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甘い毒

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第一章


第一章

                    甘い毒
 松岡潤一には従姉が一人いる。母の姉の子で名前を日下部洋香という。姓が違うのは母がそれぞれ結婚してそちらの家に入ったからである。歳は洋香の方が七歳も上で彼女は二十三歳、潤一は十六歳であった。
 潤一は一人っ子で洋香は下に妹が二人いる。二人は潤一と同じ歳、そして一歳下であり洋香だけが飛び抜けて年長であった。その為潤一にとって彼女は何かえらく年上のお姉さんのような存在であった。
 実際に彼女はあれこれと潤一に対して幼い頃から世話を焼いてきた。まるで姉の様に。会えばすぐに部屋に入ってきてあれこれ言ったり何かをくれたり。そうした関係であった。
 洋香は背が高く胸も大きい。脚もスラリとしていて長い。黒いショートヘアに少し垂れ気味の目、左目のところに泣き黒子がありそれが彼女の色気をさらに悩ましいものにさせていた。潤一は最初はそれに気付くことはなかったが小学生高学年になってから。つまり彼女がさらに奇麗になってきたところで強く意識するようになった。
 母親同士が姉妹で仲がいいこともあり二人は互いの家をよく行き来した。この日は潤一が洋香の家に来て彼女の部屋の模様替えをしていた。
「そこお願いね」
「はい」
 所謂手伝いである。潤一はその茶色い髪を布で覆って作業をしていた。その横ではラフな青いタンクトップに同じ色のジーンズを身に着けた洋香がいる。そうしたラフな格好もまるでモデルの着こなしのように見えていた。
「私はそっちをやるから」
 そう言って彼女はベッドの方へ向かった。白い大人の女性のベッドであった。
「そっちは任せたわよ」
「わかりました」
「それでな」
 洋香はまた言う。
「これが終わったら一休みしましょう。下でお母さんがケーキを用意してくれてるわ」
「ケーキですか」
「潤一君ケーキ好きだったわよね」
 洋香は尋ねる。
「それもチョコレートケーキが」
「ええ、まあ」
 潤一もそれに答えた。その通りであった。ケーキはかなり好きである。その中でもチョコレートケーキは彼女の大好物であったのだ。それを聞いて楽しみでないと言えば嘘になる程だ。
 それを聞いて元気が出た。部屋の中の机の場所を替える。
 今まで机があった場所は白かった。そこだけ汚れがない。それが今模様替えをしているということを如実に表わしていた。
 部屋はファッション雑誌やジュブナイル小説、ハードボイルドの小説等が置かれた棚と洒落たシルバーの時計、そしてテレビがあった。ベッドもあり中々充実した部屋になっている。クローゼットの中は秘密だということなのでそこは知らない。だがこれといった装飾はなく、それよりも小説や時計が置かれることで部屋を飾っているようであった。案外色気のない部屋であったが濃厚な香りが部屋の中に満ちていた。
 それが洋香の香りだった。彼女はいつもその身体に甘い香りを漂わせている。それが香水によるものなのか彼女自身のものなのかはわからない。だがその香りが常に漂い、潤一を魅了しているのは事実であった。
「ベッドはこれでよしね」
 洋香はベッドを移動させ、それまでベッドがあった場所にテレビを置いて満足そうに言った。手は細くて長いが案外力があるように思えた。
「テレビ、一人で動かしたんですか?」
 潤一はそれを見て尋ねた。
「そのテレビを」
 見れば大きくてかなり重そうである。だが洋香はそれを一人で持って動かしたのである。潤一が言うのも無理はなかった。
「コツがあるのよ」
 彼女はこう言う。
「それさえわかれば一人でもいけるわよ」
「そうなんですか?」
 そうは言われてもにわかには信じられない。
「腰を使うのよ」
「腰!?」
「ええ。ほら、普通は手で持とうとするでしょ」
「ええ、まあ」
 潤一は従姉に答えた。
「腰を使ってそれで持つのよ。これだとギックリ腰にもならないわ」
「へえ」
「って知らなかったの?」
 驚きの顔を見せる潤一に問うた。
「ええ、今まで」
「ちょっと、私の後輩なんでしょ?」
 洋香はその言葉を聞いて苦笑いを浮かべる。実は彼女の通っていた学校に今潤一は通っている。県内でも有数の進学校として知られている。彼がこの学校に入ったのは彼女への憧れのせいだ。だがそのことは決して言わない。
「しっかりしてもらわないと困るわ」
「すいません」
「謝ることはないけれどね。それでね」
 彼女は話を変えてきた。
「そっち手伝うわ。それが終わってからケーキにしましょう」
「わかりました」
 こうして二人は模様替えを一段落させて下に降りた。そしてケーキと紅茶を楽しみはじめた。潤一に出されたのはチョコレートケーキであった。話通り。
「どうぞ」
「はい」
 テーブルに座り差し出されたケーキを見る。外観は普通のチョコレートケーキであった。
 だが味は。全く違っていた。
「あっ」
「どう、美味しいでしょ」
「はい、凄く」
 甘い。そしてその中に上品さもある。チョコレートの味も程よい。かなり美味しいケーキであると言えた。
「これ、何処のケーキなんですか?」
「何処のか知りたいの?」
「ええ、よかったら」
「私が作ったのよ」
「えっ!?」
 それを聞いてまた驚いてしまった。
「洋香さんがですか」
「そうよ。驚いたみたいね」
「ケーキ、作れたんですね」
「ええ」
 ここで洋香は答えてにこりと笑った。
「そうなのよ。実はケーキの他にも色々と作れるけれどね」
「そうだったんですか」
「こう見えてもお菓子作るのは好きなのよ」
 潤一を見て言う。
「それでね。よかったら」
 潤一から目を離さない。
「また。食べてみる?」
「洋香さんのお菓子を」
「どうかしら」
 くすりと微笑んで尋ねる。その口元には誘う色があったが潤一はそれに気付いてはいない。
「私はいいけれど」
「じゃあ」
 潤一はその誘いにあがらうことは出来なかった。声を少し大きくさせて応える。
「お願いします。また」
「そう。じゃあまたね」
「はい、お願いします」
 彼は嬉しかった。美味しい、しかも洋香が作ったお菓子をこれからも食べられるからだ。だがそこにある罠には気付かなかった。実は彼女はそこに毒を仕込んでいたのである。甘い毒を。

 
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