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一人のカタナ使い

作者:夏河
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SAO編 ―アインクラッド―
第一章―剣の世界―
  第10話 四人だけの戦い

 
前書き
大変遅れました!すみません! 

 
◆◇◇


「えっ? ええぇぇぇぇぇぇ!?」

 ボス戦が繰り広げられている――しかも、結構ヤバイ状況の中でひとつの悲鳴にも似たような叫び声がボスの周りから聞こえてくる悲鳴と混合していく。
 僕はこっちの状況を他の人にバレないようにするため、叫び声の発生源の後ろに回り込み、口を両手で塞いだ。
 カイのこのような無茶ぶりにも似たぶっとんだ発言は小さい頃からの付き合いである僕とコウには慣れたものだったが、さすがに会って一週間も経ってない僕に口を塞がれている女の子――カグヤには無理だったらしい。
 まあ、そうだよね。
 僕もカイと関わる時間が長いから大丈夫だけど、カグヤと同じ立場で状況ならそんな風になっていただろう。

 さて、話を戻そう。
 問題はボスのコボルド王がみんなが予想しなかった《カタナスキル》を使い始めたこと。もう湧出(ポップ)するはずがなかった手下のセンチネルが出現し始めたこと。そして、複数のセンチネルと同時に見たこともないようなセンチネルが一匹出てきたこと、の三つだ。
 二つ目は心配ない。今までと同じ要領で倒せばいいだけの話だ。きっと僕たちG隊と同じ役割を持った人たちが対応してくれるだろう。
 一つ目は正直どうすればいいのかわからない。対応策が全くないのにボスの前に立つのはあまりにも無謀だ。コウが言うには彼自身も全く対応できなかったと言っていたし、それならなおさら僕には無理だろう。
 そう思ってちらっと目を動かすだけでボスの方を見てみると、さっき見たときの慌てふためいた様子や悲鳴が一切無くなっていた。
 何事かと思い、さらに目を動かし状況を確認すると、一人の少年と一人の少女がコボルド王と互角に渡り合っていた。レイドの一番後ろにいた二人だ。
 あそこまで対応できるということはどちらか……もしくはどちらもβテスターなのかもしれない。これならばボスの方はあっちに任せても問題はなさそうだ。
 となると、残ったのは三つ目だけ。
 それだけならば僕たちで何とかなるかもしれない。
 もちろん、今まで見たことのないモンスターだ。どう対応すべきなのかもわからない。だけど、カイの言うとおり、四人で協力すればどうにか……

「んむ〜! むぅ〜〜!!」

 なんだろ? このくぐもった声は。
 と思って目線を下に落とすと、カグヤが必死に僕に口から手を離せと訴えていた。フードから光っている瞳が穏やかなものから険しいものに変貌している。

「わっ、ごめん、忘れてた」

 素直に謝り、ぱっと手を離すとカグヤが僕に数秒鋭い視線を送ったあと(マジで怖い。視線だけで人を殺せるんではなかろうか)、ふぅ……と息をついたかと思った途端に真剣な顔つきになり口を開いた。

「ユウとコウは納得しているようだけど、あのモンスターを四人で倒すのは無理……いや、無理じゃないかもしれないけど、危険だわ。ここはやっぱり増援を送ってもらうべきよ」

 それに対して、カイが槍を肩に担ぎながら反論する。声のトーンはいつもと同じだ。表情もいつもと変わらず笑っている。

「だからさっき言っただろ? 増援を送ってもらってボスのほうが崩れたらこっちも終わりだって。そうなるぐらいなら四人で頑張ったほうがいいだろ?」
「…………でも」
「大丈夫だって。普通に考えてボスよりは弱いはずだし、見た感じサイズもボスほど大きくないし」

