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蒼き夢の果てに

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第2章 真の貴族
  第21話 ヴァルプルギスの夜

 
前書き
 第21話を更新します。
 尚、この話が、第2章の終わりの話と成ります。
 

 
「ピンクのバラから受けるイメージは、上品さ、気品。そして、しとやかさや。
 それが理解出来たら、その香りに負けない雰囲気で、ホールの中心で主役の如く踊っているふたりのトコロに行って来い」

 そう告げてから、ルイズの背中を軽く押してやる俺。
 それに、おそらくはこれで、流血沙汰の修羅場は回避出来ると思います。もし、これでも無理だった場合は、流石に処置なしでしょう。
 その時は、俺が才人の墓を作ってやるしかない。

 俺に軽く背中を押されて一歩踏み出すルイズ。しかし、彼女から発せられる雰囲気は、流石に、先ほどまでの、現在噴火中の活火山状態では無くなっていました。
 これなら、才人の生命の危機は去ったと言う事でしょう。

 しかし、歩み出そうとしたルイズが少し立ち止まり、その首を飾る銀の十字架を人差し指と中指で軽く触った後に振り返ってこちらを見た。
 そうして、

「アンタとなら、後で踊って上げても良いわよ」

 そう、俺に対して告げて来ました。
 彼女の発して居る雰囲気は……。冗談にしては真剣。但し、他の連中が発して居る強い気を放ちながらのダンスへの誘いと言う訳でもない。

 むしろ、キュルケが才人を連れ出した時の雰囲気に通じる物を感じるな。

 ただ、ひとつ問題が有る。それは、俺自身がダンス……つまり、ワルツの正確なステップをうろ覚えだと言う事。
 まさか、中世ヨーロッパの貴族風の世界に召喚されるとは思っていませんでしたから、体育の授業で誉められたぐらいで、とてもでは有りませんが、貴族の若様連中の間で華麗なステップを踏む、などと言う離れ業を演じる事は出来ません。

 もっとも、そうかと言って断るにしても、正面から断るようなマネは出来ませんか。貴婦人からの申し出を断るのは、非常に失礼な事に当たりますから。
 しかし……。
 俺は感知の精度を上げながら、後に存在して居る少女に意識を集中させる。
 そう。こう言う雑多な気が集まるトコロでは、何か良くないモノが入り込んで来ていても見つけ難いですから、出来る事なら彼女の傍からは離れたくはないのですが。

「まぁ、才人の次の次ぐらい迄は待っているから、俺の順番が来たら申し込みに行かせて貰うわ」

 少し軽口を交えながらそう答えて置く俺。それに、最初に才人と踊った後なら、今のルイズを壁の花とする貴族の子息はいないでしょう。
 俺なんかよりも、女性の扱いには長けた方達の集まりのはずですから。貴族の若様と言う存在は。

 まして、そんなに長い時間はやっていないでしょうしね、このパーティは。
 それに、今のルイズなら、キュルケと十分に張り合えるとも思いますから。

 ピンクのバラの花言葉で、最後に残った言葉。『美しい少女』に相応しい雰囲気に成っていますから。今の彼女の雰囲気はね。

 俺に対して、少し笑って見せるルイズ。そう言う表情を見せると、普段の彼女の発して居る少しキツイ印象がかなり和らぐ。
 普段の彼女は、自らへの自信の無さや自らの家柄に対するプレッシャーから、少しキツイ表情をしている事の方が多く、公爵家の姫君で有る事や、くっきりとした上品な目鼻立ち。そして、何よりその瞳の色合いから、気の強そうな、……ぶっちゃけ、少々わがままな性格が透けて見えるのですが、先ほどのように笑って魅せてくれた時には、よく整った顔立ちに、何処か童女のような無垢な雰囲気が漂って来る。

