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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十章 イーヴァルディの勇者
  第八話 エルフ

 
前書き
 戦闘開始……戦闘描写に絶望した。 

 
 喧騒で溢れる中、笛の音が高く鋭く響き渡り、包み込むような小気味よい太鼓の音がそれに追従し。曲に導かれるように、松明の炎は揺らぎ、二人の踊り子を照らし出す。数十分休みなく踊り続ける踊り子の肌は、松明の炎と内から発せられる熱により吹き出た汗で濡れそぼり、身体に纏う薄い衣装が肌に張り付きそのグラマラスな身体の線を浮き上がらせていた。 

 踊り子が腕を振り、腰をくねらせ、足を蹴る度に、汗は雫となって振り注ぎ。炎に照らされきらきらと光る女の肌と汗に、兵士たちの目は奪われる。
 男たちは目の前で誘うように踊る極上の女の肢体に欲望を滾らせ、それを手に持った肉と酒で飲み下す。甘辛く味付けされた肉の味は濃く、しかしそれが冷えたエールと抜群に合い、兵士たちは運ばれてくる酒と料理を奪い合うように食べ、飲み干している。
 兵士たちが座る簡素な椅子とは違い、中庭の奥、しっかりとした造りの椅子に座る貴族たちもまた、テーブルの上に所狭しと置かれた料理に舌鼓を打ちながら、用意された酒を飲んでいた。その中にはミスコール男爵の姿もあった。最初は、旅芸人が作る料理などと口をつけようとしなかったミスコール男爵だったが、他の貴族が美味そうに食べる姿と、目の前に置かれた料理から香る匂いにつられ一口食べた瞬間、周りの兵士たちのようにガツガツと食べ始めたのだ。貴族席に用意された料理は、兵士たちに配られた料理とは違い手間がかかったものであったが、やはりどれも味が濃いものであったため、安物だと、貴族の口には合わん等と文句を言いながらも、ミスコール男爵たちもまた、運ばれてきた酒を次々に飲み干していっていた。

 宴が始まり、間もなく一時間が経過しようとしていた。
 料理を食う者、酒を飲む者、踊りを見る者、中庭での宴を楽しむ者たちの中に、頭をふらふらとさせている者たちの姿があった。中には突っ伏すように地面に転がり高いびきをたてている者もいる。踊りながらぐるりと中庭を見渡したキュルケとロングビルが視線を交わし合う。
 ロングビルが用意した眠り薬(スリーピング・ポーション)は、摂取してから約一時間で効き始めるものであり、一度眠りにつけば、例え耳元で竜が吠えても起きないと言われるほどの強力なものであった。
 そして間もなくその一時間が経つ。ロングビルとキュルケは残りの十数分を凌げばいい。だが、二人共体力の限界が近づいていた。激しい動作はないが、それでも休みなく身体を動かすことは、二人の体力を限界近くまで削り取っていた。特に、周囲で燃え盛る松明の炎の熱と踊りによって、大量の汗を流している二人は、何時脱水症状になってもおかしくなかった。何とか耐えられたとしても、今後の行動にかなりの支障があることは、容易に予想されるものであった。しかも、この場にいる全員を眠らせたとしても、一番の障害であるエルフがまだ残っている。しかし、二人はそんなことは知らないとばかりに、笑顔を振り撒きながら、男たちを誘うように踊り続ける。
 何故、二人は踊り続けられるのか……それは、信じているからであった。
 自分たちが動けなくなったとしても、彼なら絶対にやってくれるという信頼があったからだ。
 例え相手がエルフであろうとも、彼ならタバサを救い出してくれると。
 だから、キュルケとロングビルは自分たちに任された仕事を全うしようとする。踊りで男たちを惹きつけ、興奮させ、その欲望を煽り、肉を、酒を飲ませた。
 そして、その努力は花開くことになる。
 疲労により微かに震える身体であっても、優雅さを感じさせる動きを見せる二人の腕が翻る度に、先程まで騒ぎ声を上げていた兵士たちが一人、また一人と地面に倒れていく。次々に兵士が倒れ込む姿に、しかし誰も騒ぎ立てようとはしない。中庭にいる全ての兵士と貴族の身体に薬が回り、頭が正常に働いていないためであった。最後に船を漕いでいたのは、豪華な椅子に座ったミスコール男爵であったが、キュルケの腕に導かれるように、腕が下ろされるのに合わせテーブルの上に顔面を叩きつけるように衝突させた。
 ミスコール男爵が大きないびきを立て始めたとたん、キュルケとロングビルは腰が砕けたかのようにすとんと地面にへたり込んだ。互いの背を合わせ、寄りかかりながら雲一つなく晴れ渡る星空を見上げるキュルケとロングビル。
 倒れこむように腰を下ろした二人に向かって、なみなみと水が入った大きなジョッキを二つ手に持ったルイズが駆け寄っていく。
 手渡されたジョッキを一気に飲み干し、大きく息を着いた二人を見下ろすルイズは、スカートの下に隠していた三本の杖を取り出すと、持ち主であるキュルケとロングビルの前に広げてみせる。

