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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第二章 風のアルビオン
  幕間 炎の中の子供

 アンリエッタ王女の歓迎のため、学院長の秘書としての仕事がやっと終わり、今日1日の疲れを癒やすために士郎に会いに行こうとしたロングビルは、ルイズの部屋のドアに張り付いているキュルケたちを見つけ、咄嗟に隠れてしまった。

 何してんだいあの子たちは?

 特にやましいこと等無かったのだが、つい盗賊時代の頃の癖で隠れてしまい、今更出るのが憚られ、そのまま物陰から様子を窺っていた。
 しばらくすると、ドアが急に開き、キュルケたちは部屋の中に倒れこんでいく。ドアが閉まる一瞬、士郎の姿が見えたことから、ロングビルは部屋の中の様子がますます気にはなったが、士郎に気配を悟られないため、ドアには近づかない。

 中じゃ一体、何が起こっているんだい? 気になるねぇ……。

 隠れていた理由がズレていっているが、ロングビルは自覚することなく部屋の様子を窺い続ける。



 キュルケたちが部屋の中に入り、しばらくたつと、部屋の中からキュルケ達が出てくる。
 その中にはフードを被った見知らぬ人影があり、ロングビルは一瞬考えた後、キュルケ達についていくことにした。
 キュルケたちの後を気付かれないように追いかけていると、中庭の辺りでフードを被った女性にギーシュが何やら胸を張って宣言している。ギーシュの声は誰もいない中庭を通り抜け、ロングビルの耳に届く。

「姫殿下、ご心配には及びません。このギーシュ、必ずやアルビオンに行き着き、ウェールズ皇太子から手紙を受け取って参ります!」
「この馬鹿ギーシュっ! 誰かに聞かれたらどうするのよ!」

 予想外のフードの女の正体に驚いているロングビルの視線の先では、キュルケがギーシュの頭をひっぱたき、胸ぐらを掴んで怒鳴り付けている。

「はは、いや、すまない。つい興奮してしまってね。しかし、今は夜中だ、心配しなくても誰も聞いていないさ」

 ギャーギャー騒ぐキュルケたちを尻目に、フードを被った女がくすくすと笑いながら頷いている。

「ええ、分かりました。それでは大船に乗った気持ちで待っています」

 フードを被った女(ギーシュの言ったことが本当ならば、アンリエッタ王女だが)からの言葉を聞いたギーシュは、恍惚の表情になるが、タバサがそのやり取りを見て、ポツリと呟く。

「青銅は水に浮かばない。沈む」
「タバサ~。あたしたちも一緒に行くのよ、不吉なこと言うのはやめてよ」

 キュルケがタバサが言った的確な言葉に対し、恨みまがしい目を向けるが、タバサは堪えることなく持っていた本に目を落とす。何ら堪えた様子を見せないタバサに、キュルケは肩を竦める。

「まっ、ギーシュには、はなっから期待はしてないけどね。何せシロウもついていくんだし」

 え……?

 何気なく呟いたキュルケの言葉は、ロングビルの思考を停止させるのに十分な代物であった。
 キュルケ達が中庭から離れていくのに、ロングビルは気付かない。



 ギーシュ達が去り、誰もいない中庭の片隅で、ロングビルは一人呆然と立ち竦んでいる。
 頭に幾度もよぎるのは、ギーシュが言った言葉。

“アルビオン”

 それは懐かしくも忌々しい、祖国の名であった。







 士郎たちを追って、港町のラ・ロシェールに着いたロングビルは、士郎たちに気付かれないように監視していると、士郎たちが泊まっている“女神の杵”亭に向かう傭兵たちを見つけた。
その穏やかならぬ雰囲気に、ロングビルは一騒動あるなと考えていると、案の定騒ぎが始まった。
 ロングビルが様子を窺っていると、“女神の杵”亭の中から士郎が勢い良く飛び出してくる。
士郎の突撃に傭兵たちは、混乱状態になったが、すぐに立ち直ると、数を武器にだんだんとルイズたちを追い込んでいった。
 巻き返す様子が見えなかったことから、ロングビルはルイズたちを助けるためにゴーレムを作り出す。
 勿論、ルイズたちに余計な疑いを抱かせないために作ったのは、巨大なゴーレムではなく、ニメイルほどの大きさのゴーレムであった。


