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一人のカタナ使い

作者:夏河
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SAO編 ―アインクラッド―
第一章―剣の世界―
  第11話 終わりとそれから

◆◇◇


 ――本当に終わったのか…………?

 黒コボルドが消滅しても、頭の中では自分にその問いかけが繰り返される。だが、黒コボルドから手に入れたであろうコルやアイテムが表示されているウインドウが目の前にあるのを確認して、本当に終わったんだということが明確に認識できた。
 それと同時に今まで張り付いていた緊張から一気に開放され、自分の意思とは関係なく仮想の身体が崩れ落ちた。左手に持っていた武器の曲刀アイアンエッジ――かなり耐久値が減っているようで、刃零れが激しい――も手から離れ、カランと音を立てて地面に落ちた。
 何ならここに寝転がりたいという欲望に大きくかられたが、それは危ないしいざという時の対処が遅れてしまうから堪える。
 目だけを動かしてあとの三人を見てみると、コウとカグヤも僕と同じ状態らしく、同じような体勢をとっていた。さすがのカイも今回はかなり体力とメンタルを消耗したようで、僕らと同じように地面に座るまではないとしても槍を杖代わりにして立っている。普段は笑っているその顔にも疲労の色が見えた。
 それを見た僕は今更ボスの方はどうなったのか、と気になり部屋の中央を見ると、ボスはいつの間にかいなくなっていて、代わりにさっきまでボスと戦っていたと思われる黒髪の少年が地面に膝をついていた。どうやらあの人がボスにトドメを刺したらしい。

「これで第一層攻略……だな」

 ずっと少年の方を見ていた僕にカイがやって来てそう言った。もう動ける程度には回復したらしく、槍を杖代わりにせず僕の近くまで来ている。そんなカイを見てカグヤとコウもよろよろとゆっくり立ち上がり始めた。
 僕は地面に落とした武器を左手で拾い上げ、手の中で数回武器をくるくると回した後、お疲れ様と心の中で呟きながら背中の鞘に戻した。これで第一層は攻略したんだ、と少し感慨深い感傷と同時に、まだこれから九十九層もあるのか、という途方もなさが織り混ぜになった気分を味わいながら僕は口を開いた。

「うん……ここから、だね……」
「おう!」

 カイはニッと笑って僕の腕を掴み、強引に僕を立ち上がらせる。……少し力が強すぎる気もするが、気にしないでおこう。
 僕は起こしてもらい、黒コボルドを倒してから表示されたままだったウインドウに目をやる。表示されているのは、今まで見たことがないほどの多額なお金、そしておそらく黒コボルド特有のドロップ品であろうアイテムの数々だった。後でゆっくり見ようと思いながら、ひとまずウインドウを閉じる。
 その作業が終わるのと同時にカグヤとコウも僕の近くまでやって来た。二人も相当疲れているようだが、なんとか大丈夫そうだ。

「みんなお疲れ様。第一層攻略、だね」

 カグヤが笑いながら、僕ら三人に向かって嬉しそうに言った――その顔に疲れの色が見えるものの、本当に嬉しそうだ。

「……お疲れさん」

 コウの方も今回は本当に嬉しく思っているらしく、口元が微かに笑っている。そんな二人を見て、カイは満足そうに数回うなずいた後、心底疲れたような顔をして言った。

「とりあえず、トールバーナに戻らね? 俺もうクタクタだよ」
「そうね、一回戻りましょうか。二層に行くのはまた次にしましょ」

 二人の言葉に僕とコウは頷き、戻ることにした。そして戻ろうとした瞬間――


「――――なんでだよ!!」


 という苦しそうな、もっと言えば絶叫しているかのような鋭い声が広間の中央から響き渡った。
 何事かと音のした方を体事向けると、広間の中央でシミター使いの男が黒髪の少年と向かい合うように少し距離の空いた場所にいた――まるで、黒髪の少年と対立するかのように。どうやら何かトラブルがあったらしい。
 僕たち四人以外の人はその二人の周りに取り囲むようにして立っていて、その場から遠い距離にいる僕たちは何が起こっているのか詳しく把握できない。

