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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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群雄割拠の章
  第2話 「だから対価を……払わなければならないの」

 
前書き
事故からようやく一ヶ月、腕も上に上がるようになり、仕事も再開し始めました。
まだリハビリと治療で3日に1度、接骨院に通う日々ですが……
利き腕が使えない、もしくは不自由するってほんとつらいですね。 

 




  ―― 孫策 side 建業 ――




「えーと……これで……うーん……ああ……うん。ふーっ……終わったわ」
「どれ……ふむ、いいだろう。では、これはこのまま処理しておく」
「よろしくね。じゃあ、次の陳情だけど……」

 わたしは新しい竹簡へと手を伸ばす。
 と、冥琳が、わたしを見ながら苦笑していることに気がついた。

「? 冥琳? なによ?」
「いや、なに、その、な」

 冥琳が、苦笑しながら目をそらす。
 ……あ。

「なによ。まだそんなに違和感ある? わたしが仕事をしているのが」
「いや、まあ……その、だな」

 あからさまに目を逸らせたまま、頬を掻く冥琳。

「ふーんだ! もう、どう思われてもいいわよ。わたしは、わたしのしたい様にするだけだもんねーだ!」
「いや、悪いことではないぞ、うん。ただ、その……あまりの様変わりについていけないだけだ」

 め~い~り~ん、あなたねぇ……

「いーわよ、いーわよ! どうせ未だにシャオに『おねえさまの偽物でしょう?』とか言われるしさぁ……蓮華は会うたびに『お姉さまが生まれ変わられた!』とかって目をキラキラさせるし!」
「まあ……そうでしょうなぁ」
「祭は、わたしがいつまで続くか穏や思春、おまけに亞莎まで巻き込んで賭けまでするし」
「祭殿は……はあ、まったく」
「まあ、胴元の祭はさっさと負けて、私に文句言ってきたところをしばいといたんだけど」
「………………」

 なによ、冥琳。
 その「賭けに参加しなくてよかった」って目は。

「ま、まあ……皆も言葉で何を言おうとも、本心では喜んでいるさ。どのみち、孫呉の再建で忙しいのだからな」
「だから真面目に働いているんじゃない。なのに、そこまで変な対応されちゃうなんてさ……」
「あーあー、分かった。私が悪かった。すまん、謝る」

 冥琳が降参だ、と両手を上げる。
 ふふふ♪ 勝ったわ。

「じゃあ、今度ご飯奢ってね?」
「はいはい。それぐらいで雪蓮が真面目に働いてくれるなら、いくら奢ろうと安いものだ」
「んふふ~もっちろん、白酒もつけてね?」
「…………………………」

 真面目に働いたからといって、お酒をやめないとは言ってないわよ?

「くっ! ぬかった……」
「んっふっふ」

 ……ふう。
 さて、と。

「ねえ、冥琳。ちょっと真面目な話なんだけど」
「……? なんだ?」

 冥琳の声色が硬くなる。

「孫呉の復活。母様の宿願……成ったわね」
「……ああ」

 孫氏の末裔である母様の夢。
 自分たちの国で、家族が笑って暮らせる世界を作る。
 それは、いつしかわたしの、そして冥琳や祭、蓮華やシャオ、そして孫呉全員の宿願に成った。

 そして、それはようやく果たされた。
 けど……

「冥琳は……やっぱり不満?」
「不満など……いや、そうだな。まさか自分たちの手によってでなく、あの御遣いの……北郷の手で果たされるなど、思っても見なかったが、な」
「……そうね。うん、そう。わたしもね……あの時は、本当にびっくりだったわ」

 わたしも冥琳も、孫呉の復活を望んでいることを、盾二に話したことはない。
 けど、察しのいい盾二だもの。
 『孫呉に来ない?』と最初に言った時から、わたし達が袁術に翻意を持っていることは感づいていたはず。
 だからこそ、連合の時に袁術に呂布を押し付けるように助言もくれたし、すぐに合流して助けてくれるように左翼に展開するように言ってもくれた。
 
 けれど……そこまでしてくれるだけでも十分なのに。
 さらにわたし達の宿願だった独立のことまで考えてくれているなんて……思いもしなかった。

「あの人は……本当に天の御遣いなんだと思う」
「雪蓮……?」
「ううん。もちろん、あの不思議な力を見ればそうだろうって、誰もが思うだろうけど、ね。けど、そういう……意味じゃなくて」
「? では、どういう意味だ?」

