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皮肉を愛す女

作者:奈木
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皮肉を言う女

 
前書き
我が敬愛すべきボスについて 

 
 最大発射数は六発だけの、古い型の銃をホルダーに収める。やっと手に馴染み始めた、大きくて重い、実用には到底向いてない銃だった。我が主から手渡された、装飾の激しいアンティークのような銃。人を撃ったり、戦闘に使ったり、そういう面で使用するには不便この上ないずしりと重たい銃だが、私はこれを気に入っていた。
 それはもちろん、だれそれから貰ったからとか、そういう理由では、絶対に無い。絶対に。ただたんに、アンティークの物が、昔から好きなだけ。それ以外の理由は、決して存在していないのだ。

 まだ今日は何もしていないのに、ただ歩くだけで疲労が足を突き刺すような気がしていた。柔らかな絨毯をブーツで踏みつけるたび、寝不足の体が悲鳴をあげる。まるで体重が倍になったようだ。原因は、わかりきっている。
 この相棒のアンティーク銃が、重たすぎるんだ。


 そういえば。彼らはどうしているのだろうかと思い出す。綺麗な銀髪の少年。運動神経がずば抜けていた野球部の元エース。学校のアイドルにその兄、最強であり最恐だった風紀委員長。沢田家に住み着いていた子供たちに、緑中に在学していた少女、それから……。
 あげていけばきりが無い。“彼ら”だ。沢田綱吉と、その仲間であり友達の、“彼ら”。
 彼らは自分達の大空の為に、なにか手を打つのだろうか。打ったのだろうか。やめてくれと、懇願したのだろうか。これからするのだろうか。はたして彼らは、大空を無くしてなお、昔のように笑うことができるのだろうか?

 私もかつては、その輪の中にいた。私は沢田綱吉の近所に住んでいて、小学校に入る前から一緒に遊んでいた。中学に入ったあたりだろうか、彼の友達は増え、それと同時に私の世界も広がっていった。どうやらその時、ツっ君たちはマフィアの世界に巻き込まれていたらしいのだが、当時の私はそんなこと知る由も無く、三年生に上がってすぐ、私の方から打ちあけた。私の両親ってマフィアなんだよね、と。
 その時のツっ君の驚いた顔と声は、なんとなくだが今でも覚えている。真っ青になって、嘘だろと言っていた。
 ツっ君がボンゴレファミリーという凄く大きなファミリーの十代目なのだということ。獄寺くんや山本くんはその守護者で、いわゆる幹部なのだということ。その他にも、私は正しいマフィアの知識や、両親のファミリーのことについても教えてもらった。
 ジッリョネロファミリーと言って、ボンゴレと同等の歴史を持つマフィアなのだとリボーンは言っていた。

「ボンゴレは、数多くあるマフィアの中で頂点に立つほどの大きなファミリーだ。格式、歴史、総戦力、傘下の数。どれも他のファミリーと比べると、格が違いすぎる。が、ジッリョネロは、そのボンゴレに並ぶ歴史を持つ、由緒正しいマフィアだ。両親共にそのファミリーの人間ってのは、すげーことなんだ。誇っていいぞ、椎菜」

 私は祖父母に預けられていて、両親には写真でしか会ったことがない。その上、なぜだか祖父母は両親のことを嫌っていて、ろくに二人の話もしてくれなかった。
 なのに、私はその時素直に両親のことを誇りに思えた。素晴らしい両親を持てて、私は幸せなのだろうと。そう思えたのはきっと、隣にドン・ボンゴレが居たからなのだろう。

 そういえば。話は飛ぶ。その頃だったか記憶は定かではないが、ツっ君は京子ちゃんのことが好きだった。京子ちゃんはそれに全く気付いていなかったが、それでも、ツっ君に好意を持っていたのは確か。結局、どんな関係なのか分からぬまま高校生になり、私はイタリアへ飛び立った。

 なんのツテも無いままジッリョネロのアジトへ乗り込み、両親に会おうとした。が、すぐにその場に居た黒服の男につかまり、殺されかけたのを覚えている。まだまだ、裏の世界について無知だったのだ。その時殺されなかった幸運は、今でも私の自慢話である。
 そして、そこのボスのアリアさんに助けられ、両親が数日前に死んでいたことを知った。落ち込む私をアリアさんが慰めてくれて、その彼女の服の袖が濡れていることを知り、私はこの人についていくことを心に決めたのだ。


 そうして、私がそのファミリーに馴染んでいくうち、いつしか表立った抗争が出てきた頃には、既に何もかもが手遅れだった。当然、ただの下っ端と何も変わらない私がどうこうできる問題ではなく、私はただ力尽きていくアリアさんを見守ることしかできなかった。
 強く美しかったアリアさんも、病には勝つことができなかったのだ。