「どうする?」

 ひらひらと扇のように広げた三本の杖を揺らしながら、不敵な笑みを浮かべ短く問うてきたルイズに、キュルケとロングビルは一度目を閉じた後、開くと同時に勢いよく立ち上がった。

「置いていくわよ」
「早くしな」

 何時の間にか手に自分の杖を握ったキュルケとロングビルは、三百人の兵士と貴族が眠りこける中庭に背を向け歩き出していた。
 二人が向かう先には、月と星の白い光に照らされて、白く輝くアーハンブラ城、その天守。
 手元に残った最後の一本―――自分の杖を握りしめ、ルイズは顔を上げる。今にも倒れそうなふらつく足取りで前を歩くキュルケとロングビルの背中に、ルイズは苦笑いを浮かべて走り出す。

 この先にはエルフがいるだろう。

 しかし、不安は感じない。

 きっと大丈夫だと言う確信があるから。

 みんなとなら、どんな相手であっても怖くない。

 必ず、タバサとタバサの母親を助けてみせる。

 決意を新たにルイズは走る。




 
 でも……まずはシロウと合流しないとね。





  
 


「ふぅ……」

 最後の料理が運ばれていくのを確認すると、士郎は頭を覆っていたナプキンを取り外し小さく溜め息を吐いた。
 アーハンブラ城の調理室が借りることができなかったため、士郎はロングビルやギーシュの手により井戸の近くに造られた簡易的な台所で料理を作っていた。井戸があった場所は宴の会場である中庭から少し距離はあったが、特に問題はなかった。中庭から聞こえてくる兵士たちの声が、始めの頃と比べ明らかに小さくなっていることに気付いた士郎は、作戦が順調に進んでいると判断し、口元に笑みを浮かべた。間もなく宴が始まってから一時間が経過する。そうすれば、酒や料理に入れられた眠り薬(スリーピング・ポーション)の効果により、この城の殆んど全てが眠りにつく。その時が行動開始の時だと、士郎は小さく頷く。
 しかし、まだもう少し時間があるし、少し片付けでもしておくかと、士郎が臨時の台所を見回す。

「ん、持っていき忘れたか」

 その時、士郎の視界に一つの料理が目に入る。
 それはこの宴で振舞った料理の中で最も多く作った料理―――ピザであった。特別な工夫や珍しい材料等は使用してはいないが、今朝取れたばかりの新鮮な野菜を使ったもので、今日の料理の中でも特に好評だったものだ。勿論その材料の中には眠り薬(スリーピング・ポーション)がたっぷりと入っていた。そして今、士郎の前にあるものは、そんなピザの内の一つであり、一番オーソドックスなものであるマルガリータであった。ただ一工夫として味付けしたはしばみ草を乗っていた。はしばみ草は、生で食べればその強烈な苦味に拒絶反応を見せる者は多いが、ある味付けをすれば程よい苦味の調味料となる。これをピザやパスタに振りかければ、独特の苦味が丁度よく抑えられ不思議と後を引く味になるのだ。
 士郎は忘れられたピザを見下ろしながら、どうするかと首をひねる。
 眠り薬(スリーピング・ポーション)が入っているため食べるわけにもいかず、かといって今から持っていくのも……。
 ふむ、と顎を撫でながら士郎は、はしばみ草が振りかけられたピザを見下ろす目を細めた。

 そう言えば、タバサはこれが大好物だったな……。

 はしばみ草が好物であるタバサは、この士郎特性のはしばみ草のピザが大好物で、士郎がタバサから何かを教えてもらった時などの報酬代わりに良く作ったものであった。
 無表情ながらも、このピザを食べた瞬間、微かに頬が緩む姿を見るのが、士郎は密かな楽しみにしていた。
 最後に食べさせたのは確か、一ヶ月程前だっただろうか……少し調理方法を変えて苦味を強くしてみたら、タバサは何時も以上に頬を緩ませて食べていたな。おかげでついついその顔をじっと見つめてしまって、視線に気付いたタバサが、ピザを持って部屋まで帰ってしまったんだよな。
 その時のことを思い出して、口元に小さな笑みを浮かべた士郎が顔を上げた時のことだった。
 士郎の目の前、

「―――っ!?」

 そこには、

「た、バサ?」
 
 驚愕に目を見開き立ち尽くすタバサの姿があった。





「な、んで?」

 白晰の美貌を驚きに染めたタバサの呟きに、士郎は固まっていた思考を顔を小さく振ることで元に戻す。視線をタバサから引き剥がすと、士郎は視線を上下左右に移動させた後、手元のはしばみ草ピザへと向け、指を指し、