 
 その後、士郎が白い仮面の男を倒し、屋根の上に立つロングビルに説得をされ、“女神の杯”亭に帰っていくのを確認したロングビルは、去っていく士郎の背中を唇に触れながら見送ると、杖を軽く振り気合いを入れ直す。

「ふ~、ったく。世話をやかせるんだから……さて、それじゃっ! やろうかねっ!」





 士郎がルイズとワルドを連れて“女神の杯”亭の裏から出て行くのを確認したロングビルは、“女神の杯”亭に残ったキュルケ達と連携したお陰で、状況の不利を悟った傭兵たちが逃げていくのに時間は、そんなに掛からなかった。
 豪華な建物であったはずの“女神の杯”亭は、その面影を見つけることが難しいほどに破壊されてしまっている。
 煙を上げる“女神の杯”亭の、既に扉の姿を保っていない出入口からキュルケたちが出てくると、屋根の上から降りてきたロングビルに話しかけた。

「いや~、ミス・ロングビルがこんなに強力なメイジだとは知らなかったよ」
「トライアングルクラス……」
「で、ミス・ロングビルは何でこんなとこにいるの? 説明してもらえる?」
「この近くに私の妹がいるんですが。今日はもう遅かったので、ここに泊まろうとおもったんです」

 キュルケの問いに答えたロングビルは、キュルケたちが“女神の杯”亭から出てきたのを確認すると、踵を返し、そのまま士郎たちが逃げていった方向に向かって歩き始める。
 それを見たキュルケ達は、慌ててロングビルを追いかけた。

「ちょっ、ちょっとミスっ!? どこいくのよっ!?」
「待ってくれよっ!」
「……疲れた」
 
 ロングビルがラ・ロシェールの町から大分離れた場所まで歩いていき、周りを見渡し、追っ手が居ないことを確認すると振り返ってキュルケたちに向き直った。

「ここまでくれば大丈夫ですね」
「はあっはあっ……ミス、どうしたんですか」
「……疲れ……た」
「ふうっ……で? 一体何が大丈夫なんですかミス・ロングビル?」

 町の明かりが見えない暗闇の中で、キュルケたちが息を荒げながらロングビルにここまできた理由を尋ねると、ロングビルは全く息を荒げる様子を見せず、キュルケたちに呆れた顔を向ける。
 
「はぁ。わからないんですか? あのままあそこにいれば、あの壊された宿の修理代を払わされていましたよ。あの宿、ラ・ロシェールで一番高い宿ですよ、修理代は莫大なものになるでしょうね」
「あっ……」
「危機一髪?」
「あ~……助かったわミス・ロングビル。このままシロウたちを追いましょう」

 ロングビルの言葉に納得したキュルケ達は、そのまま士郎たちが向かった『桟橋』に向かって歩きだしたが、突然足を止めたキュルケがロングビルに振り返る。

「それで、どうしてミスも付いてくるんですか?」
「……魔法学院の関係者として、このままハイさようならとはできません」
「……目泳いでる」

 キュルケ達に迫られたロングビルは、どうしようかと悩む。

 さて、どうしようかね……このままついていくか、別れてついていくか……。

 これから先のことについて、ロングビルが悩んでいると、横からギーシュが声を掛けてきた。

「あれ? ついてきてもらわないのかい?」
「ギーシュ何言っているのよ? ついてきてもらってはダメでしょう」
「何でダメなんだい?」
「ギーシュ、あなたねぇ……」

 キュルケは察しの悪いギーシュに頭を抱えたが、ギーシュは憮然とした顔でキュルケを睨む。

「そうは言ってもだね、またいつこんなことがあるかわからないだろう? なら戦力が多いに越した方がいいだろう」

 キュルケはギーシュが思っていたより考えていたことに驚きつつも溜め息をつく。

「確かにそうだけど、だからって一緒に行く分けにはいかないでしょ」
「密命」
「うっ、そうか……」

 キュルケの言葉に、続けてタバサが短く言うと、ギーシュは残念そうに頷き。それを確認したキュルケは、改めてロングビルに向き直ると頭を下げる。

「ミス・ロングビル。助けてくれてありがとうございました。けれど、ここまででよろしいです」
「襲われた理由も言えないと?」
「はい、すみませんが」
「そう……」

 まっ、当たり前だね。王女からの密命にのこのこ人を連れてはいけないしねえ……さて、それじゃ、どうしようかね

 キュルケの判断は、ロングビルが密命のことを知っていることを知らない身としては正しい判断だ。ロングビルとしては、出来ればこのままついて行きたいと考えていたが、この様子では無理だと理解する。

