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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九十六話  攻防

帝国暦 486年 9月26日    オーディン 新無憂宮   アマーリエ・フォン・ゴールデンバウム



夫が部屋に戻ってきた、表情には疲れが有る。でもその顔からは生気は失われていなかった。どうやらレムシャイド伯との話し合いは悪い結果ではなかったらしい。ここ最近悪い報せばかりが続いている、夫の様子にホッとする自分がいた。
「お話は終わったのですか」
「うむ」

夫は頷きながら私の隣に座った。侍女達に夫のためにコーヒーを用意させる。その後は彼女達に下がるように命じ人払いをした。一応信頼できるものだけを集めてはいるが不必要に危険を冒すことは無い。侍女達が居なくなると夫は一口コーヒーを飲んでホッと息を漏らした。

「如何でした、レムシャイド伯とのお話は」
「反乱軍、いや自由惑星同盟と言うべきだな。向こうの政府内部でも戦争を止めたいと考えている人間が居るようだ」
「まあ」
「或いはそうではないかと思っていたが間違ってはいなかったようだ」

夫の声は明るい。改革を行わなければ帝国は生き延びることが出来ない、改革に専念したいと考える夫にとって同盟との和平、或いは休戦状態は是非とも実現したい事だろう。なにより現状では帝国軍は反乱軍と戦える状態には無い、その事も夫に和平を考えさせている。

「それは良い報せですわ、心強いですわね」
「そうだな。しかし問題が無いわけでもない。我々の友人は少数派のようだ、そして有力者ではあるが最高権力者と言う訳でもない……」
「……」

幾分苦笑を浮かべている。
「まあ我々も多数派というわけではない。お互い様というところだな」
「そうですわね、味方が無いというよりはずっとましですわ」
私の言葉に夫は“そうだな”と言って大声で笑いだした。大丈夫だ、私達はまだ笑うことが出来る。

「もう一つ、明るい材料が有る」
「と言いますと?」
私の問いかけに夫がニヤッと笑った。悪戯っ子のような笑みだ、余程良い事なのだろう。

「ヴァレンシュタインは和平派に繋がっているらしい」
「まあ、本当ですの」
私の言葉に夫が頷いた。ヴァレンシュタイン、あの男が和平派に繋がっている?帝国兵をあれだけ殺した彼が……。

「どうも同盟の和平派を動かしているのはあの男ではないかな。フェザーンの一件を考えるとそう思わざるを得んのだ」
夫がちょっと小首を傾げるようなそぶりを見せた。
「……地球教という共通の敵を作ったという事ですか?」
夫が頷いた、そしてコーヒーカップを口元に運ぶ。一口飲んでフッと息を吐いた。

「地球教の存在が分かった今、帝国と同盟が戦うのは愚かであろう。徐々に徐々にだがあの男は帝国と同盟が戦い辛い状況を作り出しているようだ」
「なるほど」
帝国を改革せざるを得ない状況に追い込んだのもあの男、そう考えるとあの男が和平派を動かしているというのは十分にあり得る。だとすると全てはあの男の……。

不意に凍えるほどの恐怖感に身体が包まれた。
「あの男が怖いか?」
「……」
驚いて夫に視線を向けると夫はじっと私を見ていた。労わるような、哀しむような切ない視線だ。

「今、震えていたな」
「……ええ、怖いと思いました。申し訳ありません、私は皇帝で怯えることなど許されない立場なのに」
夫が首を横に振った。

「お前を責めはせぬ、わしも怖いと思うのだ。我らだけではあるまい、敵も味方も皆あの男を恐れているだろう。まるであの男が怪物でもあるかのように……」
敵も味方も……、ヴァレンシュタインは辛くは無いのだろうか。私は夫が支えてくれていても辛いと思う。

「……ヴァレンシュタインは辛くはないのでしょうか?」
「辛かろうな、だがそれでもあの男は戦っている」
「……」
夫が一つ溜息を吐いた。深く、そして大きく……、そしてまた一口コーヒーを飲んだ。

