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蒼き夢の果てに

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第3章 白き浮遊島(うきしま)
  第22話 ギトーの災難

 
前書き
 第22話を更新します。
 

 
 よく冷えたオレンジジュースと、その隣には……俺はあまり好きではないのですが、ミルクをたっぷりと掛けたシリアル。それにカリカリに成るまで炒めたベーコンと目玉が何故か四つも有る目玉焼き。そして、薄いトースト二枚と、それに何故か添えられているクロワッサンが数個。果物に関しては、リンゴの皮を剥いて食べやすい大きさに切り分けた物。

 後は、食後のミルクティーですか……。

 典型的な英国風朝食を今朝は用意してみたのですが。
 但し、日本人の俺の感覚としては流石にコレは多すぎるでしょう、と言う量なんですよね、これは。
 それに、シリアルのトコロは、矢張り豆の方が良かったかも知れませんね。

 もっとも、何時の間にやら使い魔では無く、使用人状態の俺、なのですが。
 今日から、セバスチャンに名前を変更すべきかも知れません。

 尚、結局、あのフリッグの舞踏会については、俺としては散々な結果と成って仕舞いました。
 ……って言うか、あのドッペルゲンガーは、一体、何の意味が有ってルイズとワルツを踊っていたのか、今のトコロ理由がさっぱり判らないのですが。

 ただ、何か意味有り気に俺の方を見てからタバサを見て、あの二重存在(ドッペルゲンガー)が何かを言った以上、目的は俺とタバサの方だったと言う事だとは思うのですが……。
 おそらくは、タバサに近付こうにも、俺がべったり張り付いていて近付けなかったから、その代わりに、俺の近くに居たルイズにチョッカイを掛けた可能性が高いとは思っています。
 ……なのですが、ルイズは、妙な魔法の才能を持っていますし、何故か、人間を使い魔として召喚した上に、その普通の少年平賀才人に、この世界には存在しないはずの肉体強化のような特殊能力も付与しています。
 どうも、彼女自身にも、何か秘密が有りそうな気配も有るのですが……。

 もっとも、このフリッグの舞踏会と成っているイベントなのですが、どうも、この舞踏会は地球世界の五月祭の事となるのではないのか、と思っているのですが。

 その理由については、地球世界のこの日……五月一日には、豊穣の女神フリッグは関係なかったと思いますから。
 この日に関係が有るのは、彼女の夫のオーディンの方。確か、オーディンがルーン文字の知識を得る為に死んだと言われる日だったと思います。そして、この祭りが、後の五月祭に繋がったはずだったんじゃないかな。メーデーもここに由来が有ったと思いますし。

 それから……確か、この祭りの前夜の事をヴァルプルギスの夜と呼び、魔女たちがサバトを開くと言う夜だったと思います。ですから、魔女たちが踊り明かす為に、舞踏会が開かれると言う風習がここのハルケギニア世界……そして、この魔法学院に出来上がった可能性も有ると思いますから。

 それに、死者と生者の境界が弱くなるヴァルプルギスの夜の前後に、フェニックスの再生の儀式が行われ、俺が、自らの死と関係の深いドッペルゲンガーに出会うなどと言うイベントが立て続けに起こると言う事自体、偶然とは思えないのですが。

 まぁ、それでも、ヴァルプルギスの夜に、不思議な事が起きても仕方がないですか。シェークスピア作の真夏の夜の夢も、一説に因ると、ヴァルプルギスの夜に起きた出来事だと言う話も有りますからね。

 其処まで考えてから、俺は、自らの対面に座り、何時も通りの透明な表情を浮かべたまま、それでいて恐ろしい勢いでテーブルの上に並べられた英国風の朝食を消費してくれている蒼き姫を見つめる。

 一応、食事に関しては、かなりの頻度で俺が準備する事を許して貰いました。もっとも、これは俺の我が儘なのですが。
 矢張り、俺には、ここの食事は口に合いませんでしたから。

 尚、食事の際に本来なら使用人が主と同席する事など許されるはずもないのですが、俺は彼女に取っては、使い魔……と言う感覚を持っているかどうかも怪しい、魔術の師匠的な立ち位置に置かれているらしい人物なので、食事の時も当然、同席する事を求められています。

 もっとも、その辺りに関しては、今はどうだって良い事ですか。それに、一人で食べる食事ほど味気ない物もないですから。

 そして、これが一番判らないのですが、何故か俺がタバサの気配を背後に感じた瞬間に、身体が動くように成った事。

 それまでまったく身体が動かなかったのは、おそらく、俺がウカツだった所為で邪視の類の魔術の影響下に有ったんだと思いますが……。
 しかし、タバサの気配を感じた瞬間に、それまで身体を縛り付けていた何かから解放されてスムーズに動くように成り、かなりタイミング的にはアレでしたけど、ルイズを正体不明の存在から助け出す事が出来たのですが……。