「分かりました。そこまで言われるのなら、訳を聞きません。しかし、『桟橋』まで行くのでしょ? そこまで付いていきます。あの傭兵たちがまた来るかも知れませんから」
「すみません……」

 ロングビルの好意に、キュルケはますます頭を下げた。


 
  
  
「船を出せない?」
 
 ロングビルたちが『桟橋』に着き、停泊していた船の乗組員にアルビオンに行きたいと言ったところ、あっさり首を振られて断られてしまった。

「何で? この船はアルビオンに行く船なんでしょ?」
「ああ、いつもならね。だけど知ってのとおりアルビオンじゃ内乱が起こってるだろ。唯一今のアルビオンに行く船は、何故か知らないが、昨日の夜中に出て行ったみたいだから、ここからアルビオンに行く船はもうないよ」
「そんな……、どうしてもいけないの?」
「ああ、いこうにも風石がないからね」
「風石が無い? それってどういうこと?」
 
 何とか説得しようとしたキュルケだが、予想外の言葉に驚く。忌々しげな顔をする乗組員は、空にかすかに見えるアルビオンの大陸を指差す。

「“レコン・キスタ”の奴らがあらかた持って行きやがったんだよ、……風石を持っているのは奴らに物資を持っていくような奴だけ、ここにいる奴らは風石は持ってないよ」
「はぁ~。わかったわ、ありがと」




 キュルケはため息をつくと、ロングビルたちを連れて“桟橋”から離れ。
 
「それでどうするんだい、アルビオン行きの船が無いならどうしようもないだろ?」
「そうだけど……あっ! タバサっ!」
「?」

 突然何かに気付いたキュルケは、タバサに振り向いた。

「あなたのシルフィードならいけるんじゃない?」
「無理」
「無理って、あなた……確かに近くはないけど、無理じゃないんじゃない?」

 タバサにすげなく断られるも、諦めずにキュルケはもう一度確かめようにタバサに聞くが。しかし、タバサはふるふると首を振ると、かすかに見えるアルビオンを見上げる。

「“レコン・キスタ”と空賊がいる、見つかったら逃げられない」
「あっ……じゃあ、どうしようもないわね……」
 
 キュルケたちが腕を組んでどうしようかと悩んでいると(タバサは、ぼ~と突っ立っているが)、ロングビルがおずおずと声を上げる。

「アルビオンに行きたいんですか?」
「えっ? ええ? そうですが……。っ! 何か方法があるんですか!?」
「そうなのかい!」
 
 ロングビルの言葉に、キュルケたちが勢い良くロングビルに向き直ると(タバサは、ぼ~と突っ立ってい……疲れているのか寝ている)、ロングビルに詰め寄る。

「えっ! ええ……あるにはありますけど……」
 
 キュルケたちに詰め寄られたロングビルは、器用に立って寝ているタバサをチラリと見る。

「それにはミス・タバサの力が必要です」
「タバサの?」
「それはどういうことだい?」
「……くうくぅ……」
「タバサ起きなさい」
「っ? ……眠い……」
「タバサ、もう少し頑張って」

 キュルケがいつの間にか寝ていたタバサを起こすと、改めてロングビルに尋ねる。

「それで、どういう方法か教えていただけますか?」
「確かミス・タバサの使い魔は風竜でしたね? 彼女の使い魔に乗って行けばいいんです」
「? でもそれは、空賊とかいるから無理なんだろ」
 
 ロングビルの言葉にギーシュが疑問の声を上げると、ロングビルは一度頷くと空に浮かぶアルビオンを見た。

「……ええ、確かにそうですが、それは“レコン・キスタ”たちに見つかったらの話ですよね? それなら見つからなければいいことですよね」
「どういうこと?」
 
 キュルケが訝しげな顔をすると、ロングビルはキュルケたちが見たことのない意地の悪い顔でニヤリと笑う。

「ちょっときついけど、試してみるかい」






「っ! きゃ~!! しっ死ぬっ! 死ぬ! しぃぬぅ~!!」
「うるさいわねっ! 少し黙ってなさいギーシュ!」
「風強い……」
「くっくっくっ、この風、この光、懐かしいねぇ」

