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機動6課副部隊長の憂鬱な日々(リメイク版)

作者:hyuki
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第1話


新暦75年2月某日。 時刻は午前10時少し前。
時空管理局本局に所属する魔導師にして特別捜査官である八神はやては、
庁舎上層階に向かうエレベータに乗っていた。

「リイン。 提督の前ではお行儀よくしとってな」

「わかってるですよ、はやてちゃん!」

彼女が左肩あたりに浮いている融合騎、リインことリインフォースに声を掛けると
甲高い声で返事が返ってくる。

「頼むで。 今日は大事な話やからね」

ややあって、小さな衝撃とともにエレベータが停止してドアが開くと、
はやてとリインはエレベータを降り、通路に出た。

カツカツと踵を鳴らしながら白い壁に囲まれた通路を歩いていくと、
すりガラスで視界を遮られた扉と紺色の制服を着た2人の男が現れる。

この扉から先は本局の最上層部のメンバーが集うゾーンであり、
2人の男たちはその出入りをコントロールする警備員である。

はやては男たちの前で立ち止まると、微笑を浮かべて左胸にぶら下げていた
IDカードを彼らの方に掲げる。

「八神はやて特別捜査官です。 クローベル統幕議長とお会いする約束に
 なってるんですけど・・・」

固い表情ではやてのIDカードをじっくりと確認した2人の男たちは、
傍らにある訪問者リストを手に取ると、その中身を順番に確認していく。
しばらくして、はやての名をリストの中に発見すると、男たちは
はやてとリインに向かって挙手の礼をする。

「お待たせしました。 八神特別捜査官、リインフォース空曹長。
 どうぞお通りください」

そして2人は左右に別れ、それぞれにドアに手を掛け押し開く。

「どうも、おおきに」

2人に向かってニコッと笑いながらはやてがドアを通過すると、
背後でドアが閉められる。

はやては真面目な表情に戻ると床にカーペットの敷かれた通路を行く。
一番奥にある木製の重厚な扉の前に立つと、その表面を2度ほど拳で軽くたたく。

「どうぞ」

扉の向こうから女性の声で返答があり、はやては大きく一度深呼吸をして
ドアノブに手を掛けると力を込めて引いてドアを開けた。

ドアの向こうには10m×10mほどの部屋があり、奥には古風な装飾の施された
木製の机と革張りの椅子。
その手前には中央にガラステーブルの置かれたソファセットが鎮座していた。

「ようこそ。 よく来たわね、八神特別捜査官」

「いえ。 こちらこそありがとうございます。 ミゼット提督」

ソファセットの上座となる位置に座っていた、灰色の髪をした60近い歳であろう
女性が目を細めて笑いながらはやてに声を掛けてくる。

それに対して、はやてもニコッと笑って返事をすると、
ソファセットの方へと歩み寄っていく。

そしてはやてがミゼット提督と呼んだ女性の側まで来ると、
はやてはピンと背を伸ばして挙手の礼をとる。

「本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございます、提督」

真剣な表情で言うはやてに対して、灰色の髪の女性-ミゼット・クローベル提督は
にこやかな表情を崩すことなく答礼する。

「いいえ、かまわないわよ。 それより座ったらどう?」

ミゼットの勧めに応じてはやてはソファに腰を下ろした。

「久しぶりねぇ、八神捜査官。 ちょうど3カ月ぶりくらいになるかしら?」

「そうですね。 前回お会いしたのは部隊設立のお願いに伺ったときなんで、
 ちょうどそれくらいになると思います」

そのとき、ドアがノックされトレーに紅茶を乗せた女性が入ってきて
2人の話は中断する。

はやては砂糖を2つカップに放り込み、スプーンで丁寧にかきまわした。

「それで、今日のご用はなんだったかしらね?」

カップの中身を少し飲んでから優雅な手つきでソーサーの上にカップを戻し、
ミゼットははやてに問いかける。

「部隊創設の件なんですが、人員構成を決定しましたんでご報告にと」

はやてがミゼットの方に人員リストを差し出し、
受け取ったミゼットは指でスクロールさせながら眺めていく。
その口元には笑みが浮かんでいたが、目は真剣な光を湛えていた。

