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命の荒野

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第3話 燻り

昼間、赤茶けた大地を焦がしていた太陽はとうの昔に沈み、今は月が青白い光で不気味に殺風景な荒野をボウっと照らしていた。時折吹く風は、少し肌寒くもある。砂漠の夜は案外涼しいのである。

雲が一瞬、月を隠し、青白い光が途絶える。ちょうどその瞬間、荒野の一角から閃光が上がった。
バシュウーーー!
光とともに煙をたなびかせ、荒野に花火が上がる。その「花火」はまっすぐに、荒野の中でそこだけ人工的な光をポツリポツリと点している、高台の要塞へと飛んでいく。
ちょうどその瞬間だったのではない。月が隠れた瞬間を"狙って"、この花火は打ち上げられたのだ。

要塞に警報音が鳴り響く。
花火が要塞の上空で音を立てて弾けた。


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「ロケット弾攻撃です!方位1-2-0!距離5000!車両複数、離脱します!」

バルスタン基地の発令所では、夜勤のオペレーターが基地の周囲に設置した複数のセンサーと、レーダーが伝える情報を報告する。警報音に日本陸軍の兵士が大慌てで兵舎から飛び出し、配置に就こうとするが、それよりも早く、発令所に詰めていた基地火器管制の責任者が決断を下した。

「反撃だ。テロリスト共は生かして帰すな。噴進弾、焼夷弾頭。丸焼きにしてやれ。」
「方位1-2-0、諸元入力、3、2、1、てぇーーっ!」

指揮官の言葉にオペレーターは迅速に反応し、手元のコンソールにめまぐるしく指示を打ち込んだ。その指示は回路を伝って、基地内に設置されたミサイルタレットへと達し、さきほど花火が打ちあがった地点にその砲口をくるりと向ける。仰角が少し調整され、先ほど飛来したものとは比べものにならないほど大きな花火が大音響を響かせて打ち上げられた。

ミサイルは基地から、超高速で先ほどロケット弾を見舞った連中が乗るジープやトラックの頭上まで達する。それら車両に乗っている十数人の人間は、自分たちに追いすがってくるそのミサイルを見るや、一斉に車から飛び降りた。車が標的としてロックオンされているのなら、車から離れれば助かるかもしれない。

しかし、そういう事もあろうかと、日本陸軍の放ったミサイルにはナパーム弾頭が積まれていた。敵の戦闘能力、戦闘意欲を奪う為だけにそれは撃たれたのではない。日本陸軍のミサイルは敵を一人残らず嬲り殺しにする事が目的だった。二度と攻めてこないように。二度とあの要塞に逆らおうなんて気を起こさないように。

弾頭は弾けて、ゼリー状の燃焼剤を撒き散らす。それは車両を降りたテロリスト達にも降り注いだ。程なくしてそれらは高温で燃え上がり、辺り一面を焼き尽くす。

「ぁぁぁぁぁあああああああああああああ」
「神よ!今そちらに……!」

文字通りの地獄の業火に焼かれ、テロリスト達は息絶えていく。青白い荒野の一角に、不自然に明るい炎が上がり、一帯を照らし出す。バルスタン基地までは、その明るい炎が焼き殺す男たちの悲鳴は届かなかった。

「……これが戦争だぜ。思い知ったか。ま、もう遅いけどな」

遠くに上がる炎を見つめながら、重岡は嘲るような声を上げた。


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「……最近また、ロケット弾攻撃が再開されています。何か原因として思い当たる事はありますか?」

基地の司令室には、松見中佐と、松見に招かれた遠沢がそれぞれソファに腰掛けていた。遠沢は松見が入れた緑茶を啜っており、その無表情が心なしか緩んでいた。異国の地に長く居ると、こういったささやかなものでも、日本的なものが出てくると嬉しいものだ。それくらい、母国が恋しくなってしまうのも無理はない環境ではある。この中東の灼熱の地は、ここしばらくの間だけで、遠沢の顔を少しばかり赤く焦がしていた。

「ルクハイド市民からの我が軍の評価はけして悪くありませんよ。この辺りを仕切っている北部同盟は中央政府との融和路線ですし、市長も各地区の主張も殆どが支援事業には感謝の念を示されていました。不満の種としては、相変わらず改善されない失業率でしょうが、それに関してはこのガス田事業は現地民に雇用機会を与えている側ですからね。私達にその矛先が向くとは考えにくいです。労働者の不満は今のところはいつまでも続く首都での王族内の内輪もめに向いてますよ。あれのおかげで、首都に向かって出荷するセメントの需要が下がってますからね。資料をご覧になりますか?」

ルクハイドに住み着いて、様々な所と接触を図ってきた遠沢が街の様子をスラスラと述べる。もう市長や首長達と接点を持てたのかと、遠沢のフットワークの軽さに松見は驚いた。遠沢が持ってきたレポートには、それぞれの首長との謁見の様子や、労働者へのインタビューの内容が細かに記されている。それをペラペラとめくりながら、松見は感心しきりに頷いた。

