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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第九章 双月の舞踏会
  第三話 一時の別れ

 
前書き
 ……話が進まない…… 

 
「で、説明してもらえるんでしょうね」

 ルイズの魔法によって士郎がお仕置きされた際の余波により帽子を吹き飛ばされ、ティファニアが隠していたエルフの血を受け継ぐ証拠である長い耳を見られたことから、半ばパニックになりかけたルイズたちを何とか落ち着かせた士郎は、一旦ティファニアの家に戻ることにした。
 そして今、ティファニアの家の居間には、テーブルを挟み向かい合い座るルイズたちと士郎たちの姿があった。
 士郎の左には、ルイズから受けた傷を治療するティファニアが、右にはテーブルに頬杖をして眉根に皺を寄せ難しい顔をするロングビルと黙り込むセイバーの姿が。そして、甲斐甲斐しくティファニアの治療を受ける士郎の前には、腕を組み不機嫌さを隠そうともしないルイズを挟み、同じく腕を組み眉根を釣り上げるキュルケとテーブルを指先でコンコンと叩く苛立ちを露わにするシエスタの姿があった。

「説明と言っても……な」

 ルイズたちの視線から逃げるように、視線を彷徨わせた士郎だったが、唇を噛み締めながら治療を続けるティファニアに視線が合うと、ふっと笑みを浮かべその頭にポンッと軽く手を置き顔を上げた。

「そうだな、ま、バレてしまったからには説明しなければルイズたちも不安だろうしな。じゃ、テファ……説明頼む」
「え……ええッ!? ちょ、え、ま、待ってシロウっ、いきなり説明って言われても……」

 頭に手を置かれ顔を上げたティファニアは、ニッコリと笑い掛けて口にした士郎の言葉に手に持った包帯を放り投げ「あうあう」と慌て始めた。
 
「大丈夫だ。ルイズたちは話せばテファがハーフエルフだからといって、むやみに怖がったりはしないさ」
「でも、こんなに睨んで……」

 士郎の言葉を否定するように顔を振るティファニアに士郎は笑顔を浮かべた。

「はは……大丈夫さ」
「でも」
「ルイズたちが睨んでいるのは―――」

 士郎は引きつった(・・・・・)笑みをティファニアに向けながら横目で睨みつけてくるルイズたちに視線を向けると、そこには何時の間にか深イイ(・・)笑みを浮かべるルイズたちの姿があった。

「―――俺にだからな」
「ねぇシロウ。さっきから説明をしてって言ってるのに、何無視してイチャイチャしてるの?」
「そうよ、いい加減説明してよね」
「そうです、説明してください」

 ニッゴリ(・・・・)とくぐもった音が出そうな程深い笑みを浮かべながら、ルイズたちは額に血管を浮かせた顔をずいっと近づかせ。

「「「テファとの関係を」」」
「……ほらな」

 ガクリと顔を突っ伏した士郎が涙混じりの声を上げた。
 ティファニアはそんな士郎とルイズたちを交互に見返すと、一瞬小さな笑みを口元に浮かべ覚悟を決めるように小さく頷く。

「そうですね。わたしからちゃんと話さないと。分かりました。説明します」
「いいのかいテファ?」
「ティファニア……」

 覚悟を決めた顔をルイズたちに向けるティファニアに、ロングビルとセイバーの不安気な声が掛けられる。ティファニアはロングビルとセイバーが浮かべる不安を紛らわすように強ばった顔に笑みを浮かべた。若干引きつってはいたが、それでも「大丈夫」と伝えるように笑みを浮かべるティファニアの姿に、ロングビルとセイバーは何も言わず応えるように笑みを浮かべた。