 俺が、じっと見つめて居る事に気付いたタバサが、同じようにこちらを見つめ返す。
 ただ……。宇宙(そら)の蒼を思わせるその瞳に見つめられると、妙に落ち着かなくなるから、出来る事なら止めて欲しいのですが……。

「えっとな、タバサ、ひとつ質問なんやけど……」

 もっとも、落ち着かなくなるから、真っ直ぐに見つめてくれるな、と言う訳にも行きません。特に今回に関しては、そもそもが俺の方から彼女の事を見つめていた事に問題が有るのですから。
 そう思い、苦し紛れにそう問い掛ける俺。しかし、最近、こんな事ばかりが続くな。

 俺の問いに実際の言葉にして答えを返す事は行わなかったのですが、ひとつ首肯く事によって答えと為したタバサ。これは肯定。

「フリッグの舞踏会の夜。あのドッペルゲンガーが何かをして俺が動けなくなっていた時に、タバサは俺に対して状態回復魔法のような物を使用してくれたか?」

 唐突にしては、前の時のような挙動不審な雰囲気も発せずに、そう澱みなくタバサに対して問い掛ける事に成功する俺。タバサに見つめられる事に対して、大分、耐性が付いたのと言う事なのでしょう。

 それに、可能性としては、この可能性が一番高いとは思いますからね。
 ましてこの状態回復魔法と言うのは水の乙女や、森の乙女なら行使可能な魔法です。確か花神の方にしても、似たような魔法を持つ個体は居たような記憶も有りますしね。

 しかし、俺の問いに首を横にゆっくりと二度振るタバサ。これは否定の意味。
 成るほど。それにしても、この彼女の首を横に振る仕草と言うのは、妙に可愛いな。

「貴方が動けなくなっていたのは、ほんの一瞬の間。わたしには、その間に貴方が何かの魔法の影響下に有った事は判らなかった」

 そして、少し申し訳無さそうに、そう小さな声で囁くように続ける。
 ……そう言えば、この娘は少し生真面目なタイプの娘でしたか。あんな聞き方をしたら、俺を助けなかった事を非難しているように感じたとしても不思議では有りませんでした。

「いや。それなら、それで問題はないんや。そもそも、不用意に相手の術の効果範囲に入った俺が悪いんやから、タバサが気に病む必要はない」

 つまり、あの場での行動で、ルイズを助ける事は、俺の優先される行動順位では二番目以下で、タバサに危険が迫ると思った瞬間に、相手の呪縛から脱する事が出来るほどの気を発生させる事が出来たと言う事ですか。
 これは、俺には正義の味方の資質はないし、万人に愛を説く宗教家に成るのも不可能と言う事なのでしょうね。

 少なくとも、護るべき者に順位付けを行う段階で、正義の味方からは外れて仕舞って居ますから。

 其処まで考えてから、少しの違和感に気付く俺。
 そう。それはあの時の才人の状況。確か、あの時の才人は、何故かルイズに危険が迫っているとは感じてはいなかったみたいなのですが。
 もっとも、彼の方から見ると、ルイズと踊っていたのは俺で、ダンスが終わった時にルイズと一緒に居たのも俺なのですから、危険と判断しなかったとしても不思議では有りませんか。

 確か、彼には気を感知する能力は付加されて居なかったはずですから、あの二重存在が放っている鬼気を感知出来なくても不思議では有りません。
 あの夜は、魔法使い達が一世一代の覚悟を決めてパートナーとダンスを舞う夜。其処に渦巻く呪力は、俺の感覚さえ狂わせるほどの物でしたから。

 其処まで考えてから、ふと視線を移すと、其処には我が蒼き御主人様が俺の方をじっと見つめたままで動こうとはしていなかった。
 これは、彼女が既に食事を終えられて居て……。

 ……って言うか、さっきの質問に答えた際には、もう食事は終わっていたみたいです。

「あっと、すまなんだな。ちょっと、ぼぉっとしていたみたいや」

 タバサ自身が不機嫌な気を放っている訳では無かったのですが、それでも最初に謝罪を入れて置く俺。
 それに、少しマズイ事態発生です。実は、お茶の準備が未だでしたから。

 確か、紅茶の美味しい入れ方とか言うのに、茶葉をポットの中で蒸らせとか言うのが有りましたけど、実は俺には難しくて、更に味の違いもイマイチ理解出来なかったのです。
 もっとも、その辺りの違いは判らなくても、一応、本に書いて有る通りに淹れたお茶を、普段通りの雰囲気で何時も飲んでくれて居ますから、多分、問題ないのでしょう。そう考え、食事に合わせたお茶を出していたのですが……。