「あ~……食べるか?」

 タバサに問いかけた。
 ……明らかに士郎は混乱していた。
 
「え? あ? っえ?」

 目を白黒させながら、士郎が指差すピザと士郎自身を交互に視線を移動させるタバサ。今まで見たことがないほど感情を、と言うよりも挙動をとるタバサの姿に、士郎は思わず小さくぷっ、と笑みを吹き出した。
 え? え? と戸惑いを露わにするタバサだったが、口元を手で覆い、軽く身体をくの字折って笑う士郎の姿を見た途端、スッと目を細めて何時もの冷静な姿を取り戻してみせる。
 じろりと眼鏡の奥から睨めつけてくるタバサの視線に、士郎は背筋を伸ばす。

「……なに?」
「いや、その、何だ。可愛いものだと思ってな」
「―――っな!?」

 くくくっ、と拳で口元隠し、笑みを噛み殺しながら口にした士郎の言葉に、タバサはその雪のように白い頬を赤く染めた。
 士郎とタバサとの距離は約七、八メートル程度。それは、星明かりで互いの顔が何とか見えるぎりぎりの距離であった。士郎とタバサは互いに距離を詰めることも離れることもなく、ただじっと見つめ合う。遠くからは、笛と太鼓の音が微かに聞こえてくる。風に混じり途切れ途切れに耳に入ってくる音が、一つ強く風が吹いた瞬間途絶えた。
 
「……何故、あなたがここに……いるの?」
 
 ほんのり桜色に染めたままの頬を隠すように、顔を反らして士郎にタバサが問いかける。顔を横に向けながらも、タバサの視線は士郎に向けられていた。士郎は口元から離した手を自身の頭に置くと、軽く掻きながら顔を空に向ける。

「ふむ。実は約束を破って実家に帰った女の子がいてな。折角腕によりを掛けて料理を作ろうと思ってたんだが、主賓がいなければ用意した材料を無駄になってしまう。暫らく様子を見てたんだが、帰ってきそうになかったんで、その子を迎えに来たんだ。で、まぁ、その子には色々と世話になっててな、ついでだからとその子の母親も一緒に学園に招待しようと思ってここに、な」
「…………その子は、それを望んでいないかもしれないのに……?」

 チラリと士郎がタバサを見ると、タバサの視線は自分の足元に向けられていた。
 身体の前に腕を組むと、士郎はタバサを真正面から見て、

「ああ、だからこれは俺の我侭だ」 
 
 ふっ、と小さく笑った。

「っ―――あ……」

 瞬間、ばっと顔を上げ士郎を見上げたタバサは、反射的に開いた口を何度かパクパクと閉じたり開けたりした後、ぎゅっと身体を縮めながら顔を伏せた。小さな身体を更に小さくしたタバサを見下ろす士郎は、組んでいた腕を外し、右手をタバサに差し出した。

「帰ろうタバサ」
「―――…………」

 顔を伏せたまま、タバサは士郎の誘いに無言で首を横に振る。士郎は手を差し出したまま、タバサに問う。

「帰れない理由があるのか?」
「…………」 

 問いに、タバサは無言で応える。
 押し黙るタバサに、士郎は一歩足を前に進める。
 ざっ、と地面を擦る音が二つ響く。
 士郎は前に、タバサが後ろに動いた音であった。互いの距離は変わらない。伏せて見えないタバサの顔の代わり、士郎は月明かりに照らされ淡く輝く青い髪を見る。

「タバ―――」
「―――だめ」

 名を呼びきる前に、タバサの拒絶の声が響く。僅かに顔を上げたタバサと士郎の視線が交じり合う。士郎はタバサの青い瞳の中に、拒絶の奥に潜む悲哀と恐怖の色を見抜き。そして同時に押し殺されたものも捉える。
 だから、士郎は前に出た。大きく足を前に出し、手をタバサに差し出す。

「いいや。駄目じゃない。言っただろ。これは俺の我侭だ。嫌だと言っても無理矢理にでも連れ帰るからな」
「っっ、だ、だめ……だ、め……」

 首を振り、タバサは後ずさり士郎から距離を取る。タバサが左右に首を振る度に、雫が飛び散り、月明かりを受けきらきらと輝く。
 次第に距離は詰まり、互いの距離は五メートルを切った。