「……何があってるんだ?」

 僕が思わず漏らしたその言葉にカイがどうでもいいとでも言うように両手を頭の後ろにやりながら返答する。

「しらね。あんなのどうでもいいじゃん。どうせドロップアイテムのいざこざだって。それよりも早く帰ろうぜ、俺もう早く寝たい」
「……わかったよ、じゃあ帰るか」

 カイの素晴らしく自分勝手な言葉にため息をつきたくなるような気持ちになりながら、僕はゆっくりと入り口に向かって歩き始めた。カイもそれに続く。だが、コウとカグヤはずっとその場に立ち止まったまま広間の中央を凝視していた。

「コウ、カグヤ、帰るよ~?」

 僕がそう呼び掛けると、二人は急に目が覚めた化のようにハッとして、少し早足になりながら僕とカイの方へ来た。近くに来たことでわかった二人の顔には、今まで見たことがないほど苦痛めいた顔をしていた。
 その顔に思わず怪訝な顔になりながら、僕は二人に尋ねる。

「……どうしたの? 何か気になることがあった?」

 まあ、『気になること』と言っても今もなおあっている広間の件だろうが。
 僕の問いに二人は各々の否定のアクションをとる。

「……なら、いいけどさ。さっ、行こう? カイなんてもうあんなとこまでいるよ」

 アイツ、また勝手に動きやがって……。本当に自分勝手なやつだな。
 絶対に二人の中で何かがあるはずなのだが、深追いはしない。言いたくないことは言わせなくていいのだ。僕の言葉に二人は頷き、後ろを黙ってついてきた。
 そして、四人がかりで入り口の扉を開ける。最初は全く動かなかったが、もう筋力パラメーター全開! というぐらい頑張ったらようやくゆっくりと開き始めた。……筋力値も上げないとかなあ。
 開く際に結構大きな音がしたのだが、広間の中央の人たちはその場から動くことはなかった。かなり入り口から距離があるから聞こえていないのだろうか。まあ、こちらも向こうで何を話されているのか全く聞こえないのだが。
 四人ともボス部屋を出て扉を閉めるとき、もう一度広間の方を見る。
 まだいざこざは続いているらしく、よく聞き取れない人の声がこちらにまで微かに聞こえる。よほどの大声で叫んでいるのだろう。普通に第一層を攻略したことを喜べばいいのに。何をこんなめでたいときにケンカなどしているんだろうか。
 そんなことを考えながら、扉が閉まるまでずっとその光景を見続けていた。


◇◆◇


 街へ戻るのはさほど難しいことではなかった。帰る途中に出てきたモンスターも一人で倒せるぐらいのものが三体ほどだけで、あとは特に何も起こらなかった。その間ほとんど僕たちは話さず、黙々と歩き続けた。よほど疲れているのか、それとも――。
 街に着いてもほとんど会話をしなかった。そのわずかな会話の間でしたことは、もう疲れたから休もうなどの宿に行って各々休むということだった。僕とカイとコウは同じ宿で別々の部屋に、カグヤは全く別の宿に泊まるということになった。
 圏内なのでやましいことなどできないから(するつもりなど一切ない)カグヤも僕らと同じ宿でよかったのだが、どうやら前々から一週間ほど宿をまとめて借りているらしかった。
 そして今、僕は自分が借りた部屋に一人でいる。左右それぞれのとなりの部屋にカイとコウが休んでいるはずだ。

