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エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-

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第九話 妖精のお色直し(前)

/Fay

 樹界をついに抜けて辿り着いた街。こうして外からでも巨大な風車が見える。これが、断界殻(シェル)があった頃のカラハ・シャール。エリーゼが住んでた街。


「雪ん子、もう歩いて平気か?」
「ん。イタミ、もうない。――アリガト」

 乗せてくれてたシルヴァウルフを撫でて、バイバイ。脱いでた右足のブーツを履き直した。

「イバルもアリガト。おかげでラクできちゃった」
「別に。できることをしただけだ」

 それがスゴイと思うんだけどね。わたしなんて、〈妖精〉だった頃でさえ、温室の中でごはん食べて寝て、たまにマルシアのおばちゃんとおしゃべりするだけだったもん。

「とにかく一度街に入るぞ」
「ダンナに賛成。ここまで強行軍だったからなー。宿のベッド恋しいぜ」
「誰が休むと言った」
「まさかまだ歩く気なのアンタ!? タフすぎんだろっ」

 あきらめて、アル。パパはエージェント時代、世界を文字通り又にかけてたヒトなの。





/Victor

 カラハ・シャールに足を踏み入れてすぐ、露店の密集した広場に突き当たった。この仮面では目立つな。気配を消しておくか。

 アルヴィン、情報収集は任せた。
 アイコンタクトで伝えると、アルヴィンは肯いて露店の一つに歩いて行った。

「なんだか街のあちこちが物騒だな」

 アルヴィンがしゃがみ込み、平積みの下のほうの商品を見回す――フリをして、広場周縁を窺う。

「ええ。何でも首都の軍研究所にスパイが入ったらしくてね。王の親衛隊が直々に出張って来て、怪しい奴らを検問してるんですよ」

 ファインプレーだ、アルヴィン。

 アルヴィンが他にもいくつか店主に世間話を装った聞き込みをし、話を切り上げて笑顔で店の前を離れた。市場で得られる情報はここまで、か。


(もう行くか? タラス街道抜けんならガンダラ要塞にぶつかっけど、どうするよ)
(せめてザイラの森がもう少しバーミア寄りだったらイバルを先頭に潜行できたんだが。いっそズメイ領経由で海路をとるか)
(そのルートすげえ大回りじゃねえかっ。ただでさえ遠回りしてきたってのに)
(ラーラ・トラヴィスから山越えするよりマシだろう)
(あー…まあ、霊勢のどギツイ、バーミア峡谷越え考えたら…)


「まあ、綺麗なカップ」

 すぐ横の露店前にいた女性客が歓声を上げた。

「ほあー…、あ?」

 こらフェイリオ、人の買い物を覗き込むな、行儀が悪い。

「そりゃあそいつはイフリート紋が浮かぶ逸品ですからね」
「イフリート紋? イフリートさんが焼いた物なのねっ」

 次の瞬間、目を疑いたくなる事態が起きた。
 イバルが女性客と店主の間に割って入り、女性客の手にあったカップを俊敏に取り上げたのだ。

「戯言はそこまでにしておけ。イフリート様が焼いたのなら、もっと法則性のある幾何学的な紋が現れるものだ。イフリート様は秩序を重んじる生真面目なお方。このような奔放な紋が出るはずあるか!」

 女性も店主もあ然とイバルを見返すばかりだ。

「貴様も!」

 イバルは怒鳴ってカップを女性に突き返す。

「こんな贋作、一目でそれと知れるだろう。精霊の恩恵に与かる民ならば、もっと精霊の歴史と気質を学んで出直して来い!」

 広場のざわめきが質を変える。視線がこちらに集中しているのをヒシヒシと感じる。

 ……馬鹿も利かん坊も操縦次第。だが、忘れていた。こいつはとんでもなく目立つんだった!

(どーするよダンナ。バカ巫子担いで裸足で逃げる?)
(私もフェイリオも指名手配の身だ。旅行者の多いカラハ・シャールで人々の記憶に残るのはまずい。やむをえん。とにかく一度街から出る)
(アイッサー)

 アルヴィンが背後から音もなくイバルとフェイリオに両手を伸ばし――


「おや、お若い方にしては珍しく精霊史にお詳しいのですね」


 しわがれた声が、ざわめきも風の音も耳から掻き消した。

「まあ、ローエン。残念。今日こそ悠々自適にお買い物できると思ったのに」

 ――ローエン・J・イルベルト。指揮者(コンダクター)の名高いリーゼ・マクシアの初代宰相。
 かくしゃくとした笑顔も、老いを感じさせないまっすぐな立ち姿も記憶にあるまま。

