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横浜事変-the mixing black&white-

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日常が少しずつ苦みを帯びている事にケンジは気付かない

放課後

 初仕事の日から一ヶ月が経過した。年の終わりが見えてくると、誰しもが「今年も早かった」と口を揃えて言う。会話の中で起用される事も多いだろう。

 現にケンジのクラスの一部では、そうした毎年恒例じみた話題で盛り上がっている生徒達がいる。ケンジはその輪に加わらず、それでいて彼らと同じ話題に思いを募らせていた。

 ――もう11月経ったんだ。確かに、考えてみると早かったなぁ。

 ――僕が人殺しになって、もうこんなに時間が経ってるんだから本当に驚きだ。

 物騒な単語を心中で光らせるケンジだが、心臓は一定のテンポを常時保っている。この一ヶ月で多くの殺人現場を見てきたというのに、何故こうも自然体でいられるのか、自分が不思議で仕方なかった。

 自分の感覚が狂っているのかも、と考える事も少なくない。いつも通りの学生生活を過ごす中で、極々普通に裏の世界を闊歩し、それを継続している。一歩ずつ歩く度に自分がどんどん深みに(はま)っている気がして怖くなる。

 ――あれから『電話番号』の件はピタリと止んだ。もしかして、あれを最後に殺すのを辞めたのかな。

 ――でも、犯人はこの街のどこかに絶対いる。だって、殺し屋だからね。

 『殺し屋の電話番号』はすでに話題にもなっていない。特に山垣学園内ではその表れが顕著である。理由はもちろん、実際この学校の生徒が犠牲者になっているからだ。いくら赤の他人であったとしても、その事について触れようとする生徒は誰一人と現れなかった。

 殺し屋の存在が少しだけ明るみに出ている現在、横浜では警察の巡回を始めとした強化対策が成されていた。だが、ケンジはその行動が無駄なものだと悟っている。

 ――この街の殺し屋はそんな甘い考えじゃ死なないよ。どうしても排除したいなら、横浜全体から電力供給を切るしかない。

 ――彼女が死亡した事が表に出たのは偶然なんだ……。

 少し悲しげに目を閉じるが、すぐに元の表情に切り替え、彼はバッグを持って教室を後にした。この後に予定されている仕事の事を考えながら、殺し屋の少年は日当たりの良い世界から下校していった。

*****

同時刻 山垣学園同教室

 ケンジが後にした教室に残る生徒達は全員帰宅部で、暇人同士肩を合わせながら趣味に会う者同士で楽しく会話している。彼らは全員、金も女もなく、一部の人間から言わせるところの『非リア充』なのだが、そんな人種の中に一人だけ異なる空気を漂わせる人物がいた。

 その人物は今のご時世では旧態化したガラパゴス携帯を使っており、右親指で9つの文字パネルを中心に文字を絶え間なく打ち込んでいる。周りからの目障りだという意味を持つ視線には我関せずという態度で対抗し、教室内には透明で濁り気のある空気が充満していた。

 ――やっと始まったか。少しは毎日が楽しくなる。

 その人物はとても美形な顔立ちをしており、足を組んだ姿がとてもサマになっている男子だった。ワックスで整えた黒髪と輪郭の細い顔の調和は、女子を射止める事に勤しむ必要性を感じさせない。周囲でゲームやアニメの話をしている男子達から敬遠の目で見られるのも無理ないだろう。

 そんな容姿端麗を具現化したような少年は、一切顔に感情を吐き出さないまま、ゆっくりと教室を出て行く。これ以上この場に残っていても時間の無駄だし、早く帰宅して仕事の準備しなくてはならないからだ。

 ――とりあえず、今日は奴らとの記念邂逅だから派手にいこう。ナイフの切れ味は最高にな。

 無表情の裏で物騒な単語を呟く少年。彼は校舎を出て、横浜駅への方へと足を向ける。ある程度学校から離れたところで通学路から一本道を曲がり、二つ折りの携帯を取り出しながら日陰に向かい、どこかに電話をかける。耳に当て通話状態になるのを待つこと6秒、彼の耳に聴き慣れた男の声が飛び込んできた。