 カイのその言葉を聞いて黒い鎧をしたコボルドを見てみると、確かにボスよりは小さかった。離れているから正確にはわからないが、多分僕の身長よりも少し大きいぐらいだろう。少なくともセンチネルよりは確実に大きい。
 ――というか、このままだと(らち)があかないな。
 今は黒い鎧をしたコボルドが動いていないからいいが、もしこうしてる間にボスの方へ行かれたら、さらにヤバいことになる。
 僕は二人の間に割って入るように言葉を出した。

「まあまあ、二人とも。――じゃあこうしよう。もし、四人の中で一人でもHPゲージがイエロゾーン……つまり、半分になったら増援をお願いする。これだったらいいんじゃない?」
「う〜ん……それなら…………」
「よっしゃ! ナイスだユウ! さすがだな!」

 カイがすごく嬉しそうに左手の親指だけ立てながら僕に向けてきた。本当にすごく嬉しそうに歯を出して笑っている。
 それを見て僕は、右手で頭を抑える素振りをしながら息を吐く。

「まったく……ホントにお前のフォローは大変なんだからな。コウもそれでいい?」

 今まで考えるように顎に手をあてて少し俯き、僕たちの会話に参加せず聞いていたコウが僕の言葉でようやく顔を上げた。
 相変わらずの無表情なので、何を考えているのかはさっぱりだが、首を縦に振ることで「異議なし」と僕に伝えてくる。

「……カグヤの言う通り不安も多々あるが、ユウの案の範囲でやれば少なくとも死にはしない……と思う」
「それなら十分だ!」

 とカイ。
 コイツは本当に何も心配も不安もなさそうな顔をしている。むしろ楽しみで仕方ないとでもいうような感じだ。

「本当にどこから来るんだよ、その妙に満ち溢れた自信は……」
「あはははは、まあまあ、いいじゃねぇか」
「何がだよ……」

 心からため息をつきながら、意識を切り替える。これから未知のモンスターと戦うのにこんな気持ちではできることすらできなくなる。どうせやるならベストを尽くそう。
 左手に持っている武器を目を動かすことで見る。センチネルとの戦いでかなり消費したにも関わらず、そこまで耐久値は減っていなかった。
 前使っていた《スモールブレード》だったら、これぐらいの戦闘で耐久値が八割以上消耗していたが、今使っている《アイアンエッジ》は三割ほどしか減っていない。単純に考えて今までの二倍は持つということだ。さすがコウが教えてくれた武器だな、と素直に感心する。それと同時に新しく僕の力になってくれるコイツが頼もしく感じた。
 ほかの三人も見てみると、全員がギラギラして目をしている。カイを含め、コウと最初は乗り気ではなかったカグヤも負けるつもりなどさらさら無いとでも言うような表情だ。
 それを見ていると不思議と絶対やれるんではないか、と思えてきた。

「やるからには全力でやるわ。――絶対に勝つよ!」
『おおっ!!』

 僕たち男子三人が声を張り上げると、掛け声を上げたカグヤは勢いよく被っていたケープを掴みとった。それにより、ケープを買った時から今まで見ることができなかった顔の全てがさらけ出される。
 その表情は今まで顔を隠していたからかもしれないが、初めて見る険しいとも形容できるような真剣な表情(かお)をしていた。あまりの迫力に背筋がゾクッとするのを抑えきれない。……こりゃマジで怒らしたら死ぬな。
 これからカグヤは絶対に怒らせないようにしよう、と心に決めながら別の意味で気を引き締めていると(今することじゃないと思うが)、いつの間にかとなりに来ていたカイが僕の肩をつつきながら、内緒話をする時のように片手で口を隠しながら僕に(ささや)いた。

「なあ……カグヤ、俺が思ってる以上に可愛いんだけど。今から告ってきていいか?」
「時と場合を考えろっつーの」


◇◆◇


 カイの頭をダメージが発生しない程度の力加減でゲンコツしたあと、コウが話を戻す。

「……じゃあ、手短に。HPゲージが四割以上減ったらすぐに回復すること。正直、ちょっとでも回復して欲しいが。あと、スイッチをうまく活用すること。以上」
「りょうかい。解ったか? カイ」

 と言いながらカイの方を振り向くと、そこにカイはいなかった。……あるぇー?

