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【銀桜】2.廃病院篇

作者:Karen-agsoul
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第3話「ポジティブは現実逃避の裏返し」



 二人は最上階近くまで来た。あともう2、3階登れば屋上に着くだろう。
 だが双葉が怖がったのは、今のところない。幽霊を目撃する以前に、普通なら夜中の廃病院を歩くだけで、多少の恐怖を抱くはずなのに。全く、どんな神経してるんだ。
「!?」
 ポン、と肩に何かが触れる。
 銀時は驚きのあまりその場で立ち止まる。だが双葉は気付かないのか、先に行ってしまう。恐怖に声が出ず、恐る恐る振り向いた。
 すると身体の中身を半分むき出しにした人体模型が銀時の眼前にいた。
「うぎゃああああああああああああ!」
「ん?」
 いきなりの絶叫に振り向く。銀時がこちらに猛突進してくる。
 突然の出来事に、さすがの双葉も避け切れない。
「おわ!」
 そのまま二人は激突し、銀時は双葉を巻き込み大きく体勢を崩してしまった。
 結果、押し倒す形になったのだが、その勢いは止まらない。
 双葉の目の前に銀時の顔が迫る。互いの唇が重なろうとした、その瞬間――双葉の脳裏にあの記憶が湧き上がる。

 万事屋に突然現れた高杉と共に過ごしたヒトトキ。
 抑圧している『獣』を誘うため迫ってきた高杉。
 ありのままに一つになろうとした男。

 そして、今目の前に迫る兄が、その姿と重なる。

『楽しもうぜ。……俺と一緒に』

「!」

“バコッ”

「グァ!」
 思いっきり腹部を蹴られ、そのまま押し飛ばされた。
 銀時は腹部を抱え文句を言いながら起き上がるが――
「ってェな!何す……」
 銀時は不意に口を閉じた。
 双葉は荒い息を立て小刻みに震えていた。何度も何度も。
「……………」

――おかしい。
 高杉が万事屋に現れたあの夜から、昔の事をよく思い出すようになった。
――いや、違う。
 突然過去の光景が浮かび上がる。
 強制的に『それ』を見てしまう。まるで頭に無理矢理突き刺された様な感覚だ。
 だが思い出すのは、戦場を駆け抜けていた記憶。
 そう、殺す事を誰よりも楽しんでいた記憶が蘇る。
――振り払いたい。
 でも、『それ』は根っこが頭に巻きついてもうとれない。無理に抜いたら、大切なモノまで消えてしまう。
 そんな気がして、消す事もできない。
――この感覚は一体なんだ?どうしてこんな感覚に見舞われる?
――高杉の言葉を聞いただけで、こんな風になるのはおかしい。
――それだけじゃない。そうそれだけじゃ……。

「おい!」
 銀時の声で自問自答は止まった。
 我に返った双葉が立ち上がると、銀時もつられて立ち上がる。
 そして何事もなかったかのように、双葉は先に進もうとした。だが、当然銀時に肩を掴まれ阻まれた。
「お前、何された。……アイツに何された」
 いつになく真剣な声。
 それは彼が普段と違って真面目に聞いている事を語っていた。
「何があったんだよ」
 銀時は駆け付けた以前の出来事をあまり聞いていない。聞かない方がいいと思った。
 けれど、あの異常な怯えぶりを見ては気にせずにいられない。
「兄者こそ、私に何をした?」
「そりゃ……」
 思わず口ごもってしまう。
 銀時が駆けつけた時、双葉は高杉の策略で飲まされた薬でしびれて動けなくなっていた。
 そして、助けるためだったとはいえ……高杉から渡された解毒薬を飲ませるために、銀時は実の妹とキスをしてしまった。
「言えないだろ。それと同じ事だ」
 皮肉げな笑みをふわりと浮かべ、双葉は歩き出した。
「おい」
「なぁ、兄者いつまで続ける気だ?」
 さっきの出来事を誤魔化したいのか、唐突に話題を変えてくる。
 一瞬戸惑ったが、確かに双葉の言う事ももっともだった。もうだいぶ廃病院の中を歩き回ったが、さっきから似たような事の繰り返しで全然進展しない。
 それにこの態度からすると、もうあの一夜については深入れしない方がいい。これ以上空気が淀むのも気まずいので、銀時は妹を追い越して質問に応えた。
「決まってんだろ。オメェのビビり顔見るまでだ」
 依頼はどうなった、と双葉は思ったが、面倒なのでツッコまなかった。
「ま、私はずっとココにいようと別に構わないが」
「……双葉、お前ホントに怖くねェのか?」
 この廃病院に次々と起きた怪現象に、双葉がビビった様子は少しもない。
 仮に本物の幽霊が目の前に現れても、この妹には通用しないかもしれない。さっきのチャッキーがそうだった。
 思えば双葉が幽霊に怖がっている所を見たことがない。夏祭のお化け屋敷や肝試しは見るのも嫌だったし、そのせいで双葉と一緒に入ることはなかった。
「別に。幽霊なんて所詮は人の《戯言(たわごと)》だ。私は見えないモノより、目に見えるモノの方がよっぽど恐ろしい」
「見えるモン?」
「あえていうなら『人』か。人が同じ人間を殺すコト。それに快感を持ち、喜ぶ奴が一番恐ろしい」
「それって……」
 銀時は知っている。
 闘いの最中で目覚めた感情と感覚。
 血の味を誰よりも悦び、殺しを楽しんでいた仲間を。
 それは今後ろにいる――
「フギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 突然悲鳴を上げる銀時。
 双葉は兄が驚愕している方向を懐中電灯で照らす。
 病室の片隅にあるベットの上に、カナヅチを手にした血まみれの少女が立っていた。

【タスケテ…クルシイ…コロス…】

「これ、これ、コレェ!」
 震える身体で、血まみれの少女を指差し訴える。だが、やはり双葉の表情は何一つ変わっていない。
「カナヅチか。確かに硬度は高いが、簡単に避けられるぞ」
 そのズレた発言にブチリと図太い血管が額に浮かび上がった。
「お前さァ、どんだけポジティブ?!ポジティブで現実逃避すんなァァ!!」
「やはり兄者はどうかしている」
「どうかしてんのはお前だァァァァ!オメェもオメェだ。なんだよ突っ立ってるだけかよ。『♪ピーヒャラピーヒャラ』って踊るとか歌うとかしろよ!」
 怒鳴りながら銀時は、血まみれの少女にズンズン迫っていく。
 怒りの余り怖がることも忘れてしまっているらしい。

“ピシ”

「!」
 微かに小さな音が響いたのを、双葉は逃さなかった。
 同時に床の至る所、そして銀時の足元からも亀裂が入る。それが何か即座に察して、双葉は反射的に叫んだ。

「兄者止まれ!」
「うるっせー…おわっ!!」
 亀裂は瞬く間に広がる。
 そして部屋を揺るがすほどの轟音を立て、銀時の足元は崩壊した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

=つづく= 
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