すべてを読み終わるとミゼットは小さく息を吐いてから、
リストをはやてに返しつつ話しかける。

「高町1尉やハラオウン執務官、それにあなたの家族たちを所属させるのは
 以前から聞いていたけど、そのほかも優秀なスタッフを集めるのね」

口元に浮かんだ笑みを消したミゼットの言葉に対して、
はやては微笑を浮かべて頷く。

「ええ。 前線要員だけやなくて戦闘をサポートするメンバーや
 部隊運営を担うバックヤードがきちんと機能してこその前線要員やと思ってます」

「そうね。 にもかかわらずそれを理解してない指揮官のなんと多いことか・・・」

小さくため息をついたミゼットは嘆かわしいとばかりに目を閉じ、
何度か首を横に振った。
目を開けてはやての顔を見ると、ミゼットは苦笑を浮かべる。

「ところで、肝心の前線要員だけどずいぶんと若い子を集めるのね。
 2人は訓練校を卒業したばかりで、2人はまだ10歳そこそこ。
 青田買いにしてもちょっと早すぎじゃない?」

「まだ予定ですけどね。 本人たちにはまだ話を通してないんで」

「あらまあ。 知らぬは本人ばかりなり、なのね」

肩をすくめて言うはやてに対して、ミゼットは困ったように眉尻を下げつつ
口に手を当てて上品に笑う。

「それにしても、前線要員にここまで高ランクの魔導師を集めたのは感心するけど
 逆にもったいないんじゃないかしら。
 どうしてもランク制限にかかるでしょう?」

「そらしゃあないです。 けど、やっぱり身内が一番信頼できますから」

誇らしげに言うはやてを微笑ましく思いつつ、ミゼットはカップを手に取り
目を閉じた。

(いいわね、若いって・・・。 あら?そういえば・・・)

何か思い当るところがあったのか、ミゼットは目を開けカップを置くと
はやての目を真っ直ぐに見つめた。

「なんですか?」

ミゼットの様子を不思議に思ったはやてが首をかしげつつ尋ねる。

「副部隊長としてリストに載ってたあの3佐だけど、なぜ入っているのかしら。
 あなたの身内というわけでもないと思うのだけど」

「うーん。 彼とはなのはちゃんやフェイトちゃんほど付き合い長くないですけど
 結構長い付き合いなんですよ。
 それに、いざっちゅうときの私の代役は用意しとかんとあかんかなぁ、
 と思いまして」

はやてはわずかに胸を張ってそう言った。





同時刻。
ところ変わってとある管理世界の廃棄された都市区域の地下。

地上の廃墟が都市として機能していたころには、人々の足として
その生活を支えていたであろう、元は地下鉄が走っていたトンネルの中を
一人の男が必死の形相で走っていた。

(やべえ! やべえって!!)

男は装着している暗視ゴーグルを通して周囲を警戒しつつ全速力で駆け抜ける。

(な、なんなんだよこの状況!!)

男は自分の置かれている状況を正確に理解できず混乱したまま走っていた。
男はあるテログループの末端構成員だった。
アジトで眠っていたところを仲間に起こされ訳もわからないまま銃を手に取り、
アジトを襲撃してきた何者かを迎え撃つことになった。

だが仲間とはすぐにはぐれてしまい、うろうろ探し歩いた末にもといた場所へ
戻ってきた彼は信じられない光景を目にする。

それはつい先刻言葉を交わしたばかりの仲間たちの死体だった。

"逃げなきゃ、殺られる"

その思いで頭の中がいっぱいになり、彼は脱兎のごとく駆けだした。
まず向かったのはグループのリーダーがいるはずの場所だった。
途中でもところどころに仲間の死体が打ち捨てられていた。
それらに目を向けないようにしながら走って、ようやくリーダーがいるはずの場所に
たどり着いた彼が見たのは、誰も居ない空間だった。

リーダーが使っていた机の上には何枚かの書類が散乱していた。
ところどころに戦闘の爪あとが残っており、この場所が既に襲われたことだけは
彼にもはっきりと判った。
だが、ここに居たはずのリーダーはどうなったのか?