「だ、めっ……お願い……帰って……はやく、かえって……わたしは……いいから」

 既に互いの顔をハッキリと視認できる距離にあった。タバサは潤み、波に揺れる海のように震える瞳で士郎を見上げ首を振る。

「もう……十分だから……わたしは……もう、だいじょうぶ、だから」
「何が大丈夫だ。残念ながら、泣きながら大丈夫だと言う奴を放っておけるほど、我慢強くないんでな」

 苦笑を向けて来る士郎に、タバサは揺れる目を細める。
 目尻から溢れ出たものが、頬を伝い地面に落ちた。

「それは、『正義の味方』、だから?」

 ピタリと足を止めた士郎を見上げ、タバサは問う。

「だから、わたしを助けようとするの?」

 タバサの問いに、士郎は、

「ああ」

 頷いた。

「そうだな。俺は『正義の味方』になりたい。だからタバサ。皆と一緒に学院に帰ろう」

 手を差し出す士郎に、タバサは、

「なら、あなたはわたしを連れて帰ることはできない。わたしは、そんなこと望んでないのだから」

 一歩後ずさり首を振る。
 士郎を見上げ、震える顔で再度首を左右に振った。

「わたしは、わたしの意志で(・・・・・・・)ここにいる。それを無理矢理連れ帰ろうとするのなら、それはただの善意の押しつけでしかない」

 キッと士郎を見やり、

「そんなのは『正義の味方』とは言えない」

 断言する。



 何時しか波打っていた青は静かな凪に入り、タバサは澄み切りすぎた蒼色の瞳を士郎に向ける。微かに震えていた身体は、今やピクリとも揺れていない。それは、士郎の見慣れた姿だった。あらゆるものを拒絶し、排除し、ただ一人立つその姿は、学院で一人でいる時のタバサ。
 そして今、タバサは士郎を拒絶している。
 自分は自分の意志でここにいると。
 助けを求めていないのに助けに来られるのは迷惑だと。
 そう、タバサは暗に言い含めていた。
 タバサは黙り込んだ士郎の前、顔を伏せて地面を見る。

 嘘では、ない。

 自分が自分の意志でここに残るというのは嘘ではない。
 今、この場にはあのエルフはいない。しかし、あのエルフは、自分と母親をここから逃がさないように命じられている。もし、自分と母がこの城から逃げようとすれば、必ずあのエルフが立ち塞がるだろう。部屋のドアに鍵を掛けていなかったのも、何時でも自分を捕まえることが出来る自信の現れからだ。あのエルフの力は未知数に過ぎ、例え七万の軍勢を退けた士郎であっても勝てる見込みは低い。千のゴブリンに勝てる男がいても、一匹の竜には負けてしまう。あの士郎であっても、氷嵐(アイス・ストーム)を軽く凌ぐエルフの相手は分が悪い。

 ―――彼が傷つくところは見たくない。

 だから、タバサはここに残ることを決めた。
 例え明日自分(・・)が死んでしまうのであっても、初めて好きになった人が傷つくところは見たくないから。
 自分の心が死ぬと告げられた時、あれほど恐ろしく感じたのに、何故か、今はそんなに恐ろしく感じない。
 ただ、酷く悲しいだけ。
 でも、大丈夫。
 最後の最後。
 何年もの閒降り積もった雪が凍りつき、雪風荒れていた心に灯った炎。
 それを抱いて死ねるのなら。
 それは、幸せと言えるだろう。
 
 だから、タバサは拒絶する。
 士郎からの救いの手を拒絶する。
 いらないと。
 必要ないと。
 わたしは望んでここにいると。
 
 そう伝えれば、『正義の味方』である彼は諦めるしかない。
 何故なら彼は『正義』の『味方』だから。
 『正義』ではなく『味方』だから。
 自身の『正義』を振るうものではなく、誰かの正義の『味方』。
 わたしが救われることを望んでいないのに、それを無理矢理救うのは『正義の味方』ではない。
 だから、彼はわたしを救うことはできない。
 
 無言の士郎を前に、タバサもまたただ黙って顔を伏せたまま。
 顔は上げられない。
 顔を上げたら、きっと耐えられない。
 溢れてしまう。
 これ以上泣いてしまえば、彼は自分を救ってしまうかもしれないから。
 なにせ、氷の矢の雨が降る中、『女の子が泣いていた』から助けに飛び込むような人だ。
 これ以上……涙を見せるわけにはいかない。
 
 歯を食いしばり、顔を伏せるタバサの耳に、

「そう言えば、『正義の味方の定義』について、以前聞かれたことがあったな」

 士郎の言葉が触れた。

 「え?」と微かに声を漏らすタバサ。顔を上げないタバサに、しかし士郎は構うこともなく言葉を続ける。

「俺にとってそれは、『味方』であることだな」

 タバサは顔を下に向けたまま、上目遣いで士郎を見る。
 士郎は目を細め笑みを浮かべていた。

「みか、た?」

 反射的に口から溢れた言葉に、士郎は小さく顎を引くだけの頷きで応え、

「ああ。俺にとっての『正義の味方の定義』は―――」

 放たれた言葉は、しかし、



「―――そのくらいにしてもらおうか」 


 
 タバサの背後から聞こえてきた声によって遮られた。





 声が響いた瞬間、タバサはビクリと身体を大きく震わせ立ち尽くした。士郎はただ、細めた目を声が聞こえてきた方向に向ける。士郎の鋭い視線に引き釣り出されたように、星あかりを遮ることで出来たアーハンブラ城の影から一つの影が現れる。双月の光の下に出てきた人影は、異国のフードを被ったすらりとした身体を持つ男だった。
 振り向いたタバサがその姿を目に入れると、息を飲み、無意識のうちか、怯えたように震える腕を士郎に向かって伸ばし、

