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愛は勝つ

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第九章


第九章

 廊下は長く家の中はかなり広かった。障子から見える部屋は和風でどれもがかなり広かった。しかもその数もかなり多かった。まさに屋敷だった。
「広いね」
 尚志はその家の中を横目で見ながら述べた。
「本当にお屋敷なんだ」
「よく言われるの」
 若菜もそう答えた。自覚はあるのだった。
「昔からあるおうちでね。代々道場で先生をしていて」
「古い家なんだね」
「うん。そのお父さんだけれど」
 ここで若菜は自分の父について話をはじめた。二人は廊下を並んで進んでいる。
「松本君のことは話したけれど」
「どうだったの?」
「何かね」
 今一つ浮かない顔だった。その顔のまま述べる。
「表情が見えなかったの」
「表情が!?」
「ええ」
 尚志の言葉にこくりと頷いてきた。
「何かよくわからないけれど。考えていることもわからなかったわ」
「ううん」
「怒っているのか、そんなのもわからなかったの」
 そう述べる。若菜もわかっていない感じであった。
「けれどね。覚悟はしていてね」
「うん」
 その言葉にこくりと頷いた。
「わかってるよ。わかっているからここに来たんだ」
「いいわね」
 ここで家の一番奥にまでやって来た。襖が扉になっていた。
「ここだけれど」
 若菜は立ち止まった。その横で彼に声をかける。
「行きましょう」
「わかったよ」
 また頷いた。若菜が襖を開けてそこに入ることになった。
「お父さん」
 若菜が部屋の中に声を入れてきた。
「連れて来たわ」
「うむ」
 その部屋の奥から重厚で低い男の声がした。見れば和服を着た厳しい顔の初老に差しかかろうという男が座布団の上に正座していた。
「この前話した松本尚志君だけれど」
「入れ」
 また重厚な声がした。若菜はそれに頷いて尚志に顔を向けて言うのだった。
「じゃあ入りましょう」
「わかったよ」
 尚志は青くなっていたがしっかりとした顔で頷いた。既に覚悟は決めていたから迷うことはなかった。
「行こう」
「ええ」
 本当に部屋の中に入った。そうして若菜に案内されて部屋の中を進む。そこは応接の間でかなりの広さがあった。その男の前に座布団が二枚並べられていた。
「座って」
 若菜はその座布団の前に案内してから尚志にまた声をかけてきた。
「うん」
 尚志はそれに頷く。そうして二人並んでその座布団の上に座ったのであった。
「はじめまして」
 尚志は正座したままその男に挨拶をした。
「松本尚志です。矢吹さんのクラスメイトの」
「君がか」
 男は正座したまま着物の中で腕を組んでいる。その状態でまたあの重厚で低い声を出してきたのであった。
「はい」
「名前は聞いている」
 彼は厳かな声で尚志に告げてきた。
「若菜からな。言いたいことはわかるな」
 無言でこくりと頷く。そのうえで彼を見る。
「まず私の名を言おう」
 彼はそう尚志に告げてきた。
「矢吹敏樹だ」
 彼は名乗った。
「それが私の名だ。そして私が名乗る時は」
 じっと尚志を見据える。目からは強い光が放たれ鋭く光っていた。
「多くは勝負の時だ。それも聞いているな」
「勿論です」
 身動ぎ一つせずに答える。怖いがそれを必死に押し隠しての言葉だった。
「わかってます。けれど」
「また聞こう」
 矢吹はまた尚志に声をかけてきた。
「君は。若菜が好きか」
「最初は何とも思っていませんでした」
 まずはこう言ってきた。
「最初は、か」
「只のクラスメイトだと思っていました」
 正直に述べる。隠す気もなかった。
「けれど次第に」
「ふむ」
 矢吹は彼の言葉を聞いたうえで娘に顔を向けた。そのうえで問うた。
「若菜」
「はい、お父さん」
「御前の言った通りだな」
 そう娘に声をかけてきた。
「間違いないな」
「ええ」
 彼女は別に怖がってはいなかった。父娘ということで別に怖がることはないのであろう。
「そうよ」
「ふむ、確かにな」
 娘の言葉に対して頷くとまた尚志に顔を向けてきた。
「嘘はついてはいない。それはわかった」
「有り難うございます」
「それでだ」
 そう言ったうえでまた口を開く。まるで閻魔の尋問のように思えた。
「次第に好きになったのか」
「そうです」
 その問いに対しても答える。
「一緒にいるうちに」
「それも聞いた通りだ」
 話をしているうちに嘘をついたらどういうことになっていたか、そう思うと冷や汗が出るのを止められない。実際に今彼は恐怖を必死に隠していたがそれは顔だけのことであり身体中から脂汗を滝の様に流していた。
 
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