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日向の兎

作者:アルビス
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1部
  日向 ハナビ

……最近ヒジリ姉様が一人何処かへ行くのを見かける。あの人は私やヒナタ姉様によくしてくれるのだけど、ヒジリ姉様が普段何をしているのかよく知らない。
だから、私はあの人を追ってみることにした。一方的に知られているというのは何と無く嫌だし、それくらい知る権利はあってもいいと思う。
「どこへ行くつもりですか?」
……屋敷の門に近付いた段階でネジ兄さんに捕まった。
正直、私はこの人が苦手だ。この人が私やヒナタ姉様を見る時の目は明らかに敵に向けるような物で、宗家と分家の軋轢という事を差し引いても少し異常なほどだ。
予想でしかないのだけれど、きっとそこにはヒジリ姉様が関係しているんだと思う。……確認する術なんて今の私には無いのだけれど。
「宗家のお嬢様がお一人で外出など余程の事がなければ許されない筈ですが?」
「ネジ兄さんはヒジリ姉様が何をしているのか知っていますか?それを教えてくれればこのまま引き返します」
「それを知ってどうするおつもりですか?」
「宗家の跡取りとして、より優れた柔拳の使い手の修行を見るのはおかしな話ですか?」
こんな物は方便だ。
結局のところはただ単に姉様が何をしているのかが気になるだけ。そもそもあの人の修行を見たとしても、それを実践できないし参考にはならないだろう。
以前見た池の中での修行のような一歩間違えれば死ぬような修行、私は怖くてできない。
それはネジ兄さんも分かっているだろうし、こんな脆い嘘なんて直ぐに見破られるだろう……
「分かりました。ですが、ヒアシ様の許可を頂いてからです。さぁ、早くしないとヒジリ様を見失いますよ」
「えっ!?」
「……急いで下さい」
ネジ兄さんに急かされて屋敷の本邸に向かう事になったのだけれど、どうしてネジ兄さんは反対しないのだろう。
父上への説得も殆どネジ兄さん一人で済ませ、私へは意思確認といつ帰るかの約束だけで済んだ。
正直、絶対に止められると思っていたし。まさか、こうして父上に頭を下げてまで行かせてくれるとは思わなかったし、私の護衛を自分から引き受けてくれるとは思わなかった。
「あの、どうしてここまで……」
姉様を追い掛ける道中思わず私は兄さんに問いかけた。すると彼は酷く不機嫌そうな声で答えた。
「俺はね宗家は嫌いですが、自分から動こうとする人間を妨害するほど狭量でもないんですよ」
「……姉様の受け売りですか?」
「……否定はしませんよ」
ネジ兄さんは肩を竦めつつ歩みを進め、姉様を追って森の中に入っていく。
そして、森の中をしばらく進むと突然周囲に薄い霧が出てきた。恐らく姉様の術なのだろうけれど本で読んだ霧隠れの術のように隠れられるようなものじゃないし、下手をすれば霧が出ていることにも気付かないだろう。
「……相変わらず容赦の無い人だ」
ネジ兄さんは呆れたようにそう言って霧の中を少し駆け足気味に進み、私はそれに続いて急ぐ事にした。