 今朝は、やって終いましたよ。

 しかし、タバサは首を横に振る。
 成るほど。気の利かない使い魔改め、セバスチャンをお許しに成ってくれると言う事ですか。
 お優しいお嬢様に成長なされて、爺は感動で言葉も御座いません。

 まぁ、などと言う冗談を一瞬考えた俺なのですが……。

「貴方はわたし専用の従僕ではない」

 そう、最近はあまり聞く事の無かった台詞を口にするタバサ。

 クダラナイ冗談を口にせずに良かった。タダでさえ、メガネのレンズ越しで、そう温かみの有る視線とは言い難い彼女の視線を、俺のクダラナイ、更に場の空気を読まないギャグを言った後に向けられると、最早立ち直る事さえ出来ないトコロまで落ちて仕舞いますから。

「いや、別に、食事に関しては俺が食べたい物を作っているだけやし、お茶に関しても同じや。何せ俺の胃袋は、お米を食べる事に特化しているから、どうも主食が肉では胃にもたれて仕方がないからな」

 俺の方としては、好きでやって居る事で、別にタバサが気にする程の事でも無いのですが。実際、このハルケギニアの料理では、俺の舌は満足しないのは事実ですから。
 矢張り、食事に関しては、不満足なソクラテスよりも……。おっと、これは表現が悪すぎますか。

「そうしたら、今からに成るから少し時間が掛かるかも知れないけど、お茶を淹れるから、飲んでくれるかいな」

 俺の問いに対して考える仕草の後に、タバサは少し、しかし、彼女にしては珍しく強い調子で首肯いてくれたのでした。


☆★☆★☆


 そうして、何故か少しだけ上機嫌で、教室に向かった俺と、普段通りの表情のタバサだったのですが……。

「……先ずその首輪に関してのツッコミは許されているのでしょうか、才人くん」

 何と表現するのが適当ですかね。そう。まるで、試合翌日のボクサーのような顔をした……と表現すべき状況ですか。まるでタイトルを奪われた翌朝の元チャンピオンのような才人の首に首輪を嵌めて引っ張っているルイズ。あの舞踏会の夜は、ちゃんと俺の二重存在(ドッペルゲンガー)騒動の後にふたりで仲良くワルツを踊っていましたし、その時にはキュルケの方もチョッカイを掛けていなかったから、その後も上手くいっていると思ったのですが……。

 それとも、上手く行き過ぎて、アッチ系のプレイに目覚めて仕舞ったのでしょうか。

「武士の情けで、聞かないでくれると嬉しいです」

 何か、かなり情けない雰囲気なのですが、一応、そう答えてくれる才人。成るほど。ならば、聞かずに置くのが武士の情けと言う事ですか。

「まぁ、武士は相身互いと言うからな。そうしたらルイズさん。才人の傷を見てやってもええ……」

 流石にこの傷を放置するのもどうかと思って、そうルイズに聞こうとしたのですが……。

 しかし……。

 何故か、其処に夜叉が存在する事に気付いた俺が、次の言葉を呑み込む。
 それに、この時のルイズの視線をマトモに受け止めたら、素直にキャインと言って、降参のポーズを取ったとしても誰も笑いはしないでしょう。

「まぁ、なんて姿に成っているの、ダーリン」

 完全にキャインと言わされて仕舞った俺に代わり、何時の間にか教室に入って来ていたキュルケがそう言いながら、俺達の方に近付き、そして才人を抱きしめる。

 ……って言うか、コイツ、間違いなしにルイズを徴発している。

 尚、突如、見事な双丘に包まれる事となった才人が鼻の下をのばして……。
 一時の快楽に身を委ねて、自らの死刑執行書にサインをするか。もう、これ以上は面倒見切れないな。
 オマエさんのそのニヤケタ顔を、オマエさんのピンク色の御主人様がどんな表情で見ていらっしゃるかを知ったら、そんな顔は出来ないと思うのですけどね。

「ちょっと、キュルケ。勝手に触らないでくれる。
 わたしは、この馬鹿犬の飼い主として、ちゃんとした躾をする義務が有るの」

 首輪に付けられた鎖を引っ張りながら、キュルケに対してそう言うルイズ。
 その度に、首つり状態となった才人から、妙な悲鳴が漏れて来るのですが……。
 もっとも、悲鳴が聞こえている内は、生きていると言う事ですから、大丈夫でしょう。

