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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第五話

 首筋に伝うそれが水だと気がついて、私は小十郎から身体を離した。
俯く小十郎の顔を見れば、やはり思った通りあの子は泣いていた。

 やっぱりそんなこと言うつもりも無かったし、表に出す気も無かったんだ。
そりゃ、告げたところでどうなるもんでもないし、私が受け入れないことも分かってたんだろう。
それ以前に呆れるくらいに真面目過ぎるこの弟が、姉にそんな感情を持ってるだなんてこと許せるはずがない。

 政宗様にそれを暴かれて、一番知られたくなかったであろう私に知られて。
うん、これが仮に私が小十郎の立場だったとしても泣くわ。これは。

 「申し訳ございません……小十郎は」

 「いいよ、自分を傷つけるようなこと言わなくて。言わなくても分かったから」

 これ以上は何を言わせても自分を傷つける言葉にしかならないのは分かってたし、
そういう気持ちがあったってのを知られただけでもう十分だ。十分過ぎるほどこの子は傷ついている。

 でも……腹切って死にたいとか思ってないかな、まさかとは思うけど。
いや、私だって死にたくなるもん。こんなの知られたらさ。

 「……こんな、やましい思いを知られてしまって、もう生きてはおれませぬ……」

 やっぱりそう来るか! そう来るのか!!
いかん、死亡フラグ立っちゃってる……何とか叩き折らないと、小十郎が死ぬ!

 「ちょ、ちょっと待て! それで死なれたら一生私が後悔するじゃないの!
私のせいで死んだってなれば、それこそ人生に悲観して自害しちゃうよ!」

 「……それは、困ります」

 「だから腹なんか切っちゃ駄目だからね!? 死ぬんなら主の為に、でしょ!?
死んでも私は喜ばないからね? 悲しんで部屋に引き篭もっちゃうからね?」

 納得したんだかしてないんだか、小十郎は少しだけ苦笑して見せた。

 「死ぬくらいならきちんと伝えてよ。
ああやって実力行使で来られるのは困るけど、ちゃんとその気持ちに私の気持ちで応えるから」

 まぁ、恋仲になることは絶対に無いんだけども。つか、小十郎もそれは十分に理解してくれてるんだけれども。

 でも、このまま有耶無耶のままじゃ小十郎も踏ん切りがつかないだろうし、
何時までも引き摺ったままになってしまうような気がする。
一体何時から好きだったのか知らないけど、ちゃんとけじめはつけさせてあげないと。
惚れさせた側の責任、ってことでさ。

 「姉上を、お慕いしておりました……十年以上前から」

 ……おい、随分と長い片思いじゃねぇか。
人間の恋愛感情ってのは最長でも四年が期限って聞いたことあるけど、一途過ぎでしょう。
いや、そんなことはどうでもいい。それ全然気付かないで暢気に振舞ってきたってわけ?
そこまで鈍いとは思わなかったけど、私って鈍感だったのね……本当、申し訳なくなってくるわ。

 「ありがとう、でもその気持ちには応えられない。だけど、好きになってくれた事は嬉しかった」

 不思議と気持ち悪い、って気がしなかったのは相手が小十郎だったからかもしれない。
真摯に返した私に小十郎は憑き物が落ちたように穏やかな表情で笑っていた。

 「ありがとうございます、姉上。やっと……これで弟に戻れそうです」

 笑ったまま再び落ちた涙に、私はしっかりと小十郎を抱きしめていた。

 「これはお姉ちゃんとして、だからね? ……しっかり泣いちゃいなよ、怒ったりしないから」

 私に身を預けて泣いている姿は、久しく見てなかったと思う。
ちっちゃい頃は割合よくあることだったけど、ある程度になってからはすっかり無くなってしまった。
懐かしいと思う反面、そこから恋心が出始めたのではないかと思えば、何だか哀れにも思えてしまう。

 ずっと謝りながら泣き続ける弟の頭を撫でて、気が済むまで付き合ってやることしか出来なかった。



 さて、翌日。

 私は城を出て一人あても無く旅に出ることになりました。

 いや、追い出されたわけじゃないよ? 小十郎の勧めでほとぼりが冷めるまで奥州から出ることにしたわけです。
 政宗様から逃げるため、っていうか……少し、冷静になってもらいたいというのもあって。
それに、小十郎ともしばらく距離を置かないと、向こうもキツイだろうしさ。
本当の兄弟に戻るには……ちょっと時間が必要かなって。

 でも、正直なところ不安がないわけでもなく……
私が逃げたってことを知れば、その咎めが小十郎に向くわけじゃない。恨むよ、って言ってるわけだしさ。
流石に切腹までは申し付けないだろうけれども、それでも何らかの沙汰はありそうな気がするし。

 「小十郎のことは御心配召さるな。
政宗様も冷静になれば、此度の事は過ちであったと気付くでしょうから」

 別れ際にそう言って笑ってはいたけれども、それでもお姉ちゃんは心配なんですよ。
泣き腫らしたままの目でそう言われてもさ。
……だからといって、素直に政宗様のモノになってやる気はないんだけどね。

 しかしこれからどうしよう。
きっと政宗様のことだから私を追いかけようとするだろうし、私もそれから逃げていくことになる。
でも、いつまでもそんな風にして逃げ回る気は無いし、
政宗様の頭が冷えた頃を見計らって伊達に戻るつもりでいる。
出奔って言っちゃえばそうだけど、戻るつもりがあるからどちらかと言えば家出の方が感覚としては近い、かな?

 でもなぁ、頭が冷えてもしばらくすれば、
また間違いが起こるんじゃないのかって気がしなくもないし……どうしたものかな。

 ……あ、そうか。なら、この旅で相手を見つければいいのか。
何だ、簡単なことじゃん。今まで私に相手がいないからおかしなことになってたわけなんだし、
流石に子供は産めないからどっかの誰かの側室にでも納まっちゃえば政宗様も諦めるハズ!

 そーだよ、無双の政宗様に会えないんなら、
諦めてこっちでイケメンの武将とっ捕まえてモノにしちゃえばいいんだよ。
ちょっと年齢行き過ぎてるけど問題ないない! 愛に年齢は関係ないんだから!

 「そうと決まれば……いざ行かん! 男探しの旅へ~」

 旅の目的も決まったことだし、意気揚々と奥州を後にした。
きっとこの先に良い出会いが待っていると信じて。
そして胸に湧いたほんの少しの寂しさには気付かないふりをして。 
 

 
後書き
うっかりミスして二十話を先に投稿していました。
大変失礼しました……。
現状で二十話は究極のネタバレ回、地味に凹んでますorz 
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