| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

珠瀬鎮守府

作者:高村
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

木曾ノ章
  その6

 
前書き
さて今回は鳳翔のお話です。
一年前の八月、鳳翔は海原にて逃げる。一人の艦娘と共に。 

 
 混凝土の港道を歩く。見慣れた道、見慣れた建物。こちらを見て見ぬふりをしてどこかへ消える艦娘も見知った顔。そうだ、私は帰ってきたのだ。
 疲労によって震える足で、工廠へと向かう。着いた矢先に私に真っ先に気づいたのは、顔なじみの整備士のおじさんだった。
「鳳翔の嬢ちゃんじゃあねえか。なんだなんだそんなりは」
 老整備士に笑ったつもりで何でもないと答えるが、彼はそんなこと聞いてはいなかったふうに私を問い詰めた。
「またあいつに使われたのか。今日はどこへ行ったんだ!」
 笑って何かを答えようとするが、口をついて出る言葉はなかった。先の戦闘は、思い返すだけで反吐が出る。私を除いた五艦が駆逐艦。そうしてその全てに魚雷を積んで、例に漏れず私の艦載機も攻撃機を積んみこんでの殴り込み。相手は戦艦を中心とした大規模艦隊。結果は始まる前から見えていた。
 まず、旗艦の娘が死んだ。一撃だった。次は二番艦だった。即死だった。次に敵の重巡洋艦が沈んだ。さて、次は誰だったか。ただ確かに覚えていることは、最後、五人目の仲間が私の前で胸から血桜を咲かせた事だけだ。六艦中五艦轟沈一艦大破。敵艦隊損失二内訳重巡一駆逐一。買った負けたで言うならば負けた。いやはや無残に。
「彼女らは?」
 私の後ろから投げかけられた声は、友人の響という駆逐艦のものだった。彼女はこの鎮守府で、この老整備士と共に私の帰りを待っていてくれる数少ない人。
「聞きたい?」
 ただの一言。これだけで全てが彼女に伝わった。
「ああ、そう……後で、聞かせて」
 出撃後、海に果てた娘達の話を響にするのは日課だった。そう、日課と言えるほどに私は出撃を繰り返し、そうして仲間たちは散っていった。
 この鎮守府には二つの噂がある。一つは、ある駆逐艦のものだ。その娘が出撃をすると、勇ましく戦いそうして勝利し必ずしも帰ってくる。いつからかその娘は艦娘の間で不死鳥と呼ばれる事となった。もう一つは、ある軽空母のものだ。その娘が出撃をすると勇ましく戦いそうして敗れるが必ずしも帰ってくる。ただの一人で。いつからかその娘は艦娘の間で死神と呼ばれるようになった。どちらが響でどちらが私の事かは火を見るよりも明らかだろう。故に、私の帰還を喜ばぬ娘たちは多かった。
 大きな舌打ちの音が聞こえる。音の主は老整備士だった。
「五人が死んだか。当たり前だあんな精神状態じゃ。死ぬに決っている。あんなことバラしやがって糞提督が!」
 私達の会話で私以外全員が轟沈した事を察したであろう老整備士は苛立ちを隠さなかった。
 あんなこととは、ある噂の事である。私達の前に現れる敵---深海棲鬼---は、嘗ての艦娘に他ならないと。現場に、戦線に立てば誰しもが薄々と気づく事。提督は、それを裏付けた。資料を根拠に、凡そ一年で彼女たちはその装束を黒に変え、かつての仲間を殺戮しに舞い戻る、と。それを知ったら、知ってしまったら艦娘は戦えなくなった。当たり前だ。相まみえる敵は嘗ての同胞であり、そうして自らもいつしか後輩たちに刃を向ける存在となってしまうのだから。戦えない。戦えるわけがない。
 しかし、提督の思惑は違うようだった。どうやらこの事実を周知させることにより無駄死を抑える気のようだ。またそれとは別に、ある計画を提督は進めている。戦艦空母を中心とした超大規模の反抗戦。今はその準備期間だ。相手の戦艦及び空母を沈めるために、碌な装備もないままに旧式駆逐や軽空母を突っ込ませている。倒せれば御の字、倒せなくても、一年後に丸腰の深海棲鬼が増えるだけ。
 多大な犠牲を払うこの計画、以外にも艦娘の間には否定的な意見は少なかった。いや、大きな声で否定はできなかった。軍というその性質上、この港の命令系統の頂点に口をそうそう出せるわけでもない。そうして一旦それが受け入れられ始めると今度は保身が始まった。戦艦や空母の娘は大反抗が始まるまでは一切の危険がないのだ。そうして提督はそういう娘の意見を汲み取った。
「鳳翔」
 その声が工廠に響くと、中の空気が変わった。今まで良い意味で弛緩していた雰囲気が鋭く尖る。私以外の誰しもがちらりと、はたまた凝視という形で私の後ろ、工廠の入り口を見やる。私は無駄にゆっくりと振り返った。
「おや、提督ではありませんか」
 いつも通りの声音といつも通りの顔で答えた。答えられたはずだ。
「どうしたの提督。鳳翔さんは今帰りだよ」
 さり気なく私の前に立ってくれた響に心のなかでお礼をして、提督の返事を待つ。
「よくぞ帰ってきたな鳳翔。流石だ、今まで生きて帰ってきただけはある。さて、それでだ。早速で悪いがもう一度出撃してくれたまえ。一人でな」
 前半をぼぅっと聞いていた私は、後半を聞いて血の気が引いた。視界が白黒に後退し、音がぼんやりとする。平衡感覚がぶれて、半歩のさらに半分の距離を右足が移動した。提督の意図は明確である。工廠のあちこちで小さく鳴っていた作業音が止まった。皆、この話に耳を済ませていたのだろう。一瞬痛い程の静寂が工廠を包んだ。
 今日まで散っていった輩の顔を思い出す。今度は同じように、誰かが私を同列に思い出すのだろう。……提督は私に死ねと申された。出撃と彼は言ったが、その先起こるのは戦闘ではない。一変の勝利も想定されない闘争を人は自殺行為と呼び、そうして一変の帰還の想定がない出立は特攻という。
「巫山戯るな」
 響が唸った。明確な敵意を提督に向ける。だが提督に気にする様子はなかった。
「良いな鳳翔。では、この後私の元へ来い」
「……了解しました」
 彼が背中を向け一歩を踏み出した瞬間に、私の後ろ手、整備士その他がいる場所が音だった。軽い音ではない。何か重量のある金属が動いた音だった。
「やめておけ」
 老整備士のさほど大きくはない声で、その音は止んだ。気になり振り返った私の前で、駆逐艦用の砲塔を手に構えた数人の整備士がばつの悪そうな面持ちでそれを工作台に載せた。何をする気だったかは明らか。
「鳳翔さん!」
 私の名を呼ぶ響に、どうしたのと返せば、彼女はせきを切ったように捲し立てた。
「どうして引き受けたの! こんなの、こんなの」
「どうして引受けないことができるのよ」
 遮るように響に返せば、彼女は口を閉じた。
「私の代わりに他の子が出撃するだけよ」
 それはなんて残酷なことだろうか。私のために誰かが死ぬなんて、耐えられない。
 故に前線に常に立つ。そうして次もまた立てるように生きて帰る。必ずしも。次死ぬかもしれない誰かのために。
「だから、私が出る。そうして帰ってくる」
 私にとっての正義。だが、響にとっては残酷な現実。彼女が次に私を止める言葉を吐けば、それは他の誰かに対して死ねという事にほかならない。
「待っててよ響。また帰ってくるわ」
 彼女の肩をぽんと叩いて、私は提督の元へ歩き出す。
「鳳翔さん!」
 叫んだ響の声に振り返ると、工廠にいる全員が私を見ていた。そうしてその中央にいる響が手に持つ帽子を左右に振った。私は一度お辞儀を返して、また提督の元へ向かった。