 多分ね。

「可哀そうなマイダーリン。でも安心してね。私の微熱は、再生を司る微熱。貴方の傷など、私がすぐに癒してあげるわ」

 しかし、ルイズが鎖を引っ張る度に、才人を強く抱きしめるキュルケ。
 もう、彼女の行動にはツッコミは必要なしですね。こんなモン、大岡裁きの例を紹介する必要もないと思いますから。
 まして、この二人の場合は、引っ張り合いをして、最終的に相手の首を取った方が勝者に成りかねない戦い……。いや、流石に其処まで酷くはないか。

 しかし……。少し、感心したような視線でキュルケを見つめる俺。いや、別に、賞品の才人を間に置いて、(才人の)命を掛けた綱引きを行っている彼女を感心して見つめている訳では無く、彼女の発した台詞に対して感心しているのです。

 この世界では炎系統にも治癒魔法が存在する、と言う部分に関して。

 普通は、破壊力のみが強調される炎ですけど、再生も司るとすると使用範囲は広いでしょう。確かに不死鳥の炎などがその典型例ですが、その他にはあまり有りませんから。
 一瞬、感心してそう思っては見るのですが……。

 相変わらず、才人を挟んで、何やら不毛な綱引きを行っているキュルケとルイズ。
 その度に、少しマズイんじゃないかと思う呻き声が漏れて来ている。

 ただ、そんな事はどうでも良い事ですか。今、一番重要なのは……。
 ここから俺がどうやって逃げ出すか、ですからね。

 それに、少なくとも今なら、才人はキュルケに抱きしめられてデレデレしているし、ルイズは才人とキュルケの方しか見ていない。それに、俺の蒼い御主人様は我関せずの形で、ここから少し離れた位置に席を確保していますから。

 タバサの近くまで逃げ切ったら、俺の安全は保障される。そこまでどうやってこの三人を刺激しないように移動するかだけ、ですか。

「何を適当な事を言っているのよ。貴女の魔法の何処に治癒の魔法が有るって言うの。年中、熱に浮かされていて、終に頭の中まで茹だったみたいね」

 ルイズが、そのとび色の瞳でキュルケを睨み付け、そして、才人の首輪に繋がった鎖を力任せに引っ張る。
 同時に、少し、マズイ類の呻きが漏れて来る。
 何か、非常に問題の有る言いようですけど、俺には関係有りません。このまま、彼女らの視界からゆっくりとフェードアウトして行く要領で……。
 そう思い、抜き足、差し足、千鳥足と、こっそりと修羅場から逃げ出そうとする俺。

 しかし、

「フゴッ」

 何故か、急に強力な力で襟首を後ろから掴まれて、首つり状態に陥る俺。そして、

「何処に行こうと言うのかしら、アンタは」

 何故か、俺の襟首を掴んでいるピンク色の夜叉が一人。
 いや、ここに俺が居る必要などないと思うのですが……。

 それに、俺の蒼い御主人様はアソコに御座りになって、既に読書を開始されていますから、セバスチャンといたしましては、お嬢様の身の回りのお世話が御座いますから、ここは御暇させて頂きたいと思うのですが。

「私の代わりに、治癒の魔法をダーリンに掛けてくれるんじゃないの、シノブ」

 更に、赤毛のおっぱい星人も俺の襟首を捕らえたまま、そう笑い掛ける。但し、瞳に笑みは浮かんではいない。
 ……って、アンタの魔法で才人を癒してやるんじゃなかったんですか?
 俺は、ここに居るピンク色の夜叉に睨まれながら、治癒魔法を行使するのは勘弁して貰いたいのですが。

 少なくとも俺は、明日以降も生きていたいですから。

「こうなったら、忍にも最後まで付き合って貰うからな」

 そして、何故か、キュルケに抱きしめられて、この世の春を謳歌していたはずの才人まで、地獄の亡者よろしく、俺の肩を掴んで共に地獄の窯の底に引きずり込もうとしている。
 俺は別に、キュルケに抱きしめられたくもないですし、ましてや、ルイズに馬鹿犬呼ばわりされて喜ぶ少し問題のある趣味もないのですが。

 矢張り、妙な形でしょうもないギャグに走らずに、素直に忍び足で逃げるべきでしたか。
 後悔先に立たず。
 そう言う、賢者の言が何処かから聞こえて来たような気もするのですが、おそらく、進退窮まった俺の頭が生み出した幻聴と言うヤツなのでしょう。

 ……やれやれ。


☆★☆★☆


 何とか、空腹時のライオンよりも危険極まりないルイズを宥めすかして、才人に治療を施し、彼の傷が完治した瞬間、教室のドアが開いて、漆黒のマントを纏った長い黒髪の男が入って来た。

 ……って、何故か、俺、タバサの隣ではなくて、キュルケと才人の間に取り残されて仕舞いましたよ?

