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戦極姫 天狗の誓い

作者:木偶の坊
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第5話 颯馬「働きたくないでござる」

 
前書き
少し長くしてしまいました。 

 
「時間はとうに過ぎているのに……まだいらっしゃらないのか?」 

軍議の時間なのだが、景虎様が一向に姿を現さない。
軍議の前、景虎様は場内に作られた毘沙門堂にて瞑想される。
いつもならば時間通りにこられるのだが……。


「お呼びした方がよろしいでしょうか?」
「いや、毘沙門堂に近寄るのは私や定満殿でも禁じられている。やめた方が良いだろう」

へー、そう聞くと近づきたくなるのが人間というものだ。今度こっそり、近づいてみようかな? こういうのってヒヤヒヤして胸が高まるよな。

今頃、景虎様は神でも降ろしてるのかね? 熱心だねえ……。俺は信仰とかそう言うのは信じていない人間だからな……。にわかに毘沙門天とか信じられん。まあ、この前引き合いに出したが、アレはその場を乗り切るための手段だからなしだ。


襖が開かれ景虎様が軍議の間に入ってこられた。



「皆、待たせた」
「景虎様、お待ちしておりました」
「颯馬、私はもう景虎ではないぞ?」
「あ……そうでした。謙信様」
「……うむ」

新しい名は、元からある名のように馴染んでいた。

越後統一後、新たな大名となった景虎様を頼って越後に逃げてくる者達がいた。
景虎様は彼らを迎え入れたが、その中に鎌倉公方に繋がる1人の姫が含まれており、この方の働きにより、景虎様は関東管領の役職を賜ることになった。

しかし、それには家格があわないと言い出す者もおり、長らく関東管領の役職を受けてきた上杉家と養子縁組と言う話が出た。
景虎様はこの話を受け入れられ、名を「上杉謙信」と改めることになった。



「本日の議題だが、現在関東で勢力を固めつつある北条家について話したいの思う。皆、意見はあるか」

「関東管領を継がれた今――」

家臣たちが関東管領の役目など、出兵の話などしているが今日限りで此処から去る予定の俺にとってはどうでもいい話だ。誓いは景虎様の心から憂いを無くす事だ。越後は統一したという事は、景虎様の心からも、憂いが消えたと言う事だ。俺の仕事は終わりだ。

はあ、眠いな……。思ったんだけど、俺ってもうお役御免じゃね? 軍議に出る義務もないし、帰っていいかな? 働きたくないでござる。

「ふむ、しかし、関東管領についた以上、関東の安寧を保つのは私の責務である。疎かにはできぬ。定満、颯馬、お前たちはどう思う?」


やべ、聞いてなかった。あれか? 北条がどうのこうので関東出兵がどうたらだろ?
今、北条は内に火種を抱えている。様子見が良いと思うが……攻めるのも悪くはないが、時期が時期だ。

越後がまとまってまだ日が浅い。下手に留守にすると隙を突かれかねん。
謙信様無くば軍は成り立たない。兵を残して留守番させてもすぐに落とされるだろう。
軍が精強なのは謙信様の力があってこそだ。

まず、上杉軍は何より近接戦闘を好む。実際、弓兵など全体の約3割ほどしかいない。

何故、こうも近接大好きな脳筋が多いのかと言うと、兵質が高いからだ。
上杉軍の兵質は、かの武田軍とも競えるだろう。実質、兵質での戦いなら上杉、武田、島津の3つが争う事になる。それぞれ、兵質は異なるところがあるが、間違いなくこの3つが候補だ。

まず、兵質が高いと言う事は接近戦を好む。

上杉軍は大半が槍を使う兵だ。強い所ほど短い槍を使う。理由は簡単だ。長い槍だと機動力が落ちるからだ。
さて、この「接近戦上等かかってこいや」の軍には弱点がある。先程も述べたとおり、ここまで軍が精強なのは謙信様の力があってこそだ。それに近接戦闘の好むということは、軍が如何に強くても少なからず遠距離からの攻撃は弱点になる。
鉄砲などの新たな武器も日の本に入ってきている。
ならばこちらも鉄砲など使えばいいだろうということになるが、越後は地形的に貿易には向いていないので入手は難しい。