「へぇ、じゃあテファ本人から直接説明してくれるってことかしら」
「はい」

 ティファニアが向き直ると、ルイズたちは気配を察したようにチクチクと士郎苛めを止め顔を上げた。

「それじゃ、教えてもらいましょうか」
「っ」

 ルイズたちの睨み付けるような視線を受けたティファニアの喉がゴクリと動いた。
 勿体つけるようにルイズはゆっくりと口を開き。

「シロウとは本当はどんな関係なのよ」
「まだ引っ張るのかっ!」

 ツッコミを入れたのは士郎。
 ガタンと音を立てながら椅子から立ち上った士郎が、向かいに座るルイズたちを疲れた目で見下ろしている。
 ルイズはむっつりとした顔で士郎を睨め上げると、「何言ってんのよ」といった視線を向けた。

「引っ張るって? わたしが一番知りたいのは何よりもそこなのよ」
「そうね。確かに他にも色々と気になるところはあるけど、まずはそこからハッキリさせないことには始まらないわね」
「そうです。まずはシロウさんとテファとの関係をハッキリさせないといけませんっ!」
「そんなに重要か。全く何でそこまでテファと俺との関係を疑うん―――っ!?」

 呆れるように溜め息を吐く士郎に、ティファニアを除く全員から刃物のような視線を投げつけられる。

「へぇ……よくまぁそんな事言えるわね。ちょっと目を離した隙にあっちこっちに女を作るあんたが……」
「男の甲斐性って言うけど、流石にこれはねぇ……」
「そうです。それにテファが敵になった場合。とてつもなく手強い相手になりますから警戒するのは当然です」

 冷たい視線と共に氷の様に冷えた言葉を突き刺してくるルイズたちに、士郎は腰が抜けたようにドスンと音を立てながら椅子に腰を下ろした。
 ルイズたちの刃物のような鋭い言葉に肩を寄せ縮こまる士郎を守るように、椅子から立ち上がったティファニアが声を上げる。

「ま、待って。わたしとシロウの関係って言われても……それに、わたしなんかが……」

 隠すように両手を耳に当て顔を伏せるティファニア。
 一瞬しんっと静まり返る居間だったが、直ぐにガタンっと音を立て立ち上がったルイズたち三人は、つかつかとテーブルを回り耳に手をあて顔を伏せるティファニアの背後に立つ。
 顔を伏せているティファニアは気付かない。
 ルイズたちが何をやろうとしているのか分からない士郎であったが、何時でも動けるようにと椅子から微かに腰を浮かした次の瞬間、

「へぇ、よく言うわねこんな胸しててっ! はっ! そう、つまりは余裕ってわけね! こんな強力な武器を持つから言える余裕ってわけねっ!! 何ていう傲慢っ! そんなに胸がでかければいいのかっ! っこの! くのっ! こぉっのぉおっ!」
「そうねぇ~……流石にこれはないわね。と言うか何よこの腰? こんなに細いのに胸がこれなんて……全くずるいわ。流石はエルフってことかしらね」
「っ! 油断していました。まさかこんな伏兵がいたなんて! 流石にこれ相手には勝てませんッ!! 何ですかこれ? おもちゃですか? 大人のおもちゃですかっ! 何でこんなに柔らかくて気持ちいいんですかぁッ!!?」
「っ! あっ! ひぃっ、んっ、ん、ん、ぁ、っぅ、やめ、あ、っくぅ」

 ルイズたちは示し合わせたかのように一斉にティファニアに飛びかかると、背中から回した手で胸をコネ回した始めたり。抱きつくように腰に回した手でクビレのラインをなぞり始めた。
 突然の陵辱を受けたティファニアは、ビクンッと陸に上がった魚のように何度も身体を跳ね上げながら真っ白な喉を晒しパクパクと口を開けたり閉じたりし始める。魚のように声も上げずパクパクと動く口からは、荒い呼吸と共に悲鳴のような苦しんでいるようなくぐもった声が漏れていた。
 目の前で突然始まった凌辱劇に、流石の士郎も固まった動けずにいたが、縋るような助けを求めるティファニアの視線を受けると、慌ててルイズたちを引き剥がし始めた。

「まてまて、何でいきなりそうなるんだ。落ち着け、どうどう、ほら、深呼吸しろ」

 何とかルイズたちをティファニアから引き剥がすことに成功する士郎。壁になるようティファニア前に立った士郎は、ルイズたちに向けた両手を、興奮した猛獣を落ち着かせるような心づもりで慎重に刺激しないようゆっくりと上下に振る。