死体が無い以上生きて捕えられたのか。
戦闘の末どこか他の場所で殺されたのか。
あるいは、死体が原型をとどめないほど・・・・・。

そこまで考えがおよび、怖くなった彼はその場を急いで離れた。
そして、地下空間を走り回り今現在に至る。

さんざん走り回ってきた彼は、さすがに息が上がって走れなくなり、
両膝に手をついて荒い息をつく。

「はぁ、はぁ・・・もうだめだ。 走れねぇ・・・」

壁にを背を付けてズリ下がるように地面にへたり込む。

「まあ、ここまでくれば大丈夫だろ。 ちょっと休んでから外に出るか」

そのときカツンという音が辺りに響き、男はビクッと身体を震わせて立ち上がると
きょろきょろと周囲を見回した。
だが、ゴーグルの暗視モードでも熱感知モードでも周囲に人影はなく、
男は不安げな表情を浮かべながら歩き始めた。

「・・・悪いが、死んでくれ」

背後からそんな声が聞こえ慌てて振り返ろうとした瞬間、男はすぐ近くから聞こえる
ぐちゅ、という音に反応して下を向いた。

「な、なんだよ。 これ・・・・・・」

男が目にしたのは自分の胸から刃物が突き出し、それをつたって赤い液体が
どくどくと流れ出ていく光景だった。
次の瞬間には男は意識を失い、薄汚れた床に力なく倒れ伏した。
そして10秒も経たないうちに男は絶命する。

直後、男の死体のすぐ側に唐突にもう一人の男が姿を現した。
その髪は金色だったのだろうが、ところどころ赤黒く変色していた。
身に纏う服は黒一色。 その目は青く、温度を感じさせない視線を
死体に向けていた。

男は、右手に持つ刀剣から滴り落ちる血を振り落とした。

「ハイエナ01、テログループの殲滅を完了」

『了解。 リーダーの収容も完了している。 ハイエナは全員帰還せよ』

「01了解。 ハイエナ各員はポイントBに集結」

通信を介した呼びかけに対して返答があると、男は小さく頷いて大きく息を吐いた。
そして両目に光が宿ってくる。

「ふぅ・・・、任務完了っと」

《お疲れ様です、マスター》

男の呟きに対する返事があり、男は右手に握った刀剣に目を向けた。

「レーベンもな。 さあ、戻るか」

《はい。 ですが油断せず、お気をつけて》

レーベンと呼ばれた刀剣型のアームドデバイスの言葉に小さく頷くと、
男は気を引き締めなおし、集結ポイントに向かって歩き出した。

男の名はゲオルグ・シュミット。
時空管理局本局、情報部に所属する魔導師である。





「ゲオルグ・シュミット。 3等陸佐。
 本局情報部所属、魔導師ランクは陸戦S、ねえ。
 あまり聞かない名前だけど、信頼できる人材なのかしら?」

はやてが出してきたプロフィールに目を通しながら、その中身を口に出すミゼット。
その顔には渋い表情が浮かんでおり、ゲオルグなる人物の資質を疑っていることは
向かいあって座るはやてにも容易にうかがい知ることができた。

「提督は、3年前に行われた武装集団の本拠地攻略作戦覚えてます?」

「3年前・・・・・・ねえ」

ミゼットは自らの記憶を探るようにその目を閉じる。
再びその両目が開かれたとき、ミゼットは口元に笑みを浮かべていた。

「3年前といえば、旧時代の遺跡を要塞化したところを攻略した作戦があったわね。
 あなたが言っているのはあれのこと?」

「そうです」

はやてが真面目な顔をして頷くと、ミゼットは眉間にしわを寄せ胸の前で腕を組む。

「あなたもよく知ってのとおり、あまりいい思い出ではないけど、
 あの作戦がどう関係あるのかしら?」

「そうですね」

顔をしかめたミゼットの言葉に、苦笑しながらはやてが頷く。



はやてとミゼットが話している3年前の作戦というのは、
ある武装勢力が遺跡を要塞のように改造して本拠地として使用していたのを
本局の作戦部と捜査部が合同で作戦を立案して実施された攻略戦をさす。

