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命の荒野

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第2話 エージェント

「いや〜、エラい女でしたね〜」

冷や汗混じりに呟く岡田に、仲嶋はいつものような苦笑いを見せた。

「美人さんじゃないか。お前のお望み通りの、ね」
「そりゃ、行きでは美人さんでも来ないかな〜とか言ってましたよ?でも、まさかあんなのが来るとは思わないじゃないっすか。見ました?あの目?マジヤバかったですよ?」

目を大きく見開いて力説する岡田を見ると、仲嶋としてはかえって、自分の感性に疑いが生じるのだった。確かに、あのNPOエージェントの目は印象的だった。とても冷たいような気がした。でもそれは、こっちが緊張していただけなのではないだろうか。ここまでオーバーに、自分と同じような感想を漏らす岡田を見ると、逆にそう思えてきてしまう。……単に岡田と同レベルになりたくないだけなのだろうか。

「そりゃ、ちょっと冷たい感じだったけど、そこまでだったかなあ……」
「や、違いますよ。少尉があの女見たのは閃電に乗り込んだ時でしょ?自分が迎えに行った時、ロビーに座ってるあの女に後ろから声をかけたんです。そしたら、振り向くのが早いの何のって。で、そん時の目つきがまるでモノ見るような目つきだったんですよ。殺されるかと思いました。」

岡田は、意地になったのか身振り手振りを交えて力説してくる。仲嶋はそんな岡田を、はいはいと適当にあしらって航空隊詰所へと戻っていった。


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「おーい、休憩だぞー」
「はい!」

バルスタン基地の最寄の街、ルクハイドの路肩にスコップや地ならし機、パワードロイドなどを片付けて、日本陸軍の兵士達は日陰に腰を下ろした。日本の夏も蒸し暑くてたまらないが、中東の昼間は暑さのレベルが違う。乾燥した日差しは、まさに人を焼き殺さんかという勢いで、皇軍兵士も来た初めはノースリーブのアンダーシャツ一枚で作業したりもしていたが、皮膚が焼け爛れてしまったのに懲りて、今では迷彩戦闘服を半袖より上にたくし上げるような者は居ない。

「来る日も来る日も道路工事、俺たちゃ土方かよ。どんだけ道がぶっ壊れてりゃ気が済むんだ、土人国家の癖に土方も居ねえのか?それとも土人にゃ土方の仕事すらロクに出来ねえってのかよ」

グイ、と飲料水を煽りながら悪態をつくのは、重岡拓巳中尉。連日の道路補修にすっかり嫌気が差している様子で、細い釣り目を更に細くして、周囲を睨んでいた。

「土人呼ばわりなんてしちゃいけませんよ。現地の方、と言ってください。それと、周囲を威嚇する視線は止めて下さい。皆怖がりますから。」

重岡を諌めるのは、中埜政由曹長。重岡と歳は同じくらいで、二人ともかなり若いが、しかし人としての落ち着きは中埜の方がよほどあり、下士官ながら(一応)エリートなはずの重岡にも遠慮なく意見を言っていた。

「こまけえ事言うなよ〜。どうせ日本語なんて分からねえんだから愚痴の一つや二つくらい言わせろって〜」
「ダメです。まったく、仮にも小隊長なんですからもう少し自覚を持って振舞って下さいよ」

甘える子どもをたしなめる大人、といった風情で微笑ましくもあるが、黒く日焼けした男同士のやり取りでは、滑稽さが勝る。彼らは今、地元住民の理解を得るための人道支援……というより、バルスタン鉱区落札の時点でこれらの支援は約束に含まれていたらしいが……の一環として、荒れ放題の道路の整備に励んでいる。重岡は土方みたいだと文句を言っているが、副官の中埜としてみれば、軍人らしいこと……つまり、鉄砲持ってドンパチ……するよりは余程安全で、平和の証拠で結構だと思っていた。実際最初ここにやってきた時は、今も傍に置いてある小銃を撃つ機会もあった。
「お、あれ陸軍のジープじゃねえか。どうしたんだ?予定に無いぞ?」
「司令が言っていた、NPOのエージェントがやってきたんじゃないですか?我々軍人よりも、より柔軟に地元住民の要望を吸い上げる事ができるし、そういう折衝のプロを呼んだと聞きますよ」