 私が湖に沈めた、友人、の一人。


「ドロッセル様。お一人で出歩かれては旦那様が心配なさいます」
「兄様だけ?」
「無論、私もでございますよ」

 ドロッセル…? ! まさか、カラハ・シャールの領主ドロッセルか!? ローエンは宰相の前はシャール家の執事をしていたというから平仄は合うが。

「あ、あんたこのお嬢さんの連れかい。だったら何とかしてくれよ。ウチの品物は正真正銘の本物だ。ケチつけられちゃ商売上がったりだ」

 ローエンは店主の苦情など気にした風もなく、イバルが取り上げたカップとセットのソーサーを持ち上げた。

「少々お尋ねしたいのですが、大消失(グランロスト)は何年前でしたかねえ? 歳のせいかド忘れしてしまいまして」

 にこやかにイバルに尋ねるローエン。

「20年前だ。精霊の主マクスウェルに仕える四大精霊、イフリート様、ウンディーネ様、シルフ様、ノーム様がミラ様と地上に降りフゴッ!?」

 イバル~? さすがにそれ以上機密漏えいしたら、今腕で塞いでいる口を糸で塞ぐ。それこそ現役時代のローエンのように刺繍糸で。

「そうそう。20年前でした。大消失の影響で20年前からイフリートの召喚は不可能になっているのですよね。なのにこのカップが作られたのは18年前……本物ではないようですね?」
「残念。イフリートさんが作ったんじゃないのね」

 ストレートでありながら上品で押しつけがましくない。ドロッセルの振る舞いは貴族令嬢には珍しい。

「でもやっぱり頂くわ。このカップが素敵な事に変わりはないものっ」

 輝かんばかりの笑顔でドロッセルが宣言した。

 ドロッセルは安価でティーセットを買い、店側はしばらく誇大広告はできまい。ドロッセルの完勝だ。

「ドロッセルさまって……やり手」

 全くだ。なよやかに見えて実は豪胆だったらしい。

 包装されたティーセットをローエンが受け取った所で、ドロッセルとローエンが私たちをふり向いた。
 しまった、流れでつい長居した。アルヴィン、延び延びになったが撤退するぞ。

「ありがとう。あなたのおかげでいい買い物ができちゃった」

 がし。
 ドロッセル、何故よりによってイバルの手を掴むんだ! 振り解く――のをアルヴィンは諦めて成り行きを見守る体勢。

 この……若造っ、そういうことか。後で覚えていろ。

「あ、へ、はあ?」
「私、ドロッセル・K・シャール」
「執事のローエンと申します。以後お見知りおきを」
「お礼にお茶にご招待させて頂けないかしら。もちろんお連れの皆さんも」
「いいのかね。我々まで馳走になっても」
「ええ。おしゃべりはたくさんの人としたほうが楽しいですもの」

 ドロッセルに見上げられてローエンも笑顔で同意した。なるほど。シャール家はこうして外部の情報を集めていたのか。さしずめ今の私たちは華に惹かれ出たミツバチか。

「ではお招きに与かろう。構わないな」

 アルヴィンもフェイリオも肯いた。イバルは……まあ、いいか。しばらく混乱していろ。広場で騒いだペナルティだ。




/Fay

 ビックリした。
 この時代のローエンに会ったこともだけど、ドロッセルさまに招待されたお家がすっごく貴族のお屋敷なのが一番ビックリした。エリーゼってこんな広いお屋敷に住んでたんだあ。

「お帰り」
「お兄様!」

 ドロッセルさまが駆け寄った男の人。青い衣の、ヤサシイ笑顔がステキな人。
 オニイサマって呼んだって事は、この人、ドロッセルさまのお兄ちゃんなんだ。

「お友達かい?」
「ええ。皆さんのおかげで安く買い物ができちゃった。紹介しますね。……あ、まだみんなの名前を聞いてなかった」

 ドロッセルさまって、照れててもカワイイ人だなあ。

「妹がお世話になったようですね。ドロッセルの兄、クレイン・K・シャールです」
「クレイン様は、カラハ・シャールを治める領主様です」
「リョーシュサマっ」

 街で一番エライ人! 童話のイメージしかないけど、リーゼ・マクシアっておとぎ話の国みたいだから、リョーシュがいてもヘンじゃないんだ。イル・ファンじゃ一番エライ人は王様だったからピンと来なかった。

 “この世界”のローエンが、にこやかに客席に案内してくれた。ちょっと待ってると、紅茶とお茶請けのパイが出て来た。
 おっきいお屋敷はおもてなしもスケールがちがいました。

「ずいぶん物々しい雰囲気だな」
「軍が駐留しているんです」

 クレインさまはなんでもないことみたいに苦笑した。なんだか、安心する。どうしてかしら。

「フェイたちは旅をしているのよね。着替えやお風呂なんか、フェイは大変なんじゃない?」
「んと……ちょっとだけ」

 お風呂は川が近くにあったら水浴びするくらいで。着替え……そういえばイル・ファンから出て来てずっと同じ格好してるや。こっちは水と炎の生命子でたまに洗って乾かしてるけど、けっこー色落ちしちゃった。

「そうだ! 私の部屋へ来て? フェイに似合う服があると思うの」

 ドロッセルさまがわたしの横へ来て、わたしを立たせて引きずっていく。

「期待して待っててくださいな。すっごく可愛くして来ますから」
「あ、あ、あの、ひゃ~~~~っ」 
 

 
後書き
 イバルも四大精霊と交流あったと思うんですよね。巫子ですし。「様」付けするってことは呼びかける機会があったということで、なら会ったこともあるということで。 
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