 冥琳が、訝しげな様子でわたしを見る。

「うん。あの人は、ね……対価を、受け取らないの」
「………………」
「だってそうでしょ? あの人に、わたし達は何をしたの? 劉備のような恩を与えたわけでもない。義勇軍で共闘したってだけの間柄でしかない。それなのに、ちょっと親しくなっただけでわたし達を気遣い、護り、袁術からの独立まで……」
「……ああ」
「そこまでしてもらって、さ。わたし達があの人に差し出したものは何? なにかあるかしら?」
「………………」
「なにもない……そう、なにもないわ。強いて言えば、わたしの真名だけ。まさしく無償ですべてを与えてくれる存在を、人はなんて言うのかしら?」
「………………」

 天が無償で、わたし達に望むものを与えてくれる者。
 そんな存在を……例え神仙であろうとも語り継がれたことがあったかしら?

「でもね。盾二は……それでも『違う』って言うの」
「? 何が『違う』んだ?」
「『自分は天の御遣いなんて者じゃない。自分はただの人だ』って。ほんと、笑っちゃうわよね。ただの人が、対価も求めずに人に手を差し伸べるものですかっての」
「……………………」
「それはもう、『人』じゃあないわ。人はそれを……『神』って言うのよ」
「雪蓮……」

 そう。盾二が何を言おうと。
 彼が何も求めず、わたし達に望むものを用意する以上、彼は人じゃない。
 そうよ、『今のままでは』

「わたしは神を……好きになったわけじゃないわ」
「……………………」
「だから対価を……払わなければならないの」
「対価、か」

 そう。あれは、虎牢関での戦闘後の議でのこと。
 盾二は、袁術に脅しをかけて孫呉の独立を約束させようとした。

 今にして思えば、あの時盾二を止めないほうが良かったのかもしれない。

 盾二は、袁術を殺す気なんてなかったはず。
 あくまで盾二は『代案』として、親交のあるわたし達を開放しろと迫るつもりだったと思う。

 けど、それをわたしは止め、その場で自分の翻意を口にしてしまった。
 袁術は馬鹿だから気が付かなかったようだけど……張勲は、ハッとしていた。

 結局、わたしにはそのまま独立をするしか道は残されていなかった。
 でなければ、それまで以上に張勲は警戒し、今後独立をしようとしても……必ず無謀な賭けになるはず。
 もしくは、わたしや冥琳、蓮華やシャオの暗殺まで及ぶ危険が。
 そうなる予感が、わたしにはあった。

 けど……それでも迷った。
 このまま独立するべきか。

 でも、すでに盾二の中では決定事項だったのかもしれない。

 結果的に、献帝陛下からわたし個人に恩賞として、揚州牧の地位が与えられ。
 袁術は、減封の処罰により……揚州の袁術が支配していた一帯を返上して、わたしに下賜されることになった。

 そして揚州はわたし達の、孫呉の手に戻ったわ。

「施された独立じゃ……やっぱり冥琳も不満でしょ?」
「いや……だが……しかし、だな……」

 気位が高い貴女だもの。
 こんな形で盾二の施された独立なんて……内心、ずいぶん葛藤したはず。

 わたしだって、相手が盾二でなかったら……

「だからこそ、よ。対価を返さなきゃ、ね」
「そう、だな。だが、孫呉の独立の対価などと……払えるものか?」
「モノじゃ……ダメでしょうね。だから本当はね、わたしが盾二に嫁ぐのも手だと思っていたの」
「雪蓮!?」

 冥琳が悲鳴のような声を上げる。

「けど、それは……やっぱりできないわよね」
「当然だ! 孫呉の王たるお前がいなくなるなど!」
「わかっているわ。だから、ね。シャオを……代わりに送ろうと思うの」
「なっ!?」

