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白い虹

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第一章


第一章

                    白い虹
 こういう言い伝えが街にある。虹には二つあると。
「虹が二つ?」
「ああ、そうらしい」
 クラスで波岡遊馬が友人の宮崎錠の言葉を聞いていた。二人は丁度その虹の話をしているところであった。クラスの遊馬の席で話をしている。
 遊馬は決して男前ではないが何処かひょうきんで親しみの持てる雰囲気だ。目が細く態度は柔らかでキリッとした顔立ちの錠とはまるで正反対であった。
「まずはな」
「ああ」
 錠の話を聞く。
「普通にある虹だ」
「七色の虹だよな」
「ああ。まずはそれな」
 錠は言う。何か当たり前の話を深刻ぶって話しているようにさえ見えるものがそこにはあった。
「それでもう一つは」
「虹ってそうじゃねえのかよ」
 遊馬は彼に対して尋ねてきた。尋ねながら首を傾げさせている。
「七色の虹だけでよ。他にもあるのか?」
「ある。それだ」
 錠はここで言ってきた。その引き締まった端整な顔をさらに引き締めさせる。そのうえでの言葉はまたやけに説得力があるものであった。
「白い虹だ」
「白い虹!?」
「普通虹は雨の後で出て来るよな」
「ああ」
 これはもう言うまでもない。何か遊馬も当たり前の、とっくの昔に学校の授業で習った話をまた聞いているような気分になってきていた。
「そうだよ。光の加減でな」
「ところがその白い虹は違う」
 錠はまた言う。やはり顔は真剣だ。
「吹雪の後に出て来るんだ」
「吹雪の後か」
「そうだ。丁度今みたいな季節だな」
 今は真冬である。冷たく凍った空気が世界を支配している。雪も時々降る。錠はここでどんよりと曇った冬の空を見て話をしていた。
「その白い虹が出るのは」
「それで何処に出るんだ?」
「山だ」
 彼はこう答えてきた。
「学校の後ろにある山の頂上に出るらしい」
「ああ、あの山か」
 今彼等が通っているその学校である。そこなら彼も知っていた。
「あそこの頂上かよ」
「そこに行くといいことがあるとも言われている」
「何だ、特別な虹だからか」
 遊馬はそれを聞いて言った。
「やっぱり」
「そうだな。まあ噂だがな」
「で、どんないいことなんだ?」
 彼が次に尋ねたのはそこであった。
「金持ちになれるのか?それとも恋人ができるのか?」
「どちらもらしいな」
「おい、またそれは凄いな」
 錠の言葉を聞いてあらためて言う。
「両方なんてよ」
「ただしどちらか一つしか選べない」
 上手い話はそうそうはない。錠の言葉はそれを忠実に守ったものであった。遊馬はその言葉を聞いて残念そうな笑みを浮かべて言うのであった。
「まあそうか」
 そのうえで納得したように頷く。
「そうだよな。やっぱりそうそう上手い話にはならないか」
「けれどいい噂だな」
 錠はまた言ってきた。
「御前も言ってみたらどうだ?」
「俺!?」
「そうだ。御前も何か望みがあればな。どうだ?」
「そうだなあ」
 何か少しとぼけた声を出してきた。
「まあそれは内緒な」
「言えないことか」
「誰だってそういうものはあるだろ?」
 遊馬は笑ってそう返してきた。
「そりゃ俺にもさ。一つや二つはな」
「だったら行けばいい」
 一旦突き放すようにして遊馬に言う錠であった。彼は冷静にそう述べたのであった。
「御前だけでな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
 こうして白い虹に関する話は終わった。それから彼はすぐに行動に移ったのであった。
 同じクラスの九条里奈。小柄で大人しい女の子だ。細面で華奢な感じの女の子である。髪は黒いロングヘアで二重の切れ長の目をしている。クラスの中では地味な女の子だが実は遊馬のタイプなのである。
「彼女を連れて行ってかな」
 彼は一人笑いながらそんなことを考えていた。彼は今帰宅途中であった。
「それから。へへへ」
 勝手な妄想にも入る。笑ったところで通行人達が引いていた。
「本当ならな。それで俺にも彼女がな」
 実は彼は今まで彼女というものを持ったことがない。ひょうきんな三枚目キャラなのであまり縁のないことであったのだ。彼にとっては不本意なことに。
「できるってもんだ」
 そんなことを考えながら家に帰り次の日里奈が教室を出たところで自分も教室を出て彼女に対して声をかけたのだった。
「あの、九条さん」
「何?」
 その声に気付き彼女は遊馬に顔を向ける。そのうえで彼女に問うてきた。
「あのさ、今度の休みね」
「ええ」
 こういうことを言うのには抵抗はない。あっけらかんとした悪く言えば調子に乗りやすい性格なので女の子を前にしてもはにかむことはない。
「裏の山に行かない?」
「裏の山?」
「ああ。よかったらさ」
 さりげなくを装って言う。実は彼女もこのことを知っているのではないかと思ったがそれは杞憂であった。これは彼にとって幸運なことであった。
「どうかな」
「裏山ですか」
「どう?」
 また彼女に問う。
「駄目だったら別にいいけれど」
 ここで少し賭けに出た。こう言えば乗ってくれるかと期待したのである。そしてその賭けに勝った。
「そうね」
 彼女はいつもの大人しい様子で応えてきた。
「じゃあ一緒に」
「いいんだ」
「ええ。私でよかったら」
 ここで彼がさらに幸運だったのは大人しい里奈は人の頼みを断ることができないのだ。そのことが彼に幸運をもたらしたのであった。なお彼は変に運がいいことでも知られていておみくじでも引くのは大抵大吉だ。
「今度の休みに裏山ね」
「うん」
 内心大喜びで頷いた。といっても彼はこの時白い虹の話を自分に都合よく解釈していた。そこに行けば白い虹が出て来ると勝手に思い込んでいたのである。
「よっしやあああああ!!」
 校舎の屋上で一人になった彼は思わずガッツポーズをして叫んだ。
 
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