 普段からそう言う態度や雰囲気で居てくれたのなら、クラス内で孤立するような事はない、と思うのですけどね。

 俺が、軽く右手を上げて挨拶を送ったのを確認してから、まるで、優雅なターンをするかのような自然な姿で踵を返し、ホールの中央。この舞踏会の主役が納まるべき場所へと歩を進めて行くルイズ。

 その瞬間、多くのペアが優雅に舞うこのホールに、何故か、その彼女の行く先には、一筋の道が出来上がっていた。
 その一筋の花道を、遅れて来た主役が自らの舞台に立つ為に、ゆっくりと。上品な雰囲気を纏い進み行く、仄かに花の香りを漂わせる桜色の少女(ルイズ)

 やれやれ、ここから先は、俺の関わる話では有りませんか。

 さてと。才人とキュルケが去って、次にルイズは去って行き、後に残されたのは俺一人。何か妙に寂しいような気がするのですが。
 そうしたら、タバサの傍に行くとしましょうか。

 そう思いながら、振り返って視界に蒼い少女の姿を瞳に収める俺。当然、何事もない事は判っているのですが、それでも自分の目で確認するのと、気配だけで察するのとでは、気分的にも大分違って来ますから。

 そして、自らの主人を目視で確認した後、左手に才人から預かった蜘蛛切りを持ち、タバサの方に歩み寄る俺。
 尚、流石の俺の御主人様も、既に御食事の時間を終えられ、御持参していらっしゃった本を片手に読書タイムに入られて居りました。

 まぁ、この少女は、何処ででも本が読める御方ですから、これで普通の対応なのですが。

 ほんの少しの明度を上げる為に、サラマンダーに因り熱を発生させない光をタバサの周囲にだけ灯す。ここは、少し本を読むには明かりが足りない空間ですからね。
 もっとも、彼女のメガネは、どうやら伊達メガネらしいのですが。

 俺が傍らに立ったのは気付いているけど、こちらに顔を向ける事なく俺には理解不能な文字列を、その蒼い瞳のみで追っているタバサ。
 尚、この世界では活版印刷自体は発明されているのですが、流石に本自体がかなり高価な物で、タバサの部屋に有る冊数の本は、実はかなりの財産となる物らしいです。

 確かにそう言う時代が地球世界にも有った事は知っていたのですが、自らがそう言う時代に引き込まれるとは思いもしませんでしたよ。
 もっとも、俺が読める書物と言うのは、現状では和漢によって綴られた書物に限られるので、タバサが読んでいる本を覗き込んでも俺には読めない文章が書き連ねられているだけで、其処には何の意味も見出す事など出来ないのですが。

 それにしても、この()は、かなりの美少女には違いないな。

 確か、黒のパーティ用のドレスとキュルケは表現しましたけど、これは所謂イブニングドレスと言う女性の正装に当たる服装だと思います。おそらくグレープ織りとか言う種類の代物と違うのかな。それも、多分、材質は絹ではないかと思います、このドレスは。そして、胸には青玉の首飾り。尚、これは水の乙女のお家でも有ります。更に、緑玉と銀で出来た腕輪が右手首を飾る。これは、当然、森の乙女のお家でも有りますね。

 そして、彼女から漂うのも、ほのかな薔薇の香り。

 しかし、この娘を攫って……いや、攫わなくとも、この娘を飾っている宝石をひとつ奪い去るだけでも、かなりの金額で売れる事だけは確かです。少なくとも、絹自体が非常に珍しい世界みたいですし、俺が送った宝石類は、かなりの大粒の天然石で、ついでにノームが意匠を凝らした代物でも有りますから。

 もっとも、この娘の良い点は、どう考えても見た目だけではない事は確かです。見た目的にはルイズの方が上だと言う意見の方が多いですし、モンモランシーも悪くは無かった。キュルケの場合は、俺はそうでもないけど、周りの評価的には凄く高い。こんな中に埋もれて仕舞うと、どうしてもかすんで仕舞うレベルの美少女では有ります。