 シャオ……小蓮は、わたしの妹。
 末妹だけど、だからこそわたしの血族として……人質として多大な意味を持つ。

「小蓮様を人質にだと!? 正気か!?」
「正気よ。それほどでなければ……この恩は、返せない」
「だ、だが!」
「シャオは孫呉の血族。だからこそ、その責任を負うべき立場よ」
「そ、それは……」
「本来は、わたしの後を継ぐ蓮華の方が、質としては上でしょうけどね」
「ばかな! それこそ正気ではない!」
「ええ。蓮華はわたしの後を継ぐ大事な身。だからこそ……シャオなのよ」
「………………」

 冥琳は、葛藤するように頭を抱えているわ。
 気持は痛いほどわかる。
 だってシャオは……わたしの愛する妹なのだから。

「……人質ならば、天の御遣いでなくてもよかろう。劉備に人質として、いずれ返還してもらう約定で預けることも」
「あの子が? 人質を受け取るわけないじゃない」
「……………………」
「けど、盾二は違うわ。きっと、この人質の意味がわかる。だからこそ受け入れる。嫁ぐかどうかは……盾二なら断るわね。わたしなら押し掛けるケド」
「……笑えんな」

 あら?
 わたしは本気よ?

「………………いや………………だが……………………ぬう………………」

 冥琳は、感情と理屈の狭間で葛藤する。
 わたしはその答えを待つ。

「…………悔しいが、確かに有効な手だ。あの御遣いならば、確実に味方に引き込める。そして劉備は、その御遣いに絶対の信頼がある。ならば……」
「ふふっ。でも、嫁ぐとなると……あの劉備ちゃんがどう反応するか、見ものではあるわね」
「しかし……お前は、本当にそれでいいのか?」
「………………」

 シャオが、もし盾二に惚れるなら……
 それを盾二が受け入れるなら……

 まだ……まだ諦めることが、できる。

「……わたしは、孫呉の王よ。だから……いいのよ」
「そう、か………………」

 そう。
 まだ……諦められる。

 この時は、そう……本気でそう思っていたのよ。

 翌日、あの噂が届くまでは――




  ―― other side 冀州 徳州近郊 ――




「いーんだ、いいんだ……どうせ私なんかそんなもんなんだ……所詮、私は名前も覚えてもらえないんだ……連合の後、盧植先生に会いに行っても『あんた誰?』って言われるしさ……そうだよ、盧植塾でも言われたさ、ああそうさ……他の塾生にも顔も名前も覚えてもらえなかったしさ……登用しに行ったら『知らない人の元で働けません』とか言われたさ……中には訪ねたのに、いることさえ気付かれなかったさ……ふふふ、いーんだ、いーんだ……どうせ私は平々凡々の普通の人なんだ……」

 一人いじけ、拗ね、地面に自分の名前を延々と書く奮武将軍にして薊侯、公孫賛伯珪の姿があった。
 その姿は実に哀愁漂い、子供に指差されそうな姿ではあったが。

「……なあ、なんであの人、名前聞いただけで落ち込んでいるんだ?」
「いや……あの……まあ、よくあることですけど……今回は流石に」

 北平から付き添ってきた騎兵の一人は、さすがに公孫賛を哀れに思いつつ、さもありなんと溜息を吐いた。
 実によくあること故に、である。

 この公孫賛という人物は、普通すぎて平々凡々。
 時としてその存在が大多数に埋もれがちになるほど、その存在感の無さが『唯一の』欠点だとこの騎兵は思っていた。
 それさえなければ、人望もそれなりにあり能力もそれなりにある、頼りがいもそれなりの上司であると思っている。

 とはいえ、この騎兵のそうした感想も、他人から見ればある意味『ひどい』ものなのだが。

「連合から一年経ったとはいえ、さすがに御遣い様に忘れられたとなれば……まあ、仕方ないかと」
「へー……で、その御遣い様って?」
「は?」
「え?」

 騎兵は、思わず黒ずくめの男を見る。
 目の前にいる黒ずくめの男――天の御遣いである北郷盾二も、騎兵を見て首を傾げた。

「あの、御遣い様?」
「……もしかして、俺のこと?」
「えっと……」

 確かに目の前にいる北郷盾二という男は、自身を天の御遣いだと言われることを嫌がっていたと騎兵は思い出す。
 だが、それでもこういう場面で露骨にそれを態度で表す人だっただろうか……?