 まぁ、これぐらいは仕方がないですか。それに、ここは魔法学院内の教室ですから、早々、危険な事もないと思いますから大丈夫でしょう。

 足早に歩を進めて教壇に立ち、教室内をその冷たい瞳で一通り見渡した後、

「それでは、授業を始める。知っての通り、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」

 彼の発する雰囲気そのままの声でそう告げる、疾風のギトーさん。
 ……って言うか、その二つ名を聞いただけで、彼の属性が風だと一発で判るのですが。

「なぁ、キュルケ。何故に、二つ名を堂々と名乗るんや。これは、二つ名を広く知られると、何か良い事でも有ると言う事なのか?」

 授業中なので、少し声のトーンを下げながら、それでも疑問を口にする俺。
 それに、俺のような姑息な人間からすると、二つ名とはあまり有り難いモノでもないのですが……。

「少なくとも、有名になるのは悪い事じゃないと思うけど?」

 至極当たり前の事のようにそう答えるキュルケ。
 成るほど。それは……。

「つまり、名前と共に、二つ名が有名に成れば成るほど、その魔法使いの名声が上がったと言う事に成るのか」

 但し、そうだとすると、有名になれば成るほど、その魔法使いが持つ能力を知られる事と成り、戦場に出る事は危険と成って行くとも思うのですが。
 どんなに魔法の能力が高くても、相手の使用する属性が判れば、俺ならば対処する方法が有ります。そして、俺に出来る事なら、この世界の魔法使いにだって出来ると思うのですが。

 もっとも、貴族ならば、戦場では常に正々堂々と戦う物だと言う美学が有るのかも知れませんか。確か、タバサの父親が背中からの一撃で殺された事が揶揄される材料として使用されていましたから。貴族には、貴族に相応しい戦い方と言う物が有るのでしょう。

 そんな、俺とキュルケの話声は、静まり返った教室内では妙に目立って仕舞ったのかも知れません。ギトー先生が、俺の事は無視をして、少し険しい視線をキュルケに向けた後、

「最強の系統を知っているかね? ミス・ツェルプストー」

 ……と、そう問い掛けて来ましたから。
 ……って言うか、最強の魔法の系統と言っても、それぞれの魔法に向き不向きが有るから、一概に決める事は出来ないと思うのですが。
 まして、水と火。風と土は相反しているのでは無かったのでしょうか?

「『虚無』じゃないんですか?」

 そんな、ギトー先生の問い掛けに対して、キュルケが少しうんざりしたような雰囲気で、そう答える。

 ……って、またもや、新しい単語が登場しましたね。地水火風以外に、虚無と言う系統の魔法も存在するのですか、この世界には。
 これは、もしかすると、俺の知っている万能属性と言う魔法の系統かも知れませんが……。
 ただ、虚無。どうもその言葉の意味から、少し嫌な気配も感じるのですが……。

「伝説の話をしている訳では有りませんよ、ミス・ツェルプストー。私は現実的な答えを聞いているのです」

 キュルケの答えがお気に召さなかったのか、少し陰の気の籠った雰囲気でそう質問を続けるギトー先生。

 しかし、何か、少し嫌味な言い方をする先生ですな。もっとも、学校の先生と言うのも、色々な種類の人間が居るから、少しぐらい嫌味な人間が居たとしても不思議ではないのですが。
 それに、魔法学院の教師なのですから、魔法の指導に関して一流で有ったら、少々嫌味な言葉使いをする程度は問題ないと言う事なのでしょうね。

 そんな事を考えていると、突然、タバサの方から【念話】のチャンネルが開かれる。いや、【念話】には成って居ない、指向性の気と言うべき物ですか。
 緊急を要する、と言う雰囲気でもないのですが、何か異常事態でも起きたのでしょうか。

 しかし……。

「『火』に決まっていますわ。ミスタ・ギトー」

 何故か、少し不機嫌な様子で、キュルケはギトー先生にそう答えた。
 ……って、おいおい。これは挑発に等しい物言いだと思うのですが。確かに、キュルケがカチンと来た理由も判らなくはないとは思うのですが、それでも、相手は一応、魔法の先達ですよ。
 ある程度の尊敬は必要だと思うのですが。

【キュルケを護って欲しい】

 そんな実際の言葉に因る、キュルケとギトー先生の師弟同士の心温まるやり取りを耳で聞きながら、タバサからの【念話】の続きを受け取る俺。
 しかし、少々意味不明。タバサが気付いた危険が、キュルケに迫っていると言うのでしょうか。

【具体的に、どうやって護ったら良いんや?】

 一応、そう【念話】で聞き返す俺。
 先ず、ただ護ると言うだけならば、一番簡単な方法は、物理反射や、魔法反射のような仙術をキュルケに施して置く事が簡単です。

 但し、この仙術に相当する魔法がこの世界には存在していないので、誰が施したか丸わかりと成って仕舞い、その危険のレベル及びキュルケに迫っている危険をもたらせる存在如何によっては、後々更に厄介な状況に陥りかねません。