「ルクハイド市民など、付近住民が関与していないとなると、犯人は革命党かクルジス解放戦線でしょう。しかし、それほど気にかける事も無いと思いますよ。ルクハイド市民の支持をこれまで通り得ておけば、そもそも地方都市でよそ者が入り込みにくいんです、あそこが拠点になる事も無い。よしんば一部市民に協力者が出ても、情報がすぐに伝わるでしょうしね。この荒野を、要塞攻撃用の戦力を率いて行進してくるようなら、それこそ対応は簡単です。この基地自慢の迎撃設備で焼き払う事ができましょう。」

アザディスタン革命党と、クルジス解放戦線。この二つがアザディスタンに巣食う二大反政府組織である。前者は、腐敗した王政に反対し平等な国家構築を目指しており、他国の共産主義勢力の支援を受けている。宗教の宗派も国内での多数派が多く、宗派的には少数派の王族が国を仕切っている事への不満を吸収しながら拡大しているが、それでも既に一度失敗している共産主義を主張の根本にしている事や、また血気盛んな若者インテリが多く過激な行動も目立つ事から、もうひとつ革命成功までは遠い。後者は、10年前にアザディスタンに武力制圧され併合されたクルジス共和国の再独立が狙いで、旧共和国軍の生き残りなどが主体となっている。現在アザディスタンと国境に面している周辺国からの支援を受けているらしいが、それはアザディスタンに内乱を起こしていつまでも弱体化してて欲しいという狙いが見えない事も無い。この二つの勢力同士でも小競り合いはしょっちゅう起きていて、アザディスタンの情勢を更に混沌とさせていた。

そもそも、中央政府がぐらついているのが全ての元凶で、クルジス共和国勢いで攻め落としたまでは良かったが、王が死んでからの王位継承争いは現在に至るまで続くくらいぐちゃぐちゃで、いつまで経っても暫定政権から脱却する気配がない。だからこそガス田開発も自分ではままならず、おかげで日本がバルスタン鉱区を手に入れる事が出来たのであるが、今の自分の仕事がそんな事情の元に成立していると考えると、松見としては複雑な気持ちにならざるを得なかった。

「何か、気になる所がおありですか?」

そんな松見の表情から何かを感じたのだろうか、遠沢が尋ねる。松見は苦笑いでそれに答えた。

「いえ、気になると言いますか……やはり誰かが知らないうちに私達に殺意を持っていて、だからあのようなモノを私達に打ち込んでくるわけでしょ?恨まれて、それが気持ち良くは無いですよ。」

遠沢はそれを聞いて、口を真一文字に結んだ。そして、窓の外に広がる荒野を眺めながら言う。

「……誰かに恨まれる事なんて、珍しい事でもありません。中東の荒野でも、東京の摩天楼の中でも、それこそどこにでも起こり得る、日常茶飯事です。人が集まればその分軋轢は生まれます。気にしていたら……保ちません」
「……あなたは強いのですね」

松見も遠沢と同じ景色を見た。風が涼しげにではなく、熱を伴って吹きすさぶ、日差しが片時も休まる事なく生命を焦がす、それはそれは厳しい光景だった。その中に、自分達をはじめ、人間が住んでいた。


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「……」

遠沢が基地の中を歩いていると、足下に金属片があるのを見つけた。煤に汚れて、少し黒くなっているそれは昨晩打ち込まれたロケット弾の残骸で、今でこそただの欠片だが、これが爆発の勢いですっ飛んで来たら、人の体を傷つけることくらいは容易である。拾った欠片をしげしげと見つめていると、遠沢は一度聞いた事のある声を聞いた。

「あ、それ、預かります」

遠沢が振り返った先には、バグラムからこちらに来るときに自分を運んでくれた陸軍航空隊のパイロットが居た。垂れ目で、少しひ弱に見えるそのパイロットの名前は、確か仲嶋と言った。遠沢は黙って、手に持った欠片を仲嶋に渡した。

「しばらくぶりですね。少々日に焼けたようで。暑いでしょ、ここ?僕も参ってるんですよ、もう1年以上になるんですけどね。いや、慣れないものです」

にこやかに話しかけてくるその顔は、陸軍の略式制服よりかは、交番の駐在さんの格好が似合っている。よくこんな危険な所に、場違いな顔をした人が居るものだと少し遠沢は呆れた。

「……それ、ロケット弾の破片でしょう?」
「あ、ええ……さすがだなあ、分かるんですか」
「被害は出なかったんですか?」

会話がイマイチ自分のノンビリとしたペースで進まない事に肩をすくめながら、仲嶋は基地の中央にある楕円形の建造物を指差した。

「あれ、光波防壁って言うんですよ。レーダーにロケット弾やミサイルのような飛来物が飛んできた瞬間、その方向に幕のように広く展開したエネルギー場を作って、物理攻撃を排除するんです。昨晩もあれが仕事をしましたね。よって負傷者すらゼロですよ」

遠沢は仲嶋が指したバルスタン基地の守り神の威容を目に焼き付けた。

(陸軍はこんなモノまで持ち込んでたの……治安が極度に悪い土地とはいえ……)

「でもあれ、飛来物にはだいたい反応しちゃうんで、下手すると僕らの乗るティルトローターもあれに弾かれちゃうんですけどね」

にこやかに話す仲嶋の声は、遠沢の耳にはもう入っておらず、その視線は光波防壁にじっと注がれていた。

 
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