ミゼットはこの戦いを"いい思い出ではない"と評したが、
これは些か控え目な表現といえる。
というのもこの作戦、開始直後に作戦司令部が敵の攻撃に直撃され
司令部の中心メンバーが軒並み戦死するという凄惨な被害を出したのである。



「確かにあの戦いは私にとってもええ思い出とは言えませんけどね、
 その中でも得るもんはあったんですよ」

この戦いに捜査部側のメンバーとして参加し、その顛末を現地で見ていたはやては
口元に浮かんでいた笑みを残したまま、ミゼットに向かって話しかける。

「というと?」

「ある優秀な陸戦指揮官と出会えたことですね」

訝しむような表情で尋ねるミゼットに対して、胸を張るようにして自慢げに語る。

「覚えてはりませんか? 作戦序盤で司令部が全滅したのになんで
 作戦目標を曲がりなりにも達成できたんか」

「そうねえ・・・」

ミゼットは小声でそう言うと、向かいに座るはやての頭上辺りに目線をさまよわせて
自らの記憶を探っていく。
ややあって、何かを思い出したかのようなスッキリした顔をして
はやての目を真っ直ぐに見詰めた。

「確か、作戦部に所属する若い士官が作戦指揮を引き継いで実戦部隊を統率。
 計画通りに事を運んで何とか作戦を成功に導いた、だったのではない?」

「そうです。 それで、その若い士官こそが・・・」

「ゲオルグ・シュミット。 当時2等陸尉、よね? ようやく思い出したわ。
 まったく、歳はとりたくないものね・・・」

ミゼットが忘れっぽくなった自分自身を嘆くように、米神を押さえて首を振るのを
はやては苦笑しながら見ていた。

「提督、まだまだお若いですよ」

「ありがとう。お世辞でもうれしいわ。
 それより、あなたが彼を欲する理由は理解したわ。
 いいでしょう、この人事案で認可するわね」

「はい。ありがとうございます」

はやてはミゼットの言葉に頷くとソファから立ち上がり、ドアへと足を向けた。

「期待しているわよ、八神部隊長」

「はい!」

微笑みを浮かべたミゼットに声を掛けられ、はやては足を止めて振り返ると
満面の笑みとともにミゼットに向かって挙手の礼を決めてみせた。





ミゼットの部屋を辞去したあと、はやてはそのまま帰途についた。
八神はやての自宅は海辺の小高い丘にたつ一軒家である。
彼女が帰り着いたときには日はだいぶ傾いていて、家の中には明かりが灯っていた。

「ただいま」

自らの帰宅を知らせる言葉を投げつつドアを開けて中に入ると、
リビングのほうから"おかえりなさーい"という声に続いて誰かの足音がする。

はやてがリビングの方へと向かうと、ちょうどリビングに入るドアのところで
彼女の家族の一人、シャマルと出くわした。

「はやてちゃん、おかえりなさい」

「うん、ただいま」

笑顔で応えるはやてであったが、出迎えたシャマルのエプロン姿を見て
その表情はとたんに曇る。

(まさか、料理してたんか・・・?)

「えっと、シャマルは何してたん?」

「お掃除よ」

シャマルの答えにはやてはホッと胸をなでおろした。
そして、帰り道の途中にあるスーパーマーケットで夕食の買い物をした袋を
キッチンの片隅に置くと、自室で普段着に着替えてからキッチンへと戻り
夕食の準備を始めた。