 ……って言うか、最早、そのキュルケに迫りつつある危険と言うのが、俺にも簡単に理解出来るようになったのですが。

 タバサとの【念話】や、その後の思考の時間の間に、何故か、キュルケが魔法をギトー先生に向かって放つ事となった模様で、現在、キュルケの杖の先に精霊が集まりつつ有ります。

 他の生徒達が慌てて緊急避難を開始する。尚、当然のように、キュルケを女神の如く崇め奉っている連中も机の下に退避を完了しています。
 身を挺して女神(キュルケ)を護ろうとする勇者はいないんですか、ここには。

【タバサ、取り敢えず、キュルケを護ったら良いんやな?】

 慌てて少し離れた位置に座っているタバサを見つめながら、【念話】でそう聞く俺。
 俺の方を見つめ返しながら、コクリと首肯くタバサ。但し、彼女は、机の下に緊急避難を行う事などなかった。

 しかし、キュルケだけでは無く、あのギトー先生も何か呪文を唱えていますよ?

 キュルケの方はあからさまに呪文を唱えているのが判る状態なのですが、同じようにギトー先生の方からも、精霊の断末魔の悲鳴が聞こえて来る以上、あの先生も何かの魔法の呪文を唱えていると言う事は間違い有りません。
 本当に、この学校の教育方針はスパルタ教育そのもの。ここで教育を受けた魔法使い(メイジ)たちは、非常に実戦的な魔法使いとして巣立って行くのでしょう。

 そして、キュルケの目の前に蓄えられた紅き炎の塊。大体、直径1メートル。
 ……って、何と言う大きな塊を作るのでしょうか、このネエチャンは。相手を殺す心算ですか?

 俺は、心の中で悪態を吐きながら、如意宝珠(ニョイホウジュ)を起動。形は長方形で大型の壁盾を選択。
 キュルケの手首が軽く返される事に因って、彼女の制御を離れた炎の塊が、一直線にギトー先生を襲う!

 しかし、その瞬間、それまで隠されていたギトー先生の右腕が、腰に差していた魔法使いの杖を貫く手も見せる事無く引き抜き、まるで居合い抜きのような雰囲気で振り抜かれた。

 刹那、キュルケの前に如意宝珠によるシールドを展開。これで、如意宝珠の防御力を越える攻撃力をギトー先生の魔法が持っていない限りは、キュルケには傷一つ付く事は有りません。

 しかし、これでは俺は、キュルケと言う騎士に付き従う騎士従者じゃないですか。確か、中世ヨーロッパの騎士に従う騎士従者の戦場での役割は、盾持ちだったような記憶が有るのですが。

 突然、視界すべてを覆う形で展開された壁盾に驚いたキュルケでしたが、その盾に何かがぶつかる音とその雰囲気により状況を察知。彼女の右側に立ち、盾を構える俺に軽くウィンクをして来る。

「いや、別に御礼は必要ないで。この位置関係からすると、あの魔法は俺にも被害が有った可能性が有るからな」

 流石に、タバサに命令されました、とは証言出来ないので、当たり障りのない答えを返して置く俺。

 しかし……。

「君は何故、私の邪魔をするのかね」

 何故か、納まりの付かないギトー先生が、たかが使い魔風情の俺に対して、初めて声を掛けて来た。
 もっとも、自分の授業中に私語をしていた俺とキュルケに罰を与える為に、こんな姑息な方法を使って来たのは、ほぼ間違いないので、初めから俺の事を認識していたのは確かなのですが。

「はい。確か、誰の魔法が最強かと言う御話のようでしたから、私の防御魔法に付いても評価に加えて貰おうかと思いましたので」

 先ほどの会話の内容をわざと勘違いしたかのような振りですり替えて、答える俺。ただ、ギトー先生の本心はそっちの方だったと思いますけどね。

 しかし、本当に、メンド臭い先生ですね。俺みたいな部外者が何をしようが、無視したら済むだけでしょうに。

 そう考えながら俺は、展開させていた如意宝珠の盾を元の姿……大体、直径5センチメートル程度の光の珠に戻した後、自らの右手の中に収納する。
 尚、敢えて、こう見せる事により、何らかの魔法のアイテムを使用したと言うよりも、俺個人の魔法が作りだした防具のように見えるだろうと思いましたから、敢えて見せるようなマネを行ったのですが。

「確かに、ギトー先生の風の魔法は、不意を突いたとは言え、ミス・ツェルプストーの炎の魔法を打ち破りました。ですが、残念ながら、私の展開させた盾は貫通出来なかった以上、先生の魔法もまた、最強には程遠い魔法と言う事が証明されたと思います」