 今ロングビルたちがいる場所は、アルビオンを取り囲むように浮かぶ雲の中であった。雲の中は雷と強風、氷混じりの嵐の様な状態である。
 そんな中を、シルフィードに乗ったロングビルたちは飛んでいた。
 シルフィードの上では、女性陣はキュルケとロングビルの間に挟まれるようにタバサが乗っており、ひとかたまりになっているが、ただ一人の男であるギーシュは、何故かシルフィードの尻尾に捕まっていた。

 あまりな光景であったが、これには理由があった。
 ロングビルたちは最初、全員でシルフィードの背中に固まって乗っていたが、調子に乗ったギーシュがロングビルの胸を触ったことにより、ロングビルとキュルケに蹴り飛ばされ、そのまま尻尾まで転がっていったのである。

「いっ、いくらなんでもっ! これは! あまりにもっ! あんまりじゃないのかい!!?」
「……自業自得」
「許可なく触ったあんたが悪いんだよっ! 殺されないだけ有り難く思いなっ!!」
「ったくっ! こんな時にまでそんなことするギーシュが悪いよっ!」

 ギーシュが泣き喚く中、シルフィードは嵐が吹き荒れる雲の中を飛ぶ。

「でもっ! こんな方法があるなんてねっ!」
「ああっ! 船はここらを飛ばないからねっ! 危険だが確実だよっ!」
「ふふっ、ミスっ! あなた口調変わってない!? そっちのほうが素敵よ!」
「ハッ! 気にしないでおくれ! それより雲を抜けるよっ!」
 
 ロングビルがそう言った瞬間、シルフィードは雲を抜け出す。
 雲を抜けた瞬間、ちょうど朝日が昇った瞬間と重なり、ロングビルたちは目を細めた。

 ……アルビオンか……。

 ロングビルは朝日に照らされたアルビオンを、様々な感情が入り混じった複雑な視線を、その細めた目で向けていると、それを遮るかのようにギーシュが素っ頓狂な声を上げた。

「? っ!? ちょっ! ちょっと見たまえ! あそこあそこ!」
「何よ、……っ!」
「“レコン・キスタ”」
「これは、やばいね……」
 
 ギーシュが指差す方向に顔を向けたロングビルたちは、朝日に照らされるアルビオンを見下ろすかのように浮かぶ“レコン・キスタ”の軍勢を見付ける。
 今にも砲撃が開始されるかのような雰囲気にロングビルたちは息を飲んだ。

「……これは、時間が無いみたいね」

 キュルケが冷や汗を流しながら呟くと、ロングビルは『レコン・キスタ』の軍勢に囲まれているニューカッスル城の下付近を指差し、タバサに振り向く。

「あそこに行ってくれますか、穴がありますからそこに入ってください」
「わかった」







「それで、無事にアルビオンに着くことはできたけどこれからどうする?」
「どうするって……いつ“レコン・キスタ”が攻めてくるか分からない今、城に入るのは危険だと思うんだけど?」
「そうね……でも、まずは士郎たちと接触しないと始まらないと思うんだけど」
「……すぅすぅ……」
「……タバサ、起きな……まぁいいか……」

 キュルケたちがああでもないこうでもないと言い合っていると、厳しい顔をしたロングビルが話に割り込んでくる。

「あなたたちはここで待っていてください。シロウたちを探しているのなら、私が探してきますので」
「そんなっ、ミス・ロングビルにこれ以上のことは……それに」
「あなたたちと違って私はニューカッスル城のことはよく知っています、ばらばらに探すより、私一人のほうが効率がいいですから」
「ミス……」
「そういえば、どうしてミス・ロングビルはニューカッスル城のことを知っているんだい? それにこの場所も……」

 キュルケとロングビルが話していると、その脇からギーシュが疑問の声を差し込む。
 その疑問に対し、ロングビルは唇に指を当て、蠱惑的な笑みを浮かべる。

「ふふっ秘密です。イイ女には秘密がつきものですからね。私があなたたちの事情を聞かない変わりに、あなたたちも私のことを聞かないと言うことでいいですね」
「イイ女って……、まあいいですけど。まあ、互いに事情を聞かないのは構いませんが、でもミス・ロングビル、ここで待っているだけっていうのは……」
「そうですか……なら」
 
