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一人より二人

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第四章


第四章

「あげるんだよ」
「私だからなのね」
「それじゃあ駄目かな」
 今度はこう尋ねてきた。
「華ちゃんだからあげる。それで駄目かな」
「ううん」
 その言葉に静かに首を横に振った。俯いてはいるが視線は上がってきていた。
「有り難う。それじゃあ」
「なかったら、だよ」
 少し笑っての言葉だった。
「あくまでね」
「あるから」
「あったんだ」
「ええ。ここに」
 そう言いながら着ている上着の裏ポケットから財布を出してきた。赤い財布だった。かなり使われているらしくその皮はかなり古いものだった。
「あるから。五百円」
「五百円?」
「それで駄目だったら千円でも。いいえ」
 言葉を訂正した。そのうえでまた続ける。
「五千円でも一万円でも。それで神様が嫌だって言ったら今あるお金全部でも」
「出すんだね」
「それで助かるのなら安いものよ」
 言葉は続く。華は静かだが真剣な面持ちで語るのだった。
「翔太が助かるのなら。それで」
「翔太君がだね」
「ずっと二人だったのよ」
 これまでのことを一言で語った。二人だけで生きてきた。高校を卒業してすぐに働いて翔太を育ててきた。その何年にも渡ることを一言で述べたのであった。
「二人で。だから」
「そう。だから二人でね」
「何?」
「二人で。お祈りしよう」
 顔を向けてきた華に対して告げてきた。優しい微笑みと共に。
「二人でね。いいかな」
「二人で」
「だから。それを言っていたじゃない」
 優しい微笑みは続く。それは華にしっかりと向けられていた。その優しい言葉は少しずつであるが確かに華の心を包み込みだしていた。優しい言葉の中で華は思うのだった。
「二人で」
「そうだよ。一人より二人」
 また語る。
「二人でお祈りしよう。一人じゃないよ」
「私・・・・・・一人じゃないのね」
「絶対に一人にはならないから」
 言葉をこう変えた。二人というのを。
「絶対に。翔太君だって」
「翔太は」
「一人でお祈りするより二人でお祈りした方がいいよね。じゃあ」
「わかったわ」
 顔が上がった。そのうえで頷いたのだった。
「それじゃあ。私は」
「うん。病院を出る前にも言ったけれど」
 言葉が繰り返される。しかしそれはただの繰り返しではなかった。言葉は同じでもその含んでいる意味が違っていた。確実に変わっていた。
「二人でね。いいよね」
「ええ。それじゃあ」
「お賽銭。どれだけ出すの?」
「お財布にあるだけ」
 微笑んで述べた。静かに。
「それで翔太が助かるのなら」
「わかったよ。じゃあ僕もお財布にあるだけね」
「いいの、それで」
「カードもあるから」
 少し照れ臭そうに笑っての言葉だった。
「それでも困らないよ。安心して」
「わかったわ。それじゃあ」
「うん、お祈りしょうね」
「ええ」
 こうして二人はお賽銭を入れてそれから二人並んでお祈りをした。そのかいがあってか翔太は何とか一命を取り留めた。右手はなくなったがそれでも命は助かった。暫く入院が必要であったが。
「そうですか。助かりましたか」
「右手は残念ですが」
「それでも。助かったんですよね」
 あの初老の医者に対して言う。助かったというそのことを再び聞くのだった。
「破傷風から」
「はい。それは確かです」
 医者もそれは認める。助かったというそのことだけは否定できなかった。
「ただ。暫く入院は必要です」
「そうなのですか」
「やはり怪我が酷かったですし」
 理由はそれであった。
「出血多量もかなりのものでしたし。それに」
「それに」
「右手のぶんですね、やはり」
 右手のことがまた語られた。
「入学式は間に合いませんが。ゴールデンウィーク明けまでにはまず」
「学校にも行けるのですね」
「ええ。それは大丈夫です」
「わかりました。それなら」
 それだけ聞いて満足した。ほっとした笑顔が続く。
「いいです。右手は私が何とかします」
「貴女がですか」
「そうです。私が右手になります」
 静かな言葉だった。しかしそれと同時に強い言葉だった。芯の強い、柳にも似た強さのある言葉であった。華の心そのものの言葉だった。
「だから」
「右手についてですが」
 医者はその強い決意に打たれたのだろうか。華にたいしてあえて明るい声を作って述べた。
「義手があります」
「義手ですか」
「そうです。手は一本になりましたが」
 右手がなくなったからだ。結果としてそうなる。
「けれど。それで一本ではなくなります」
「二本に」
「手も一人では寂しいではないですか」
 そう表現するのだった。彼もまた微笑んでいた。芯のある微笑みだった。
 
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