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横浜事変-the mixing black&white-

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街の来訪者達はこの街の闇を嘲り、駆逐すべく動き出す

 エスカレーターの元へと歩いて行く少年の姿を眺めながら、クルミは顔色一つ変えずに、隣にいたドラム担当に対して小声で呟いた。

 「……あれが、殺し屋統括情報局の殺し屋」

 「おいおい、こんなところで本性剥き出しになるなよ。ファンに見られたらどうすんだ」

 彼がおどけた調子で軽く咎めるものの、彼女は槍のように鋭い目で少年の背を睨んでいる。先程の態度とは大違いで、今の彼女は氷のように冷え切った無表情を浮かべていた。

 そんな彼女を見て溜息を漏らすドラム。分厚い手で彼女の肩を軽く叩き「とりあえず、マジでその顔元に戻せ」と低音の声で言葉を吐き出した。彼女はふぅっと小さく息を吐いて顔を俯け――丸みを帯びたような笑みを彼に向けて言い放った。

 「丸い物が安全、だなんて思わないでよ?私はいつだって、武器商社の社員で『ヘヴンヴォイス』の殺し屋なんだから」

 「分かってるさ。とりあえずそんな偽りの笑顔で俺を見ないでくれ」

 そう言うと彼女は再びエスカレーターへと目を移動させて、すでにその場からいなくなった少年の話題をドラムに振った。

 「ねえルース。さっきの男の子、人を殺せるように見える?」

 ルースと呼ばれた大きな体躯の男は、顎に手を添えながら「いや」と即答した。しかし、次に紡がれた言葉はその回答を否定するものだった。

 「確かに見た目は痩身で、とても人を殺せるような力量と技術は持っていないように思える。だがなミル。人を殺すって事に、力量も技術も必要ないんだ」

 「必要あるわよ。じゃあ殺し屋の存在価値って何なの、ってなるじゃない」

 「殺し屋はみんな頭イカれてんだ、この場合の話には含まない。俺が言いたいのは、人を殺すのに練習なんていらないってことだ。そいつに対する恨み、妬み、殺意……それらが理性の壁をぶち壊しちまうのさ。最後に待ってるのは牢屋か逃亡生活、マフィアとの生死擦れ擦れの交渉、ってところか?」

 「じゃあ、あの男の子も誰かを殺したいがために殺し屋始めちゃったの?」

 「恐らくな。最後の呟き、深い殺意と誰かに対する悲哀みたいなもんが見え隠れした」

 「ルースって、人の顔見たら何でも分かっちゃう人?」

 「単にあの学生が分かりやすかっただけだよ」

 そこで一拍置いて、ルースは諦観した面持ちで言葉を吐き出した。

 「あぁあ、人って怖いよな」

 ルースにとってはただの独り言で、次の言葉を待っていたわけではないのだが――案の定、注射針のように尖っていてひんやりとした声が空気に浸透した。

 「……なら、私があの学生に教えてやる」

 「だから、ここで本性出すなって……」

 呆れた顔をしたルースの言葉を黙殺して、彼女――ミル・アクスタートは本来の自分の表情を顔に貼り付け、音も無く後ろを振り返った。

 そして、完全にエスカレーターに背を向けたとき、彼女の目は黒からグレーへと変化していた。いつの間にか右手の親指と人差し指の間には黒のカラーコンタクトが摘まれており、天然の白髪と色白な顔も相まって、日本人らしい点は綺麗さっぱり無くなっている。

 「私達の目的は、この街の闇を知ること。社長はそれを望んでいる。だからこそ、今は『彼ら』と手を結ばなくてはならない」

 「『あいつら』は信用なるのか?俺には、この街の裏事情に巻き込まれてるようにしか思えないんだが……」

 「組織の内乱程度、ロシアで暗殺部隊(スペツナズ)や軍の下請け部隊と戦った事に比べればお子様レベル。一笑に付す事すら時間の無駄よ」

 先刻の快活な人物と同一人物とは思えぬ言葉の堅苦しさ。ルースは「日本は平和だからな」と相槌を打ちつつ、警戒の色を含ませた言葉を紡いだ。

 「でも、油断はするなよ。いくら平和だとはいえ、この街が異常である事実に変わりはない」

 「分かってる」

日本での顔を完全に捨てた異国の殺し屋は、冷え切った瞳の奥に闘争の炎を揺らめかせながら、ルースにしか聞こえない声で宣言した。

 「殺し屋統括情報局……馬鹿げた名前だ。けど、社長が警戒するだけの何かがある。なら私達は知らなくてはならない」



 「ついでに殺してみるのも悪くないと思う」

 新たに横浜の街に投下された異分子達は、手中に収めた注射器で街の裏肌に毒入りの薬剤を突き付ける。それらは街を蠢く殺し屋という害虫を確実に痛め付け、やがて行動不能にしていく。

 その姿は、まるで飼い主に忠実な猟犬のようだった。 
 

 
後書き
今回があまりに短くなってしまったのは、この話が前回と同じ原稿の下で書いたもので、それを二話に分裂させたからです。読み応えを感じられなければそれは自分の判断ミスです。申し訳ありません。 
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