 キュルケが言い辛そうにロングビルに言うと、ロングビルは何か考えるように宙を見上げ……何かを考えついたのかの様に頷いた。

「なら、ミス・ツェルプストーたちはミスタ・グラモンの使い魔で穴を掘って、私を追いかけて来てください」
「ヴェルダンデでかい? どういうことだい?」
「たしかミスタ・グラモンの使い魔は、宝石の匂いがわかるんですよね?なら、この指輪の匂いを辿ってきてもらえますか?」
 
 そう言うと、ロングビルは懐から、古めかしい指輪を取り出すと、キュルケたちに見せる。
 ギーシュはシルフィードにくわえられて連れて来られた使い魔に振り向くと、件の使い魔はギーシュが振り向く前に既にロングビルの手にある指輪に鼻を近づけていた。

「ヴェルダンデ、さすがに宝石のことになると早いね。まあこの様子なら、大丈夫だと思うよ」
「っ! くっ、そうっ、ならそういうことでってもう邪魔だねっ! このモグラっ!」
 
 ロングビルはぐいぐいと宝石に鼻を押し付けてくるヴェルダンデを足で押さえつけながら頷くと、最後にヴェルダンデを蹴り飛ばし、穴の奥にむかって歩き出した。


 
 

 
「はぁ……まさかまたここに来るとはね……」

 非戦闘員が逃げ出した、人気の無いニューカッスル城の中を歩きながら、ロングビルは懐かしい思いに囚われながらも士郎を探していると、礼拝堂のほうから破壊音が聞こえてくる。 

「っ! この方向、礼拝堂かい? まさか“レコン・キスタ”の攻撃が始まったのかい、それともまさか……」

 ロングビルは破壊音が聞こえた礼拝堂に踵を返すと、フードで顔を隠しながら礼拝堂に向かった。



 

 ……これは……まさかあの時の(・・・・)
 
 ロングビルの視界に礼拝堂が入った瞬間、過去に感じた死の恐怖を感じ、思わず足が止まり。次の瞬間目の前で礼拝堂の天井が吹き飛んだ。
 
「やっぱりこれはっ……っシロウ!」

 ロングビルが天井の吹き飛んだ礼拝堂に飛び込むと、倒れ伏すフードを被った、メイジと思われる者達の先に、肩を落とし血に濡れた貴族を見下ろす士郎がいた。
 
「あ……」

 ロングビルには、一時それが誰だか分からなかった。


 まるで……零れ落ちそうになる涙を、必死に我慢している幼い子供の様な……
 
 まるで……何かに疲れ果てた老人の様な……

 まるで……取り返しのつかない罪を犯したことを後悔する罪人の様に……

 まるで…………

 常に強靭な男を感じさせていた士郎の姿はそこにはなく……ただ、酷く脆く、そして儚い男の姿があった。
 触れれば崩れそうな雰囲気に、思わず足が止まったロングビルであったが、士郎の瞳に満ちる感情に気付くと、歩みだした。






 ロングビルが初めて士郎を見たのは、士郎が召喚された次の日だった。“春の使い魔召喚の儀”で血だらけの男が召喚され、保健室に運び込まれたと聞いたロングビルは、どんな奴か見てやろうと思い、士郎が目を覚ます前に一度、保健室に向かうことにし。そこでロングビルは、白いシーツに包まれ、眠る士郎を見付けたのだ。

 そう言えば、寝てる士郎は、まるで昼寝している大型犬のようだったね……

 窓から差し込む春の陽気の下、鍛えぬかれた浅黒い体を真っ白なシーツに包まれ眠る士郎は、まるで昼寝中の大型犬のようだった。

 あの時は、こんなことになるなんてちっとも考えもしなかったよ……

 二回目は士郎が目を覚ました時。あの時は、士郎の視線の鋭さに驚いて直ぐに逃げてしまった。

 シロウが目を覚ましてからは、本当に色々なことがあった……

 まるで運命という歯車が回り出したかのように色々なことが。
 そんな中、士郎を避けるようにしていたはずのロングビルに、士郎は何度も声を掛けてきた。

 仕事を手伝ってくれたと思ったら、警告してきたり、口説く様なことを言ったかと思えば脅してきたり……まったく振り回されて大変だったよ……

 そしてロングビルは、“破壊の杖”の使い方を調べるため、士郎たちを森の中へ連れていく際、馬車の上で士郎の話しを聞いた時のことを思い出し、ロングビルは自然に士郎の体に手を回す。

