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不思議な縁

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第三章


第三章

「人材がねえ」
「うちよりいるだろ」
「そうですかね」
「それに金もあるしよ。こっちなんか見事なまでに赤貧だぜ。そっちまで赤いんだよ」
 広島が貧乏球団というのは球界ではあまりにも有名である。そもそも市民球団であり、資金には乏しいのである。その広島が強くなったのはドラフト戦略に拠るところが多いが一部の変質者的な傲慢な男の浅ましい下衆な私利私欲の為にドラフトが形骸化してからはそれもないのである。これでその男が何よりも大事にしているその球界の盟主だとか自称している愚かな球団が強ければよかったのだろうが所詮は猿は猿であり人間にはなれない。黄金時代なぞ何万年待っても来ない状況なのである。
「どうにかならないのかよ」
「お金はどうしようもないんじゃ?」
「結局育成か」
「はい」
 とどのつまりはこうなる。これしかない。
「何かよお。育てた側から取られるし」
「まあまあ」
「今日も勝てるのかな」
「さて、どうなんでしょう」
「まあ観て来るぜ。それで機嫌が悪くても恨むなよ」
「わかってますよ」
 苦笑いをして応える。
「それじゃあそれで」
「ああ、じゃあ後でな」
 こうして先輩は野球を観に行った。達之は暫く暇になった。
「さて、と」
 これからどうしようかと思った。
「ゲームセンターにでも行くかな。それとも本屋」
 時間を潰す方法を模索する。
「それとも」
 漫画喫茶か。どれもありきたりなものである。
「何処に行こうか」
 そう考えていたその時である。不意に目の前に何かが出て来た。
「!?」
「ア〜〜〜オ」
「あれっ、御前」
 達之はその目の前に出て来た猫を見て思わず声をあげた。
「この前の」
「ニャ〜〜〜ン」
 あの黒猫であった。どういうわけか急に彼の前に姿を現わしたのだ。
「何でこんなところに」
 猫はそれに答えない。そのかわりに彼の足に擦り寄ってきた。
「あっ、おい」
 一張羅だぞ、と言おうとしたがよく考えたら猫に言葉は通じない。止むを得なく猫が擦り寄るのを許した。
「仕方ないなあ」
 毛が付くのを我慢するしかなかった。猫はそれに構わず身体を摺り寄せてくる。どうやら結構人なつっこい猫であるらしい。彼を全く怖がらない。助けてもらったせいもあるだろうが。
「なあ御前」
「くぅ!?」
 言葉がわからないかと思ったらそうでもなかった。彼の言葉に応えて顔を上げてきたからだ。人の言葉にはちゃんと反応する猫であるらしい。
「野良猫なのか?」
「ニャーーーーーー」
 しかしそれには応えない。何か鳴かれただけであった。
 黄色い目で彼を見上げていた。黒い毛にその黄色い目が実によく合っていた。
「それとも飼い猫か?」
「ニャーーーーーー」
「ニャーーーーーって言われてもなあ」
 それで言葉がわかる筈もなかった。困ってしまい首を傾げる。
「捨て猫か飼い猫かもわからないし。そもそもこんな猫見たことないぞ」
 ずっとこの辺りに住んでいるが黒猫を見たのははじめてであった。それにどうにも人なつっこい。捨て猫でこれなら知っている筈だ。では何か飼い猫だと思うが果たして何処の猫かさえわからない。困ってしまった。
「御前、御主人とかいるんだろ?」
「くぅ!?」
 だがその言葉には猫の方が首を傾げさせた。彼を見上げて首を傾げている。
「どうなんだ」
「アーーーーーーーオ」
 それに応えたのだろうか。一言鳴くと彼から離れた。そして向こうへととことこと歩いていく。
 暫く歩くと彼に顔を向けてきた。まるで誘うかの様に。
「どうしたんだ?」
「ニャーーーーーーー」
 何となく言葉がわかった。来いと言っているかの様であった。
 まだ時間がある。彼はそれについて行くことにした。猫の先導に従うかの様に道を進む。すると一件の家に辿り着いた。新しい立派な家であった。
「ここが御前の家なのかい?」
「ナーーーーーーーー」
 彼を見上げて鳴く。そうだと言っているようである。
「そうか、ここが御前の家なのか」
「ニャーーーーーーー」
「飼い猫だったのか。それで新築の家となると」
 引っ越して来た家だ。自分の家からは結構離れた場所にあるのでそれがわからなかったのだ。
「俺に自分の家を教えてくれたんだな」
「ニャーーーーーーン」
 そうだと言っているみたいだ。
「済まないわ、わざわざそんなところまで」
「あら、モモ」
 ここで後ろから女の子の声がした。
「!?」
 達之はそれを聞いて後ろを振り返る。そこには長い、少し波がかった髪を今時に茶色に染めてラフなシャツにジーンズの女の子がいた。手にはバッグを持っていて。顔にはうっすらと化粧をしていた。
「先に帰ってたの」
「ニャーーーーー」
 猫はその女の子の姿を認めると彼女の方へ駆け寄った。彼女の方もその猫を抱きかかえた。
「よしよし」
「あの」
 達之は彼女に声をかけた。
「何!?」
 彼女もそれを受けて彼に顔を向けてきた。目のパッチリとした可愛らしい顔をしていた。唇が少し厚いのが印象的であった。それが何処かに肉感的なものを見せていた。
「その猫貴女の飼い猫ですか?」
「そうだけど」
 彼女はそれに応えた。
「それが何か?」
「ニャーーーーー」
 猫がここで彼に対して親しげな鳴き声を出してきた。

 
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