「ユウ、あそこあそこ」

 そう言いながら、カグヤが僕の袖を引っ張りながらどこかを指差した。その方向を見てみると、カイが黒コボルドに向かって突っ走っていた。しかも、上手いこと黒コボルドの後ろに回り込んでいる。

「人の話はちゃんと聞けよ……」
「まあ、いいじゃない。ビビってるよりはマシでしょ?」
「……行くぞ、二人とも」

 コウはそう言うと、一気に駆け出した。その際、背中の鞘からアニールブレードを素早く抜き放った。光に反射して剣が輝いた。
 基本的にコウは僕と同じで敏捷力を優先に上げているので、カイとの距離がみるみる縮まっていく。
 そして、ワンテンポ遅れて僕とカグヤが同時に走り出し、コウと同じように背中から武器を抜き出す。割と全力で走っているのだが、カグヤは離れることなく僕の隣を疾走している。カグヤも僕やコウと同じで敏捷力優先のようだ。
 僕とカグヤが黒コボルドまであと五、六メートルというところでカイが完璧に気付かれず背後に回り、攻撃を仕掛けた。

「おりゃぁぁぁあ!」

 気合いの入った声と共に槍を斬り上げる。ギャリリリリ! という硬質な音が僕のところまで届いた。音からして多分鎧にしか当たっていない。
 走っている途中から発動していた《索敵スキル》によって、僅かながら黒コボルドのHPゲージが減ったのがわかった。ちなみに本当の名前は《ブラックアーマードコボルド・ナイト》っていうらしい。そのまんまだな。
 黒コボルドは自分の後ろにいるカイに気付いたらしく、持っている大剣をカイに向かって振り回し始める。

「うーん、どうやって倒せばいいんだろう……」
「ガンガン攻めていって弱点探すしかないと思うよ。じゃあ、カイに気をとられてる間に私たちも攻撃しましょ」

 そう言うと、カグヤは黒コボルドに向かってさらに接近していく。しかも、さっきまで僕と走っているときにはスピードを押さえていたらしく、先程よりも数段速い。僕もカグヤにならい、地面を蹴る。
 一瞬のうちにカグヤは黒コボルドとの距離を無くし、その右手にあるコウから貰ったアニールブレードの刀身を青い光に染めた。

「はぁぁぁぁあ!」

 鋭い気迫と共に発動されたのは、片手用直剣ソードスキル《スラント》。
 しかも、絶妙にカグヤ自身によってブーストをかけているため通常のものでは考えられないほどのスピードを実現させている。
 剣は吸い込まれるように黒コボルドの背中と腰の鎧の間に命中した。

「ギイィィッ!」

 黒コボルドは悲鳴を上げながら体をのけぞらせる。どうやら鎧の無い部分に攻撃するとダメージが大きくなるらしい。その証拠にHPゲージがさっきよりも大きく減り、一割半ほどに減っている。

「スイッチ!」

 カグヤはそう叫び、黒コボルドの方を向いたまま大きく後ろにジャンプした。その些細な動き一つに対しても、単純にきれいだと思ってしまう。

「了解!」

 ジャンプで空中を舞っているカグヤの下を通り、今度は僕が黒コボルドとの距離を詰める。のけぞっている時間は今まで戦ってきたモンスターの中ではかなり短く、既に向こうは体制を整えていた。
 そして、標的を僕に変えたらしく、その持っている大剣を大きく振りかぶり、僕に向かって叩きつけようとした。

