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ロード・オブ・白御前

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ビートライダーズ編
  第11話 巴と初瀬 ①


 初瀬亮二は逃げていた。息を切らし、足を棒にし。
 街の至る所にインベスが、ブラーボが、白いアーマードライダーがいて、初瀬を追いかけてくるからだ。

 高架下の無人の空間に入ってようやく初瀬は安堵し、そんな自分に対して羞恥心が込み上げた。

「何で……俺が怯えなきゃなんないんだよ、あんな奴らに!」

 苛立ちと恐れに任せてコンクリートの柱を殴りつける。それが3発目に及んだ時、横ざまから手首を掴んで止められた。
 突然の襲撃(?)に、初瀬は手首を掴まれたまま腰を抜かした。

「手、痛めますよ」
「お、前…」

 初瀬が忘れられるわけがない。名無しのチームのストリートダンサーの片割れ、関口巴だった。

 初瀬が呆然と座り込んでいると、巴がしゃがんだ。巴は学生鞄からハンカチと100mlのペットボトルを取り出し、ペットボトルの中身の水でハンカチを湿らせ、初瀬の手に当てた。

「レイドワイルドのダンス、拝見しました。サイリウムを使ったパフォーマンスが主ですよね。手が使えないと踊れなくなるんじゃありません?」

 ダンスの話題を出されて初瀬は思い出した。――チームバロンに敗れた初瀬に背を向け、去って行ったチームメイト。変身できない上に、初瀬はもう踊ることもできないのだ。

「っ、やめろよ!」

 巴の手を振り解いた。

「俺はもうこの街で踊れねえんだ。手なんか、どうなったって意味ねえんだよ!」
「そうですか」

 巴は思いの外あっさりと手を引き、ハンカチとペットボトルを鞄の中に片付けた。

「わたしのベルトを差し上げられたらよかったのですが」
「お前! ベルト持ってんのか!?」

 巴は学生鞄から黒光りする戦極ドライバーを取り出し、初瀬に差し出した。初瀬は一瞬呆けて巴とドライバーを見比べたが、すぐ戦極ドライバーを奪い取って腹に当てた。
 だが、初瀬が期待するような、変身の前段階の何も起きなかった。それどころか、バックルから出て腰を巻くベルトさえ出てこない。

「戦極ドライバーは一番最初に着けた人間をオーナーとして、それ以外の人間には反応しなくなるんだそうです」
「なんだよ、それ……」

 初瀬は衝動に任せて戦極ドライバーをコンクリートに叩きつけた。傷一つ付いていない。あの白いアーマードライダーにやられた時は真一文字に切れたのに。

 ドライバーもダメ、ロックシードもダメと分かり、初瀬は高架に背を預けてその場にずるずると座り込んで膝を抱えた。

 そうしていると、巴がスカートを払い、初瀬の隣に腰を下ろした。何を尋ねるでもなく、語るでもなく。

「……お前みたいなのが、何でこんなとこにいるんだ」
「成績がどん底まで落ちて帰りたくなかったんです。なので適当に歩いていました」
「どん底」
「正確に述べるならついに学年最下位になりました」
「あ~……」

 初瀬も学生時代は成績が低迷していたからよく分かる心境だ。帰ったら親にどやされる、かといって帰らないだけの度胸もない。おまけに初瀬亮二には成績優秀な姉がいたので、親に比べられるのがいつも腹立たしかった。

「いっそ遠くへ逃げてしまいたい気分ですよ」
「……それもいいかもな。俺も。どうせダンスも仲間も力も失くしたんだ。この街にいてもしょうがねえか」

 口にしてみるとそれはこの上ない妙案の気がした。

「沢芽が地元じゃないんですか」
「俺、地元は本土。大学行くのにこっち来たんだよ」

 もっともその大学も、ビートライダーズ活動にかまけて全く行かなくなったが。

「一緒に来るか?」
「よろしいんですか」
「物欲しげに見てたのお前のほうだろ」

 逃げ場がある初瀬を、巴は確かに羨みを露わに見上げていた。

「物欲しげになんて、してません」
「嘘つけ」

 それも初瀬にはよく分かる感情だった。家には味方がいないから、へらへらと実家に帰る同級生を憎らしく感じたし、今ではそれが嫉妬だったと分かる程度には大人になった。

 関口巴は昔の初瀬亮二と同じだ。
 どこかへ行ってしまいたい。ただ、それだけ。

 それが分かると、初対面から遠い存在だった彼女に、親近感さえ湧いてきた。

 初瀬が立ち上がると、一拍遅れて巴も立ち上がった。
 意趣返しのつもりか、巴はその細腕の片方を、するり、初瀬の脇に滑り入れた。初瀬の脈は一気に跳ねた。

「エスコートしてくださいませんの?」

 こいつ魔性だ、と気づいた時にはすでに遅し。初瀬はとうに関口巴に陥落していた。 
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