 もっとも、仙人の作りし宝貝(パオペイ)を無効化出来るのは、神、もしくは同じく仙人の作りし武器以外には考えられないので、これを貫通出来る魔法など、早々存在してはいないと思うのですが。
 特に、俺が所持している如意宝珠に浮かびし文字は『護』。これは、誰かを守る時に最大の力を発揮する如意宝珠。これにより再現された盾は、かなりの防御能力を発揮する事は間違い有りません。

「ほほう。君は、風が最強の魔法ではない、とそう言いたいのかね」

 ……って、おいおい。この先生、今度は、俺に対して噛みついて来ましたよ。
 これは、風は風でも、暴君ブレスなどではなく、陰険シロッコと言う感じですか。

「これは、私の言葉が足りなかったようです。
 ここに来て日が浅い私には、風が最強の魔法かどうかは判りません」

 ……って、俺もいい加減、大人になるべきなんですけど、流石に、このインケン男の相手をするとムッと来るみたいです。
 但し、話を始めた以上、簡単に後ろには引けないですかね。
 元々、退く心算もないですけど。

「少なくとも、先生の魔法は、最強とは程遠い代物だと、言った心算なのですけどね」

 俺の台詞が終わる前に、杖を振るおうとするギトー先生。
 しかし、その刹那。

「ぐげっ!」

 非音楽的な声を上げ、無様にその場にひっくり返る先生。その様を見て、教室内に少しのくすくすという程度の笑いが起きる。
 本当は爆笑したいのですが、流石に俺に向かっているギトー先生の怒りが、自分の方に向かって来るのはヤバいと思ったのでしょう。

「おや、先生は、昨夜のお酒がまだ残っていたようですね」

 ゆっくりとギトー先生の傍に近付いて行って、手を差し出す俺。
 しかし、その差し出した俺の手を、親の仇を見つめるが如き視線で見つめた後、自らの手と足を使って立ち上がるギトー先生。

 そして……。

「命拾いをしたな、使い魔」

 そう言った瞬間、再び、仰向けになって転んで仕舞うギトー先生。

 こいつ、学習能力はないのでしょうかね。
 そもそも、俺は青龍。風を呼び、雲を掴んで大空を翔る存在。
 震にして巽の存在。その俺に風系の魔法は無意味……ドコロか、その自らが行使しようとしている魔法自体に介入される危険性も有ります。

 もっとも、今やっているのは、そんな面倒な事では有りませんが。
 今、行っているのは……。

 俺の生来の能力は、雷を操る事と、もうひとつ。重力を自在に操る能力が有ります。
 俺が空を自在に翔けているのは、自身が風の精霊を纏っている訳などではなく、重力の軛から自らを解き放つ事が出来るから。

 つまり、このギトー先生が無様に転び続けているのは、彼に掛かっている重力を別の方向に傾ける事によってバランスを崩してやっているから。
 それに、少々の魔法抵抗など、俺の生来の能力の前では無駄。少なくとも、俺の正体と、その能力が判らない限り、人間には抵抗する事は不可能でしょう。

 尚、再びのギトー先生の転倒によって終に我慢し切れなくなった教室内が爆笑の渦に包まれる。
 これで、このギトー先生も本望ではないのでしょうか。

 何故ならば、この瞬間が、彼が最強のリアクション芸人の称号を手に入れた瞬間ですから。自らが望んでいた最強の称号ですから、彼もきっと満足しているでしょう。

 そう、その時は思ったのですが……。
 しかし、俺のその評価が誤っていた事が、その直後に知らされる事と成るのですよね、これが。
 矢張り、世界は狭いようで広いと言う事なのでしょう。俺の知らない、優秀な人間はその辺りにごろごろして居るし、磨けば光る原石も幾らでも存在している、と言う事です。



 俺的に最強のリアクション芸人の称号を得たギトー先生が、爆笑の渦に包まれた教室内を凄まじい形相で睨み付ける。
 しかし、その程度の事で、教師の威厳など取り戻す事など出来る訳もなく、今度は素直に俺の差し出した手を取って立ち上がるギトー先生。

 流石に、この二度の転倒に関しては、自らの不注意としか考えられませんからね。少なくとも、教室内で魔術師の杖を握っている生徒はキュルケしかいません。しかし、彼女がルーンを唱えた様子は有りません。それに、二度までも転倒した自分に対して手を差し伸べてくれた相手を無視するのは、流石に紳士として恥ずべき行為だと思った可能性も有りますしね。

 俺が差しのべた手を取り、立ち上がったギトー先生。それならば、今日のトコロはこれぐらいで勘弁して上げましょうか、と思った矢先、突然、教室のドアが開く。
 そして、そこには、やや緊張した面持ちのコルベール先生が立っていました。