 『―――。――――――?』

 「別にウキウキしてない。ただの質問と確認だ」

 『―――?』

 「そう、質問だ。……単刀直入に言わせてもらうと、アンタ、本当に殺し屋統括情報局を叩くつもりか?」

 『―――。―――?』

 「バカ言うな。むしろ戦うのは楽しみだ。でも良いのか?アンタはあの組織の一員だろ。俺らみたいな一匹狼の集団集めて、何が目的だよ?」

 『――――――――。――。―――――――』

 「え、新人?殺し屋の?いやいや、それは舐めてるだろ。え?片手で的のど真ん中にヒットさせた?そんなの無理に決まってんだろうが。威力が弱けりゃ話は別だけど、普通は反動で肩に衝撃が……」

 『―――――』

 「事実、ね。ま、それは頭の片隅に入れとくよ。んで、ここからは確認だ」

 『―――?』

 「俺らは――アンタが頭張ってる裂綿隊は、殺し屋統括情報局の連中を殺して良いんだよな?」

 『―――。―――――』

 「そうか。じゃ、アンタが止めても俺らは止まらないぜ。他の連中もその考えだろうからな」

 『――――』

 そこで少年は携帯の通話を切って一呼吸し、ニヤリと笑った。普段感情を表に出さない事を知っている者からすれば、これほど新鮮なものはないのだが、道には彼以外誰もいなかった。

 そして少し顔を俯けてから、期待を滲ませた声で呟いた。

 「……たまには面白い事もやってみようじゃん。殺し屋同士の、世界一意味の無い殺し合いってのをさ」

*****

 帰路を歩いていたケンジは、横浜駅周辺がいつも以上に騒がしい事に気付いた。人の流れの一部が高島屋へと向かっているのだ。夕方のこの時間にセールか何かあるのだろうか。とはいえ、自分には関係ない事なので、ケンジはそのままスルーしてしまおうと考えていたのだが、目の先に映った張り紙を見て、心臓が飛ぶような錯覚を覚えた。
 その張り紙には『緊急!高島屋5階にて生ライブ!』という大見出しが書かれていて、その下に2、3組のバンド名も記されていたのだが、

 ――ヘヴンヴォイスって、今日の仕事の対象じゃないか。

 しかし、今回の仕事はかなり特殊なものだった。何故ならケンジ達は人を殺すのではなく、護衛するからだ。そしてその護衛対象が、張り紙に乗っていたバンドの一つだった。

 ヘヴンヴォイス。今人気急上昇中のロックバンドだ。横浜から発信されたこのバンドは半年前に結成されたばかりなのに、ラジオ企画の生ライブを始め、少しずつ活動の幅を広めている。

 ボーカル兼キーボード、ギター、ベース、ドラムで構成されたヘヴンヴォイスの実力はベテランの作曲家から言わせても『実力派』らしい。相当の練習を重ねているとも語り、辛口評価の代名詞とも呼ばれる人物からのお墨付きとして人気を呼んでいる。

 中でもボーカル兼キーボードの金森クルミはその筆頭で、固定ファンをすでに掴んでいるほどだ。

 ――見ていきたいけど、前準備があるし……。

 今回の仕事はロックバンドのヘヴンヴォイスを外敵から守るというもので、詳しい事情は八幡から前もって聞いていた。

 どうやら、ヘヴンヴォイスは結成当初に暴力団との癒着があったらしく、ブレイク寸前のこの時期にまた絡んできたのだという。恐らく、過去の件をツタに上納金を貰おうとしているのだ、と八幡は説明してくれた。

 ヘヴンヴォイスは明日の朝9時頃から、赤レンガ倉庫と横浜税関を結ぶ山下臨港線プロムナードで行われるバンド祭に参加する。だがそこで問題が浮かび上がったのだ。それは、見ただけで分かる脅迫状だった。