「馬鹿だね、あんた……」

 あの時、シロウは“正義の味方”になることが夢だと語った……全てを救う“正義の味方”に……

「あんた今どんな顔してるのかわかってるのかい……? なんなんだいその顔……親とはぐれた子供じゃないんだから」

 全てを救うことなど出来ないことを……誰よりも知りながらも、愚直に“正義の味方”を目指す男。男は救えなかった者達を悼み傷付く。

「だから……馬鹿なんだよ」

 感情を消し、人を救うだけの“モノ”になることも出来ず、傷付きながら人を救う。
 
 何故……だろう……

 何故……この男なのだろう……

 何故……












 身を叩くような風が体に当たるのを気にすることなく、ロングビルは煙を上げ崩れゆくニューカッスル城を見上げていた。

「お父様……」

 お父様は仇を討つこと望んではいなかった……だけど……

 自分の家族だけでなく、妹同然の少女の家族の仇であるアルビオンの王が君臨していた、燃え落ちるニューカッスル城に怒りや悲しみ、様々な感情が入り交じった視線を向けていたロングビルは、一度目を閉じると、次々と沸き上がる思いを断ち切るように視線を逸らす。

 ロングビルが視線を逸らした先には、シルフィードの後ろに座り込んでいる士郎とルイズが。
 
「ふふっ……まるで子猫だね……」

 ロングビルの視線の先には、穏やかな顔をしたルイズが背を丸め、膝を抱えた状態で士郎の背中に寄りかかって眠っている。そんなルイズを士郎は苦笑いしながらも、優しげな顔をしてルイズを見下ろしていた。
 
 その光景は、まるで子猫に懐かれた大型犬が、寄りかかって眠っている子猫をどうしたらいいか悩んでいるようだった。

「ふぁっ……あたしも眠くなってきたね……」
 
 ……起きてたって嫌な考えが浮かぶだけだしね……

 急に眠くなってきたロングビルは、小さくあくびをすると、眠気に逆らうことなく目を閉じ睡魔に身を委ね……






 
 炎の中に……立ち尽くしていた……

 聞こえるのは、家が焼ける音……燃え上がる炎の音……焼け落ちる家屋の音……肉が……燃える……音……

 鼻につくのは……木材が焼け焦げる臭い……頭が痛む程の刺激臭……肉の……焦げる……臭い……

 目に入るのは……家屋が燃える姿……街路樹が燃え落ちる姿……天焦がす炎の姿……人の燃える……姿……

 死……炎……死……炎……死……死……炎……炎……炎……炎……死……死……死……炎……死………………

 ここは……地獄だ……と、ロングビルは思う。
 
 炎は人を燃料に燃え広がり、空は焼け焦げたかのように真っ黒だ。
 赤く紅く明く朱く緋く赫く……人を燃料に燃え上がる炎は、まるで血を思わせる赤黒い炎。

 な……何なんだい、一体……これは……何なっ――――
 
 睡魔に抗うことなく目を閉じると、何故か炎の中にロングビルはいた。
 正し……地獄の、と言う言葉がつくが。
 吐き気を催す地獄の様な……いや、地獄そのものの光景に只々呆然と立ち尽くすロングビル。
 その光景は、それなりに裏の汚い世界を見てきたロングビルであっても、直視することが出来なかった。
 死と炎のみが満ちる世界に、ロングビルは思わず叫び声を上げ――――

 はぁ――はぁ――っ――ぁ――ぁ――はっ――

 声が聞こえた……

 まだ、幼い子供の……声だ……

 っ――はぁ――っ―――――

 炎の中……十歳位の少年が歩いている。
 赤い髪が特徴的な……小さな少年が……地獄を……歩いている。

 体中に怪我を負いながらも、少年は歩き続ける。
 浮かべる表情も、その元となる感情さえも燃やされてしまったかのように、少年の顔には何の表情も浮かんではいない。
 ただ……歩き続けている……まるで、それが義務であるかのように……何か(・・)から逃げるかのように……
 
 なっ……! 何で子供がっ!

 ロングビルが少年の下へ走り寄り、少年に手を伸ばし――――

 え……?

 すり抜けた。
 少年の身体はロングビルの体を通り抜けると、足元の瓦礫に足を取られたのか、倒れるように地面に転がった。
 一瞬呆然としたロングビルだったが、すぐに我に返ると少年に振り返る。
 
 ――は……ぁ……――

 微かなと息を漏らしながら、放心した表情で、少年はヘドロのような空を見上げている。
 段々と、少年の呼吸が小さくなっていく……
 
 だ、誰かっ! 誰かいないのかいっ!! くそっ! しっかりしなさいっ! 立ってっ! 立って逃げなさいっ!

