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日向の兎

作者:アルビス
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1部
  7話

「……さっきから何だ?私に何か話でもあるのか?」
私を見るなとは言わないが、そう露骨に見られるというのは不快だ。ましてや読書中ともなれば尚更だ。アカデミーの退屈な授業を受ける苦痛を紛らわす為にも、休み時間位は読書によって精神の安定を保たなければやっていられないのだ。
「あ、ごめんごめん、なに読んでるのか気になってさ」
「ああ、これか忍具の素材に関する書物だ。ところで君は誰だ?私は……」
「日向ヒジリでしょ?あなた有名だよ、あの日向の天才ネジを横にいつも侍らせている兎面のくノ一ってアカデミー中で話題になっているんだよ?」
……ネジを侍らせているか、まぁ規則としてネジは私を監視しなければならんのでそう見えても仕方がないか。
いや、それよりもそんな訳の分からん噂がアカデミー中に広まっているというのは妙な気分だな。それも私の預かり知らぬところで、だ。とはいえ、人の噂も七十五日というように放っておけば消えるか。
「私の名前はテンテン……ってあなたもう何ヶ月も隣にいるのに名前覚えてなかったの?」
「すまない、アカデミーの私は思考の八割を妹のこと、一割五分を自分をどうすれば強くできるかについて考えているのでな」
「それでいつも満点をとるあなたって一体何なの?」
「座学に関してはアカデミーで習う知識など数年前に学び終えているからな。ここに来るまで家では殆ど本を読むことに時間を費やしていたので、無駄に知識だけはあるのだ」
日向は木の葉でも名門という事もあり、蔵書やらに関しては並の図書館を上回っているのだ。
それに勘当されてからは時間だけは掃いて捨てるほどあったからな、知識をつける位しか楽しみがなかったというのもあり知らず知らずの内に知識ばかりついていったものだ。
「それで、この本がどうかしたのか?」
「私も忍具に興味があってね、少し気になったんだ」
「む?そうか、では少し質問なのだが重量を無視して携行性とリーチを重視した打撃系の忍具というものを考えているのだが、なにかいい案はないだろうか?」
「重視を無視して?そうね……三節棍なんてどうかしら?普段は分解した状態で、必要な時に組み上げるっていうのはさ」
三節棍か……ふむ、存外悪くはないな。ただあと一歩足りん気がするが、方向性はあっている筈だ。まぁその一歩を見つけるのは私の仕事だろうよ。
「貴重な意見、感謝するぞ。そうさな……なにか礼をしたいのだが、何がいい?」
「え、いいよいいよ、大した事はしてないし」
「いや、それでは私の気が済まない」
「じゃあ、今度ゴマ団子を一緒に食べに行く、それでどうかな?」
ゴマ団子……ああ、中華料理のあれか。ふむ、あれは私も好きだぞ。鼻に抜けるゴマの香ばしさが団子と餡の甘みを引き立てるいい料理だ。
「ああ、いいだろう。ただ、ネジも付いてくることになるが構わないか?」
「ネジが?いいけど、なんで?」
「あれの監視抜きでうろつくのは控えなければならんのでな。別にあれを置いていってもいいのだが、そうなるとあれの責任問題やら色々厄介な事があるのだ」
「ああ……お嬢様って大変なんだね」
そういう訳ではないんだが……確かに世間一般で言えば、私はお嬢様と呼ばれるような生活を送っているのだろう。日々さしたる不自由もなく、衣食住も安定している私は随分と恵まれていると言えるな。
それに最近では外に出歩く時はネジの付き添いが必要になった事を考えると、確かにお嬢様と見られても致し方ないか。
「お嬢様、というよりは危険物扱いなんだが……確かに腫れ物を触るような扱いという意味では同意か」
「腫れ物扱いって一体あなた家ではどういう扱いなの!?」