「御遣い様。北郷、盾二様では……ないので?」
「ほんごう……じゅんじ? それが俺なの?」
「は?」
「え?」

 ……互いの理解に、齟齬が見られた。

「ええと。で、では、貴方の名前は?」
「……覚えてない」
「は?」
「だから……覚えてないんだよ。記憶喪失ってやつ?」
「はい?」

 騎兵は、思わず周囲の仲間を振り返る。
 その仲間たちも意味を図りかねていた。

「きおく……そうしつとは、どういうものでしょう?」
「うーん……つまり、だな。俺はどこの誰で、どんな過去だったかわからん。気が付いたらここからずっと西の山奥の谷で倒れていた。その前後は何も覚えてない」
「……は?」
「なにぃーっ!?」

 騎兵が唖然とした時、唐突に大声で叫ぶ声がする。
 先程まで、拗ねていじけていた公孫賛だった。

「じゅ、じゅじゅじゅじゅじゅじゅんじぃっ!? おま、き、記憶が無いって、どういうことだ!?」
「いや、どういうことと言われても……言った通り、なんも覚えてないってことで」
「……私の事、覚えていないって、そういうこと……か?」
「ええと……俺は、あなたとお知り合いで?」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁん…………」

 スローモーションで、三回転半しながら倒れこむ公孫賛。
 見ていた騎兵から『器用な……』と場違いな感想が飛ぶ。

「……何も覚えておられないので?」

 ショックを受けている公孫賛を尻目に、騎兵が尋ねる。

「ああ。もう十日程かな? 気がついたら谷間で倒れていて、自分のことが全くわからないんだ。ここがどこかもわからない」
「なんと……」
「で、とりあえず道中の人に知っている言葉で色々話しかけた。日本語で通じるから日本かと思ったら、どうも俺の知る日本じゃないようだしさ。住居は竪穴式に土壁形式だし、どう見ても中国の家屋もあったし……おまけに文化基準からしてもせいぜい二~三世紀じゃないかと思うんだが」
「……申し訳ありません。天の言葉でおっしゃられても、わかりかねます」

 騎兵の言葉は当然だった。
 太守や一部の武将ならともかく、一介の騎兵程度の知識では自国の太守こそが世界の全てだ。
 他は全て敵、と言っていいほどの知識しか持たないのが大半だった。

「そうかあ……農家の人よりはわかるかと思ったんだけどな。じゃあ、この辺の行政区、いや、この時代だと都か? そこの一番偉い人の名前は?」
「えと、ここは冀州で、大きな街といいますと徳州の近くです。太守は……そちらにおられる公孫賛伯珪様ですが」
「ふむふむ、冀州……中国の冀州市? いや……時代からして明代まであった冀州か? ということは……って、公孫賛? 公孫瓚でなく?」
「……その言葉、御遣い様が以前伯珪様に聞いておられていたような記憶があります」
「あ、そう? うーん、そうかぁ」

 黒ずくめの男にして天の御遣いと呼ばれる男、北郷盾二は悩ましげに腕を組む。

「さてどういうことか……タイムスリップ? いや……いや、なんでそう思うんだ? この時代が過去で、この時代の先を知っている……でも、俺はここにいて……」

 ぶつぶつと呟く男の背後に、ゆらりと動く影。
 そして、男の背後からがしっと肩を掴まれた。

「いっ!?」
「じゅんじぃいいいっ! お前は盾二なんだよおおおおお! 私の真名も忘れたのかあああああああ!?」
「ま、まな?」
「あああああああああああああっ! やっぱり忘れられているううううううううううっ!」
「は、伯珪様! お気を確かに!?」

 不意を打たれ、錯乱する公孫賛に頭を抱えられ、その胸に抱きかかえられたまま揺さぶられる盾二。
 その胸はなめした硬い革鎧に包まれているものの、女性のふっくらとした曲線と腕の柔らかさ、そしてその匂いに思わず盾二は慌てた。

「ちょ、ま!? あ、あたってる、あたってるから!?」
「私を忘れるのはいい! 悔しいけど……よくあることだからああ! けど、桃香や愛紗、鈴々のこと忘れるやつがあるかああああああ!?」
「と、とうか? つっ!? 頭痛が……だ、誰?」
「ああああああああああああああっ!」

