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不思議な縁

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第四章


第四章

「!?」
「あれっ、珍しいわね」
 女の子は自分の手の中にある猫を見てこう言った。
「モモが他の人にこんな声出すなんて」
「その猫、モモっているんですか」
「ええ、そうよ」
 彼女はその言葉にも応えた。
「あたしの名前が桃子だから。そう名付けたのよ」
「そうなんですか」
「ア〜〜〜〜〜オ」
 女の子にモモと呼ばれている猫はまた達之に対して鳴いてきた。やはり親しげな声であった。
「またなの」
 女の子、いや桃子はそんなモモを見てまた言った。
「この子が家族以外にこんな声出すなんt珍しいわね。あんた何かしたの?」
「何かって」
「悪いことじゃないみたいだし。よかったら言ってみて」
「はあ」
「ここじゃ何だったらあそこの公園でね」
「それじゃあ」
 彼は桃子が指し示した公園に入った。そこで二人並んでブランコに腰を下ろしながら話をはじめた。モモは桃子の膝の上で丸くなっていた。
「この前ですけどね」
「うん」
 桃子は彼の話を聞いていた。
「その猫、木から降りれなくなってたんですよ」
「そうだったの」
「それで助けたんですけれどね」
 達之は素直に述べた。
「それだけです」
「モモを助けてくれたのね」
「まあそうなりますね」
「有り難う」
 桃子はそれに素直に礼を述べた。
「モモを助けてくれたなんて。そんなことしてくれたんだ」
「大したことじゃないですよ、別に」
 達之は畏まってそう述べた。
「別に、そんな」
「モモはね、家族の宝物なのよ」
 丸くなっているモモの背中をさすりながら言う。見れば見事な毛並みだ。家の者にも大事にされているのだろ。
 目を閉じている。それを見るとまるで寝ているようであった。
「本当はね、外にも出したくはないのよ」
「そうなんですか」
「家猫にしたかったけれど。モモがどうしても出たがっていたから」
 よくある話である。もっともこれは猫にもよるが。一旦家猫になってしまうとそれからはずっと家猫である。猫がその家の中を縄張りだと認識するからである。これはこれでいいのだ。
「それでね」
「へえ」
「女の子だし喧嘩も出来ないけれど。それでも出してあげてるの」
「そういうわけだったんですね」
「そっ、それでもやっぱりそんなことがあったのね」
 心配する目でモモを見ていた。
「この子、臆病だし」
 本当にモモが可愛くて仕方がないのがわかる。
「そのままだと本当に危なかったわよ」
「まあ確かに」
「それを助けてくれて有り難うね。モモも喜んでるわ」
「ニャーーーーーー」
 ここで顔を上げてまた鳴いてきた。桃子の膝の上が余程気持ちいいのか上機嫌であった。
「モモも喜んでいるし」
「だといいですけれどね」
「この埋め合わせとかしたいんだけれど」
「今日はちょっと人と会う約束があって」
「実は私もなのよ」
 少し苦笑いになってこう述べてきた。
「あっ、そちらもですか」
「ええ。だからまた」
「はい」
 ここは分かれることになった。お互い約束があるのなら仕方ないことであった。
「また縁があったらね」
「ええ。じゃあ」
 二人は別れた。桃子はモモを抱いたまま家へと帰って行く。一人になった達之のところに丁度いいタイミングで河村さんから電話がかかってきた。
「おっ」
 達之はそれを受けてポケットから携帯を取り出す。携帯の色は鮮やかなブルーでこれにも気を使っていたのだ。
『おおっ、準備いいか?』
 やはり先輩の声だった。口調が明るい。
『そろそろ時間だぜ』
「あっ、もうそんな時間ですか」
 腕時計を見ればそうであった。どうやら桃子とあれこれ離しているうちに時間が過ぎたようであった。丁度いいと言えば丁度よかった。
『じゃあ待ち合わせの場所だけどな』
「はい」
『駅前の喫茶店な』
「あそこですか」
『ああ。あいつが彼女を迎えに行ったからな』
「もうですか」
『そうさ。それで合コンはカラオケでな』
「わかりました。ところで」
『何だ?』
「カープ、勝ったみたいですね」
『おっ、わかるか』
 それは彼の上機嫌ですぐにわかることであった。
『勝ったも勝った、大勝利だぜ』
 河村さんの上機嫌は続いていた。
『新井のホームランに黒田が完封してな』
「へえ」
 どうやら先輩にとっては会心の試合であったらしい。新井や黒田のファンでもあるらしい。
『もう少しでノーヒットノーランだったんだけどな。惜しかったぜ』
「そうだったんですか」
『六回に打たれちまったからな』
「それってあまりもう少しって言える状況じゃないんじゃ」
『おい、黒田だぞ』
 先輩はその突っ込みにムッとなっていた。
『黒田の実力だったら運さえよけりゃ何時でもパーフェクトなんだよ』
「はあ」
『はあじゃねえよ。何なら今度来いよ』
「球場にですか!?」
 そこまで言われて思わず困ってしまった。
「贔屓のリーグが違うじゃないですか」
『ああ、そうだったか。だったら仕方ないな』
「ですよ」
 これは何とか逃れることが出来た。内心ホッとした。広島だけでなくセリーグの試合自体に興味がないのだ。あるとすれば巨人が惨めに敗れる試合だけだ。それは観るだけで人々の胸に心地よいものを与える。かって太宰治は富士には月見草がよく似合うと言った。巨人には無様な負けがよく似合う。
『まあ野球のことはこれ位にしてだ』
「はい」
『待ってるぜ、駅前の喫茶店でな』
「わかりました、それじゃあ」
『ああ』
 これで電話は切れた。達之はそれを聞いて駅前に向かった。そして先輩が待っている喫茶店に向かった。白と黒の奇麗な看板の店がそこにあった。

 
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