「ふ~ふ~ふ~……お、落ち着いてるわ。た、ただ、ちょっと興奮しただけよ」
「は~は~は~っそ、そうね。ちょっと興奮しただけ」
「ふーふーふ~……っく、想像以上です。あれはもはや胸を超えた何かとしか言い様がありません」

 未だ目を爛々と輝かせるルイズたちであったが、荒い呼吸が収まっていくと共に何とか理性を取り戻し始めた。ルイズたちが落ち着きを取り戻し始めるのを見た士郎は、後ろで不安気に服を掴んでくるティファニアに顔を向けると笑い掛ける。

「どうもこいつらテファが魅力的すぎて理性が吹っ飛んでしまったみたいでな。すまなかったなテファ。大丈夫だっ……んなわけないか……本当にすまない」
「そ、そんなっ! シロウが謝らなくても……それに、シロウはそう言うけどわたしにそんな魅力なんて」

 士郎の言葉を否定するように顔を振ったティファニアの顔が、段々と下がっていく。
 が、士郎の一言がその動きをピタリと止めた。

「何を言ってるんだ? テファは十分以上に魅力的だぞ」
「え、でも、わたしハーフエルフで耳がこれだし、む、胸もへ、変だし」

 士郎の言葉を受け顔を真っ赤にしたティファニアが、その耳まで赤くなった顔を隠すように頭に手を当て小さくなっていく。腰を曲げ膝を曲げ、どんどんと小さくなっていくティファニアに士郎は手を伸ばすと、真っ赤に染まった耳を優しく撫でた。

「ひゃんッ!!?」

 士郎の指先が耳の付け根から先まで触れるか触れないかのギリギリのラインをなぞり上げると、ティファニアはバネ仕掛けの玩具のように飛び上がった。
 背筋を電流が駆け巡ったかのような刺激と熱に顔をますます赤くしたティファニアが、触れられた耳を両手で押さえていると、風が触れるような優しく頭を撫でられる感触に顔を上げると、そこには苦笑を浮かべる士郎の顔があった。

「す、すまない。そんなに驚くとは思わず」
「え、あ、そ、その、だ、大丈夫です……ちょ、ちょっとびっくりしただけですから……」

 士郎と目があったティファニアは、何故だが分からいがますます赤くなりこれ以上は湯気が出るんじゃないの? というほど赤くなった顔を逃げるように伏せると、ぼそぼそと小さく呟くように口を開いた。士郎に耳を触れられた瞬間に走った電流のような刺激が、未だ渦を巻いており身体の芯が断続的に熱を発している。初めて感じる感覚に戸惑いながらも、窺うように士郎を上目遣いで見上げたが視線が合うとまたも逃げるように顔を伏せた。

「あ~……すまない。不快にさせてしまったか」

 顔を伏せたまま全身を細かく震わせるティファニアの姿に、士郎は後悔を滲ませた声を上げながら頭に置いていた手を離そうとすると、

「あっ! ち、違いますっ! 不快じゃないですっ! それどころか反対に気持ちが良かったというか身体に衝撃が走ったというか! あ、ああ違います違います痛いとかじゃなくて、何と言うかこう、その、あのっ」
「あ、ああ分かった分かったから落ち着け。何言ってるのか分からないぞ」

 離れようとする手を追いかけるように顔を上げたティファニアが、怒涛の勢いで士郎に詰め寄りだした。士郎はそんなティファニアの肩に両手を置いて落ち着かせようとする。興奮した犬か何かを落ち着かせるように、何度も頭を撫でている内にティファニアは落ち着きを取り戻していく。
 何とか落ち着きを取り戻したティファニアが、深呼吸するようにその豊満すぎる胸に片手を当てゆっくりと息を吸って吐くを何度か繰り返すと、まだ赤みが残る顔で士郎を見上げた。