 際限なく錯乱する公孫賛。
 それを見た周囲が、慌てふためいて止めようとする。

 その様子を見ながら、助けられたはずの農邑の人々は――

『この太守様、ほんとうに大丈夫か?』

 と、互いに顔を見合わせるのだった――




  ―― 公孫賛 side 平原 ――




 盾二と出会ってから二日後。
 私と三千の騎兵は、盾二と共に、平原へと戻っていた。

「では本当に、今までの記憶がないんだな?」
「ん……ああ。名前も、場所も、親も……『兄弟がいたことも』覚えていない」
「なんと……実の兄弟のことまでか」

 あれだけ心配していた兄君のことまでも……

「覚えているのは……目が覚めたら谷底で寝ていたことだけだ。何故かわからないけど、生きる(すべ)を、サバイバル技術を覚えていた。ともかく人里に出て、大きな街があるというから東に向かっていたんだ」
「そしてあの農邑に立ち寄り、略奪しようとしていた黄巾を見つけたと? たった一人で勝てると……よく思えたなあ」
「今にして思えば。不思議なんだがな。何故かあの大人数を倒す方法がわかったんだ。この……」

 と、盾二が右腕に力を込めると、その腕の筋肉が膨れ上がる。
 そしてその掌に、赤い火が灯る。

「何故かわからないけど、大きな火炎と……巨大な竜巻、それに氷の鎧みたいなものが使える、と。何故そう思ったのかはわからない。でも、その賊に子供が殺されそうになったら無我夢中で……」
「ふむ。まあ、確かに。盾二の天の御業なら可能だな」

 まだ盾二が、桃香たちと一緒に私の客将をしていた頃、たった一人で千以上を倒した技。
 その力があれば……

「でも、何故俺はこんな力が使えるんだろう……?」
「そりゃ、お前が天の御遣いだからだろ?」
「天の御遣い……ねぇ。厨ニ臭い話だけど、俺は選ばれた勇者かっての」
「は?」

 盾二は、自嘲するように何かを呟く。

「ただ力があるのは……何故か分かる。この時代のことも……何故か知っている。若干、記憶と違うけど」

 盾二の記憶では『黄巾や連合の詳細が違う』ということらしい。
 黄巾はともかく連合では董卓は極悪人で、しかも董卓は呂布に殺されるらしい。

 そして私や劉虞は連合に参加せず、その後仲違いをして人々に慕われた劉虞を、私が殺すのだそうだ。

 ……劉虞が慕われていた?
 平原の人々に蛇蝎のように嫌われている、あの劉虞が?

「それに、梁州というのは三国時代になかったはずだ。しかも、劉備がそこの州牧って……」
「いやいやいや。それを成したのはお前だろ?」
「俺が? そんなことを?」

 そう言って口元を抑え、考えこむ盾二。
 どうやら本当に覚えていないらしい。

 それにしても盾二は……記憶を失う前の盾二は、今の盾二が知る『歴史』を知っていたのだろうか?
 これほどまで『今』の盾二が悩む、その歴史を変えたというなら……何故それを変えようと思ったのだろうか?

「……はあ。まあ、ともかく覚えていないんだから、考えてもしょうがないか?」
「わ、割り切るの早いな……まあいいけど」

 う、うん?
 盾二なら、もっと思慮深く考える方だと思っていたんだが。

「えっと……公孫賛さん」
「白蓮だ! 真名だってことも教えたろ?」
「だって、俺それを覚えていないんだぜ? それなのに……呼んでいいの?」
「お前が盾二であることに変わりはない。なら、真名は預けたままだ。預けた相手に真名で呼ばれないのは、屈辱なんだ」
「ああ、そう……わかった、白蓮。ともかく、色々教えてくれてありがとう」

 そう言って、ぺこりと頭を下げる盾二。
 ふふっ……記憶がなくなっても、盾二は盾二だな。

「いや、いいさ。ともかく今日は休んだほうがいい。ほとんど野宿だったんだろ?」
「それは助かる。重ねて礼を……」
「いいって。ともかく今日はゆっくりと休んで、明日また話そう」

 私は女官を呼んで、盾二を客室に案内させる。
 そして誰もいなくなった部屋で、私は椅子に持たれて息を吐いた。

「はー……さて、どうしよう」

 盾二が記憶を失ったとはいえ、桃香たちは心配しているに違いない。
 盾二は桃香たち劉備軍……いや、梁州に取っては最重要人物のはずだ。

 なら一刻もはやく知らせてやるべきだとは思うんだが……

「なんで私は……躊躇しているんだ?」

 盾二がここにいることを、桃香たちは知っているんだろうか?
 そもそも盾二は何故、梁州から遠く離れた冀州にいたのか。
 それも供も付けずに、たった一人で。

「……そういや変な噂があったな」

 盾二が梁州から姿を消した……というもの。
 となれば、盾二は極秘に動いていたと?