「…………う~ん」

 ごろんと寝ているベッドの上で体を大の字に広げる。部屋に入ったらすぐに寝ようと思っていたのだが、疲れすぎているせいか全く寝付けない。
 それとも、もしかすると全く新しい部屋だから少し緊張しているのかもしれない。現実世界ではいつも寝るときは、自分の部屋の自分のベッドを使っていたから心からくつろぐことができたのだろうが、今は新しく借りた部屋だから自分で気づかないうちに気を張っているのかも……(今更感が否めなくもない)。
 気分を紛らわすべく、黒コボルドを倒したときに手に入ったアイテムを見ることにした。ストレージを開き、『NEW!!』と左端に表示されているアイテムの詳細を見る。
 やはりどれも黒コボルド限定のものらしく、アイテム説明の文には必ず黒コボルドのフルネームがあった。黒コボルドは思っていた通り中ボスようなポジションだったようで、ドロップ品も今までのモンスタードロップよりも性能が高めだ。中ボスでこれなのだからボスのドロップ品はどのようなものなのだろうか? あの時広間の中央に混ざって聞いてくればよかったな、と一瞬頭によぎるがあの雰囲気の中には入りたくないな、と思い直す。

「…………これすごいな……」

 思わず声を漏らしながら、スクロールしていた指を止める。普段ならもっとリアクションが大きいだろうが、今は自分一人だし疲れているから仕方ない。
 黒コボルドからドロップしたアイテムのひとつ。
武器カテゴリー曲刀、名称《メタルエッジ・ブラッカー》。
 付加されている能力上昇効果も今まで見たことがないほど大きく、筋力値、敏捷値がともに15近く上昇し、《強化試行上限数》がなんと九回。
 強化試行上限数とは、鍛冶屋で強化することができる武器の鋭さ、正確さ、などの五つのどれかを鍛えられる回数のことだ。成功または失敗しても一としてカウントされる。だから極端な話、今僕がメインの武器としているアイアンエッジ(強化試行上限数は四回)を四回全部失敗したとしたら、もうこの武器は一回も強化することができない。
 そして、それらよりも驚くべきは攻撃力だ。僕が知っているなかで一番高い攻撃力を持っているのは今装備しているアイアンエッジなのだが、この武器はそれよりも高い。
 ――ボス戦前に武器変えたのにもう変更か……。
 しかも、数個買っちゃってるし……などと少しだけ不満を漏らしながらも内心は嬉しさの方が大きい。そりゃ少しだけ寂しさもあるが、それよりも強い武器が手に入ったという喜びが大半を占めている。これで今までよりもグッと冒険しやすくなったはずだ。

「……ついでにどんな形してるのか見てみよ」

 体をゆっくりと起こし、ウインドウを操作してメタルエッジを装備する。すると、手の中にシュバッと音をたてて名前の通り柄から反った刀身まで真っ黒な曲刀が現れた。武器の柄をグッと握った瞬間、ずしり、としっかりとした……なんならしっかりし過ぎた重量を実感する。

「……少し重い……かな」

 軽く腕だけで武器を振り回してみるが、少しだけ自分にとって思いせいかワンテンポ遅れている気がする。
 ベッドから出てそのとなりにある少し動けるほどあるスペースに立ち、武器を構える。疲れているというのにこの動作だけは自然だった。もう体に染み付いてしまっている。
 そして、今度は体を使って数回武器を振ってみる。フォンフォン、と空気を斬る音が耳に入った。
 ――やはり、重い。もう少し筋力値が上がってからでないとアイアンエッジのように扱うのは難しそうだ。まあ、この少し重みのある感覚も嫌いではないが。

「さて、確認もしたしもう寝よ」

 少し軽く運動もしたし、いい感じに眠れそうだ。
 そう思って大きなあくびをひとつした後、ベッドに再度入り、布団を被ろうとした瞬間、いきなり僕の部屋のドアが開いた――ドアを開けた犯人は僕のとなりの部屋を借りている人だった。

