったら呼んでくれ。格安で相談に乗るよ』


契約を結べたことを確認すると最後にこれでもかというほどの嫌味を言い残して去って行くリドウ。残されたルドガーはノヴァに気休めの言葉をかけられるが、その程度では事の重さが軽くなるわけもなくただ重い溜息を吐くだけである。こうしてルドガーの旅は始まりを告げたのである。


「部長……今日ってルドガーの初出勤ですよね?」

「そうね……イッセー」

「いきなり、痴漢冤罪にかけられましたよね」

「そうね」

「あっという間に、列車テロに巻き込まれましたよね」

「そうね」

「目が覚めたら高額負債者になりましたよね」

「イッセー……それ以上は悲しくなるから言わないで頂戴」


ルドガーのあまりの不幸の連鎖に涙をこぼすイッセーとリアス。他の者も同様にルドガーの境遇に憐れみ、触れるのならポンと肩を叩いて美味い物でも食いに行こうと誘ってあげたい気分になる。しかし、彼等はまだ知らない、これが不幸の始まりに過ぎないという事を。

 
 

 
後書き
今回の文字数一万四千字……チャプター1でこれですよ。
これでも戦闘を完全に飛ばしたりして大分省いているのに。
次回からは本気で飛ばされるチャプターが出るかもしれませんのでご了承を。
全部丁寧に書いたら多分別の作品が出来てしまいますので。 
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