「アリアさん、話ってなんですか……?」
「シーナ……。私の遺言だと思って、よく聞いて」
「…………はい」
「私にはね、娘がいるの。ユニという名前よ。これからユニが居る場所を教えるから、今すぐあなたにユニを迎えに行ってほしいの」
「む、娘?! アリアさん、お子さんがいらっしゃったんですか?!」
「ええ。正真正銘、私の子よ。それでね、私が死んだあと、ユニにこのジッリョネロを任せたいと思ってる」
「…………そのユニ様は、今のジッリョネロを支えられるほどのお人なんでしょうか? 失礼ですが、私にはアリアさんの代わりが務まる人がいるとは思えません」
「私の娘よ、信じなさい。…………それでね、シーナ。ユニに会いに行く時、このおしゃぶりを持っていって欲しいの」
「おしゃぶりを?」
「ええ。……あなたにしか、頼めないの。よろしくね」

 そして、弱るアリアさんの頼みを聞くため、私は幻騎士と共にアジトを発ち、アリアさんから教えられた家へと向かった。
 そこに居たユニ様は私よりも年下で、本当に彼女にジッリョネロを任せられるのだろうかと、不安に思ってしまった。失礼にも。
 けれど、それも杞憂に終わる。私が無言でおしゃぶりを彼女に渡すと、ユニ様は全てを悟ったような瞳で、私を母の下へ連れていってくださいとだけ言った。その瞳には確かに大空の炎が宿っているように見えて、確かに、アリアさんの面影があったのだ。

 その夜アリアさんは亡くなった。ユニ様は、彼女の死に間に合うことができたのだ。

 母親が亡くなってすぐだというのに、翌日の朝、ユニ様は笑っていた。その笑顔があまりにも完璧すぎて、私には痛々しくさえ思えた。袖が濡れているのも分かった。
 それに気付いたすぐ後だった。負傷した太猿とγが戻って来て、恐らく一番アリアさんの近くに居たのではないかというγは、その笑顔が不愉快だとユニ様をたたき出そうとした。が、最後には彼女に片膝をつき、忠誠を誓っていた。それだけの魅力が、ユニ様にはあった。
 階段を下りるγがどんな表情をしていたのかは分からない。でもきっと、私と同じような顔をしていたのだろう。


 私も、彼と同じ気持ちだった。










*










「だめです、シーナ。危険すぎます」
「でも、ユニ。その役は絶対に必要だよ。そして、私が一番の適役でしょう」
「でも、シーナ、貴女が死んだら元も子もない」
「死なない確率は、私が一番高いの」

 言い合って、三日が経っていた。その間、ずっと水掛け論の押し問答。どちらも譲らなかった。

 一番年が近く、そして同じ女だったからなのか、私とユニは急激に仲が良くなり、主従の関係として、そして親しい友達として、近しい存在になっていった。呼び方もすぐにユニ様からユニへと変化し、γのあまり姫に馴れ馴れしくするなという声も、右から左へ、いつだって聞き流していた。
 そして、そうなってすぐだった。ジェッソファミリーの脅威は大きくなっていくばかりで、一つの問題が発生した。私たちは、相手のファミリーのことを何も知らなかったのだ。ビャクランの名前以外は。

「だからね、絶対に必要なの、スパイは」
「その意見も分からなくはないが、姫の気持ちも考えろ」
「考えてる。ユニは被害を出したくないの。だったら尚更、相手の情報が必要だと思わない? 事前に相手が何をするのか知っていたら、対応策も練れるというものでしょ?」
「姫は、お前の身を案じているんだよ」
「私だって、ファミリーの未来を案じているの。堂々巡りでしかないの、私たちの言い合いは」
「シーナ、焦ってるな? とりあえず名前は知ってるんだ、どうにでもなるだろう。ゆっくり待て」
「…………ええそうね、γ。貴方はユニのことは名前ぐらいしかしらないのに、全てを知っているつもりでいるのだものね。きっと、貴方は名前だけで他人の本質を見抜くことができるでしょう?」
「シーナ!!」
「でもね、生憎と、私たちはそんな能力を持っていないの。情報が、必要なの、何よりも」

 γは、席を立ってどこかへ行ってしまった。怒ったのか失望したのか、私に対してどう思ったのかは分からない。分かるのは、彼が私を説得するのを諦めてくれたと言う事だけ。


「お前の皮肉は嫌いだ、シーナ」

 皮肉のつもりは無かったの。本当なのよ、γ。



 そして、私がスパイの話題を出して四日目の朝、ユニは突然私のスパイの作戦を許可した。いくつかの条件は、出されたけれど。

「まず、シーナ、絶対に死なないで。情報の収集や秘密を守ることよりも、自分の命を優先して」
「分かった」
「次に、百蘭の命令は絶対に聞いて。例えそれがどんな命令だとしても」
「うん、分かった」
「シーナ、貴女はときどき、我慢が足りない。辛抱してね。どんなことがあろうと、スパイだと悟られてはいけない。耐えて、時を待つのよ」