「タバサっ!」

 士郎の背後から伸ばされた褐色の腕が、タバサの手首を掴み引っ張った。予想外の感触と行動に、驚きの色に顔を染めたタバサの顔が、甘い香りと共に柔らかなものに包まれる。咄嗟に顔を上げたタバサの目に、何処かバツが悪い顔をしたキュルケの顔が映った。驚愕に身を固めたタバサの背中に両手を回して抱き上げたキュルケは、そのまま地面を強く蹴り後ろに下がる。そこには何時の間に現れたのか、ルイズやロングビルたちの姿があった。ギーシュやマリコルヌたちは、守るようにタバサを抱くキュルケの前に立つ。
 そんな様子を今までずっと黙って見ていたエルフ―――ビダーシャルは、キュルケたちの動きが止まったのを見計らったかのように口を開いた。

「わたしはエルフのビダーシャル。わたしは戦いを好まぬ。その娘を置いて立ち去るというのならば、わたしはお前たちに危害を加えないことを約束しよう」

 ビダーシャルの声は穏やかなものであったが、キュルケを囲むように立つルイズたちにとっては竜の咆哮のように感じられた。竦む身体を歯を食いしばりなんとか耐えると、返答代わりにと睨み付ける。ビダーシャルの目がすっと細まり、刃のような視線がルイズたちに向けられ、それを遮るように士郎がその前に身体を割り込ませた。

「嫌だと言ったら?」
「残念だが、わたしはその娘とその母親を『ここで守る』と約束してしまった。連れていかれるわけにはいかない」
「ならどうする?」
「―――っ」  

 士郎の顔に笑みが浮かぶ。獰猛な、力のある笑だ。
 その笑みに、一瞬ビダーシャルは息を飲む。
 
「ダメっ! そのエルフには勝てないっ! 逃げてっ!」

 背後からタバサの悲鳴混じりの声が響く。だが、士郎は振り向かず、逃げることもしない。そんな士郎の背中に、

「シロウッ」

 ロングビルの声と共に投げつけられたものがあった。

「すまん」
「おいおいおいおい相棒いきなりかよ。台車の下に縛り付けられるのからやっと開放されたかと思えば、いきなりぶん投げられるわ。『久々の戦闘で嬉しいなっ!』と思ってたら相手エルフかよっ!? 無理無理無理っ無理無駄無謀だ相棒ッ!?」
「気合が入ってるなデルフ」
「どこをどう聞いたらそんな結論になるのっ!?」

 シロウはギャーギャー騒ぐ剣を地面に突き刺すことで黙らせる。
 沈黙したデルフリンガーから視線を上げると、士郎は何の警戒をすることなく自然な様子で立つビダーシャルに顔を向ける。

「俺も争いは好まないが、止めるというのなら抵抗をさせてもらうぞ」
「好きにしろ」

 士郎の言葉に、ビダーシャルは短く返す。
 刹那、

「ッッ!」
「―――ムッ?!」

 士郎の姿はビダーシャルの前にあり。士郎が大上段から振り下ろした剣は、ビダーシャルの手前で固まり小さく震えていた。訝しげな顔で止まった剣とビダーシャルを交互に見返す士郎。ビダーシャルもまた、驚いたように目を見開いていた。

「相棒ッ!」

 鋭く上がったデルフリンガーからの警告の声に、士郎の足は反射的に地面を蹴る。同時に、士郎とビダーシャルの間の空間が歪み、士郎に向かって衝撃が走った。だが、その時には士郎の身体は既に中空にあり、衝撃は士郎の足元を通り過ぎていく。地面を蹴った勢いと、足元を過ぎる衝撃により、風に舞う木の葉のように空中をくるくると回った後、士郎は足から地面に綺麗に着地した。
 ビダーシャルは、怪我一つなく地面に立った士郎を細めた目で一瞥する。

「ほう。怪我一つない、か。ただの蛮人の戦士ではないようだな。だが、それでもお前は我には勝てん」
「そうかな」

 デルフリンガーを横に一振りし、身体に支障がないことを確認した士郎は、デルフリンガーを両手で構える。
 そして、小さく己が持つ剣へと問いかける。 

「デルフ。今のは何だ?」
「ありゃあな、『反射(カウンター)』てぇ魔法だ。エルフが良く使う魔法でな。あらゆる攻撃、魔法を跳ね返す汚ねぇ先住魔法だよ」
「破る方法は」
「あるとしたら嬢ちゃんの魔法か、あとは……まあ、反射できねぇ程の攻撃を食らわせればいいんだが……いくら相棒でもそれはちょっと望み薄だな。あのエルフ、とんでもねぇ『行使手』だ。この城中の『精霊の力』と契約してやがる」