「…………ぐっ!」

 短く息を吐きながら、まっすぐ黒コボルドに向かって走らせてようとしていた左足を横にすることで急ブレーキをかけ、そのまま左足の向いた方向にジャンプする。
 すると、僕が着地したと同時に背中からガアァァァン! という音が聞こえた。かなり大きな音だったので正直かなり驚いたが、今はそれを気にしてる場合ではない。もう一度黒コボルドに向かって進み始める。
 黒コボルドの懐にたどり着き、左手に持っている武器を黄色の光を輝かせる。この場所ではほとんど鎧に包まれていて、あまりダメージを期待できないが、これ以上時間を取ると攻撃できずに終わってしまうかもしれないから断念するしかない。
 さっきのカグヤと同じようにシステムアシストで自動的に動く体に合わせて力を加える。
 ほぼ自動的に動いている体は、右足を軸にして体全体を勢いよく回転させ、黒コボルドを斬りつけた。そして、今度は逆に回転し、もう一度切り裂く――簡単に言うと、連続で左回転斬りと右回転斬りをしたのだ。
 発動したソードスキルは曲刀専用の《ロータリー・サイズ》。
《ツインカッター》と同じで二連撃だが、《ツインカッター》は軌道がクロスなのに対して《ロータリー・サイズ》は水平なのだ。
 狙うは上半身の鎧と下半身の鎧の間――!

「うおぉぉぉぉお!」

 無意識に声を張り上げながらも狙いに沿って進むようソードスキルを微調整する。
 すると、火事場の馬鹿力なのか運が良いのか希望通りの位置に剣が動き、ソードスキルが我ながら見事と呼べるほどに命中した。黒コボルドのHPゲージが今度こそググッと減り、

「……よっし!」

 思わず喜びを口にしながら、忌々しい技後硬直(スキルディレイ)が体を支配する。

「…………ッ!」

 この金縛りにあったかのような感覚には全く慣れる気配がない。最も普通はありえないことなのでそれも当然だが。
 そんなことを考えていると、黒コボルドが大剣を両手持ちにして僕に向かって横薙をし始めた。
 ヤバイ! と頭では思っていても、体が思い通りに動かせない。実際にはそんなに技後硬直は長くないはず――正確には一、二秒ぐらいだ――だが、その短い時間が命取りになることをこの一ヶ月間で思い知っている。
 ようやく解放されたのは、もう大剣がほぼ目の前に迫っているときだった。
 何とかして大剣を受け止めるか弾こうとしたいが、如何せん時間が足らな過ぎる。それでも足掻こうと武器を大剣へ動かそうとするが、やはり間に合いそうになかった。
 ダメージを喰らうことを覚悟した瞬間――――僕と大剣の間に体が半分割り込む形でカイの姿が見えた。

「まあ、任せとけ!」

 カイは僕を見て口の端を上げながら小さくそう言うと、素早く槍の刀身を地面に着くのではないかというほど下ろし、腰の位置も落とした。すると、槍の刀身が赤い光が灯った――どうやらソードスキルで相殺するつもりらしい。 
 ――いや、さすがに無理だろ……。
 心の中でそう呟きながら、振り始めようとしていた武器を止める。
 そしてカイの顔を見ると、失敗することを考えていないとでも言うような笑みをあらわにしていた。その顔を見ていると、コイツは本当になんとかしてくれるんじゃないか? と少しだけ思い始めてしまう。

「どりゃぁぁぁぁあ!」

 さっきよりも大きな声を張り上げながら、カイは自分の体に大剣が触れるスレスレのところでソードスキルを発動させた。
 赤い光を帯びた槍の刀身は、まさに閃光のように鋭く的確に大剣に衝突して軌道を逸らした。それどころか、大剣を上に跳ね上げて隙すらもつくってしまった。

「……んなアホな……」
「アホな、じゃねーよ。何とかしてやるつったじゃんか。お前がイエローゲージになったら、こいつ倒すのできなくなんだかんな。一撃も喰らうなよ?」

 そう言って、カイはさらに口元を笑わせた。
 ……なんか、僕の幼馴染みがこの世界に来てから段々人間離れしてきた気がする。
 そんなことを思ったあと、一旦距離を置くために僕とカイは後ろに下がった。すると、逆にいつの間にか近くにいたコウと後ろに下がっていたカグヤが前に出る。