 その日の午後。私は鬼ごっこをしていた。笑えないことにこの鬼ごっこは一度捕まると鬼の仲間入りをするルールだ。
「生き残っているのは?」
 航空用無線に声をかける。返答は二。
「爆装は?」
 返答は一。視界の隅で黒煙を上げて落ちていく機体が見えた。
「母艦帰投困難。着艦は諦めて自力で帰投して」
 了解の返答を聞いて、私は背後、追撃してくる艦隊を見やった。水平線の遥か手前に見えるのは大型戦艦と空母、巡洋艦駆逐艦と揃いに揃った敵艦隊。数は六。こちらとは各艦の速力搭載砲艦載機数索敵能力すべてが勝る。全く笑える状況だ。
 私のそばには常に水柱が立つ。まだ致命弾を受けぬ理由は二つだろう。一つは純粋な距離の遠さ。いくら鈍足とはいえ、距離がある中回避行動を取れば致命弾は受けづらい。もう一つは、敵艦隊の速度が遅い事。恐らくは警戒している。軽空母ただ一艦で海原を漂っているのだ。囮だと思われるだろう。ただそれでも逃げ切れるという話ではないが。
 私は破れかぶれに信号弾を打ち上げた。既に手持ちには着艦機能を辛うじて残す甲板のみである。溺れるものはなんとやらだ。
「鳳翔の信号弾を確認」
 その声は、無線から聞こえた。笑った。この状況で私の信号弾が見えるということは近い。すぐにでも敵艦隊に攻撃を開始できる。成る程、知らされていなかったが私は囮だったのだ。そうして仲間が来たということは私は助かる。喜びのあまり無線機に返答ということはすっかり忘れてしまってた。
「鳳翔の返答なし。無線機喪失と思われる。予定通り鳳翔を囮として敵艦隊の撃滅に入る。鳳翔の援護には向かうな」
 呼吸が止まった。優しく頬を撫でる八月の風が、何故か酷く煩わしかった。