 戦慄混じりのデルフリンガーの声に、士郎は柄を握り直すと揶揄う口調で声を掛ける。

「びびったか?」
「へんっ、剣がびびるかよっ!」

 デルフリンガーの物言いに、士郎の口元に笑みが浮かぶ。
 と、そんな士郎たちの前、突然ビダーシャルは両手を振り上げた。
 
「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。礫となりて我に仇なす敵を討て」 

 詠唱が終わると同時に、ビダーシャルの両脇の地面が、地響きと共に『ボゴリ』と鈍い音をたて盛り上がり、地面に埋まっていただろう大量の石が空中に浮く。
 振り上げた腕を下ろしたビダーシャルは、右手で士郎を指差す。

「相棒ッ!」

 デルフリンガーの声が上がり、無数の石が士郎に向かって散弾のように襲いかかる。速度的には弓矢と変わりはない。だが、その数が文字通り桁が違った。小さいのは親指程度、大きいのは拳大の石が数千近く一気に士郎に襲いかかる。
 回避は不可能。
 迎撃もまた不可能。
 だがそれは、

「オオオォッ!」

 相手が士郎でなかったのならば、だ。
 咆哮とともに剣を振る。
 その速さは既に人の目で追える速度ではなかった。見えなくなっていた剣が姿を現した時には、砕かれた石が生み出した砂煙が、もううもうと辺りを満たしていた。

「なっ!?」

 初めてビダーシャルの顔にハッキリとした驚愕の色が浮かんだ。驚きの声を漏らした口が閉じきる前、立ち込める砂煙を引き裂くように一つの赤い影がビダーシャルに飛び込んできた。

「ッッオアアッ!!」
「くッ、ッぅ?!」

 横殴りの、ホームラン狙いのバッターのように大振りに振り抜かれるデルフリンガー。振り抜かれた後、遅れてその剣先の方向、慌てたように顔を向けたビダーシャルの視界に、脇腹から三センチの場所でブルブルと震える剣先が映る。
 
「ちぃっ」

 苛立ち混じりの鋭い舌打ちと共に、剣先がビダーシャルの視界から消える。と、剣先を追うように衝撃が発生するが、その時には剣の持ち主は遥か遠くに避難していた。

「……貴様」

 ビダーシャルの口から、ハッキリと警戒の色が混じった声が漏れる。何の興味もないと感情が浮かんでいなかった瞳に、今はしっかりとした敵意と、微かな恐れが混じっていた。

「あれでも抜けんか。確かにこれは苦労するな」
「いやいや相棒あれでも十分だと思うぜ」

 士郎の舌打ち混じりの声に、デルフリンガーの賞賛の声が向けられる。
 
「だけどやっぱり相棒の剣でも届かねぇか。こりゃ嬢ちゃんの力を借り―――」
「―――いや、一つ試してみたい方法が出来た」

 デルフリンガーの応援を求める声を、士郎は月明かりに照らされるビダーシャルの姿を見て否定した。

「試してみたいって?」

 疑問の声を上げるデルフリンガーを無視して、剣を握っていた左手を離し、右手で掴んだデルフリンガーを大きく振りかぶる。

「ちょ、おいおい相棒! あんたなにするつも―――」
「すまんなデルフ」

 デルフリンガーの声を聞き終える前に、士郎はデルフリンガーを肩に乗った(・・・・・)砂埃を払うビダーシャルに向かって投げつけた。

「またかよおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉォォォォっ!!?」

 ドップラー効果を残しながら飛んでいったデルフリンガーは、

「無駄なことを」

 傲然と立つビダーシャルの前の地面に突き立ち。

「っな―――」

 地面を抉り、大量の土砂を中空に巻き散らかした。
 自分に投げつけられたと思っていた剣の予想外の行き先に戸惑いの声を上げたビダーシャルだったが、自分に向かって落ちてくる大量の土砂を前に相手の狙いを見抜く。

「この程度の土砂で我が『反射』を壊せると思うなッ」

 小規模な土砂崩れのように落ちてくる土砂を前に立ちふさがるビダーシャル。その姿が土砂の前に埋まったかと思った瞬間、「ドンッ!!」という爆発音と共に土砂が四散した。
 細かく散った土砂が霧のように辺りを満たし、視界はほぼゼロに近い。ビダーシャルは顔の前に手をやり、目と口を砂から隠しながら周囲を見渡す。あの男ならば、剣を拾って再度襲ってこないとも限らないと、ビダーシャルが周囲を警戒しながら、足を前に動かした時、

「ん?」

 胸に何かが当たった。
 それは硬く、熱いもので、自分の拳よりも少し大きいぐらいのものだとビダーシャルの思考が過ぎった瞬間―――

「―――捕らえた」

 ビダーシャルの全身に、今まで感じたことがない感覚が走り抜けた。全身の肌という肌が泡立ち、背筋に電撃に似た寒気が走り抜け、一瞬にして口の中が乾いた。
 耳に触れた言葉を理解できず、思考もその刹那空白に満ちた。
 だから、それは思考の外、本能的なものだったのだろう。
 左手に嵌めた指輪が作動し、身体が後ろに飛び―――しかし、間に合わなかった。