「あの男は全てを帝国に奪われた。家族を、家を、名誉を……。多分、自分のような人間をこれ以上生み出さぬために戦っているのではないかな。自分のために戦うのではない、だから強い、だから哀れでもある……。罪深い事だ、我らの愚かさがあの男を怪物にしてしまった……」
「……」
夫の視線が何故哀しそうな色を湛えているのか、ようやく分かった。夫はヴァレンシュタインを哀れんでいる、そして自分を責めている……。夫が何かを振り払うかのように首を横に振った、

「あの男が和平派に繋がっているとなれば同盟の和平派は決して弱い存在ではない」
「はい」
「我らが改革を行えば和平への流れはより強まる……」
「明日ですね」
「そうだ、明日だ」
夫と私、互いの顔を見ている。どちらの視線が強いだろう……。

「レムシャイド伯には同盟側の感触を探れと命じてある。我らの動きに同盟にいる和平派はどう応えるか、主戦派はどう反応するか、見極めなければならん……」
「それと貴族達がどう反応するか……」
私の言葉に夫が頷いた。

「アマーリエ、場合によってはエリザベートを道具として使うことになるかもしれん。だがそうでなければ帝国も我らもエリザベートも生き残れぬ」
「分かっております。エリザベートもその事は分かっております」
「そうか……、辛い思いをさせるな」
夫が大きく息を吐いた。

おそらく貴族達は強硬に反対するだろう、私達の命にも危険が迫るかもしれない。しかし私達には怯える事も立ち止まる事も許されない。帝国を護り私達自身が生き残るためには今歩んでいる道を進まなければならないのだ……。夫にとって娘を道具として使う事は辛い事だろう。だがエリザベートは覚悟をしている、私達は前へ進むのだ、生き残るために、帝国を護るために……。



宇宙歴 795年 9月26日    第一特設艦隊旗艦  ハトホル  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



『では帝国は改革を行うというのかね』
「レムシャイド伯の言葉を信じれば、そう言う事になりますね。明日、帝国政府から発表が有るそうです」
俺がトリューニヒトの質問に答えるとシトレ、レベロ、ホアンの三人が唸り声を上げた。

そんなに驚く事かな? 十分想定できたことだろう。なんか不安になって来た、大丈夫だろうな、こいつら。
『まさか本当にこんな日が来るとは……』
レベロが呟くと残りの三人が頷いた。なるほど、考えてみればこいつらの人生は帝国との戦争が常態だった。和平を想定していても信じられない、そういう事か。分からないでもないな。

「それで、こちらは如何します」
「……」
スクリーンの四人が不得要領な表情をした。何を訊かれたかピンと来ない、そんな感じだ。四人がお互いに顔を見合わせている。端折りすぎたかな、それともこいつら、本当に分からないのか?

「帝国は同盟政府内部に和平を考えている人間が居ると知った。それに対して改革を行うという答えを返してきた。つまり自分達も和平を望んでいると答えてきたんです、それも公式に。さて、こちらは如何します」
俺の問いかけに四人が顔を顰めた。

『……改革を支持する、そう言えれば良いのだが……』
『しかし改革の詳しい内容も分からん状況ではそこまで踏み込めんだろう。第一、改革が上手く行くかどうかという問題も有る……』
『それに残念だが我々は政権の一閣僚に過ぎない。もっと早く政権を奪取するべきだったかな、機を逸したか……』

トリューニヒト、ホアン、レベロが悔やむような口調で呟いた。声を出さないシトレも渋い表情で頷いている。やれやれだな、こいつらは外交交渉が下手だ。いや、帝国が改革を行うと早々に言ってきたため冷静な判断が出来なくなっているのかもしれない。焦る必要は無いんだ。

「現時点で政権を奪取している必要は無いでしょう」
俺の言葉に皆が訝しげな表情をしている。
「外交交渉というのは野球と同じですよ。一回の表裏、二回の表裏、それぞれ得点を入れ合う。交渉はまだ始まったばかりです、改革の内容さえはっきりとは分からないんですよ、焦る必要は有りません」
四人がフムフムといった様子で頷いた。