「ま、全くもう。し、シロウってたまにこういうことしてくるから油断が出来ないんだから。い、いきなり耳を触ってきたらびっくりするじゃないですか」

 桃色に染まる頬を膨らませ、「怒ってますよ」と言外に知らせるティファニアに、士郎は小さく頭を下げると苦笑いを浮かべた。

「本当にすまない。自分の耳を気にしているようだから、俺はテファのすっと伸びた細く長い耳は綺麗だし、今みたいに赤く染まったところは可愛いくて十分以上に魅力的だと伝えたくてな。それに胸のことも……あまり気にしなくてもいいと思うぞ。そこも十分以上に魅力的だと思うし」

 最後の方はぼそぼそっとした小さな声であったが、ティファニアの耳にはバッチリ聞こえていた。
 ぼうっと士郎を見上げていたティファニアの顔が一瞬で先程以上に赤く染まる。湯気が出るほど赤くなった顔を伏せたティファニアは、コツンと士郎の鍛え上げられた胸板に額を当てると何も言わず服の端をギュッと力強く握り締めた。
 士郎の胸板に押し付ける強さを段々と強くするティファニア。まるでそれは自分が感じる熱を相手に伝えようとするかのようで……。



「……テファ」

 小さく囁くような声でティファニアの名前を呟く士郎。

「テファ」

 ティファニアの名を呼ぶ士郎の声は段々と大きくなっていき。

「テファっ」

 何かを訴えるかのように強く激しくなる士郎の声に、遂にティファニアの顔がゆっくりと持ち上がり。

「……テファ」

 最初のように囁くような声で名前を呼ぶ士郎の目とティファニアの目が合い。



「……後は任せた」


 ふっと儚げな笑みを浮かべる士郎。
 士郎の瞳の奥に揺れる不安と恐怖に気付いたティファニアが視線をずらすと、そこには、



「だから何いちゃいちゃしてるの? ふふ……本っ当いい度胸してるわねシロウって」

 馬用の鞭を床に叩きつけるルイズ。

「流石のあたしもそろそろ許せそうにないわね」

 胸の谷間からずるりと短い杖を取り出すキュルケ。

「わたしたちの前でこんなこと……もしかしてお仕置きを期待してるんですか?」

 背中から取り出したフライパンを、何度もバットのように振り回すシエスタ。

「シロウ……ティファニアとは何でもないと言っていたのはやはり嘘だったのですね」

 調子を確かめるようにブンブンとデュランダル(鞘付き)を振り回すセイバー。

「確かにテファが魅力的なのは認めるけど、だからって姉であるわたしの目の前で堂々と始めるなんて……流石はシロウって言って欲しいのかい?」

 自分が座っていた椅子を持ち上げ何かを確かめるように色々な持ち方を試すロングビル。



 それぞれの獲物を振りかぶるルイズたちが、士郎の背後に立って仁王立ちしていた。
 






 士郎へのお仕置きを終えたルイズたちは、次にティファニアにエルフがここにいるのかの事情を問いただした。
 立ち塞がるように目の前に立つルイズたちの後ろには、息をしているかどうかも分からない酷い状態の士郎が床にうつ伏せで倒れて煙を立てている。ルイズたちの士郎へのお仕置きの一部始終を見たいたティファニアの身体は、ガクガクと激しく震えていた。
 助けてとティファニアの縋るような目がセイバーとロングビルに向けられるが、二人は生暖かい視線を向けるだけ。
 助けを期待できないと理解したティファニアは、力なく項垂れるとガクリと肩を落とした。
 元々士郎から促された時から話すつもりだったことから、観念したように溜め息を吐いたティファニアは、ぽつぽつと自分がこの村で暮らすことになる経緯について話し始めた。

 母がエルフであり、自分はハーフエルフであること。
 父はアルビオン王の弟のあること。
 ある日アルビオン王に父がエルフである母を妾にしていることがバレ、騎士隊を差し向けられたこと。
 何とか命からがら逃げ延びることは出来たが、父と母は騎士隊に殺されてしまったこと。

