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山の人

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第十一章


第十一章

「好きだよ。だからさ」
「ええ」
「これからもね」 
 今度はこう言うのだった。
「山に入ろうよ」
「そうね。これからもね」
 妻も彼も言葉に頷いた。
「入りましょう。それで登りましょう」
「山にいるだけで幸せなんだ」
 宗重の幸せはこうした意味でささやかなものだった。
「だから。これからも」
「ええ。二人でね」
「行こう」
 温かい声を妻にかけた。
「ずっとね」
「ずっとなのね」
「この山だけじゃないよね」
 温かい声で妻に尋ねた。
「登るのは」
「ええ、そうよ」
 亮子もまた温かい声で夫に答えた。
「最初はこの山だけれど」
「うん」
「次の山も」
 やはりこう答えた。
「その次の山も。二人でね」
「登るんだね」
「駄目かしら」
 夫に対して問う。
「それって」
「ううん、それで御願いするよ」
 彼にとってはそれで異存のないものだった。
「それでね。二人でね」
「そう。それじゃあ」
「うん、二人で」
 彼は答えるのだった。
「行こう。まずはこの山」
「ええ」
「そして頂上まで登って」
「そして次の山ね」
「うん、ずっと二人で」
 このことをまた言う。
「登っていこうよ」
「ええ、二人でね」
 夫のことは知ってもそれを受け止めて二人で登る亮子だった。紅葉を楽しみつつ登る山は実に気持ちがよく頂上に登った時の感触はえも言われぬものだった。
 下に紅葉が絨毯のように広がっている。時間は丁度正午だった。
「さてと、それじゃあ」
「わかってるわ」
 隣に立って声をかけてきた夫に笑顔で応える。
「お弁当よね」
「お茶もあるんだよね」
「だから。魔法瓶に入れてるわ」
 その用意はもうしているのだった。
「お昼にしましょう」
「うん、それじゃあ」
 二人はここで下にビニールを敷いてその上に座ってお弁当とお茶を出した。そのお弁当は三段の重箱に入れられておりそこにあったのは。
「唐揚げ!?」
「それにお握りよ」
 まず出て来たのはそれだった。
「それに。ほら」
「人参に蓮根の佃煮に」
「卵焼きもね」
「あとホウレン草のお浸し」
「あとデザートもあるわよ」
 亮子は夫にその三段の重箱の中を誇らしげに見せていた。
「デザートは」
「林檎だね」
「どう、栄養たっぷりでしょ」
「うん、そうだね」
 彼はそのメニューを見ただけでもうご満悦だった。
「本当に頑張ったんだ」
「そうよ。昨日の夜から用意してたのよ」
 また右手を力瘤にしてそこに左手を添えて誇らしげなポーズを見せる。
「昨日からね」
「ランニングもそうだけれど本当に準備がいいね」
「何事も準備よ」
 亮子はこう答えた。
「それに」
「それに?」
「何でも受け入れることね」
「何でも?」
「そう、何でもよ」
 夫の顔を見つつ述べた言葉だった。
 
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