「良い交渉というのは十対零で勝つ交渉ではありません、それでは負けた方は交渉そのものを打ち切ってしまいます。お互いに小刻みに得点をし十対十の引き分け、いやお互いに自分が十対九で勝ったと思える交渉こそが望ましいんです。その方が交渉によって解決しようという意識を長期にわたって持たせる事が出来ますし、結果的には得るものも多い」
『なるほど、その通りだな』
トリューニヒトが相槌を打つと他の三人もようやく表情から渋さが消えた。

『我々は焦り過ぎか……』
「私にはそう見えますね」
『では我々は何をすれば良いかな、ヴァレンシュタイン中将』
ようやく落ち着いてきたようだな。トリューニヒトの口調、表情には微かに笑いの成分が有る。喰えない男、復活か……、可愛くないな、落ち込んでる方がまだ可愛げがある。少し苛めてやるか。



宇宙歴 795年 9月27日    ハイネセン  最高評議会ビル    ジョアン・レベロ



最高評議会が開かれている会議室のスクリーンには帝国政府が発表した改革案を伝えるアナウンサーの姿が有った。改革の内容が一つ一つ発表されていく。
直接税、間接税の引き下げ、裁判制度の見直し……。そこから読み取れるのは貴族の権利の抑制と平民の権利の拡大だ。

「改革を行うというのか、帝国は」
副議長兼国務委員長のジョージ・ターレルが呟いた。声には信じられないと言った響きが有る。他のメンバーも困惑した様な表情をしている、ターレル同様帝国が改革を行うという事が信じられないのだろう。表情に変化が無いのはトリューニヒトとホアンぐらいのものだ。多分、私もそうだろう。彼らの気持ちが分からないでもない、我々も最初は信じられなかった、想定していても信じられなかったのだ。

「しかし税率の上限の数字など決まっていない事が多いが……」
「改革の実施は来年からだ、数字はそれまでに決めるのだろうな」
不安そうな表情で問い掛けたのはダスティ・ラウド地域社会開発委員長、答えたのはガイ・マクワイヤー天然資源委員長……。

「貴族達の反応が分からない所為だろう、踏み込めずにいるのだ」
皆がトリューニヒトに視線を向けた。その視線に応えるように言葉が続く。
「貴族達の多くがクロプシュトック侯の反乱鎮圧のためにオーディンを留守にしている。彼らがどう反応するかで数字は変わるだろうな」

「では場合によっては改革は形だけのものになる可能性もあると?」
「その可能性が有ると私は考えているよ、地域社会開発委員長」
「……」
ラウドが沈黙した、ラウドだけでは無い、皆が沈黙している。将来図が描けない、そんなところだろう。

「ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯は改革をしなければ帝国は持たない、一つ間違えば革命が起きるのではないかと危惧しているようだ。しかし大貴族達は自らの既得権益を制限されたくは無いと考えている、両者のせめぎ合いになるのではないかな、前途多難だ」
トリューニヒトの言葉に皆が顔を見合わせた。

「革命か……、君主制独裁政治が民衆の力で倒れる、悪い事ではないと思うが……」
シャルル・バラース情報交通委員長が皆に話しかけた。幾分頬を上気させている、多少興奮しているようだ。皆もバラースの言葉に頷いている、好い気なものだ。

「どうかな、問題が無いとは言えないと思うがね」
ホアンが興奮している連中を窘めた、連中が不満そうにホアンに視線を向けたがホアンは気にすることもなく言葉を続けた。
「革命で帝国が混乱すれば地球教は帝国領内で生き延びるかもしれない、違うかね」

バラース達が表情に困惑を浮かべた。こいつらも地球教は怖いらしい、或いは気味が悪いのか。
「それに革命が起きた後、民主共和制が誕生するという保証は何処にも無いだろう」
「それは……」
「フランス革命を考えてみたまえ、ジャコバン派による恐怖政治を経てナポレオンによる独裁政治に移った。ロシア革命も同様だ、一党独裁などという訳の分からん物を生み出した。それでも素直に喜べるかね、君達は」
「……」

ホアンの皮肉に満ちた言葉に皆が黙り込んだ。もっとも表情は必ずしも納得したものではない。不満は有るが反論できない、そんなところだろう。皆、革命が起きれば君主制独裁政治が倒れ民主共和政に移ると信じたいのだ。自由惑星同盟が勝ったと思いたいのに違いない。