 この娘の中で一番輝いている点は、その頭の良さではないのでしょうか。判断が非常に速いですし、更に的確。俺の言う抽象的な言葉を即座に理解してくれる。

 後は、彼女の実際の戦闘時の能力の把握が細かく出来たら良いだけなのですが。
 もっとも、彼女が直接戦闘を行う事など、あまり考えられない事ですか。

 何故ならば、俺は前衛型の人間。彼女は魔法使い(メイジ)。これならば、自ずと役割分担が出来上がって来るものですよ。

 ただ、俺の事を対等の人間として扱ってくれるのは有り難いのですが、妙に頑固なトコロが有る事だけが玉にキズですか。
 例えば、俺に使用人としての仕事を命じるとか、前回の不死鳥の事件も俺に全部押し付けたら、自分はかなり楽が出来たトコロでしたのに、そんな事はしなかった。

 おそらく、それは甘えに繋がると思ったから、やらなかったのでしょうけどね。
 相棒とはそう言うモノです。少なくとも、どちらかが一方に頼り切る関係では有りませんから。

 そうあれこれと考えながら、少しぼぉっとタバサを見つめる……と言うか、瞳の中心には間違いなく彼女を映していたのですが、心は別の世界で遊ばしていた俺を、何時の間にかタバサが見上げるように、じっと見つめていた。

 彼女の視線と、見るとは無しに彼女を見つめていた視線が交わる。

 その行為に少し慌てる俺。これは、俺が彼女をじっと見つめていた事によって、俺に何か用が有ると思われたのでしょうか。
 確かに、俺の方から彼女の顔を凝視する時は、大抵が彼女に対して問い掛けを行う時なのです。しかし、今回に関しては、彼女の方を見つめながら、少し考え事をしていただけなのですが……。

「えっとな。タバサ、ひとつ聞きたいんやけど……」

 まぁ、良いか。それならば、ついでにひとつ疑問について聞いて見るだけですから。
 かなりの部分で照れ隠しだったのは事実なのですが、それでも少し……いやかなり興味が有った事なのも事実ですから。

「この才人にやった日本刀は固定化と言う魔法が掛けられたらしいんやけど、その固定化と言うのは、どの程度の強化が図られたと言う事なんや?」

 表面上は平静そのもの。しかし、霊道で繋がっているタバサに取っては、俺の挙動不審ぶりは簡単に伝わっているのではないか、と言う気を発しながら、俺はタバサに対してそう問い掛けた。

 それに、日本刀と言うのは横からの衝撃にはそう強い物ではないし、刃で相手の攻撃を受けていたら、直ぐに刃こぼれを起こして仕舞う代物でも有るのは事実。
 ですから、俺は刀で攻撃を受けるよりも、相手の攻撃を見切る技を習得して行った訳ですからね。

 少し俺の質問に考える仕草のタバサ。この微妙な間は、もしかすると、俺が照れ隠しに適当な事を聞いた事に気付かれた可能性は否定出来ませんが……。

 う~む。これは、矢張り少し唐突過ぎる質問でしたか。

「普通に武器として使用する分には、折れる事は無い」

 しかし、タバサは普段通りの、やや抑揚に欠けた、彼女独特の話し方でそう答えてくれる。
 俺が、心ここに在らず、の状態で彼女を見つめていた事に関してはスルーしてくれる心算らしいです。これは、多分、良かったと言う事なのでしょうね。

 それで、固定化の魔法についての彼女の答えは、大体予想通りと言う感じですか。
 それならば……。

「例えば、相手に固定化が掛かっていない鉄などを斬り裂いたり、貫いたりする事も可能と言う事に成るのか?」

 原理的に言うならば、これは正しい推測だと思いますね。もっとも、そんな力を加える事が、俺には不可能だとは思わないけど、かなり難しいのは事実。
 当然、その鉄の厚さにも因りますが……。