「ただいまー!」

「ただいま帰りました」

夕食の準備がほぼ終わりかけた時、2種類の異なる声が帰宅を告げる。
しばらくして、赤い髪を2つの三つ編みにした少女がキッチンに入ってくる。

「おーっ、今日はハンバーグかぁ。 はやてのハンバーグはギガウマだかんな!」

「おかえり、ヴィータ。 もう少ししたらできるから、着替えて待っとってな」

「おー、わかった」

弾むような足取りでキッチンを出ていくヴィータの背中を首から上だけで振り返って
追っていたはやては、口元に笑みを浮かべてフライパンへと目を戻した。

ハンバーグが焼き上がり、盛り付けが終わった皿を運んで行くと、
ダイニングルームには彼女を守る騎士たちが勢ぞろいしていた。

「おかえり、リイン、シグナム。 おつかれさんやね」

「はい、ただいまです!」

「はい、只今戻りました。 主はやて」

リインとシグナムの言葉にはやてはにっこりと笑って応え、
手に持ったトレーをテーブルに置いた。

「さ、夕飯や。 みんな食べよ!」

その言葉を合図に5人の女性は席に着き、唯一の男性であるザフィーラは
狼の姿のまま床に伏せた。

食事は賑やかに進んでいく。
主にヴィータが口火を切り、シャマルかシグナムがそれに応じると言う形で
会話は流れていた。
はやても時折口を挟み、あとはにこにこと笑いながら3人の顔を眺めていた。