 全てを話し終えた頃には、太陽が空の中央にくるお昼になっていた。
 
「―――と言うことです」
「はぁ……ロングビルの父親がこの辺りの太守で、テファの父親の部下だったって聞いた時からテファの父親がかなりの身分だと予想はしてたけど……まさか王弟だったなんて」
「ま、でもちょっと納得したわ。仕草の一つ一つにどうも気品を感じてたからね」
「うっうっ、酷いです。エルフだからって何も殺そうとするなんて……自分の弟の娘だというのに……」

 ティファニアの話を聞いてルイズたちはそれぞれの感想をポツリと漏らした後に続く者は誰もおらず。
 しんっと静まり返る居間。
 そんな中、おずおずと最初に声を上げたのはティファニアだった。 

「あの、その……それで……だから、わたしは」

 自分でも何を言いたいのかはっきりしないのか、ティファニアは口を開けたり閉じたりを繰り返しながら同じような言葉を繰り返している。
 
「ああ、はいはい分かってるわよ。あなたがわたしたちに危害を加える気なんかこれっぽちもないってことぐらい」
「そうそう、そんなにオドオドしなくていいわよ。大体分かったから、っていうかもうそんなことある意味どうでも良くなったというか」
「そうですね。最初はエルフって聞いてとても怖かったですけど、今となってはそれはもう二の次になったというか……」

 ティファニアに向かって手のひらをひらひらと振るルイズたちは、背後でつっぶしたまま動く気配の見えない士郎に視線を向けた。
 次にまた確かめるようにティファニアに向き直ると、その凶悪なまでの大きさを誇る胸を睨めつけ。
 
「「「……もう少しお仕置きしようかしら」」」
「ふむ、次は抜き身でやってみましょうか」
「椅子は結構いい武器だったね。次はテーブルでイってみようかな?」
「も、もう止めてぇ! これ以上は流石に無理よぉ!」
 
 手にそれぞれの獲物を持って再度士郎ににじり寄り出すルイズたちを見て、ティファニアは真っ青な顔を両手で押さえながら絶叫を上げた。






 士郎のお仕置き(処刑)が執行されそうになってから一時間程過ぎた今では、テーブルを囲んでルイズたちが昼食を食べ終え食後のティータイムと洒落こんでいた。
 テーブルの中心に置かれた皿の上には、これでもかというほど積み上げられたクッキーの山と椅子に座るルイズたちの前に置かれた紅茶が入ったティーカップ。
 クッキーの山とお茶の用意は勿論気絶していた士郎を強制的に起こして作らせたものであった。
 朗らかに笑い合いお茶を楽しむルイズたちの後ろでは、ぼろぼろの士郎が甲斐甲斐しく世話をしている。

「―――あはは、もう冗談だったって言ってるでしょ」
「そうは見えませんでしたよ」

 打撲に擦過、切り傷擦り傷刺し傷打撲火傷……全身これ傷といった様子で所々包帯を巻いた姿で給仕を勤めていた士郎が、ティファニアの言葉にうんうんと頷く。

「そう言えば今朝から隊長さんを見かけないけど、シロウ知ってる?」

 手に持ったティーカップを軽く揺らし、中の紅茶が揺れる姿を眺めていたキュルケがポツリと呟くと、士郎が応えるよりも先にパクパクとお茶請けのクッキーを食べていたセイバーが顔を上げた。

「っん? アニエスですか? 彼女なら朝早く森に向かっているのを見ましたが」
「森? って言うことはまだ戻って来てないってことかしら」

 そう呟いて、キュルケがティーカップの縁に唇をつけた時。

「休暇は終わりだっ! 各自帰る準備をしろっ!」

 バンっ! とドアが勢いよく開くと同時に帰還を命じながらアニエスが入ってきた。
 アニエスはそのままルイズたちが囲むテーブルに近寄ると、バンっとテーブルの上に勢いよく手を置きぐるりと辺りを見回す。