「……カイ、僕もう寝たいんだけど」
「なら、ちょうどよかった。寝る前にちょっと相談、というか話があるんだが」
「それより、どうやって僕の部屋のドアを開けたのさ」

 驚いた原因であり一番気になっていたことを聞くと、カイは少し驚いたように目を軽く見開いた。

「お前知らないのか? ドアが初期設定のまんまだとパーティーメンバーとフレンドは開けれるんだぜ?」

 それは知らなかった。ていうか、そういうの早く言ってください。あともう少しで悲鳴をあげそうになったじゃんか。
 僕は相手に聞こえるようにわざと大きくため息をついて、せっかく入ったベッドからもう一度起き上がる。今、十二月上旬なので現実世界だったら死んでも嫌だ! 言うほど寒くて出たくないが、第一層の季節感は現実世界とリンクしていないのでさほど寒くはないからありがたい。

「で、相談? ってなに?」
「まあまあ、落ち着けよ。もっと楽にしようぜ?」

 そう言ってカイはヘラヘラ笑いながら、『オーノー』とでもいうようなポーズをとる。もう全く疲れてないようで、いつも通りだった。
 少しコイツの口ぶりにイラッとしながら、僕は自分を落ち着けるためにまたため息をつく。……いや、本当に疲れてんだって!
 そんな僕の心情をいざ知らず、いつの間にかカイはいつもの笑い顔に戻していた。

「……少し長くなるかもだしさ、一階のロビーで話そうぜ?」
「ここじゃダメなの?」
「いや、気分的にさ」
「ふーん……コウも呼ぶか? 寝てるかもだけど」
「いや、コウはいいや。早く行こうぜ」

 そう言うと、カイは僕の部屋から出ていった。多分先にロビーに行くのだろう。……ここでドアを開けられないように設定してもう一度ベッドに入ることも考えたが、カイの話っていうのが気になるので素直に従う。面白そうだけどなあ。
 部屋から近い位置にある一階へと繋がる階段を使って下りる。ロビーに行くと、受付のところに今日来たときに見た若い女性のNPCが立っていて、数人ほどロビーでお茶をしている人たちがいた。今の時間が昼と夕方の中間ぐらいなので、この人数なのかもしれない。まあ、ここの宿にあるお茶も食べ物もそこまで美味しくないから……というかあまり味がないからかもしれないが。
 一番端の二人専用とでもいうような大きさのテーブルの奥の席にカイがいた。二人分のお茶を頼んだらしく、カイの前とその向かいの席にティーカップが置いてある。しかも、あったか~いものが入っているようで、この位置からでも湯気がたっているのがわかる。
 僕はいつも通りの歩調でカイの元へ行き、彼の向かい側の席に着く。

「……で、相談、もしくは話ってなに?」

 そう言ったあとに自分の席にある湯気がたっているティーカップを取り、その中身を少し飲む。色的に紅茶のようだが、まったく紅茶の味がしない。まるで色のついた水を飲んでいるようだ。思わず顔を少ししかめる僕をじっと無表情でカイは見ている。

「はい、百コル」
「ブーーーーッ!!」

 口に含んだ紅茶もどきを勢いよく吹き出す。僕の突然のおかしなアクションにウェイトレスの姿をしたNPCが僕の元へ来る。それをむせるのを我慢しながら「大丈夫です」と断ってから、我慢を解いて勢いよく咳き込み始める。そんな僕を見てカイが腹を抱えてゲラゲラと大笑いしていた。涙目で周りを見渡すと、ロビーにいる人全員が目を見開いてこっちを見ていた。
 ……こんにゃろう。しかも、無表情で手を出しながら言いやがって。絶対に返さないからな。お前の勝手な配慮だろ。
 なおもカイは笑いながら目尻の涙を指で取りながら、

「いや~マジで面白いわ~。あ、金いらないから。それは俺からの最大限のおもてなしだ」
「…………もう僕……帰るぞ……」

 こんだけ恥かかせられてコイツの頼みなど聞いてやる筋合いはない。さっさと戻って寝よ。
 僕が席を立とうとすると、慌てた素振りで僕の腕を握り、早い口調で言葉を捲し立てる。