 俺の質問に、ひとつ首肯く事によって答えてくれるタバサ。
 これは肯定。つまり、固定化が掛かっていない防具相手なら、力と技量さえあれば斬り裂く事も可能と言う事ですか。

 成るほど。これは固定化と言う魔法は、かなり使用範囲の広い魔法と言う事に成りますね。
 但し、その魔法に相当する仙術が思い浮かばない以上、俺に再現は出来ないのですが。
 それに、相手にも固定化が掛けられた防具の場合は、矢張り、剣を扱う者の力と技量。それに、その固定化を掛けた魔法使いの技量に因って結果が変わって来ると言う事でも有るのでしょう。

 つまり、矛盾と言う言葉が生まれづらい世界だと言う事はよく判りました。今のタバサとのやり取りでね。

「あれ、タケガミさん。貴方は、確かルイズさんとダンスを踊って居ませんでしたか?」

 そんな、妙に教訓的な事を考えていた俺に対して、突然、後方、つまりダンス・ホールの中心部から聞き覚えのある女声(コエ)が掛けられた。
 ……って言うか、俺の事を名字で呼ぶ女の子は、今のトコロ一人しかいないか。

「あぁ、モンモランシ嬢ですか。貴女に作って頂いた香水は良い香りですね。
 さっそく、我が主人も使わせて貰って居ります」

 一応、タバサがこんな事を言うとは思えないので、俺の方から言って置きますか。それに、これは、まぁ、軽い社交辞令と言うヤツです。
 そもそも、俺に香水の良し悪しなど判る訳はないですから。薔薇の香りと判っただけでも誉めて欲しいぐらいですよ、実際の話。

 振り返った俺の視線の先には、金髪縦ロールの少女。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシが少し不思議そうな表情で俺を見つめたまま立っていた。
 見た目は一昔前の少女漫画のライバル役。しかし、性格的にはどうも違うような雰囲気を持った少女、モンモランシー。

 ……って言うか、長い名前ですね。ミドル・ネームは洗礼名か何かなのでしょうか。
 それに、地球世界のモンモランシー家と言うと、確かフランス貴族ですし、その領地もフランス領で有って、ベルギーの辺りの地名では無かったような記憶が有るのですが。

 確か、あの超有名な御方が同じ名字だったと記憶しているのですが。

 もっとも、モンモランシ家とモンモランシー家では、大分違いますか。それに、今はそんな事よりも、彼女が言った妙な台詞の方が重要ですしね。

「それで、私が、ルイズと一緒に踊っていたとおっしゃられるのですか、モンモランシ嬢」

 おそらくは、モンモランシーの見間違いだとは思いながらも、そう問い返す俺。

 しかし、この部屋に入った時にざっと見回した限りでは、このダンスホールと化したアルヴィーズの食堂の上の階にある大きな部屋に、俺と同じ黒いタキシードなどを着込んだ人間はいなかったはずなのですが。

「はい。黒い髪の毛に、黒い上着を着た男性はタケガミさん御一人です。見間違いようは有りません」

 モンモランシーの答えも、俺の考えと一致しているな。
 但し、意見が一致したトコロで、それがどうしたと言う状況でも有るのですが。

「なぁ、タバサ。この国の魔法では、何らかの方法で姿形を偽る方法は有るか?
 一度魔法を施しさえしたら、後には、魔法を使用せずとも、その変装を維持出来る類の魔法が」

 一応、一番可能性の高い仮説に必要な情報をタバサに聞く。

 この状況は、何の意図が有るのかは判らないけど、俺の姿形を偽って、ルイズのダンスパートナーを務めている魔法使いが居ると言う事だと思いますから。
 その程度の事でイチイチ目くじらを立てていても意味がないですし、才人とキュルケが、ホールの真ん中で未だに踊っている状況ですから、それも仕方がない事だと思うのですけどね。