 ただぼんやりと空を眺めた。流れる雲をのんびりと見る。後ろで始まった戦いは、見る気があまり起きなかった。無線だけが、声としてその戦況を伝えていた。
「敵艦隊発見。砲撃用意、てぇ!」
 続く音割れした砲撃音、その後無線機越しではない遠くの轟音。
「敵二番艦轟沈!」
「敵旗艦損害軽微、撃ち返して来」
 爆音、数瞬後無線機が水に落ちる音がした。
「き、旗艦轟沈!」
「あぁ……」
 直後、死の羽音と何かが弾ける音がした。
「二番艦轟沈!」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ」
 誰かの絶叫。それを抑える仲間の声。そうしてその叫び声は轟音とともに突然消えた。
「三番艦轟沈。艦載機は戦闘を継続、ほか艦娘は撤退戦を行う」
 その命令に、声の返答は一つ。轟音で返したのが一つだった。そうして痛いほどの無言の時ができた。全員が死んだわけではあるまい。無線機からは砲撃音だけが流れている。
「撤退っ!」
 その声に、返答はなかった。
 私は空をまだ眺めていた。視界の隅には敵艦隊所属の機体が浮いている。そういえば、私の最後の艦載機は何処だろうか、落ちたか、生きているか。基地に帰れたらならいいな。
 そばに水柱が立った。嗚呼、なんだもう私の時間か。
 水柱が立つ。水柱が立つ。水柱が……
「鳳翔さん!」
「ひび」
 声に驚いて後ろを振り返れば、そこには見知らぬ艦娘がいた。装備を見るに空母だろうか。
「あなたは誰?」
「御免!」
 話を聞かず突然謝ってきた彼女に面食らう。初対面のはずだ。
「やっぱり貴方は私を知らなかった」
 そばを過ぎた死の羽音が、なぜだか遠くに感じられた。
「私はこの反抗の為にとって置かれた空母よ。今の今まで温存という免罪符によって戦線から離れていたの。あなたが、貴方達が死ぬ気で戦う最中に鎮守府に腰を下ろし見ているだけだった艦娘よ」
 私は彼女の言葉を録には聞いてはいなかった。そんなことは知っているし、そうして今この状況は悠長に人の話を聞けたものではなかった。
「今はそんなことはどうでもいいのよ、早く逃げなさい。貴方の足なら逃げ切れるわ」
 私の言葉に、彼女は笑った。愉快というよりは、思った通りとなったことへの得意顔に見えた。
「嫌よ、嫌よ嫌よ絶対に嫌」
 場にそぐわぬ笑顔。朗らかさ。
「何を言っているの!」
「だってやっとよ、やっとこの時が来たのよ。私はね、誰よりも私が嫌いだった。今の今まで生きてしまったから。沢山の娘が海原に散っていくのに……!」
「だからどうしたの! 帰りなさい一人で!」
 彼女が浮かべるのは笑み。満面の笑み。見ている方がぞっとしてしまうような、そんな笑み。
「嫌よ、私は今まで生きてきた。例え嘗ての仲間が死のうとも鎮守府でのうのうと、艦種という免罪符を片手に時を待つという相対的な逃亡行為を、ただ受け入れ続けた。恐れもあった。作戦という名目もあった。だが確かに私は逃げ続けた。だが今、ここで私は逃げない!」
 彼女は私の手を握った。痛いほどに強く。彼女の手は確かに暖かかった。だが同時に震えていた。
「今ここで私は死ぬ! 私は、空母赤城はこの今際の際に挟持を見せる!」
 言うが早いか、私達のすぐ上空を大量の艦載機が前から後ろへ駆け抜けていった。
「総員、覚悟は良い?」
 赤城の言葉に、無線機から入る大量の了解の声。それが意味するのは唯一つ。
 私は先彼女が名乗った名前を無我夢中で叫んだ。
「赤城!」
「行くぞ総員、我々が被害担当艦となる」
 背後から響く音に、対空機銃と、爆撃音が加わった。