 何のために?

「……わからないな。ともかく桃香たちに連絡を取る、か?」

 そう考えた時だった。

「失礼します。伯珪様、書状がきております」

 文官の一人が、頭を下げて入室してくる。

「書状……? 誰から?」
「は。一通は徐州の陶謙様、一通は南陽の袁術様、そしてもう一通は梁州、劉備様からのようです」
「おお。ちょうどいい」

 桃香から、なにか知らせがあるのかもしれない。
 そう思って、その書状を開くと……それは桃香からでなく、星――趙雲からだった。

「星から? 珍しいな……ふんふん……………………………………え?」

 星からの書状。
 その内容は……盾二が桃香を捨て、この大陸から去ったというものだった。

「…………………………嘘、だろ?」
「伯珪様?」

 書状を持ってきた文官が、私の様子に首を傾げる。
 その視線を払うように、私は文官を退室させた。

「どういう、こと、だ?」

 改めて星の書いた書状を読む。
 前半は淡々と書いているが、後半になるほど殴り書きに近いほど文字が乱れている。
 相当に怒っている様子が目に浮かぶようだ。

 星は、その内容を盾二の臣であり、梁州の宰相と言われる諸葛孔明から聞いた話だと前置きした上で。
 盾二がすべての権限を兄である一刀殿に譲り、自分は梁州から去ったということをつらつらと書いていた。

 理由は、桃香が……盾二の傀儡に成り下がっていたこと。
 そして、このままではいつか盾二を支持する派閥と桃香を支持する派閥が争い、梁州が割れる可能性が高く、それを防ぐため……とのこと。

「確かに……いや、だけど……盾二に限って、そんな……」

 星は、その書状の中で盾二のことを『見損なった』『甲斐性がない』と貶しながらも、すぐに『他に理由があったはず』『ご主人様に限って』などと内容としては支離滅裂だった。
 だが、その文章から……星自身、いかに盾二を信頼していたかが垣間見える。
 そして、これが間違いであってほしいと願う気持ちが、その文章から感じられた。

 その上で盾二の兄、一刀殿のことも書いてある。
 だがその内容は、はっきりいって盾二に比べて二枚も三枚も劣る印象だった。
 星自身、盾二と比べて『どうしてこのような人物にご主人様は全てを託したのかわからない』とまで書いている。

「……私は眠っている姿しか見ていないからなあ」

 だが、聡明な盾二が……肉親の情だけでそんなことをするだろうか?
 私は、どうにも違和感を感じずにはいられない。

 記憶を失う前の盾二は、どうして自らの全てをその兄に託したのだろうか。

「普通なら……自分の権益を守ろうとするのが人だろう。だが、盾二は天の御遣い……なら、同じ天の御遣いである兄と一緒に去る……ならまだわかる。何故自分だけ……?」

 目覚めた兄と仲違いをした……?
 だったら兄のほうを放逐すればいい。

 自分の代理に据えるということは、一時的に離れてまた戻るつもりだった?
 であれば、大陸を去るなどとは言わないはず。

「……わからない。一体、盾二は何を考えて……?」

 と、ふと思い至る。
 もし、盾二自身が桃香を見限ったとしたら……?

「いやいやいや……」

 あの盾二が、桃香を……そして愛紗や鈴々を見限る?
 だが、そう考えれば辻褄は合う。

 しかし……それなら自分の兄や臣を残したのは何故か?