「ならば我々の手で彼らを民主共和制へ導くべきではないかな。イゼルローン要塞を攻略し帝国辺境と直接接する事が出来るようになれば可能なはずだ。帝国の改革など待つ必要は無いだろう」
経済開発委員長エドワード・トレルの言葉に参加者の多くが頷いた。やれやれだな、誰かが言うとは思ったがお前だったか、この馬鹿トレル! 皆も頷くんじゃない! ウンザリするな、溜息が出そうだ……。

こいつらは何も分かっていない、自分に都合のよい夢ばかり見てそこに潜む危険性をなんら読み取ろうとしない。トリューニヒトの眉が微かに動くのが見えた。多分私と同じ思いだろう。議長のサンフォードは無表情に皆を見ている、どうやら様子見をしているようだ、やはりこの男に定見は無い……。

「国防委員長、イゼルローン要塞攻略を考えるべきではないかな。以前ヴァレンシュタイン中将が攻略作戦案を提示したと聞いている。実現性が高いそうじゃないか」
ボローンか、お前がその作戦案を持ち出すという事は何処かの主戦論者に焚き付けられたな。お前は警備をしっかりやれば良いんだ、余計な事は考えるな、この間抜け!

「その事は私も聞いている。トリューニヒト国防委員長はイゼルローン要塞攻略に消極的なようだがそろそろ方針を転換するべきだろう、時が来ていると私は考えるのだが」
時が来ているというターレルの言葉に何人かが強く頷いた。胸に響く良い言葉だ、この役立たずが! ターレル、お前もボローンの仲間か。お前のその口にマスタードを思いっきり塗りつけてやりたいよ、そうすれば少しは気が晴れるだろう。

皆の視線はトリューニヒトに向かっている。サンフォードも興味深げだ。出兵論が優勢と見たか。視線を向けられたトリューニヒトは幾分迷惑そうな表情をしている。狸め、なかなかの役者ぶりだな、トリューニヒト。上手くこいつらをあしらってくれよ。昨日、あれだけヴァレンシュタインと予習したのだからな。

「まず言っておきたい、私はイゼルローン要塞攻略には反対だ。余りにも危険が、不確定要因が多すぎると考えている。これは私だけでは無い、シトレ元帥、ヴァレンシュタイン中将も同意見だ。軍の方針は帝国軍を同盟領へ引きずり込んでの撃破という事に変化は無い」

トリューニヒトが周囲を見渡すと何人かが不安そうな表情を、残りは不満そうな表情を見せた。出だしは良好だな、最初に先制パンチだ。
「諸君には私の危惧する所を聞いてもらった方が良いだろう」
「……」

「まずヴァレンシュタイン中将の作戦案だが必ず成功するとは限らない。何の作戦も無く正面から攻めるよりは勝算が有る、その程度のものだ。過度の期待は危険だ」
トリューニヒトの言葉に皆が不満そうな表情をした、特にターレル、ボローンの渋面は酷い。ヴァレンシュタインの作戦案だからな、必ず勝つと期待していたのだろう。或いはそういう風に誰かに吹きこまれたか……。

「それにイゼルローン要塞を攻略すればブラウンシュバイク公達の政治的立場は弱体化する。彼らが行おうとしている改革は失敗するだろう」
「……」
トリューニヒトが周囲を見回したが誰も口を開こうとしない。意味が分かっているのだろうか……。

「帝国は今純粋に兵力が足りない。この状態でイゼルローン要塞が奪われればブラウンシュバイク公達は貴族の兵力を当てにせざるを得ない。つまり貴族達の発言力が強まり改革は骨抜きになるという事だ。我々は貴族達の応援をして改革を潰している様なものだな、帝国の平民は同盟を怨むだろう。この状況で革命が起きても彼らが民主共和制を選択するとは思えない」
トリューニヒトの言葉に皆が困惑した様な表情を見せた。“貴族達の応援をしている様なものだ”、“民主共和制を選択するとは思えない”が効いた様だ。