 もっとも、才人の感じは必死のパッチと言う雰囲気なのですが。あれは、キュルケの足を踏まない事に汲々としていて、とてもではないですけど、周りの雰囲気や、ダンス自体を楽しんでいると言う雰囲気では有りません。

 あの才人くんは色々な意味で、お約束を忘れない漢で有る事だけは確かですか。

 それに、俺ならば、ルイズの事をゼロのルイズなどと揶揄する事もないので、彼女との関係も良好。才人との仲も良い。
 そして、何故かダンスホールの中心に背を向けるばかりで、姿を偽ってルイズと踊っていたとしても発見される可能性は低い。

 まぁ、ルイズにも隠れファンのような人間が居たと言う事だと思いますけどね。この事自体は悪い事だとは思えないのですが。

「存在する。水と風のスクエア・スペル。フェイスチェンジと言う魔法。但し、この魔法学院には、その魔法を行使可能なメイジは存在しない」

 タバサが普段通りの口調でそう答えた。
 但し、少し緊張しているかの様な気配が霊道を通じて伝わって来る。

 それに、魔法は存在するけど、この学院にその魔法の使い手はいない……ですか。
 これは少し妙な話ですか。可能性としてはふたつ。外部から、何者かが入り込んだと言う事なのか、それとも、元々、公称よりも高い能力を持った魔法使いが、わざわざ低い目に自らの能力を偽っているのか。

 いや、どちらにしても、この状況は悪意より発生した事件の可能性も有りますか。
 何故ならば、

「もし、外部から潜り込んだ人間が居たとするのなら、これは危険な兆候の可能性は有るな」

 確か、ルイズはこの国の公爵家の姫君で、この世界は封建制度が続く中世ヨーロッパに似た世界。御世辞にも、治安の良い時代では有りません。
 人質を取って身代金を要求する、などと言う事は結構、行われて来たはずですから。

 但し、あれは戦争の時に、相手の騎士を生け捕りにする事の方が多かったとは思うのですが。
 女性を標的にした犯罪は……。あまり上品、と言うか、人道的とは言えないような事が日常的に行われていた時代だったはずですか。

 そうしたら、一応、その俺の偽物とルイズの姿の確認を……。
 そう思い、ダンスホールの中心を確認する俺。

 ……居た。

 あっけないほど簡単に、その視線の先にふたりは居ました。
 確かに、そこには俺と良く似た背格好で、黒のタキシードの上下に身を包んだ黒髪の男性と、白いパーティドレスに身を包み、ボリュームのあるピンクの髪の毛を銀製のバレッタでまとめ上げた少女が踊っていました。

 先ほどまでは、確かに才人とキュルケがその場を支配し、他に踊っている生徒達の真ん中に陣取って、キュルケの方は優雅に、それでいて、妙に情熱的な。片や、才人の方は、そんなキュルケに引っ張られるような形で、少し覚束ないながらも、それでも軽妙なステップでダンスをしていた空間に、今度は別のカップルがその場所。……このダンスパーティの主役が納まるべき空間を占めていた。

 誰からの非難の視線を浴びる事なく、さもそれが当然の事のように……。

 彼らの周囲には、まるで漣が起きているかのように世界が姿を変えている。彼が右足で軽やかにステップを踏めば、それに合わせて彼女が左足を優雅に動かす。
 その様子は、彼らを中心に、世界自体が目まぐるしく変わっているかのようでもあった。

 光が、音楽が、そして、互いの吐息が。

 周りに存在する他の人物など、全ては夢の存在。自らのパートナーと、そして流れる円舞曲の旋律のみが現実の存在で有るかのようで有った。

 周囲を取り囲む多くの顔の無い人形たちが無機質にワルツを舞い踊る中、たったふたりの現実が俺の正面で繰り広げられていた。

 ……って言うか、俺が、あんなに優雅に女性をエスコート出来る訳ないでしょうが。
 それに、もうひとつ、俺に無い気をソイツは放っていた。

 近寄るだけでも憚られるような、狂気を……。

 ええい。何で、こんな妙なヤツが侵入していた事に気付かなかったんや、俺は!
 そう自らの迂闊さに、尋常ではないレベルの後悔を抱きながらも、そのふたりの方に一歩踏み出そうとする俺。