 『明日のバンド祭までにお前らを殺す』。印刷文字で手がかりが全くないため、警察に出しても解決に結びつくとは言い難い。そこでやむを得ず、暴力団以上に街の裏に詳しい殺し屋組織にまで依頼をしに来たというわけだ。

 横浜の歴史あるホテル『ニューグランド』にヘヴンヴォイスを宿泊させ、ホテル内外に護衛を配置。特殊任務担当のチームAとC、非常時のためにチームBが後方支援で待機した、ケンジにとってかつてない緊張感を纏わせたミッションだ。

 母親には「友達の家に泊まる」と嘘を吐いて誤魔化したところ、何も指摘されずに承諾してくれた。今度は何か言われるかもしれないと身構えていたため、逆に『僕って見捨てられてるのかな?』と心配になってしまったほどだ。

 チームA以外の殺し屋と仕事をするのは初めてで、ケンジは新米である自分が一番先に着いていなくてはならないと考えていた。家に帰ったら荷物を何度もチェックする作業に入ろうかと考えていたのだが、彼は変更点を付け足した。

 ――やっぱり礼儀として挨拶はするべきだよね。

 ケンジは心中でそう考え、迷わぬ足取りで高島屋の中へと入っていった。

 血と硝煙に溺れた日常と自分自身の心を、そして最近過労な自分の身体を少しでも表側の世界で浄化するために。

*****

 高島屋の5階は婦人服やスポーツウェア、ゴルフウェアなどが販売されている階なのだが、店内全体リニューアル工事の理由で現在は一部のコーナーでしか販売を行っていない。そこで、品々を撤去したままの空虚な場所を急遽簡易ライブ会場として使う事にしたそうだ。

 ケンジが人の流れに乗って到着した時には、5階のエスカレーター付近にも人が溢れ返っている状態で、従業員らが列を作るよう大声で呼びかけていた。このイベントのために工事されないコーナーの商品も従業員用スペースに撤去されたらしく、5階全体は広々としている。しかし、それでも限界が近いというのだから、イベント会場としての機能は果たせていないと言える。

 ――屋上でやればいいのに。この上の階に用がある人はどうするんだろう。

 そう思って6階へ上るエスカレーターを見ると、案の定テープで通行不可になっていた。ライブが終わるまで通れないのだろう。つまり、今ここにいる人たちは全員ライブ目的という事になる。人混みに巻き込まれた人がいないだけ良かったかも、とケンジは心中でしみじみと呟いた。

 従業員の誘導に従って、ケンジはコーンとテープで作られた簡易会場に入った。右前には急ピッチで仕上げたと思われるステージがあり、すでに楽器がスタンドにセットされている。ケンジの立つ位置からは予想よりも近く、苦労して見るような事にはならなそうだ。

 そのときステージの壇上に『ネギ特価!買うなら今!!』という宣伝言葉がプリントされた法被を着た従業員がやってきた。頭部の半分を占める白髪と顔に浮かぶ無数の(しわ)が、その従業員の日々の辛苦さをちらつかせる。

 従業員は額に雫を溜めながら、精一杯の営業スマイルで客に対して呼びかけた。

 「これから3組のバンドによる生ライブを開始いたします!まずはネット動画サービス『ガヤガヤ動画』などで人気を博した――」

 従業員の呼びかけと同時に、スタッフルームから4人の男女が姿を現した。観客の拍手を浴びながらステージ上までやって来た彼らは、司会に促されて早速自己紹介を始めた。

 最初は誰だか分からなかったが、ボーカルが『葉月』と名乗った事から彼らが若い年代に人気なバンドである事を思い出した。

 ――確かうちのクラスのオタク系男子達が話題にしてたっけ。

 ついでにどうでも良い事も思いだし、彼らがここにいたらかなり興奮するだろうな、と苦笑する。そこで今頃になって周りに目を通してみた。やはり買い物のついでに来た人が多いのだろうか、子連れの女性や中年女性が買い物袋を提げて楽しそうにしているのがよく見受けられる。学生の姿も確認したが、あいにく他校の生徒だった。一人でいるのは少なからず自分だけのようだ。