「すまないが予定が変わった、直ぐに準備をしてくれ」
「予定が変わったって言うけど、何かあったの?」

 ティーカップから口を離したキュルケが訝しげな視線を向けると、アニエスは懐から一枚の手紙を取り出し、それをテーブルの前に広げた。テーブルを囲むルイズたちの視線が一斉に広げられた手紙に向かう。

「何よもうっ。突然予定がか、わ……」

 テーブルの上に広げられた手紙に顔を寄せたルイズの眉間には、ティータイムを邪魔をされ皺が寄っていたが、手紙に記載されたサインに気付くと一瞬でその皺は綺麗さっぱりとなくなり、驚愕に目を見開かせた。

「ってこれ、姫さまのサインじゃないっ!? どういう事よ一体っ!」

 バンっ! とテーブルを叩き顔を上げたルイズが、アニエスに睨みつけるような視線を向ける。

「どうもこうもない。書かれている通りだ。先日そこの……どうしたその怪我」
「……聞かないでくれ」

 士郎を指差し視線を向けたアニエスの顔がガチリと固まり、伸ばしていた腕がだらりと垂れ下がる。
 アニエスの戸惑った視線を受けた士郎は、乾いた笑みを浮かべると肩を落とし微かに首を横に振った。士郎のその言葉と雰囲気にまさかとアニエスが周りに視線を巡らせると、さっとルイズたちの顔が逸らされる。何となく事情を察したアニエスが引きつった顔で小さく溜め息を吐き、気を取り直すように一度大きく首を横に振ると、テーブルに広げられた手紙を取り上げた。

「まあ、ともかくだ……そこにいるシロウの生存報告をしたら、手紙に書いてあった通り。陛下直々に直ぐに帰って来いとのお達しが返ってきたということだ」

 手紙を懐に直しながら説明していたアニエスだったが、再度士郎に顔を向けると、顔を苦々しく歪めルイズたちを睨みつけた。

「まあ、どうやら知らない間に逆の報告をしなければならないところだったみたいだがな」
「はは……」

 逃げるようにルイズたちが明後日の方向を向いて乾いた笑い声を上げていると、アニエスは踵を返しドアに向かって歩き出した。伺うような視線を背中に受けながらドアノブに手を掛けたアニエスは、ドアを開く直前後ろを振り返るとギロリとルイズたちを睨みつけた。

「という訳で直ぐに出発するぞ……その男が死ぬ前にな」
「「「っ! は、はいっ!」」」

 殺気さえ混じった声に、ルイズたちは椅子を蹴倒しながら立ち上がると、一斉に荷物をまとめる為飛び出していく。
 その場に残ったのは、この家の主であるティファニアと同居人であるセイバー。そして士郎とロングビルの四人であった。
 ロングビルは先程の喧騒の中でも優雅にティーカップを傾けていた手をカップと共にテーブルに置くと、隣に立つ士郎に顔を向け、

「で、どうするんだい?」

 と、問いかけた。

「俺は特に荷物とかないからな。そういうマチルダはどうなんだ?」
「わたしは何時も直ぐに出られるように荷物は纏めてるからね。で……どうするんだい?」
「……っはぁ……」
   
 士郎はロングビルの問いかけに諦めたように小さく溜め息を吐くと、アニエスが入ってきてからもずっとクッキーを食べ続けていたセイバーに顔を向けた。

「まあ、そういうことだ」
「んぐんぐ、ん……わかりました。今度来るときはお土産をお願いします」
「了解。色々と用意しておくよ」
「それは今から楽しみですね」
「ちょ、ちょっと待って! アルトはそれでいいの! シロウが帰っちゃうんですよ!」

 にっこりと士郎とセイバーが笑い合っていると、ティファニアの焦った声が居間に響き渡った。
 椅子を蹴倒して立ち上がったティファニアが、隣に座るセイバーに肩に手を置きガタガタと揺らし始める。セイバーはティファニアに肩を揺さぶられながらもクッキーを食べ続け。