重岡が遠目に見つけた自軍のジープに対して、中埜が説明を加えた。近々、基地の規模を拡大し、ルクハイドの支援もそれに伴って強化するという話は中埜も聞いていた。これからは更なる地元住民からの理解と協力が必要になるというのは、それなりには納得できる話だし、その為に人材を派遣するというのも、分からない話ではなかった。

「カーッ!別に良いよ、土人の希望なんざ聞かなくても!どうせまたつまらねえ仕事が増えるだけだろ!」
「……また土人って言った」

どうやら、重岡には分からない話だったらしい。中埜はため息をつきながら、日の丸のついたジープを見送った。


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その数時間前−−

「基地への攻撃は、いくら要塞化した所で、脅威である事には変わりありません。できる事ならば、未然に防ぎたいというのが本音です」
「……その為には、住民の支持を取り付けて、日本軍への攻撃の動機を失わせるというのが肝要です。また、住民の支持を取り付けておくことは、過激派の攻撃、またはその可能性などの情報が手に入りやすくなる事にもつながりますからね。」

バルスタン基地の司令室には松見少佐と、仲島が運んできたエージェントが居た。室内ではエージェントはヘジャブを外し、ショートカットの黒髪を晒していた。しきりに頭に手をやる辺り、ヘジャブを窮屈に感じているようだ。

「はい、その通りです。その為のお手伝いを遠沢さん、あなたにお願いしたいのです。」

遠沢と呼ばれた女はゆっくりと、冷たい目線で松見を見据えたまま頷いた。

「はい。……その為の私ですから。」



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「はい、これでよし、と。」

色白、そして愛くるしい童顔。華奢で小柄なその見た目は、迷彩服を着ていなければとても軍属なんかには思われない。ニコリと笑ったその顔の可愛さは、民族を超えた魅力を持っているのだろう。治療を受けていた現地人の患者は、どこで覚えたのだろう、日本式のお辞儀をして病室を出て行った。

「……さすが、今日も大人気ですな」

手伝いをしている、看護師資格持ちの兵士が笑っていた。このとても可愛らしい軍医は鹿本絵里中尉。バルスタン基地の女神様なんかと噂されている。今やってるのは、ルクハイド市民病院への医療支援。だいたい、日本から送られてくる医薬品や医療機器の使い方のレクチャーだが、余った時間にはこうやって、医師不足で空いている診察室を使って診療も行っている。レアな事もあってか、この日は鹿本の診察室に行列ができていた。

「……確かに、自分を可愛く見せる笑い方も仕草も分かっている、そういう印象を受けますね」

診察室の奥に座って、カルテ整理を手伝いながらその様子を見ていた遠沢が、こちらは愛想の欠片もない顔でそう呟いた。いきなりポッとやってきて、自分たちの女神様を揶揄した民間人に、看護師兵士はギロ、と威圧するような視線を送る。遠沢はそんな視線を、そのまま表情をピクリともさせずに見返した。大の男の睨みに全く動じない辺り、見た目の雰囲気通り冷静、もはや感情が無いのかと思わせるレベルである。

「あ、バレちゃいました?男の人って、本当に単純ですから、ちょっと可愛く見せるだけでイチコロなんですよ、特に陸軍軍人みたいな男所帯の方は☆」

視線がぶつかる兵士と遠沢の間で、鹿本は微笑みを絶やすことなく、悪戯っぽく言った。これには兵士はズッコけて、遠沢の表情も少しばかりは柔らかくなった(ように見えるが、そもそも無表情なので気のせいかもしれない)
「住民からの評判は、今の所はまずまずに見えます。陸軍の方々の努力の成果でしょう。これから私はこの街に滞在して、相談役として皆様の活動の助けになるよう更に情報を集めたいと思います」
「女性1人でこの街に残るのですか?お気をつけて下さい、そう治安も良くありませんし、外国人ということで目立ってしまいますから。」

気遣う鹿本に、遠沢は笑みを見せた。口元だけの、何ともとってつけたような笑みだった。

「……ご心配して頂き誠に恐縮です。でも大丈夫、私、こう見えて結構修羅場をくぐっていますから」
「まあ。それは、頼もしいですね。」

不恰好な笑みの遠沢と違い、鹿本の笑顔は実に良い笑顔で、そして、実に安定感のある笑顔だった。

 
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