「ネジ、そんなに焦る必要もないだろうに。一応、敵味方の区別はできる術だぞ」
森を抜けて少し開けた場所にあった池の上にヒジリ姉様は立っていた。面を付けている姉様を見るのは私にとって珍しい事なので、その兎を象った面に目がいってしまう。
「幾ら貴女でもあそこまで露骨に生殺与奪を握られる状況は不安になりますよ」
「なに、即死はせんよ。ただ単に詰むだけだ」
「……呆れるほどに有効な術ですよ、本当に」
「だが、私にしては珍しく非殺傷用の術だぞ?この天之狭霧神(あめのさぎり)は」
……私には二人の話の内容が分からない。さっきの霧の事だろうという事は分かるのだが、あれに一体何の意味があるのだろう?
「ヒジリ姉様」
「どうしたんだい、ハナビ?」
「天之狭霧神とはどのような術なのですか?」
私がそう聞くと姉様は少し考え込む素振りを見せると、直ぐに首を左右に振ってから私を見た。
「直接答えを教えるのは少々無粋なので、僅かばかりのヒントをあげよう」
「ヒントですか?」
姉様は一度頷くと私の目の前まで歩いてきて、視線を合わせるようの身を屈めた。
「いいかい、あらゆる術は大雑把に言えば二種類に分けられる。一つは相手に直接ダメージを与える物、もう一つはダメージでは無く相手の体を狂わせる物だ。
前者の攻撃殆どは誰でも分かるが、後者の攻撃を一人で対処するのは難しい。とはいえ、後者の術は私達のような眼があれば自分の体内のチャクラなどを観察することで容易く対処できるがな。
さて、天之狭霧神はどちらだと思う?」
「後者ですか?」
「正解だ。では、私の術は何を狂わせる?」
霧で体を狂わせる……光を歪めて幻惑させるという位しか考えつかない。だが、先ほどの霧では大した効果も望めない。
じゃあ、姉様に言われたように白眼で自分のチャクラの流れを確認しよう。
…………確かにえげつない術だ。
「これはもしかして姉様の意思で形態変化させられるんですよね?」
「当然だ」
「……本当に姉様、柔拳を使う必要があるんですか?」
「トドメ用にな。攻撃用の天之狭霧神、防御の弁財天、必殺の柔拳、何事にも使い分けは必要だろう?」
「その全部が理不尽な性能なんですよ、ヒジリ様」
「ふむ、全て最小の労力で最大の効果を求めた物だぞ?」
確かに姉様は強いと思っていたのだけれど、どうやら私の想像より数段上のようだ。
姉様の柔拳の練度は十分すぎるほどに知っているのだけれど、術の方は優秀ではあるものの模範的な物が殆どだろうと踏んでいたのでこれは予想外だった。
この人の術は今まで見たことも無ければ聞いたこともない術であり、その性能は異常と言うべき物だ。
実際、この天之狭霧神は単体だけで考えると優秀ではあるもののそこまでの脅威ではない。しかし、姉様の柔拳と組み合わせる事で理不尽な性能となる。
姉様の強みはその必殺の柔拳を確実に当てるための手段の多さと、それを生み出す発想の柔軟性なのだろう。
「ところでハナビ、私に何か用があるのかい?」
「いえ、ただ姉様の修行しているところを見たかっただけです」
「ふむ…………照れるな」
「仮面越しなんですから頬の一つ位緩めながら言ったらどうです、ヒジリ様」
「いやいや、小躍りしそうなほどに喜んでいるぞ私は」
「……やめて下さい。色々と怖すぎますから」
ネジ兄さんはため息をつきながら木陰に座り込み、懐から一冊の本を取り出して読み始めた。いや、表紙から見るにメモ帳かなにかだろうか?
「ネジ兄さん、それは?」
「ヒジリ様からの課題ですよ」
「姉様からの?」
「ええ、日替わりのね。今日は……指定された点穴からのみチャクラを放出する事でチャクラのコントロールを鍛える」
メモ帳を読んでから兄さんは頭を抱えてしまった。
「あの、それって難しいんですか?」
「……ええ、とんでもなく」
「どのくらい?」
「そうですね……ヒジリ様に剛拳を防御させる位難しいです」
……それって無理じゃないのだろうか?そもそも姉様が手を抜いた時でも無ければ、殆どの体術は捌かれてしまうだろう。
「君には少々難しいだろうが……私の仕返しでもあるのだ」
「分かってますよ、ヒジリ様」
「仕返し?」
「ああ、ネジによって惨めな新年を迎えた事があってな」
姉様は私にとある新年にネジ兄さんが蕎麦を食べ過ぎた話をして、再び池の上に立ち気の済むまで姉様の修行を見ていいと言ってくれた。
池の水を操って様々な形に変化させつつ、柔拳の動きを行う姉様の姿は舞か何かを見ているようで、それに見入っている内に気が付けば日が傾き始めてしまった。
そして、私は帰り道で姉様に気になっていた事を一つ聞いてみた。
「どうしてヒジリ姉様は私やヒナタ姉様によくして下さるのですか?」
「そうだね…………君達は私に希望をくれたからだよ」







 
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