「構いません」

 山と積まれたクッキーを全て食べ終え、ティーカップをテーブルの上に置いたセイバーは小さく首を横に振った。

「二度と会えないと言うわけではありません」
「そうかもしれないけど」

 落ち着いて応える姿に無理しているわけではないと分かるティファニアだったが、それでも士郎と再開してどれほどセイバーが喜んでいたか知っているためか、諦め切れないようであった。
 む~と不満を隠そうともしない顔を近づけてくるティファニアにセイバーは少し困った顔を向けると、落ち着かせるようにその頭に手を置きぽんぽんと軽く叩いた。セイバーに宥められたティファニアは、未だに未練がましい視線を向けながらも頭に手を置き引き下がる。未だ頬を膨らませるティファニアを苦笑しながら横目で見ていたセイバーだったが、直ぐに視線を鋭くさせるとその先を士郎に向け。
 
「それに……再会もそう遠くないと思いますし」

 と、小さく口の中で呟いた。





「それじゃ。世話になったな。お前たちもあまりテファたちを困らせるなよ」

 士郎は足元に縋りついてくる子供たちの頭を一人一人丁寧に撫でながら言葉を

 ルイズたちが荷造りを終えると、直ぐに士郎たちはウエストウッド村を出発することになった。
 ウエストウッド村の入口に立つ士郎たちの前には、セイバーやティファニア、子供達が見送りに立っている。
 士郎が帰るということを知った子供たちは、足に縋りつきながら引きとめようとしたが、ティファニアやセイバーの説得により何とか納得したものの、今も涙で潤んだ瞳を士郎に向けていた。
 そんな姿に鈍りそうになる足を無理やり動かし背中を向けた士郎は、心配そうな目を向けて来るルイズたちを促すと歩き始める。どんどんと小さくなっていく士郎の背中に、子供たちの涙混じりの声がいくつも投げかけられていく。
 士郎の背中が見えなくなるまでずっと手を振ったり声を掛けていた子供たちも、暫らく経つと一人また一人とウエストウッド村の入口から離れていった。
 最後まで残ったのは、セイバーとティファニアだけだった。
 セイバーは風に揺れる髪を片手で押さえながら、隣に立つティファニアに顔を向けた。ティファニアは風になびく髪をそのままに、じっと士郎たちが消えた先を見つめている。

「ティファニアこそ良かったんですか」
「何が?」
「ついて行くことも出来た筈です。シロウやロングビルはあなたを守り切ることが出来る。外の世界に行くチャンスだったのでは」
「そんなこと出来ないわよ」
「何故ですか?」

 不意に風が強く吹き、抑えていた髪が手から離れ、セイバーの視界を塞ぐ。
 ティファニアは自分の金色の髪が混じる視界をすっと細めた目で、視界の塞がれたセイバーにチラリと見ると口の中で小さく呟いた。

「……何でだろ……ね」

 何処か寂しげな顔で呟いた声は誰にも聞かれることなく、風に紛れて消えていった。
 


 風が止み、視界を塞いでいた髪が取り除かれると、まず最初にセイバーの目に映ったのは悪戯っぽい表情を浮かべたティファニアの姿であった。セイバーと目が合うと、ティファニアは「ふふっ」と小さく鼻で笑う。
 セイバーが警戒するように眉を寄せると、ティファニアはくるりと背中を向け肩ごしに振り返り。
 
「アルト一人だと、あっと言う間にみんな飢え死にしてしまうからよ」
「っ! 待ちなさいティファニア! それはどういうことですっ! 」
 
 激昂するセイバーから逃げるように、ティファニアは駆け出していく。笑いながら走り去って行くティファニアの姿に、セイバーは一瞬呆然とするが、直ぐにハッと気を取り直すと、小さくなる背中に向け駆け出した。
 
「ティファニアっ! 待ちなさいっ! どういうことか説明しなさいっ!」

 士郎たちが去り、何時もよりも何処か静かになったように感じるウエストウッド村の中に、それを紛らわすかのようにセイバーの声とティファニアの笑い声が響きわたった。




  
 

 
後書き
 感想ご指摘お願いします。

 ……アンリエッタのところまでいけるかと思ったけど……話が進まない……。

 すみませんm(__)m 
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