「わ、悪かったって! 頼む! 見逃してくれ、この通り! 何でもおごるから!」
「…………次はないからな!」

 まだ涙目になっていながらそう訴えて、席に座る。おごると言われてもここのご飯は正直あまり好きではないので、この紅茶だけで勘弁してやる。感謝するんだな。

「で、もうなに?」

 三度目の同じ問いにカイは今回は本気らしく、真剣な顔になる。まだ少し高ぶっている心を落ち着けるため、ゆっくりと紅茶を飲む。あちっ……もうちょっと温くしていいのに……。

「俺らの今後のことについてだ」
「……今後? どういうこと?」

 これからも三人で一緒に行動、ていうスタイルで行くんじゃないの?

「いや、そろそろこのゲームに慣れてきたじゃんか」
「まあ……確かに一ヶ月ぐらい経ったし、慣れてきたと言えば慣れてきた、のかな……」

 最初はかなり手間取っていたモンスターとの戦闘も今ではなんとかなってきてるし。

「だろ? だからさ、なんつーか、その……」
「なに?」
「いやー、これを言ったらお前が怒りそうと言うか……」
「じれったいなあ、とりあえず言ってみてよ」

 僕は思わず眉を潜めて続きを促す。
 めずらしくカイなのに歯切れが悪い。僕が怒りそうなことって……何を言うつもりだ?

「…………ソロで活動してみたいなーって」
「却下。じゃあ、僕もう疲れたからお休み……」
「待った待った! お願い、俺の気持ちを聞いてくれ!」
「こればっかりはお前の気持ちを聞いたって曲げるつもりはないよ。カイ、お前コウがなんで僕たちが一緒に行動することにしたのか知らないわけじゃないだろ?」
「……当たり前だろ」

 カイは気まずそうに僕から目を逸らす。
 コウは直接自分の口から話しはしなかったが、理由はもう僕もカイも察している――僕たち二人が死なないようにだ。そして、これはあくまで僕の推測だけど、おそらくコウは僕とカイをいざというときに守るため、常に自分の近くに置いておきたかったんだろう。
 僕はコウが寝ている部屋がある二階に繋がる階段を一目見たあと、目を逸らしているカイに目を向ける。

「ソロになったら死ぬ確率が上がるってもう知ってるだろ。お前、今までコウが頑張ってきた苦労を全部潰す気か?」
「……じゃあ、聞くけどさ、なんでコウはもっと俺たちを見守るため――言葉悪く言うなら俺たちを監視するため、パーティーを組まなかったんだ? もっと言うなら、ボス戦の時に組んだパーティーも、もう俺たち解除してるだろ」
「………………それは……」

 今度は僕が目を逸らす番だった。
 言われてみればなんでコウはパーティーを組まなかったんだ……?
 パーティーを組めばパーティーメンバーのHPゲージを見ることができるし、名前などのちょっとした情報ならば確認することができる。もっと僕らに目を利かせたかったら、最初からパーティーを組めばよかったはずだ。なのに、しなかった。あのコウが忘れてたという可能性は低い、と思う。

「……ボス戦のパーティーを解除したのは、カグヤがいたからだろ。僕たち二人だけならともかく、カグヤまで巻き込むわけにはいかないと思うのは当たり前だよ」
「じゃあ、なんで俺たちがはじまりの街を出るときに俺たちだけでパーティーを組まなかったんだ?」
「…………わかんない」
「なら質問を変えるぞ。どうしてコウは俺たちとパーティーを組むことを避けたんだ?」
「………………」

 もう言葉すら出なかった。
 僕の沈黙を判らないと取ったのであろうカイはなにかに耐えるように目を少しだけ細める。そのカイらしくない顔に答えのような何かの端を掴んだような感覚がした。

「なあ、ユウ……これから俺が話す推測はあまり当たって欲しくないんだが……」
「………………なに?」
「βテスターが非難されるようになるってのは攻略会議の時から何となくわかったろ?」
「……うん」