一方、西の方は新しい武器の新調などもできる上に、近い将来に強敵となるだろう上杉軍を叩きに来る可能性がある。その際に謙信様が越後にいらっしゃれば、奴らにも対抗できる。
いや、返り討ちにできるだろう。

しかし留守だった場合、ただでさえ謙信様頼りの軍。謙信様が居なければ弱体化し、そこに弱点である遠距離での攻撃で一方的に攻められたらもうどうにもならん。
慎重に事を進めるべきなのだ。

俺が勝手に考察していると定満殿が口を開いた。

「謙信様の意見はもっともなの……でも、今はその時期とは言えないかも? 武田との絡みもあるの」
「武田……信玄の所か」

甲府に本拠を置く武田信玄は謙信様にとって最も意識する相手だ。
先ほど述べたとおり、兵質では奴らとの張り合いになる。既に、数度にわたってにらみ合いを繰り返している。

「あまり、周りを疎かにすると……関東が疲弊するだけなの」
「俺も慎重に事に当たるのを推奨します。知っての通り、越後は地形的に冬季での進軍は難しいです。下手に動けば、何より苦しむのは民でしょう。兼続の言う通り、北条には火種があります。すぐに勢力を拡大するとは思えません」

俺の言葉に謙信様と定満殿は感心するように頷く。
あ、俺もう働かなくていいのに口だしちまった。

「兵站を調え、平穏をもたらすことができると見た時、関東へ進出する。皆それまで動くことを禁ずる。それと……定満、颯馬の働きについてどう思う?」
「戦場には慣れてないけど、大局を見る能力、情報収集については……1人前になってきたの」
「ふむ、颯馬」
「ウィッス」
「お前を副軍師に任命しようと思う。これは定満より、上申の申しでがあってのことなのだ」
「それはもう、ありがたく……」


わーい出世だ。やった……ぞ……? 


良くねえよ!! もうやめるのになんで出世すんの!? あれ、越後統一して終わりじゃないの? 
まさか関東に安寧秩序をもたらすとか目標増えて、誓いに上書きですかい? 
くそ、俺が毘沙門天だとか持て囃したからか!? 
その場しのぎの嘘が裏目に出たな……。

「まったく、あいつを副軍師にするなどと、何を考えておられるのだ。正気とはとても……」
誰だ、俺の陰口叩いてんの? お尻の穴を2つにしてやろうか? その気になれば男でもいけるぞ?

軍議が終わり、これからの方針を考えながら自室へ戻る。自室へ戻ると、鈴をならして謙信様のお心がどういう状態か確認する。越後を統一したのでもう憂いはないと思うが……。
越後を統一できれば憂いを払う事ができる。誓いを立てたその時、俺はそう思っていた。
チリン……。
鈴は低い音を鳴らす。

「こりゃだめだ」

軍議の時、謙信様は明るい顔をしておられたのでもしやと思ったが……越後統一だけでは駄目だったか……ならば、次はどうする? どうすれば曇った心は晴れる? 何が悲しいのだ? 原因さえわかればいいのだが……ああ、本当にめんどくさい事になったな。
あの時、かっこつけて誓いを立てるんじゃなかった。まあ、後悔しても遅い。仕事は仕事、しっかり果たそう。どんなに汚い手段であっても、どんなに自分の手が汚れようとも、虎千代がどんなに嫌がる手段でも……。
 
「はあ、寝よう。今日はもう働きたくねぇ」

布団の上に寝転がり、目を閉じた。








「ぁ……」

崖が崩れて俺はそのまま、下へ落ちてしまう。

必死に手を振るが、それも虚しく空を掻くだけだった。

「…………」

絶望が胸に溢れ、だんだん意識が遠のいていく……。


ドンッ!!