やがて食事も終わり、食後のお茶を飲み始めたところでシグナムが
はやてに向かって徐に声をかけた。

「ところで、今日のミゼット提督との会談はいかがでしたか?」

「おー、そーいえばはやてはミゼットのばーちゃんと会いに行ったんだったな」

シグナムの言葉に反応して、ミゼットに懐いているヴィータが
嬉しそうな声を上げながらはやての方に身を乗り出した。

「うん。 今日は部隊の人員編成案について提督の認可を頂きに行ったんよ」

「それで、どうだったのですか? ミゼット提督の反応は」

「上々やね」

はやてはニコッと笑って答えると、テーブルにつくほかの3人と床に伏せている
ザフィーらの顔を眺め、さらに言葉を繋ぐ。

「みんなにも一緒に働いてもらうからな、頼むで」

「もちろんです、お任せください」

真剣な表情で大きく頷くシグナム。

「おう! あたりめーだぜ!!」

胸を張り歯を見せて笑うヴィータ。

「そうね、しっかりはやてちゃんの力になってあげないといけないものね」

柔らかな微笑を浮かべるシャマル。

「当然だな」

伏せていた顔をあげはやての顔を見上げるザフィーラ。

「もちろんですよ、はやてちゃん!」

テーブルの上で立ち上がり、甲高い声をあげるリイン。

はやては五者五様の反応に頷き、そしてさらに言葉を続けた。

「うん、お願いな。 なのはちゃんやフェイトちゃんにも来てもらうし、
 まだ本人の了承は取ってへんけどゲオルグくんにも来てもらうつもりやから」

はやてが最後に挙げた名に反応してシグナムは小さな笑みを浮かべる。

「ゲオルグもですか。 久しく会っていませんが再び剣を交えたいものです」

「だな。 ってかアイツは今何やってんだ? 全然話をきかねーけど。
 はやては知ってんのか?」

シグナムの言葉に頷いたヴィータが尋ねると、はやてはその表情を少し曇らせる。

「うーん、それはちょっと・・・な。 私は知ってんねんけど、
 みんなには教えてあげられへんねん、ごめんな」

はやての言葉にヴィータは肩を落とし、シグナムは真剣な表情をはやてに向けた。

「そう言われるということは、管理局内部でもあまり大っぴらにできない
 ということですか?」

「うん、まあ、そんなとこ」

バツが悪そうな顔をしながらはやてがそう言うと、その場から言葉が消え
部屋の中は沈黙で満たされる。
その場の雰囲気が悪くなるかけた時、シャマルが口を開いた。

「さっ、みんな。 順番にお風呂にはいっちゃってね」

「じゃー、シグナムから入るか? あたしはちょっと部屋でやることがあるかんな」

「そうか。 では主はやて、お先に頂きます」

「うん。 ゆっくりしておいで」

そして、シグナムとヴィータは立ち上がって部屋を出ていき
ザフィーラも徐に立ち上がって、窓際に伏せた。

「ありがとうな、シャマル。 助かったわ」

「いえ、いいのよ。 はやてちゃんはお仕事でいろいろ気を使ってるんだから
 家でくらいはのんびりしてほしいもの」

はやての謝辞に対して、シャマルは優しく微笑んで答えた。





同時刻。
任務を終えたゲオルグは部下たちとともに次元転送により本局内にある
情報部のフロアへと帰還していた。

「そいつは拘束室に放り込んでおいてくれ。 俺は1佐に報告してくるから」

「了解です。 ところで、コイツこの後どうなるんです?」

「さあな。 まあウチで尋問するんだろ、たぶん」

「はあ・・・。 じゃあ、3佐の出番ですね」

「嫌だよ、面倒だから。 尋問班の連中に任せるさ。 じゃあ頼むな」

顔に目隠しをされた男を引き連れている部下の一人に向けてひらひらと手を振ると、
ゲオルグはくるりと向きを変えて通路を歩いていく。
あるドアの前で足を止めるとその脇にあるパネルに手を触れた。
ややあって小さな音を立ててドアが開き、ゲオルグは部屋の中に入った。

「戻ったか。 ご苦労だったな、ゲオルグ」

「いえ。 正直言って、大したことなかったですからね」

しれっと言ってのけるゲオルグに対して、部屋の正面に座る男-ヨシオカ1佐-は
声をあげて笑う。

「そりゃ結構。 で、首尾は?」

「命令通り情報聴取のための1名を除き全員を処理しました。
 当方は死傷者なしです」

「上出来だ。 捕縛した1名は尋問班に渡しとけ。あとは報告書を頼む」

「了解です。 では、失礼します」

その言葉を最後にゲオルグはヨシオカに向けて挙手の礼を決めると
回れ右をしてドアに向かって歩き出した。

「おい、ゲオルグ」

「なんでしょう?」

ヨシオカに呼び止められ足を止めたゲオルグが振り返ると、
ヨシオカは椅子から立ち上がり、デスクを迂回してゲオルグの方へと歩いてきた。
そしてゲオルグの側までくるとその目をじっと見つめる。

「お前、今の仕事に何か思うところないか?」

ヨシオカの言葉にゲオルグは首を傾げて目を何度かしばたたかせる。

「別にないですよ」

「そうか。 もういいぞ」

「はあ。 じゃあ、失礼します」

ゲオルグは軽く頭を下げると、部屋を出て行った。
ドアが閉まり、ヨシオカは自分のデスクに軽く腰かけると端末の画面を見つめ
ニヤッと笑う。
そこには1通のメールが表示されていた。
差出人は八神はやて。
題名には、『シュミット3佐の今後について』と記されていた。





翌朝。
自宅での朝食を終えたはやては、自分の所属部隊に出勤するシグナム・ヴィータと
ともに家を出た。
途中で2人と別れ、本局へ行くために転送ポートへ向かう。
本局へと到着すると迷いのない足取りでビルに入り、エレベータに乗り込んだ。
ちょうど出勤時間帯にぶつかり込み合うエレベータの中で、
彼女は刻一刻と変わっていく階数表示をじっと見つめていた。
やがてそれははやてが降りる予定の階数で表示は止まり、エレベータの扉が開く。

「すいません、降ります!」

はやてが大きめの声をあげ、人垣をかき分けるようにしてエレベータを降りると
その直後にエレベータの扉が閉じられる。
普段は少しずれた時間に来るはやてにとって、この通勤ラッシュの混雑は
不慣れなもので、圧迫感から解放されたことで安堵したはやては大きく息を吐く。

そして改めて、エレベータホールの正面にある案内プレートに目を向けた。
そこに目的地である部署を見つけ、案内に従ってはやては通路を歩きだす。
白い壁、白い床、そして白い天井に囲まれた通路を進んでいくと
行く手に頑丈そうな扉が通路をふさいでいるのが見えてくる。
その脇には武装した局員が3人立っていた。