 できたら気づきたくなかったし、解りたくなかった。キバオウみたいな人が早く心変わりしてくれることを願うが、おそらくそれは無理なのだろう。

「多分だけどさ、コウはこうなること解ってたって思うんだ。あいつ、頭良いからさ。だから、もしかしたら――」


 ――――いざという時すぐソロになれるようにじゃねーのかな……。


 僕はその言葉を聞いて、たまっている疲労が吹き飛んだ。そしてカイのことなど置いてコウのいるはずの部屋に駆ける。走っている途中に人がいるテーブルにぶつかって文句を言われるが、そんなの目もくれず、コウの借りている部屋の前に着く。
 荒くなった息をしながら、コウの部屋のドアを勢いよく開けた。幸いというべきか、ドアは初期設定のままでフレンドの僕も開けることができた。
 部屋のなかには誰もおらず、部屋の窓は空いていて、そこから吹く風が薄い青色をしたカーテンをなびかせていた。

「くそっ……!」

 毒づきながら、コウと連絡を取るべく素早くメインメニュー・ウインドウからフレンドリストを表示させる。
 だが、そこには『カイ』という名前しかなく、目的の『コウ』という名前はなかった――。
 フレンドリストから名前が消える理由は、ひとつしかない。コウ、もしくは僕が己の手でフレンドリストを解除したのだ。もし、死んでいる場合は名前の色がグレーになるので、名前ごと消えている今回は当てはまらない。

「用意周到過ぎるよ……」

 ――――コウ。
 心の中で名前を呟きながら、僕は崩れ落ちたい衝動に駆られる。下を向いてそれを必死に抑え、コウに気づいてやれなかった自分に憤慨を覚えてるいると…………

「……やっぱいなかったか……」

 後ろからカイの声がした。その声はいつものトーンだったが、敢えてその声を出しているように思えた。
 カイは俺の隣に立ち、辺りを見渡す。そして、頭をガシガシかきながら大きくため息。

「ったく、一言でいいから相談しろよな。何年の付き合いだと思ってんだ。あいつ、そういうところ抜けてんだよな」

 全く以て同感だった。カイの言葉はまだ続く。

「まあ、今ごろ気づいた俺も俺だけどよ、ホンットにさぁ……あ~~~~っ! ムカつく!!」

 ドン! とカイが壁を殴る。
 が、紫のウインドウが壁の少し前で出てきて拳を阻んだ。
 それからカイはコウのいた部屋からでて入り口の前に立つ。僕と背中を向けあう形になる。

「今度会ったら、一発ぶん殴ろ。――で、どうする? ユウ。お前はこれからどうすんだ」

 その言葉に顔を上げてからカイの後ろ姿に問いかける。

「そう言うお前はどうするのさ」
「さっき言ったろ、俺はソロで活動したいって。コウもいない今、もう俺たちは自立すべきなんだよ。今までみたいにずっと助け合っていってたんじゃあ、いざって時に何もできなくなっちまう。それに……」
「それに?」

 カイが僕の方を見て、ニヤッと笑う。

「ゲームって元々一人でするもんだろ。協力プレイはたまにやるぐらいでちょうどいんだよ」


◇◇◆


 敏捷力を上げておいて助かった……。
 心の底からそう思った。借りる予定だった一階の部屋がまさか全部もう使われていたとは。おかげで二階にある部屋を借りることになってしまった。窓がある部屋を借りれたことが不幸中の幸いか。窓から飛び降りるのはすごく度胸のいることだったが、奇跡的に人が通っていないことと敏捷力を上げていたことにより、目立つことなく宿から抜け出すことができた。
 そのまま駆け足で宿から急いで離れる。二人に見つからないように念のためあまり人目が通らない道を通るとしよう。
 大通りから路地裏のように細く薄暗い道へ進んでいくと、段々と人の数が減っていった。一度立ち止まり、後ろを振り返る。当たり前だが、そこには誰もいない。
 二人の姿が頭に浮かぶと同時に胸に鈍い痛みが走った。