 触れることが出来ないことに気付いたロングビルは、必死に少年に声を掛けるが、少年は全く反応しない。声が届いていないのか、それとも聞こえているが動けないのかは分からない。ただ、ハッキリと分かることは、このままだと少年は確実に死んでしまうということだ。
 
 逃げなさいっ! 諦めない、で立ちなさいっ!! ……立って……逃げ……なさい……

 いつからか流れ出した涙を拭いもせず、ロングビルは必死に言い募る。

 しかし……少年は動かず……呼吸が小さくなっていく……

 誰か……誰かっ……誰かっ!! この子を助けてっ!!!

 慟哭じみた声をロングビルが上げ――


 ――ああ……生きている――

 男が……応えた……

 ボロボロの真っ黒なコートを着た男が、少年の前で膝を付いている姿がロングビルの視界に入り――






 ――虫の音が……聞こえた。

 は……? え? ええ?

 先ほどまで目の前で広がっていた地獄の様な光景が、見たことのない作りをした家屋に変わり。そして、戸惑いの声を上げるロングビルの視線の先には、男と少年が……いた。

 視線の先の男は、先程の地獄の光景の最後に現れた男。そして……少年は、地獄で死にかけていた赤い髪の男の子だった。

 
 男と少年は、木で出来た通路に腰を掛け、空に浮かぶ大きな一つの(・・・)月を一緒に眺めている。
 
 月が……一、つ?

 見たことがない、ではなく有り得ない光景に、ロングビルが訝しげな声を上げると、

「士郎……」

 男が少年に声を掛ける。

 は……シ、ロウ? え……いやいやそんなまさ、か……だって、髪の色とか……肌の……色、と、か……あっ。

 男が士郎と呼びかけたことに、愕然とした表情で赤毛の少年を見るロングビル。初めはまさかといった様子で見ていたが、赤毛の少年の顔に……自分の知るシロウの顔が重なった瞬間――

「僕はね……正義の味方になりたかったんだ」

 ――男が呟くように話しを続ける。

「なんだよソレ? なりたかったって、今はあきらめたのかよ?」

 士郎と呼ばれた赤毛の少年は、顔に不満をありありと浮かべ、目の前の男を睨みつけている。男はそんな赤毛の少年の言葉に、哀しさと苦味が混ぜったような笑みを零す。

「うん。正義の味方はね、大人になると名乗りにくくなるものなんだ」
「ふーん……じゃあしょうがないな」

 あれ? これ……どこか、で?

 見たこともない光景に何故かロングビルが既視感を覚える。

 ロングビルが眉間に皺を寄せ考え込んでいる中。赤毛の少年は頷くと、少し考えた後、さも名案とばかりに顔を上げる。

「じゃあ、俺が正義の味方になってやるよ。それなら爺さんも安心できるだろ?」

 っ!! 正義の、味方……やっぱり……この、子は……

 少年が明るい顔で宣言する姿に、ロングビルは……目を伏せた。

 少年の言葉を聞いた男は一瞬驚いた顔になるが、すぐに笑顔になる。そして士郎の頭に手を置くと、ゆっくりとそれでいて優しく不器用に撫でた。

「そうか……いや、そうだね。士郎がなってくれるなら安心だ」

 撫でられることにくすぐったさを覚えるが、嫌な気分ではないのか、振り払うことなく撫でられるに任せている。そして何気なく隣に座る男に目を向けると、男はどこか虚ろな瞳で月を眺め。

「ああ……とても、安心した……」

 安心したように……小さく呟いた。









 ああ―――そう、か―――――
 
 段々と薄れゆく光景の中、ロングビルは理解した。何故、最初からあんなにも士郎のことが気になっていたのか……その理由がやっと分かった。
 
 シロウ……あんたの中に、まだ……いるんだね。あの地獄を一人歩む……小さな子供が……


 薄れ、消え、白く染まった空間の中、薄れいく意識を感じながら、頬を伝う流れる涙を拭うこともなく、ロングビルの両腕は何かを抱きしめるかのように自身の体にまわされていた……強く……強く……
 






 
 







 
 
 

 
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