「イゼルローン要塞を攻略すれば帝国辺境と接する事になるが辺境は極めて貧しい。彼らが我々に近付くとすれば民主共和制の導入よりも経済面での援助を求めての事だろう。そして貴族達はそれを防ごうとする。戦争と経済援助、膨大な出費が発生するだろうな」

トリューニヒトが私を見た。御苦労さん、今度は私の番だな。もっとも周囲にはトリューニヒトが私の意見を聞きたがっている、そう見えるだろう。敢えてトリューニヒトを睨み据えた。
「冗談ではないぞ、国防委員長。そんな金は何処にもない! イゼルローン要塞攻略など論外だ!」

「国債を発行してはどうかね」
良い質問だな、バラース。ところでお前、国債が借金だと分かっているか? そののんびりした口調からはとてもそうは思えんが。
「現状でも一杯一杯だ。この上国債など発行してみろ、償還のためにさらなる増税が必要になる。同盟市民から怨嗟の声が上がるだろう。今でさえ市民には重い負担を強いているんだ。帝国よりも先に同盟で革命が起きるだろうよ! 我々は全員断頭台行きだ!」

つっけんどんに言い放つとバラースはバツが悪そうな表情を浮かべた。他の連中も似た様な表情だ。馬鹿どもが、金がないという現実を思い知れ。
「聞いての通りだ、出兵には軍事的、政治的、そして経済的に大きな危険が伴う。帝国も同盟も滅茶苦茶になるだろう、それでもやるかね」
「……」

トリューニヒトの発言に皆が顔を見合わせた。だが誰も発言しようとしない、サンフォード議長は表情を消している。また日和見か、だがそれが何時までも許されると思うな。
「皆、意見が無い様だ。ではサンフォード議長の御判断を仰ぎたい」
「私の?」

トリューニヒトがサンフォード議長に話を振ると議長は露骨に嫌な顔をした。
「サンフォード議長の御判断を仰ぐまでも無い、イゼルローン要塞攻略など論外だ!」
「明確に反対しているのは私と君だけだ。だから議長に国政の最高責任者として決断してもらおうと言っている」

トリューニヒトと私が睨みあった。一、二、三……。会議室の空気が緊張する。トリューニヒトがサンフォード議長に視線を向けた、私も議長に視線を向け彼を睨む。議長が憐れなほどに狼狽した。周囲に助けを求めるかのように視線を投げたが誰も答えようとはしない。さりげなく視線を外している。それを見て更に狼狽が酷くなった、しきりに汗を拭っている。

「二人とも落ち着いてはどうだね」
ホアンが声を発すると会議室にホッとしたような空気が流れた。議長も救われた様にホアンを見ている。正義の味方、参上だな。
「改革はまだ始まってもいないのだ、今決断する事は無いだろう」

「決断を先送りするというのかね、正しい選択とは思えないが」
私がホアンを咎めると彼は肩を竦めてみせた。内心では面白がっているだろう。
「先送りするわけじゃない、私もイゼルローン要塞攻略には反対だ。だが先ずは地球教への対応を優先するべきではないかね。あれを片付けるまでは帝国と事を構えるべきではないと思うんだ」
「……」
「優先順位は地球教対策の方が高いと言っている」

「ホアン委員長の言う通りだ。今は地球教対策を優先するべきだろう、帝国にどう対応するかはその後で良い、そのころには帝国の改革もどのようなものかはっきりするだろう、判断するのはそれからにしよう」
先送りその物だったがサンフォード議長の言葉に誰も反対はしなかった。

とりあえずこれで主戦派を押さえる事が出来るだろう。サンフォード議長の言質を取ったのだ。日和見で多数に乗る事が得意な議長は自分一人では決断できない、必ず誰かの意見に乗る。そして大きな責任を取らされる事を望まない。私とトリューニヒトが追い詰めた所でホアンが助け船を出す。予想通り、喰い付いてきた。

これで帝国に対して当分出兵は無いと伝える事が出来るだろう。同盟に居る和平派は最終決定権は持っていないが決して脆弱な存在では無い、それなりに力を持っている。そうアピールできるはずだ。次は帝国の番だな、どんなカードを切って来るか……。


 
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