 もっとも、そこに立っていたのはコルベール先生と言うよりも、ハルケギニアのモーツァルトか、バッハと言う珍妙な出で立ちの先生では有ったのですが。

「ミスタ・ギトー。今は授業中のはずですが、何を為さっているのです?」

 しかし、自らの珍妙な出で立ちについては棚に上げて、ようやく立ち上がったばかりのギトー先生に対して、そう聞いて来るコルベール先生。

 ……って言うか、中世のヨーロッパでは正装として用いられていたカツラを頭に乗せているのは、まぁ、武士の情けとしてツッコミはしませんけど、その妙に派手なレースや、刺繍が施されているローブは一体何事ですかね。
 少なくとも、教壇の上で手を握り合ったまま、茫然と教室に入り込んで来た貴方を見つめる俺達の方が余程自然だと思うのですが。

「それはこちらの台詞です、ミスタ・コルベール。貴方こそ、私の授業を何の権利が有って妨害する心算なのですか」

 俺の手を放した後、一応、表面上は冷静に対応するギトー先生。ただ、何故か彼から感じる雰囲気は、少しの安堵の色を帯びている事を感じる事が出来たのですが。
 おそらくこれは、先ほど、何もない教壇でバランスを崩して二度も転んだ無様な自らに対する生徒達の記憶を、この珍妙な出で立ちのコルベール先生が吹き飛ばしてくれると思ったのでしょうね。

 それに、俺も、その意見に賛同しますから。

「いや、今日の授業は以後、すべて中止と決まったのです」

 教壇の中心……つまり、現在、ギトー先生と俺が立っている付近に向かって歩み寄りながら、そう告げて来るコルベール先生。
 しかし、少し急ぎ足で移動しようとし過ぎたのでしょうか。それとも笑いの神が彼こそ、真の最強のリアクション芸人で有ると微笑み掛けたのか。何もないはずの教壇への道のりで、何故か躓いて仕舞うコルベール先生。

「おわっと」

 両手で危うくバランスを取り、何とか、歌舞伎役者が見栄を切るような仕草をして、無様に転んでしまう事は防いだコルベール先生では有ったのですが、再び真っ直ぐに立って生徒達の方を向いた時には、頭の方が、非常に残念な状態へと移行して仕舞っていました。

「滑りやすい」

 自らの方に飛んで来たふさふさの金髪かつらを一度見つめ、そして(おもむろ)に、普段通りの短く、簡潔な言葉で、その非常に残念な状態となって仕舞ったコルベール先生の頭を表現する俺の蒼き御主人様。

 確かにそれは事実なのですが、武士の情けと言う言葉は、この世界には無いのでしょうか。

 再び、爆笑に包まれる教室内。矢張り、真に笑いの神に愛されているのは、ギトー先生では無しに、コルベール先生の方だったと言う事ですか。

「黙りなさい! ええい、黙りなさい、この悪童どもが!」

 コルベール先生が顔……何処から何処までが顔の範疇で、何処からが頭なのか、イマイチ判り辛い御方なのですが、少なくとも、今は顔から頭のてっぺんまで、全て真っ赤にしたゆで蛸状態で、大きな声で怒鳴り始める。

 そして、

「大口を開けて下品に笑うとは、まったく貴族にあるまじき行いです!」

 最早、ゆで蛸なのか、コルベール先生なのか判らない状態で、ブチ切れまくっている先生。しかし、どう考えても、今のセンセイのキレ具合の方が、貴族に有るまじき行いだと俺は思うのですが。

 それにしても……。
 本当に、コルベール先生は、一体何をしに来たのでしょうかね。

 
 

 
後書き
 最初に。第22話から、第3章 白き浮遊島(うきしま)編に突入します。

 次。『蒼き夢の果てに』は、完全にゼロ魔原作からかけ離れるまでは、このパターンで進む事と成ります。
 例えば、極楽鳥の卵事件が不死鳥の再生話に成ったり、フリッグの舞踏会に、何故か妙な存在が飛び入り参加していたり。

 後、原作小説内でタバサが登場していない話に、無理矢理、主人公が参加する事も有りません。
 その間は、主人公とタバサはガリアの騎士としての御仕事をこなすと言う話を続けて行きます。矢張り、違和感が有りますからね。本来、その場に居ないキャラが余分に二人。つまり、タバサと主人公の二人が居たら。

 但し、原作小説と違って、伝奇アクションと言うイメージが強いので……。
 更に、東洋風の色付けもして有りますから……。

 それでは、次回タイトルは『ルイズに王命?』です。

 追記。誤字、脱字、うっかりミスのない世界に行きたい。
                                              
 
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