「ぐあっ!?」

意識が遠のいたところを、岩に打ちつけられて無理やり呼び戻される。

ズザザザザッ!!

そのまま、山道に投げ出された。

「う、くっ…………」

激痛で体が悲鳴を上げる。
痛みの意識と共に遠のいて……体が楽になるのを感じて、安心してしまう。
だんだん意識が遠のいていった……。






「う……ぐ……」
「気が付いたか……?」

誰かの呼びかける声に、うっすらと目を開けた。

既にあたりは暗くて微かに聞こえてくるのは……焚火の音……?

「いっ……くうっ」

体を起こそうとするが激痛が走り、うめき声が漏れた。

「まだ寝ていた方が良い。一応手当はしたが、けっこうな怪我だった」
「う、うん」

痛みが落ち着くまでの間、自分に起こったことを振り返る。よく死なずに済んだものだ。

「助けて……くれたのか?」
「なに、気にすることはない。困っている時は助け合うものだ」

助けてくれた相手の顔を見ようと首を傾ける。

焚火に照らされて見えたものは、年は七つか八つといった自分と同じ子供の顔だった。
男の子とも女の子とも、判別がつかない。年に似合わず落ち着いた雰囲気を身に纏い、賢そうな瞳をしていた。

俺の怪我は大したものではないらしい。それでも、あのまま捨ておかれればどうなっていたか分からない……俺は彼女(話すうちに女の子だと分かった)を命の恩人だと感じた。
彼女に尋ねられ、信じてもらえないかもしれないと思いつつ、俺は自分の身の上を語った。

天狗になるために修行をしていることを。

「なるほど……やはり天狗は本当にいるんだな。でも……天狗というのは人がなるものなのか?」
「生まれながらに天狗の者と、修行を治めて天狗になる者とがいるんだ」

例えばカラス天狗という者がいる。生まれ変わる前の俺の事であるが。あれも、そのように生まれてくる者と、カラスが修業を積んでカラス天狗となる場合がある。俺は後者に当たる。

そう説明すると『なるほど、カラスは賢いからな』と女の子は笑った。
女の子の笑顔を見て、俺は気持ちが安らぐのを感じた。
この子の事をもっと知りたいと思い、教えてほしいと頼んだ。
女の子は『あまり面白い話ではないぞ』と前置きした後で、語ってくれた。
理由は分からないが、父に疎まれて寺に預けられた――と。

「寺へ……大変だったんだな」
「いや、そうでもない。寺でそだてられたことで色々な勉強をする機会に恵まれたしな。それに、母も厚い信仰心を持っていてな……そのおかげで私も興味があったのだ」

本心からそう思っているのだろう。まだ幼いのに……そのように考えることができる賢さが凄いとも、そのように考えることができてしまうことが哀れだとも、そう思った。

「父の隠居にともなって兄が家を継いだらしいが、兄は元来病弱でな。仕事ができない日が多いらしい。それもあって、戻って力を貸してほしいと話があった。しかし、一度離れた身、もう一度戻るべきか悩んでいる」

自分は俗世に戻ってもいいのだろうか……彼女がそう迷っているのが分かった。

「霊験あらたかだというこの山の話を聞き、神のお告げを聞くことができればと登ってきたのだ」

お告げを聞きに来たといっても、この山では、山を出れば山での記憶が消されるのだ。その記憶が消える現象が霊験として広がっているのだろう。神からのお告げを貰っても、結局は記憶を消される。それに、この山には……神はいない。多分。

「そうか……ごめん……今、この山の神は――留守なんだ」
「そう……なのか」

言葉は、悲しそうな響きを持っていた。
いくら賢そうに見えても彼女はまだ幼い……自分の人生を――いや、兄や、周りの人間の人生まで巻き込む決断を迫られて――迷うなと。何かの縋るなとは……誰にも言えないだろう。