「…………すまん、二人とも」

 二人に聞こえもしないのに、謝罪の言葉を呟く。そして、再び進もうと前を見た瞬間――

「謝るぐらいならしなきゃよかったんじゃない?」

 反射的に自分が背中を向けていた方向を見る。さっきまで誰もいなかったはずのその場所には昼間まで一緒にいた女剣士が立っていた。深く被っている紺色のケープのせいで全く表情が見えない。
 俺は小さく息を吸ったあと、彼女――カグヤに言葉を投げた。

「……どうして俺の場所が判った?」

 一応発動していた《策敵スキル》には何も反応がなかったはずだが……。

「私、あなたたちと向かい側の宿に泊まってたからね。窓から飛び降りるあなたが見えたから、追いかけただけ」
「…………」

 今思えばカグヤと別れたのはトールバーナの入口でだ。ユウとカイからバレないようにすることに頭が一杯でカグヤのことを忘れていた。
 そして策敵スキルに引っ掛からなかったのは、カグヤが《隠密スキル》を取得しているからだろう。しかも相当熟練度を上げているらしい。
 俺が推測していると、カグヤはさらに言葉を続ける。

「これがコウの選択?」
「……まあ、な」

 正直、あまりしたくはなかったことだが、二人を巻き込まないためにはこうするしかなかった。これからβテスターが非難されることになっていくだろう。もし一緒にいて俺がβテスターだとバレた場合、二人まで非難されることになる。
 俺はカグヤに罵倒されるか指摘されることを覚悟したが、そのどちらでもない言葉が俺の耳に届いた。

「そう、なら私からは何もないね」
「……何も言わないのか?」

 俺の言葉にケープ越しからでも判るほど、不思議そうな顔をした。口元が少し空いている。

「なにか言ってほしいの?」
「……いや、そういう訳じゃない。ただ、意外ではあったな」

 カグヤは少し離れたここでもわかるほどの大きさで息を吐いた。

「これはあなたたちの問題だから。一日二日の付き合いでしかない私が口出しすることじゃないわ」
「……そうか」

 彼女の冷たいようで優しい対応に思わず笑いそうになるが、実際は口の端が微塵もつり上がっていないだろう。自分では笑っているつもりでも笑っていないということがよくある。……意外と昔からの悩みだ。

「それにこれはコウが考えて悩んだ末に出した答えでしょ? なら、私に口出しできないよ」
「……ありがとう」

 素直に感謝の言葉を述べる。すると、向こうは口元を優しく笑わせながら、俺にフレンド承認のウインドウを飛ばしてきた。

「せっかくの機会だし、フレンドになろうよ」
「……お前、わざわざ自分を危険にする気か?」

 俺がβテスターだからユウとカイと離れたというのに。同じことは繰り返したくない。
 俺の言葉の意味を察したのだろう。カグヤはぽんと手をうった。……こういうと悪いかもしれんが、ベタだな。

「そのことなら心配いらないよ。私もβテスターだからね」
「……そうか」
「反応薄いね」
「……薄々感じてはいたからな」
「そっか。えへへ、私も詰めが甘かったな~」
「……まあ、いつも通りでいいと思うぞ。普通バレないと思う。フレンドの件は悪いが断らせてもらう。だが、また今度会えたら……今度は俺から頼もうかな」

 その時には今よりはβテスターうんたらも落ち着いてると思うしな。
 俺は心のなかでそう呟きながら、ウインドウのいいえの方を押す。

「そう……じゃあ、その時が楽しみね」
「……ああ、じゃあまたな」

 ――この言葉は、できればユウとカイにも言いたかった。
 俺はそう思わずにはいられなかった。 
 

 
後書き
これにて、第一章本編終了です。読んでくださって本当にありがとうございました!(最終回っぽいですが、終わりませんよ!)
あと、番外編を一つ書きたいなー、と思っております。それで本当に第一章終了です。

それでは、よいお年を~!感想お待ちしてまーす! 
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