「やあぁぁぁあ!」
「…………っ!」

 それぞれの鋭い声とともにそれぞれのソードスキルが発動する。コウが《バーチカル・アーク》、カグヤが《ソニックリープ》。
 青色の光と黄緑色の光の剣技が黒コボルドの胴体と頭部に炸裂した。
 今までの非ではない勢いでHPゲージが減っていき、イエローゲージに突入し、残り四割になると同時に頭部と胴体の黒い鎧が弾けて消滅した(まあ、コボルド自体も黒いのだが)。これで今までよりもグッと倒しやすくなったはずだ。

「ナイス! コウ、カグヤ!」

 カイはそう言い、二人に向かって親指を立てる。僕もカイにならって同じ動作をする。
 ――この調子なら……行ける!
 そう心の中で確信し、武器を持っている左手の力が無意識に強くなった。このまま四人のコンビネーションが抜群で攻撃していけば、誰も攻撃を受けずにすむかもしれない。
 しかし、またもや予想外の事態が発生した。
 黒コボルドがいきなり暴れ始めたのだ――どうやらβテスト時でのコボルド王の最終形態がこっちに引き継がれたようだ。
 だが、もちろん全てが一緒というわけではない。解っているだけでもひとつだけ違う部分がある。
 それは、持っている武器が曲刀もしくはカタナから大剣になっている、という点だ。全くβテスト時から登場しなかった武器でのバーサク状態。一体どのようになるのか想像できない。

「グルルァアアアア――――!!」

 今まで戦闘をしてきて初めて黒コボルドが吼えた。
 そして、両手持ちになった大剣に必殺の光を灯らせる――その色はまるで危険を知らせるような黄色だった。

「…………くっ!?」

 この瞬間、パーティー全員にとてつもない緊張が走る。
 それはそうだ。今まで見たことのないソードスキルが中ボスの手によって発動されるのだ。その威力、被害は計り知れない。まあ、ボスじゃないだけマシかもそれないが。
 上段に構えられた大剣が動き出す。狙われたのはカグヤだった。もしかすると、一番近くにいたからかもしれない。
 カグヤはそれに気付くと身を引き締めるように――あるいは、体を強ばらせるように剣を構えながら、後ろに二、三歩後ずさる。
 後ずさったと同時に大剣が振り下ろされた。

「クソっ!」

 それと同時に僕の足は勝手にカグヤの元へ駆けていた(カグヤなら回避できたのかもしれないと思ったが、そう思ったのは体が勝手に動いたあとだった)。そして、担ぐように武器を構え、曲刀ソードスキル《リーバー》を発動する。
 なんとか二人(一匹と一人?)の間に割り込み、そこで《リーバー》が終了。そして技後硬直が来る前にカグヤの左肩を勢いよく押した。
 押して、カグヤが驚きながら右後ろに倒れ始めた瞬間に大剣が僕を襲った。

「あぐぁあ!!」

 悲鳴を上げながら、ソードスキルの衝撃によって大きく体が吹き飛び、二度、三度地面をバウンドしてその直線上にあった柱にぶつかることでようやく止まった。
 今まで見たことのない速さで僕のHPゲージが減っていき、レッドゾーン直前になってようやく止まった。
 急いでポケットにしまっておいたポーションを飲もうと、体を起き上がらせて右手をポケットに伸ばそうとするが、全く体が言うことを聞かない。

「……え……っ!?」

 何事かと辺りを眼球だけで見渡していると、自分のHPゲージの端に見たことのないアイコンが付いているのがわかった。
 このアイコンは知っている。確か、アルゴの攻略本に載っていた。……スタンというやつだ。一定時間、動けなくなるという状態異常。