「俺も……迷った」

助けになるか分からないが俺は自分の経験を聞かせた。

「俺には二つの道があった。1つは人として生きるか、もう1つは人である事を捨て、修行を積み、天狗となるかのどちらだ。それを決めるのは自分だった」

「そして……決めた。天狗になることを……他ならない自分で決めたんだ。後悔はしていない。だから、自分で決めるんだ。そうすれば……後悔はしない」

「そうか……そうだな、私の後悔しない道、それを選ぶしかないのだな」

女の子はそれきり黙りこんで、焚火の火を見つめていた。





翌朝……いつの間にか眠っていた俺が目を覚ますと、彼女は告げた。


「決めたよ。私は還俗し家にも戻ることにする」

その顔は、昨夜見たものより晴れやかだった。

「還俗するに当たり、一つの誓いをこの山の神に立てたいと思う」

「しかし、この山に神は……」

「いや……私にとっての神は道を示してくれたお前だよ。だから、おまえに誓いを聞いてほしい」

「…………分かった」

「世は乱世と聞く……預けられた寺にも、つらく悲しい話は聞こえてきた。そんな世は早く終わればよいと仏に拝んできたが……もう、拝むばかりの暮らしはやめる。自ら動いて、少しでも世を良くしていきたい。そのために、私は還俗し越後の混乱を収める」

まっすぐな瞳には強い意志が感じられた。

その意思を理解したうえで深くうなずき、答えを返す。

「その誓い……確かに承った。その想いが挫かれることがないよう。いつまでも見守ろう。そして……誓おう……君の心を憂いが満たし、心が挫けて誓いを果たせそうになくなったら……駆けつける。例え、この命が消えようとも、その憂いを晴らし、君は誓いを果たせるように……力になる。この誓いを受け入れてくれるなら、この鈴に口付けをしてほしい。さすれば、鈴は君の心を写す鏡となり、君の心が憂いているか、喜びを感じているか、その音を確かめれば分かる。君がどこにいても駆けつけることができる」

「…………分かった」

彼女は鈴に口付けをして渡してくれた。

「ありがとう。誓いを受け入れてくれて」

「礼を言うのはこっちだ。君のおかげ俺は生きながらえた」

 
会話の後、お師様が帰ってくるとこの事を話した。

それを聞き、お師様は申し訳なさそうな顔をしながらこう言った。

「すまないが、ここでの事は夢にさせてもらう。覚えていられると、少し良くない事になるのだ」

「構いません。誓いを聞いてもらえたし、颯馬なら誓いを果たしてくれると信じています。それに……お山の天狗に迷惑を掛けるわけにいきません」

「ではは、目を瞑ってくれ」

 虎千代は言われた通りに目を閉じ、お師様は虎千代の頭に手を添える。

それから、眠った虎千代を人里に返しに行った。





「ん? 夢か……。また懐かしいモノを……」

謙信様――虎千代と誓いを交わした幼き記憶。あの時は簡単に誓いを果たせるかと思ったが、人生とはそう上手くいかない。


さて、今日も労働の時間がやってきた。早いところ終わらせてしまおう。
 
 

 
後書き
受験のシーズンですね……。今年受験される方にアドバイスでも……。

「弱さを否定し、常に自分を優秀な存在と思い行動せよ。それは近い未来、ただの思い込みではなくなる」と「DQN校」在籍の木偶の坊は申し上げます。

心理的なアドバイスはこれくらいにしましょう。

漢字や英単語を勉強するときは、読み方を発音しながら(英単語は意味も)指書きするのがお勧めです。

理由は簡単、指の神経は脳と深く繋がっているので、外から刺激があればよく覚えられます。
というか、手首から先へ行くほど神経は脳と深く繋がっているので指まで来ればそれはもう……。

受験勉強ファイトです!! 
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