 分かってると、何度もユニに約束した。いつもの、何かを覚悟した目をしているユニの後ろに立つγは、突然意見を変えたユニを不審な目で見ていて、そして私には、死にに行くようなものだと軽蔑の眼差しを突きつけていた。

「γ、そんな目で見ないでよ。さっきも約束していたでしょ? 私は自分の命を優先するって」
「そんなことになったら、うちのファミリーの旗色が悪くなるのは目に見えてる。賢くないと言っているんだ」
「でも、ユニは許可してくれた。あの目は、何かを知っていて、それから何かを覚悟をしている目だった」
「お前に姫の何が分かる」
「知ってるよ。少なくとも、貴方よりは」
「不愉快だ」
「それは良かった」

 にこりと笑えば、彼の眉間の皺は深くなるばかりだった。私もそうなるだろうことは分かっていてこの顔に笑みを浮かべるのだから、ああ、意地が悪くなったものだ。

「シーナ、お前のことは気に入らないが、一応仲間だ。死んでほしくないんだ」
「ええ?! まさかγからそんな言葉が出るとは思ってなかった! どうしたの?」
「…………いいか、覚えておけよ、小娘。大切であればあるほど、護るときには武器を握らなければならない。しかし、武器を持ったままでは、大切な人間を抱きしめられないんだ。それを決して、忘れるな」

 彼の目は、ユニとはまた違った覚悟を持っているようだった。その眼球には、確かに私の姿が映っているのに、彼は私を見てはいない。彼が見ているのは、今の大空であるユニ、そしてアリアさんだけなのだ。
 彼は彼で、さまざまなものを背負っているのかもしれない。

「そう、ご忠告どーも。でも今のあなたは、武器をもっていないように見えるけど? そうだね、アリアさんが死んでから、ずっと」
「……何が言いたい?」
「いいえ、別に。――――ただ、武器を持たない手なのに、大切な人を抱きしめられない理由はなんなのだろう、と思っただけだよ」


 その時のγの表情を、私は知らない。傷ついていたのか、怒っていたのか、悲しんでいたのか。興味はあったけれど、私は知るべきでないと思ったのだ。だって、原因は間違いなく私の悪意なんだ。

 皮肉のつもりはなかったの。思ったことを言ったまでなのよ。それであんなことを言ってしまうのだから、私は素で皮肉を作り出してしまうような、そんな嫌な人間なのだろう。私は、無意識に皮肉を作りだしてしまう、そんな天才なのだ。


「シーナ。お前のような皮肉の塊の人間は、死んでも文句言えねぇさ、きっと」

 搾り出したような声だった。





(それでも私は、アリアさんが愛してくれたこの“皮肉”を捨てることはできないんだよ、γ)








 時を待てと、ユニは何度も繰り返し言ってた。それは、私が百蘭の元に行くまで続いた。その時がいつなのか、聞かされることも訊ねることもなく。
 私はまた、何も知らないまま大切な人間の下から飛び立ったのだ。

 楽なものだった、ジェッソファミリーに潜入するのは。私は日本に居た時代、入江正一と知り合いだったし、たいして疑われることも無く、入江正一の助手としてファミリー入りできた。そして、スパイとしての役割を、きちんと果たしていたのだ。
 ボスの名は百蘭。謎は多いが、慕う者多し。戦っている所を見たことは無いが、周りの反応からしてなかなか強いだろうと推測。それから、入江正一の話。ファミリーの大まかな人数、編成、重要人物、戦い方。それらを、不定期にジッリョネロへ報告。誰にもばれていない。私は完璧なはずだった。そう、私はどこも間違ってなんて、いなかったのだ。
 恥ずかしながら、私はスパイとして活動しておきながら、幻騎士の行動を知らなかった。彼が百蘭を崇拝していることを知ったのは、ミルフィオーレが成立してからだ。彼がジッリョネロを裏切っていると知っていたなら、何が何でも、そうなる前に幻騎士を殺していたというのに。