「格好つかないなぁもう」
 彼女に手を握られながら私は撤退していた。上空では未だに敵味方の艦載機が入り乱れ、近くの水面は時折敵艦隊からの砲撃で水しぶきをあげていた。
「だから、私をおいて行っても」
「はいはい」
 彼女は聞く耳を持たず、私の手を引っ張る。その理由は、敵の砲撃によって私の発動機に致命打を受けたことにある。浸水は収まったが航行不可能となってしまったので、仕方がなく彼女が牽引しているのだ。
 ひどく間が抜けて、現実味が欠けている。撤退方向をただ見て進むだけならば、ともすれば赤城に手を引かれて海原を散歩しているような錯覚さえ覚える。それを抑えているのは、時折狙いすましたように直ぐ側に上がる水柱。
 この逃避行が長くは続かない事は明らかだった。いや、そもそもこの状況で生き残る事はありえないとお互いにわかっていた。もし唯一可能性があるとするならば、私と赤城の艦載機を囮として一人赤城が逃げるという方法のみ。そうしてそれを彼女が拒否するならば辿る運命も行くつく未来も死のみ。
 死ねば無意味。この戦いはこの一言に表される。死者が出る限りこの戦争は終わらない。だが、それでも。
「ねぇ、鳳翔」
「……なんでしょうか」
「港でさ、美味しいお菓子にはまってるの。一緒に食べない?」
 死んで無意味になったとしても、その生き様にはきっと意義があったと思うから。
「……ええ、喜んで」
 二人ではにかむ。硝煙の匂いが鼻をつき、爆撃音の止まぬ海原の上。明確な死が背後から近寄るその時に。
「じゃ、港に帰ろう」
 それは本当に突然だった。本当に、前触れもなく赤城は前に突っ伏して、私の鼓膜は破けた。耳を襲ったそれは轟音、ただその一言に尽きる。
 痛む頭を抑えながらふと、掴まれていた腕が軽いことに思い至った。もう掴まれてはいない。目線を下へ向ければ理由は明らかだった。赤城が水面に伏しているのだから。ただ同時に疑問も生まれた。はて、彼女の胴、水月のあたりにこんな穴が開いていただろうか、と。
 理解が現実より一歩遅れてやってくる。死んだのだ。死んだ。死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。
 誰が?
「赤城……? か、ははは、ああああああ」
 この海戦の記憶はここで終わる。次に目覚めた時瞳に写ったのは青い空ではなく、見知らぬ天井だった。
 
 

 
後書き
その5 長月 [公]2013年 06月 22日 00時 00分
本日        2015年 03月 03日
ごめんなさい

(・_・)←2013年7月の時点でその6を書き終えていつか投稿しようと思っていて、その後も何個か作っといた話を入れといたHDDが手違いにより中身が吹っ飛び、なんとか復旧したと思ったら出てきたテキストが全部文字化けしていた筆者の顔(尚他のファイル群もほぼ全滅の模様)

設定とか全部消えたので書きなおしていくけど設定おかしかったりするかもしれません。とりあえずは
おまけのオリ艦娘消えて赤城だったということにして(設定思い出せないから)
木曾編はもう少しで終わる
木曾編は艦これの初イベントである2013年5月のイベと同時期
提督の名前や鎮守府の名前は某ゲームのキャラの苗字からとっている
ことくらいかな。続きはいつかねいつか。うんいつか(本当にごめんなさい)
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