「おはようございます」

はやてが声をかけると、そのうち1人が歩み寄ってくる。

「この先は制限区域です。 ご用件は?」

「捜査部の八神です。情報部のヨシオカ1佐に会いに来ました」

「了解しました。 少々お待ちを」

応対した局員は扉の側まで戻ると端末を操作して訪問予定を確認すると
はやてのそばまで戻ってくる。
そして、姿勢を正すとはやてに向かって敬礼した。

「失礼しました、八神2佐。 訪問予定を確認できましたので
 どうぞお通りください。 中ではこのゲストパスを見える位置に
 身につけておいてください」

「はいはい、どうも」

はやては局員からパスを受け取ると、左胸の辺りにぶら下げて
開かれた扉をくぐり制限区域の中へと入った。

情報セキュリティのための立ち入り制限区域とはいえ、一般区域と
内装が変わるわけでもなく、白色に囲まれた空間を歩いていく。

やがて1枚の扉の前ではやては足を止め、脇にある呼び鈴を鳴らした。
すると、すぐに扉が開きはやてが部屋に足を踏み入れると、
正面のデスクの向こう側に座るヨシオカと目があった。

「久しぶりだな、八神」

「はい、ご無沙汰してます」

ヨシオカのデスクの前に立ったはやては淡々と挨拶を交わす。
はやては自身の抱える案件についての情報収集や難度の高い容疑者捕縛任務を
依頼するために、ヨシオカとは何度も会ったことがある仲であった。

「座ったらどうだ?」

はやてはヨシオカの言葉に黙して頷くと、デスクの前にぽつんと置かれた
木製の椅子に腰を下ろした。
そして僅かにうつむき加減になり小さく息をついたところで、
デスクに肘をついたヨシオカがグッと身を乗り出してくる。

「で? シュミットが欲しいのか? お前が作ろうとしてる部隊に」

ヨシオカが単刀直入に本題を切りだしてきたことに面食らいつつ、
はやては顔を上げて不敵な笑みを浮かべるヨシオカの顔を真っ直ぐに見た。

「ご存知なんですね。 私が部隊を新設しようとしてること」

「当然だろう。 俺を誰だと思ってる」

不敵な笑みを崩すことなく、ヨシオカはふてぶてしさを感じさせる口調で語り
はやてのほうに乗り出していた自身の身体を自らが座る椅子の背に預けた。

「部隊の所属は古代遺物管理部。 後見人にはグラシア少将とハラオウン提督。
 さらには伝説の3提督の後援も得ている。
 特にクローベル統幕議長はずいぶんと乗り気らしい。
 しかも、空のエース・オブ・エースを始めとしてその戦力は1個部隊としては
 異常とも思えるほど高い。 そんなところか?」

「そこまでご存知とは。 いつもながら恐れ入りますねぇ」

補足を入れる隙もないほどの情報量に驚きながらも、はやてはそれを
顔に出さないように注意を払って応じた。

「で、くれるんですか? ゲオルグくん」

はやては、ヨシオカに倣って単刀直入に訊いた。
するとヨシオカは顔面に貼り付けていた笑みを消し、鋭い目をはやてに向けた。

「それは俺が決めることじゃない。 シュミット自身に決めさせる。
 だがな、俺自身は渡したくないと思っている」

「なんでですか?」

「失うには惜しい人材だからだ。 アイツはウチの任務にピッタリのヤツだよ。
 我慢強く、慎重で、決断力があり、任務に私心を持ち込むことがない。
 潜入・暗殺・強襲、いずれの任務もソツなくこなしてくれる。
 命令には忠実、部下には寛大、状況の変化にも柔軟に対応できる優秀な指揮官だ。
 誰が好き好んでアイツを手放すものか」

そう言って、ヨシオカは憮然とした表情をみせた。
はやてはその言葉を何度も頷きながら聞いていた。
ヨシオカが話し終えると、はやては感じていた疑問をぶつけた。

「ゲオルグくんのことをそこまで高く評価しているのに、
 なんで本人の意思に任せるんですか?
 1佐の権限があれば要求をはねつけることもできるんやないですか?」

はやての問いに対してヨシオカでフンと鼻を鳴らした。

「お前が怖いから、と言ったら笑うか?」

「はい!?」

ヨシオカの言葉があまりにも意外だったはやては、素っ頓狂な声を上げて
目を見開いていた。

「そこまで驚かなくていい」

ヨシオカははやてがそこまで驚くとは思っていなかったために、
予想外に大きな反応を見せたことに対して苦笑した。

「いや、ビックリしますって。 情報部の1佐さんがこんな小娘を怖がるなんて。
 というか、なんで私なんかが怖いとか言うてはるんですか?」

自失からいち早く復帰したはやては、ヨシオカに訝しげな目を向けて尋ねた。

「私なんかって言うけどな、お前はSSランクの魔導師で上級キャリア試験を
 パスした2佐なんだ。 しかもバックには統幕議長がいる。
 俺のように、勤続年数だけでこの地位まで登ってきたような人間にとっちゃ
 お前さんは怖くて仕方ないんだよ」