「…………くそ……」

 思わず毒づくが、内心すごく焦っていた。
 ――ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!!
 心の中でそう叫びながら何とかならないか思考を回転させる。だが、テンパっているせいもあり、全くいい案が思いつかない。
 …………諦めるしかないのか?
 半分諦めている頭で何とか生き延びようと再度考えるが、体も全く動く気配がない。そうこうしている間にも僕に止めを刺そうと黒コボルドが技後硬直を終え、接近してくる。
 もうダメだと思った瞬間、黒コボルドがいきなり前に倒れた。倒れた黒コボルドの後ろには槍を突き出した状態で固まっているカイの姿が見えた。その顔には『やれやれ……』とでもいうような表情がついていた。

「たっく、一撃も喰らうなっていっただろうが。まあ、死んでなきゃいいや。コイツの相手は俺たちで何とかするからお前は回復に専念しろ」
「わ、わかった……!」

 なんとか答えて、体が動けるようになるのを待つ。その間にもカイ、コウ、カグヤが僕に近づかないように攻撃を仕掛けて標的にされ続けている。
 一時間とも思えるような数秒がようやく経過し、すぐにポーションを取り出して一気に飲み干す。すると、少しずつ、だけど確実にHPゲージが回復していった。
 今すぐにでも三人の元へ行きたいが、まだ半分も回復していない僕が行っても足でまといになるだけだ。もう少し回復するのを待つほうが得策だろう。そう思ってその場に待機するが、その時間は今まで感じたことがないほどじれったかった。


◇◇◆


「ごめん、待たせた!」

 そう言いながら、黒コボルドのもとへ駆けつける。もうHPゲージは八割ほど回復した。少し不安な気もするが、もう大丈夫と言える範囲だろう。
 僕が来たことを確認したカイがニヤッと笑って、

「休んだ分はきっちり働いてもらうからな、覚悟しとけよ?」

 と言った。
 そう言いながらもカイはギリギリと言えるような回避をひたすら行う。黒コボルドはソードスキルを使ったりするが、カイはそれを弾いたりすることなく回避だけに専念している。さすがに今回はソードスキルで相殺する、という荒業はしないらしい。
 今度は僕がターゲットになるため、今僕に向かって背中を見せている黒コボルドにソードスキル《ツインカッター》を繰り出す。カイをターゲットにしているし胴体の鎧は無くなっているので、簡単に命中した。黒コボルドのHPゲージが二割ほど減少し、残りあと少しとなる。攻撃力が上がっている分、防御力は下がっているようだ。

「ラスト! 誰か頼む! スイッチ!」

 僕はそう叫ぶと、後ろに下がった。
 だが、黒コボルドはのけぞらずに対抗しようと大剣にもう一度ライトエフェクトを灯らせた――今度の色は黄色ではなく、赤だったので違う技だ。
 ――くそっ! ここに来てソードスキルかよ……!
 思わず心の中で毒づきながら、みんなに回避しろと伝えるために口を大きく開けて声を出そうとする。
 すると、僕から見て左からコウが黒コボルドの懐に入ろうとダッシュしながらソードスキルを始動させるのが見えた。刀身がライトエフェクトに包まれたと認識したとき、一瞬で黒コボルドとの距離がゼロになった。

「……うおぉぉお!」

 片手剣ソードスキル《レイジスパイク》。
 コウにしては珍しく、大きく叫びながら薄青い光に包まれた剣は見事に黒コボルドのど真ん中に直撃した。
 今度こそ悲痛の声を上げながら、黒コボルドは大きくのけぞる。それと同時に大剣に纏っていたソードスキルの光が四方に弾け飛んだ。
 そして、ガクンッ! と黒コボルドの体から力が抜けたかと思うと、ピシッと何かが割れるような音がして黒コボルドは爆散した。



 ――――こうして、僕たちだけの戦いは幕を閉じた。


  
 

 
後書き
あと、1、2話で第一章、終わる予定です。

感想、指摘などお待ちしてます!
一言でも構いません!それだけでモチベーションがググッと上がりますので。 
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