 ――……なんか惨めになってきた。今度は誰かと一緒に行こう。

 自分の無防備さに反省しつつ、演奏の準備に入った4人組のバンドに目をやる。紅一点の女性はキーボード、『葉月』はボーカル、その他にギターとドラムという、少しイレギュラーの組み合わせだった。ありがちなのはボーカル兼ギターなのだが、『葉月』は楽器と声を両立しない人らしい。

 最初こそ不安定に思えたが、演奏を聴いてケンジは前言撤回せざるを得なくなった。

 確かに彼らはベースがいない分、曲が空疎に聴こえる虞があるように思えてしまう。しかし、実際に聴くとその考えはすぐに変わる。

 一言で纏めると、キーボードが尋常じゃない上手さなのだ。音の強弱、他の楽器との調和、全てを取っても完璧だった。その上、足りない分を補っているように曲に一切の隙間が無い。そして、そんな忙しいキーボードをフォローするように、ボーカルが良いタイミングで息継ぎや音を伸ばしたりするので、空白がしっかり穴埋めされるのだ。ギターとドラムは二人のタイミングをさらに綿密なものにするために、常にハッキリした音を奏で続けている。

聴いているだけで彼らの結束力の強さが十二分に窺える。そんなバンドだった。

 彼らが数曲歌うと、次に知らないグループが出てきた。どうやら主婦に人気らしく、ケンジの近くからも黄色い声が飛び交っていた。

 そんな彼らが歌い終えると、ついにライブも終盤に差し掛かって来た。司会の従業員にバンド名を呼ばれて出てきたのは、それぞれ白一色と黒一色の特攻服に身を包んだ男女5名のグループだった。

 「今人気沸騰中のヘヴンヴォイスさんです!横浜市民の皆様なら知らぬ者はいないでしょう!」

 そんな言葉に、観客の拍手喝采は一段と勢いを増した。唯一の女性が温かい出迎えに手を下して軽く制すると、拍手は次第に潜まっていった。

 女性はニコリと笑うと、マイクを取って観客に呼び掛けた。

 「初めまして、ヘヴンヴォイスです!今日はこんなに来て下さるとは思っていませんでした。本当にありがとうございます。私達が最後ということで、ぜひ楽しんでください!」

 歓喜や期待の歓声が店内を占める中、ケンジは女性の顔を見据え、一人呟いた。

 「……あの人達がヘヴンヴォイス。なんかごっついなぁ……」

 女性は司会とは違う疑似的な白髪のショートを目立たせた美人で、ペンキをぶちまけたような黒い特攻服と上手くマッチしていた。線の細い顔を見るに、スタイルも整っているのだろう。

 一方、一言も発しない後ろの男性達は、逆に特攻服が似合いすぎていた。全員長身な上に筋肉質で、街中を歩いていたら暴走族か何かに間違えられそうな風貌をしていた。女性を女番長に見立てれば、意外と様になるので面白い。

 他の2組とは違い、かなり目立った集団である彼らだが、演奏は既存のロックバンドと変わらなかった。ギターとベースの低音セッションは腹を轟かせ、ボーカルはロックの中で重要なファクターとなって、耳に強く滑り込んできた。店内を彩る無数のライトが彼らの演奏を整える調味料と化す。

 そんな簡易的とは思えないほどのライブ感を生み出す中、ケンジは一つの疑問を覚えた。それはボーカルの女性の髪だった。

 染めたにしては、どこか色が一直線なのだ。オシャレの為なら、白でも明るい色や少し暗めの色などでグラデーションを付けるのでないか。固定概念なのかもしれないが、ケンジにはそれが少し引っ掛かった。 
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