 もし、桃香と仲違いをしたとして、その過失が盾二にあったとする。
 それを悔いた盾二が梁州を去り、その全てを兄に引き継がせたのだとしたなら……

「ありえない……ことじゃ、ない?」

 かなり穿った物の見方になるけど、そう考えたなら。
 一応の辻褄は合う……あってしまう。

「とすると、今の盾二を桃香たちに会わせるのは……」

 盾二が記憶を失っている以上、真相はわからない。
 けど、今の状態の盾二を桃香に会わせるのは、あまりいいことだとも思えない。
 もし、仲違いをしているのなら……だが。

「……しばらく時間を置いたほうがいいのかもな」

 ――この時、私はそう思った。
 けど、桃香が『あんな状態』であったことを知っていれば……きっと、こうは決断しなかった。
 でも、星の書状にはそこまで書いていなかった。

 だから私は――

「盾二を……しばらくうちで匿うか」

 そう、決断する。
 そのことが良かったのか悪かったのか……私はかなり後で悩むことになる。

 けど、この時は本当にそれでよかったと思っていた。

 なぜなら……他の二通の書状、陶謙と袁術の書状が、後の私を窮地に陥れるものだったのだから――




  ―― 曹操 side 陳留 ――




 ――目の前が、一瞬真っ白になった。

「――ま! ――琳様! お気を確かに!」

 私は、一瞬我を忘れていたらしい。
 すぐに桂花の声で我を取り戻し、目の前で頭を垂れる春蘭と秋蘭の二人を見た。
 その二人――特に春蘭は、全身を震わせたまま跪いている。

「しゅ、春蘭……も、もう一度言ってちょうだい。今……今、なんて言ったの?」
「………………は。我が叔父にして……華琳様の父君である……曹嵩(そうすう)様が……亡くなられました」
「――――っ」

 思わず、体が後ろに傾く。
 そのまま王座に座り込んだ私は、また気が遠くなるのを感じ……歯を食いしばって耐えた。

「……何故。何故父様が……?」

 私の言葉に、秋蘭が顔を上げる。

「曹嵩様は……連合での戦乱を避けるため、徐州東北部の瑯邪郡にご家族と共に避難なさっておいででした」
「……ええ、そうよ。麗羽が許昌に軍を集めることもあり、兗州では危険もあったから……」
「はい。ですが、連合での戦闘も終わり、劉虞の討伐も終了。兗州もやっと落ち着きを取り戻したことで、今回私と姉者が……曹嵩様をお迎えに行く手はずでした」
「そうよ! そのあなた達が……あなた達がいながら! 何故!?」

 思わず声を荒らげてしまう。
 だが、その自らの声で、自分の荒れ狂う心に気がついた。

 ええい、曹孟徳!
 落ち着きなさい……例え父が亡くなったとて、私は覇王を目指す者。
 こんなことで……こんなことで、心乱されてどうする!

 自らを叱咤しながら、目の前にいる春蘭を睨む。
 けど、春蘭は頭を垂れたまま身を震わせ、秋蘭は悔しげに眉を寄せた。

「わ、我々が……我々が到着した時、すでに曹嵩様のご自宅はひどく荒らされており……ご遺体はかなり破損しておりました……」
「……っ」
「唯一逃げ延びた使用人は、片腕を失い半死半生でしたが話を聞くことが出来ました。そしてどうやら、その仇は――徐州牧、陶謙の手によるものだと」
「陶、謙……」

 徐州牧、陶謙。
 昨年末より、蠢動する諸侯の一人だったわね。

 連合では静観を決めこみ、劉虞討伐軍の協力要請も断った人物。
 にも拘らず、献帝に貢物を差し出し、刺史から州牧になった男。
 最近では揚州や豫州にも手を伸ばし、袁術にも接近しているという。
 
 私がもう少し早く献帝の周りを引き締めていれば、そんなことなど許さなかったのに……

「……陶謙へ真偽を問いただす書状を送りなさい。我が父と知って、殺したのかと……」
「華琳様! 陶謙の翻意は明白です! 曹嵩様のご自宅には曹家の旗もあり、華琳様のお身内と近隣住人も知っていました! そして街の中で曹嵩様のご自宅だけが荒らされていたのが証拠です!」
「………………」

 秋蘭の悲鳴のような報告。
 そう……父の家だけが、ね。
 ――と、ギリッ……と私の耳に鈍い音が聞こえた。

 見れば、春蘭が俯き、跪きながらその握りしめた手からは血が――

「……お父君の……我が叔父の遺体には、多数の……刃の跡がありました。そして、その身から剥いだであろう、衣服の破片も……」
「………………」
「あれほどに……あれほどまでに辱められた叔父の姿を……私は……わた、しは……」
「春、蘭……」