 プルルルル、と携帯電話に耳を寄せ、今か今かと相手が電話に出るのを待ちつづける。焦っていた。冷静さは、確実に欠いていたといえるだろう。

「ユニ?! どういうことなの?! 百蘭との会談に出向くなんて……!!」
『シーナ、そこはどこ? アジトなのなら、そんな大きな声で電話したりしてはダメよ』
「大丈夫、誰も居ないし絶対に来ない。それよりも、質問してるのは私だよ、ユニ。どういうことなの。無謀だよ、百蘭と話なんて! あいつと話なんて、できるわけない!」
『大丈夫よ。無謀なんかじゃないわ。シーナ、信じて』
「そりゃ……信じてる、けどっ…………」
『忘れないで。シーナがスパイをするというときに、最初に出した条件。自分の命を最優先にすること。例えどんな命令でも百蘭に従うこと。それから、耐えること。今が一番大事なときなのよ』
「ユニ……私は、貴女に死んでほしくない」
『シーナ。大丈夫よ、私を信じて。無謀なんかじゃないわ』
「…………それでも、やっぱり私、!」
『耐えて。シーナ、時を待って。まだその時じゃないわ』

 誰かの足音が聞こえたので、仕方無しに電話は切る。もう、時間は無かった。掛け直すことは出来ない。ユニはただ、大丈夫だ無謀じゃない時を待て。それしか言ってくれなかった。ええ、信じているとも。あなたは私の大空だもの。あなた以外に信じるべきボスは存在しない。でも、けれど。だからこそ、あなたに死んでほしくない、ユニ。
 私は心を落ち着かせてから、百蘭の部屋へと向かう。

「あ、シーナチャン? 話は正チャンからよく聞くよ、優秀な助手だってね」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」
「それでね、明後日ジッリョネロのボスを迎え入れる話は知ってるでしょ?」
「はい」
「その場に、君に居てほしいんだ」
「……私に、ですか? 失礼ですが、私程度の者がそんな大事な場に訪れるのは、些か……」
「シーナチャンだからこそ、だよ。うちはね、やるべきことをやってくれれば、幸せになれるんだよ」
「は……しかし」
「男にお茶を淹れてもらうより、女の子から淹れてもらった方が美味しいでしょ? だからね、その時、相手側のボスのお茶にコレを入れてほしいんだ」
「これは……?」
「劇薬。詳しい名前は知らないほうがいいよ」

 いつも見る顔でにっこりと笑っている百蘭。彼の手には薬らしき液体が握られている。劇薬だと言った。詳しい名前は知らないほうがいいと言った。どんな作用があるかも、決して教えてくれない。それがどれだけ危険な話なのか、いくら馬鹿な私の頭でも考えつくというものだ。
 それを、ユニのお茶に入れる。どんなことが起こるのかも分からないまま。

(百蘭の命令は絶対に聞いて。例えそれがどんな命令だとしても)

 ユニ、こんな命令でも? 絶対に聞かなくてはいけないの?
 ユニは笑顔で頷くことだろう。きっと、全てを予知して言っていたのだ。

(今が一番大事なときなのよ)

 そんなの知らない。分からないよ、ユニ。教えてくれなきゃ分からない。耐えろ、とあなたは言った。いつまで耐えればいい? 時が来るまで? いつ、何の時が来るのかあなたは教えてくれなかったじゃない。酷い。

 ユニの好きだった紅茶に、透明な液体をたらす。それだけの仕事だった。

 私は、その間、一度たりとも泣かなかった。


「気安く触るな」

 激昂するγ。それを止める仲間たち。彼の攻撃によって血を流しているユニ。飄々とした態度で、足取りで、奥へ戻っていく百蘭。
 何度も何度も、彼を殺そうとする手を、足を、ユニを言葉を思い出して必死に止めていた。


――――耐えて。シーナ、時を待って。まだその時じゃないわ。


 いつになったらその時が来るのか、あなたは教えてくれなかったわ。



「シーナチャン。うちはね、やることさえやってくれれば、幸せになれるの。きちんと嫌な仕事をしてくれたんだからね、スパイの件は水に流してあげる」

 合併したのだ。いわれなくたって、スパイなんて、ひつようない。

 γが叫ぶ、そして睨む。泣く私を、彼の一生懸命な言葉が責めたてていた。何故姫を助けなかったのかと。お前はそうするためにそこに居るんじゃないのかと。

 違う。

 私はユニを殺した。劇薬を投与したのは、紛れも無く私なのだ。いつでも笑顔だったユニを消したのは、私。



 ユニを殺したのは、私だ。









*










 こういうとき、決まって思い出す光景がある。

 アリアさんが亡くなったときも、ジェッソのスパイになった翌日も。



 赤い夕陽を背負って、愛しい人は私に手を伸ばす。何度思い出しても、泣きたくなるほど胸が切なくなる光景だ。



 ツっ君、あなたはいまどこにいるの。








 今、すごくむしょうに、あいたいよ。

 
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