「―――――――――――――――」

 地震が起きたと感じる程の揺れが走ると同時に、水入りの風船を地面に勢いよく叩きつけたような奇妙な湿った音が響き渡った。
 本当の痛みを受けた時、人は声を上げることが出来ないと、ビダーシャルはその時初めて知った。
 生きたまま内臓を抉りだされ、それを地面に叩きつけられたのではと、痛みのあまり間延びした思考の隅でそんなことを考えながら、ビダーシャルは自分に痛みを与えた相手を見る。
 視線の先、繰り出した技の衝撃により、砂の霧が晴れた向こうに、腰を落とし右拳を突き出したまま姿の男―――士郎がいた。



「……浅い、か」

 落としていた腰を上げた士郎が、離れた位置に転がるビダーシャルを見下ろす。
 視線の先のビダーシャルは、腹に手を当て、幼虫のように身体を曲げながら、口をぱくぱくと開けたり閉じたりしていた。声を上げるどころか、息も上手く出来ないのだろう。ビダーシャルの大きく開いた口から「ヒューヒュー」とすきま風のような音が聞こえてくる。
 半死半生の姿を見せるビダーシャルを前に、しかし士郎は油断することなく拳を構える。



 腹を抑え地面に横たわるビダーシャルと、それを見下ろす士郎の姿を、安全な離れた位置に立つルイズたちが驚愕に目を見開いた顔で見つめていた。
 ルイズは見開いた目で横に立つロングビルを見上げる。

「ね、ねえ? 今何が起きたの?」
「さ、さあ? 地面が揺れたと思ったらあのエルフがぶっ飛んだとしか」

 何が起きたか理解できずに混乱するルイズたちに、解答を告げたのはルイズたちを守るように前に立つギーシュの口からだった。

「多分だけど、あれは『アンケイ』だと思うよ」
「え?」
「何よギーシュ。シロウが何したかわかるの?」

 キュルケの問いに、ギーシュは前を向いたまま頷いた。
 
「シロ―――隊長の攻撃を防いだエルフの魔法だけど。あれは多分相手の攻撃に対して自動的に反応する魔法だね。それも使い手の意思がなくても、攻撃(・・)を自動的に感知して防御する魔法」
「何でわかるよ?」
「隊長の二回目の攻撃の時、あのエルフは完全に虚を突かれてた。もしあの魔法が使い手の認識がなければ発動しないものだったら、あれで勝負がついていたはずだからね。でも、そうじゃなかった」
「それがわかっても、どうしようもないんじゃないの?」 
「まあ、確かに普通はそうだね。エルフの魔法の鉄壁さを確認しただけなんだから。……でも、隊長はそんな魔法の穴を見つけた」
「穴?」

 皆の視線がギーシュに向けられる。ギーシュは皆の視線を背に感じながら大きく頷く。

「そう。突破口という名の穴を、ね。ぼくもさっき気付いたんだけど。あのエルフ、砂煙を受けて肩に砂が乗ってたんだよ」
「それがな―――ぁ」

 ギーシュの言葉に疑問を投げつけようとしたロングビルの顔に、理解の色が浮かんだ。
 答えを得て咄嗟に出た小さな声を耳で拾ったギーシュは、口元に笑みを作り頷いた。

「そう。あのエルフの魔法は、別に周囲から使い手を隔離してるわけではないんだ。だから、使い手を攻撃(・・)と思われるものからは自動的に守るけど、攻撃と判断できない(・・・・・・・・・)ものは別に防ぐわけじゃない。なら攻略方法は簡単だ」
攻撃と判断できない攻撃をする(・・・・・・・・・・・・・・)
「当たり」

 ギーシュの言葉を続けるように、ロングビルが口にした答えに、ギーシュは頷く。
 
「それが、『アンケイ』?」
「そう」
「その『アンケイ』って一体なんなの?」
 
 キュルケがタバサを抱きしめながら問いかける。

「超短距離から爆発的な威力を出す打撃技だよ」
「「「「は?」」」」

 後ろから聞こえる疑問の声に、ギーシュはこみ上げる笑いを堪える。
 自分も同じだったと。
 打撃技―――打撃と聞いて、その正確な意味が分かるものは、多分殆んどいないだろう。それはメイジだけでなく、このハルケギニアに住む殆どのものがそうだ。大体、素手の戦闘方法があるなど、見たことも聞いたこともない。当たり前だ。メイジには魔法があり、それは杖さえあれば、炎で敵を焼き、風で敵を切り刻むことができるのだから。メイジに少しでも対抗しようとする平民には、剣を、弓を、そして銃があり、それを鍛えれば、時にはメイジにも勝てる力を得ることができる。
 なのに、わざわざ素手で戦おうとする者がいるわけがなく、そんな戦い方を考える者もいるわけがない。
 あったとしても、そんなものに意味はないと思っていた。