「という訳で、ネジ、茶屋に寄ることになった」
「……はぁ、構いませんが珍しいですね」
「私とて礼を返すくらいの常識は弁えているのだぞ?」
「いや、そうじゃなくて、ヒジリ様がヒナタ様とハナビ様以外の女性と会話する事があるということ自体、俺は初耳なんですが?」
「君の中で私はどんな扱いなんだ?」
「……あえて言わせますか?この俺の口から直に?」
「……やめておこう。心にいらん傷を負いそうだ」
「ええ、それが得策ですよ」
少々知らずともよい事を知った気はするが、とりあえず許可は得られた。いや、得られずとも行くのだからあってないような許可なのだがな。
「で、テンテン、店は何処がいいのだ?美味いゴマ団子の置いてある店など私は知らないので、君の行きたいところを言ってくれ」
「え、あ……うん、じゃあついて来て」
「む?どうしたのだ?少々様子がおかしいようだが、体調でも悪いのか?」
「いや、ヒジリの印象がどんどん変わっていく驚いてたの。ヒジリってもっと物静かで真面目っていう勝手なイメージがあったからさ」
「となると、今の私の印象はどうなっているのだ?」
「え、他人とのコミュニケーションが雑な妹大好きのしっかり者に見えるけど色々残念なお姉さんって感じかな?」
…………すまない、ここまで面と向かってズバリと言われたことが無かったので一瞬思考を放棄してしまった。
「そんなに酷いのか私は?」
「俺からは羞恥心もないという事を付け加えさせてもらいます」
「ネジ、君は家の中で姉の裸を見た程度で騒ぎすぎだ」
「……ネジ、あなたヒジリの裸を見たんだ」
「ご、誤解だ!!」
「いや、面と向かって会話しただろうに。服を着ろだどーのと散々喚いていただろう、誤解も何も正解ではないか?」
「ヒジリ様は黙ってて下さい!!いいかテンテン、あれは事故であって俺はむしろ被害者なんだ」
「などと容疑者は供述しており……」
「ヒジリ様!!」
「そう怒るな、軽い仕返しだ」
「貴女の仕返しはシャレにならないんですよ!!」
「あははは、二人とも仲良いんだね」
そんな益体のない話をしている内にテンテンの言う茶屋に着いた。
ふむ、中華風の中々に風情のあるいい店じゃないか。結構、結構、こういった雰囲気や内装にのこだわった店は私は好きだぞ。店員に奥の個室のような部屋に案内され、メニューを見て品定めをしているとふと気になったことがある。
「テンテン、君はこの店にはよく来るのではないのか?」
「え、あ、うんそうだけど」
「嘘はいけないな、私に嘘は一切通用しない。私と関わるなら覚えておくといい……心拍数、発汗量、筋肉の動き、その他諸々を完璧に操れるというなら話は別だが」
「ごめん、この店前から気になってたけど雰囲気的に入りずらかったから……」
「なに、責めている訳ではないさ」
「けど、どうして嘘だって分かったの?」
「私は人の筋繊維の一本に至るまで把握できる眼があってね、物心ついた時には人の感情を肉体の反応から把握できるようになっていたのだよ」
「す、すごいね……」
「私個人としては面倒な物だよ。見えぬ方が良い物まで否応なく見えるのだからな……」
「ヒジリ?」
「ん?ああ、済まない少々愚痴っぽくなってしまったな。ところで注文は決まったか?」
「う、うん、私はこれにする」
「ネジも決まったか?」
「はい、俺もテンテンと同じ物を」
「それでは、店員!注文を頼むぞ!」
私が呼ぶとすぐに店員は席に注文を取りに来た。サービス面も中々いいじゃないか、接客業としては基礎中の基礎だがこういった類は店の評判を大きく左右するからな。
「ゴマ団子と烏龍茶のセットを二つ、温かいデザート三種盛り合わせと点心セット、季節のフルーツゼリー二種盛り合わせ、それとジャスミン茶を」
「かしこまりました」
「さて、あとは楽しみに待つだけ……どうしたテンテン、先ほどから君は驚いてたばかりだな」
「あなた、その体でどれだけ食べるの!?」
「それ程驚くような量か?軽食といえばこの量だろう?」
「……本当にあなたって不思議な人ね」
「テンテン、この人を把握しようとするのは徒労でしかない。この人と話す時は色々と諦めておくべきだ」
「ええその通りね、ネジ」
二人とも私に対してえらく辛辣だな……






 
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