 そう……貴女がそこまで怒りを感じるほどに、我が父は辱められた、と。

 ……
 …………
 ………………ふっ。

 ふふっ……ふふ……ふふふふふふふふふ……

「ふふっ……そう……わかったわ」
「華琳……さ、ヒィッ!?」

 静かに笑う私を見て、それを覗きこんだ桂花が悲鳴を上げる。
 あら……どうかしたの、桂花?

 私を見て、怯えるなんて……

「か、かかか、華琳、さま……」
「……桂花。すぐに洛陽に向かい、献帝陛下に事の次第を報告なさい。その上で、私が父殺しの仇討ちをすることを奏上……いえ、認めさせなさい」
「は……は、ハッ!」

 私の命に、桂花が転げるように王座の間から飛び出していく。

「春蘭、秋蘭……すぐに戦支度を。全軍を上げて徐州へ向かうわ」
「……御意」
「はっ……し、しかし華琳様。我が軍は兵糧不足で、長の行軍は難しく……」
「そう……なら兵糧は、現地で略奪すればいいわ」
「!? 華琳さ……」

 まだ声を荒げる秋蘭を、私は横目で睨んだ。
 秋蘭は目を見開き、言葉を飲み込む。

「なに……? まだ問題がある?」
「あ、はっ……りゃ、略奪すれば……徐州の民に、華琳様を恨む輩も……」
「あら……問題ないわよ。だって……」


 私は――笑う。


「徐州に民なんて……いなくすればいいのだから」
「――っ!?」
「ふふ……そう。徐州に生きる、生きとし生けるもの全て……殺せばいいわ」
「か、かり、華琳……さ、ま」

 ふふふ……そう。
 私から父を奪った報いを――対価を――払ってもらわねばならないわ。

「男も……女も……子も……赤子も……犬猫にいたるまですべて……」

 我が父の墓前に添えるのよ――

 私は、そう言って笑う。

 そう……私は覇王。

 覇王は……

 泣かず――
 媚びず――
 顧みず――

 ただ、ただ……笑うモノ、よ――




  ―― other side ――




 これより一月後、大陸で血の雨が降る。

 徐州へと怒涛のごとく攻め寄せた曹操軍は、道中にある街、邑を問わず、全ての民家を破壊し、大量虐殺を行った。
 その際に死んだ徐州の民の数は、数万とも数十万とも言われ、泗水の流れが堰き止められるほどであった。
 その様子を眺め見た曹操は……周囲を戦慄させる程に凄惨な笑みを浮かべていたと、後世にまで伝えられている。

 こうして豊かな土地であり、戦乱の避難民で人や物が溢れていた徐州は、壊滅的な打撃を受け……しばらく人の寄り付かない荒れ果てた土地となる。

 これに激怒した陶謙は、すぐさま曹操軍と激突する。
 しかし、復讐を掲げる曹操軍の戦意は高く、陶謙は敗走に敗走を重ねることになる。
 中でも常に先陣を駆ける夏侯惇の勢いは凄まじく、立ちふさがるものは全てなぎ倒すという鬼神ぶりであったという。
 
 陶謙は領内の十数城を奪われ、傅陽戦を始め、取慮・雎陵・夏丘の各地で敗退し、徐州の本拠であった郯の地でようやく侵攻を押し留めることができた。
 だがそれは、曹操軍側の昨年のじゃがいもの不作による兵糧不足による所が大きく、曹操軍としても無念の撤退という形で兵を引くことになる。

 ひとまずは九死に一生を得た陶謙であったが、すぐさま曹操が洛陽にてその権限を最大に奮い、兵糧を集め始めた事を知る。
 このことに危機感を覚えた陶謙は、かねてより連絡をとっていた袁術に打診。

 そして袁術、陶謙は連名により、一人の太守の元へ救援の書状を出すのである。

 そう――宛先は、公孫賛伯珪。
 天の御遣いが匿われている、平原に向けて――
 
 

 
後書き
8/30 文章を全体的に修正しました 
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