 ―――あの時までは。

 士郎から水精霊騎士隊(ウンディーネ)に入隊が許され、最初の訓練の時、ギーシュたちは士郎と模擬戦を行った。 
 それは別段おかしなものではない。
 だが、その内容はものすごくおかしなものであった。
 ギーシュたちが魔法でも何でもありな状態に対し、士郎は素手だけだったのである。
 いくら士郎が強くても、素手で、しかも複数のメイジと同時に戦って勝てる筈がないと思いながら行われた模擬戦。
 結果は惨憺たるものであった。
 ギーシュたちの完敗というか惨敗であった。
 模擬戦が終わったそこには、傷一つ、汗一つかくことなく立つ士郎の前に、文字通り血反吐を吐くギーシュたちの姿があった。
 
 昔のことを思い出し、顔色を若干悪くしたギーシュは、軽く息を吐き気分を入れ替える。

「君たちにわかりやすく言えば、拳を相手に当てた状態で、体の中にエア・ハンマーをブチ込むみたいな技だよ」
「「「うっ」」」

 ギーシュの説明を聞き、ルイズたちは同時に腹を押さえた。
 
「でも、どうしてそんなことできたのかしら」
「そりゃ簡単だよ。普通に殴りかかったら攻撃(・・)と判断されるだろうけど、手を当てるぐらいだったら攻撃と判断されない(・・・・・・・・・)でしょ普通」
「あ、そっか」

 背中にルイズが頷く気配を感じながら、ギーシュは真剣な目を視線の先の士郎とビダーシャルに向ける。傍目から見れば勝負が着いているように見えるが、相手はエルフ。油断は出来ない。そうギーシュが思った時、それに応えるかのように、地面に蹲っていたビダーシャルがゆっくりとした動きで立ち上がった。





「やはり、さっきの一撃で終わらせられなかったのはきつかったか」

 拳を構える士郎の前で、ビダーシャルがゆっくりとした仕草で立ち上がる。動きは緩やかであったが、そこにダメージによるものは見えない。先程まで今にも死にそうな様子を見せていたにもかかわらず、今見える背中からはそんな様子は見られない。何らかの方法で回復したかと、士郎が想像した時、ビダーシャルが顔を士郎に向ける。

「楽に死ねると思うな」
「―――ッ!!」 

 静かなビダーシャルの声が耳に届くと、士郎の立つ足元の地面が揺れ動いた。
 咄嗟に飛び離れた士郎を追うように、盛り上がった地面が槍のように伸び士郎に迫る。それは、空気を抉りながら士郎を追いかけ、その先端を刺すように士郎に襲いかかった。

「土? いや石かッ!」

 身体を捻るようにして回避した士郎は、脇を通り過ぎた蛇に似た何かの正体を見破った。それは石で出来た蛇であった。胴回りは三メートル、全長は二十メートルは軽く超えている。

「我はこの場の全てと契約している。つまり、ここに存在する全ての精霊が貴様の敵だ。石の蛇に押しつぶされ死ね」
「断るッ!」

 ビダーシャルの指が士郎を指し、石の蛇が士郎目掛け駆けた。空間を抉りながら進む石蛇を、士郎は横に飛び避ける。だが、まるで本物の蛇のように、石蛇は避けた士郎を追って進路を変え後を追う。

「ちぃッ!」
「我を無視しするとは余裕があるな」

 大地を蹴り、上空に士郎は逃げる。足裏を削るように石蛇が士郎の下を通り過ぎていく。だが、安堵する間もなく、中空にいる士郎目掛け石の散弾が襲いかかる。

「しつ、こいッ!」

 迫る石の散弾。
 避けるには身体は未だ空中にあり、避けることは不可能。
 だが、

「この程度ッ」

 迫る石の散弾に向け、広げた両手を構える。
 そして―――その身に襲いかかる石を、逸らす、反らす、外らす、そらす―――ッ!
 広げた手の甲で迫る石を、誘導するするようにずらす。二本しかない筈の腕が、十数本に見えるほど素早く動かし、その身に当たる石だけを正確に選びそれを取り除いた。
 石の散弾から抜けた士郎。だが、

「―――が、ぁ?!」

 ―――尻尾か?!

 通り過ぎたかと思った石蛇の尻尾の先端が跳ね上がり、士郎を下から襲いかかったのだ。抉るように振るわれた石蛇の尻尾。完全に不意を打たれた攻撃。逸らすことも避けることも不可能。だから士郎は、

「一本もってかれたか」

 叩きつけられ、地面に転がりながらも立ち上がった士郎が力なく垂れ下がった右腕を左手で抑える。
 力なく垂れ下がる右腕は折れていた。
 士郎は咄嗟に迫る石蛇の尻尾を右手で殴りつけたのだ。その反動で直撃を避けた代償は右の腕一本。それが大きいのか小さいかの判断は今はまだ出来ない。
 また、石の散弾も逸らしたとはいえ、完全に避けた訳ではないため、全身に出来た小さな傷からは赤い血が流れ出ており。士郎はその身を自身の血で赤く染め上げていた。

 
 

 
後書き
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 第九話は明日か明後日には上げれそうです。 
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