「はあ、そんなもんですか・・・」

はやてはヨシオカの言ったことに対して完全に納得してはいなかった。
それがありありと判る言葉に、ヨシオカは思わず苦笑する。
だがすぐにその表情を引っ込めると、再び鋭い目をはやてに向けた。

「ところで八神。お前わざわざ新しく部隊なんぞ作って何をするつもりだ?」

「私が管理局で仕事をし始めたころから何度か発生してるレリック事件って
 あるじゃないですか。 あれを追おうと思っとるんですよ」

「ふぅん・・・」

はやての言葉にヨシオカは顎を撫でるようにしながら目を伏せる。
その様子を見ながらはやては内心の緊張を押し隠すのに必死だった。

(何を見通されてるか判らへんからなあ、この人・・・)

そんなはやての心の動きを知ってか知らずか、ヨシオカは再び鋭い目を向けた。

「捜査部に所属しているお前なら、わざわざ実戦部隊を作るような
 面倒をかけなくても追えるんじゃないのか?
 仮に戦闘が必要な事態になっても他の部隊に応援を要請すればいいだけだしな」

「うーん、なんて言うたらええんでしょうねぇ・・・」

はやてはヨシオカの指摘に対して、少し考え込むようなそぶりを見せる。
しばらくして、下に向けていた目線をヨシオカの顔に戻した。

「捜査部なんてとこにおるといろんな犯罪に出くわすんですけどね、
 どうにも管理局の動き方って鈍いと思うんですよ。 腰が重いというか。
 そのせいで被害が大きくなったっていうのも何度か見てきたんで
 もうちょっと機動的に動けるような仕組みにしたいなぁとは思ってたんです。
 そのための試みですね、今度の新部隊は。
 で、ええ結果がでたら管理局全体に展開できればな、と」

ヨシオカの目を真っ直ぐに見つめながら、重々しい口調で話すはやてであったが
ヨシオカは探るような視線をはやてに向けていた。

「・・・本当にそれだけか? それだけのために3提督を動かしたのか?
 お前のことだ、もっと大きな理由を隠してるんじゃないのか?」

詰問、と表現できるほど強い口調で問うヨシオカに対して
はやては苦笑しながらヒラヒラと手を振った。

「そんな、大それたことは考えてませんて。
 ただ、ちょっとだけ現状を改善できればと思ってるだけですよ」

柔和な笑みを浮かべて話すはやてをヨシオカはなおも疑わしげに見ていたが、
やがて諦めたように表情を緩めた。

「まあ、いい。 あとはシュミットと話せ」

ヨシオカはそう言うと、デスクの上の端末を操作した。
そして再びはやての方に目線を戻す。

「シュミットを会議室に呼び出しておいたから、そっちで話せ」

ヨシオカの言葉にはやては小首を傾げる。

「ここではあかんのですか?」

「俺は居ない方がいいだろうな」

はやてはヨシオカの考えに納得して頷き、椅子から立ち上がった。

「ありがとうございます。 ではこれで」

はやてはそう言うと、姿勢を正して敬礼してから回れ右をして部屋を出ていった。
自室にひとりきりになったヨシオカは、やれやれとばかりに大きく息を吐いた。

「ふん、タヌキめ・・・」

ヨシオカは呟くように言うと、デスクの上のカップに手を伸ばした。

「まずい・・・」

すっかり冷たくなったコーヒーの味に顔をしかめ、ヨシオカは手元にある
報告書の束に目を移した。

"グラシア少将の予言解釈と想定される事象について~情報部諜報課分析班報告"

承認サイン欄が空白のままの報告書の表紙にはそんな題名が記されていた。

 
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