 しかし、時既に遅し。俺の身体は、まるで金縛りに有ったかのように動く事が出来ないように成って仕舞っていた。

 そう、この空間自体が、既に悪夢の一場面で有るかのように。
 まるで、楽しい夢から覚める事を拒む子供のように。

 ソイツが、ルイズを見た。
 彼女を一人の女性として見つめる眼差しで。
 そう。其処には、ある種の賞賛と崇拝の色が含まれているかのような、そんな眼差しで。

 毎朝、鏡を見る度に最初に出会うその瞳に、俺がルイズに対して絶対に向ける事のない色を浮かべて。

 彼が、何かを、彼女の耳元で囁く。
 その仕草は、恋人同士の甘い囁きの如きそれで有った。
 その行為が、まるで、俺自身の望みで有るかのように錯覚させるに相応しい自然な仕草、及び雰囲気で。

 そして、その言葉を普段のルイズが俺に対しては、絶対に浮かべない種類の表情を浮かべて受け入れる。
 その甘い言葉を耳元で囁かれる事が、彼女自身の望みでも有るかのように。

 俺は、その娘を相手にそんな事はしない。まして、彼女の方も、俺をそんなに近くまでは近付けないはず。
 これは夢。覚醒した状態で見せられている、悪夢。

 そいつが、俺の方を見つめる。
 何故か、その視線に大事な何かを奪われる。そんな気さえして来る……とても冷たい視線であった。

 そして……。

 そして、今度は俺の背後に少し視線を動かした。
 その視線の先に存在するはずの蒼い少女と、俺の方に向けて、何事かを口の動きだけで告げるソイツ。

 何を言ったのかも、何を告げようとしたのかも判らない。
 但し、ヤツから発している雰囲気が、その声なき言葉を簡単に想像させる。

 その一瞬の後、背中に良く知っている少女の気配を感じた。
 それまで、そいつと、そして、彼女と俺以外の気配をまったく感じる事のなかった空間に新たな人物の登場を告げる気配を……。

 刹那、急に回復する四肢の自由。
 そして、近付く、そいつと彼女(ルイズ)の距離。

 それまで一歩も……いや、指先ひとつ動かす事が出来なかった事がウソのような軽快な動きで数歩の距離を走り抜け、左手で握りしめた鞘に納まったままの蜘蛛切りでその俺のドッベルゲンガーを討ち抜き、ルイズを右腕の中に確保する。

 その瞬間、周囲の雰囲気が変わった。

 先ず、光が、通常の光……魔法によって灯された、やや幻想的ながらも、この舞踏会が始まった当初から存在していた通常の空間を照らす普通の明かりに。
 それまで聞こえていたはずの円舞曲が、まったく違う曲へと差し替えられていた。
 そして、周囲の喧騒が戻り、無機質に踊る人形と化していた人物達が己の顔を取り戻す。

 そして、その優雅に、そして中には、無様なステップを踏む者達の中心には……。

 左手に蜘蛛切りを携え、右腕には、何故かその全体重を預けたルイズを抱えた俺の姿が残されているだけで有った。
                                              
 
 

 
後書き
 最初に。この物語に登場するモンモランシーは、キャラを変えて有ります。彼女は、ゼロ魔原作よりも重要な役割を担う事に成りますから。
 それに、彼女には湖の精霊との関係や、彼女の従兄弟も登場して来ますから、この蒼き夢の果てに内では、原作小説内のモンモランシーよりは重要な役割を担う事に成っています。

 原作小説のままの彼女では少し扱い難い部分が有りまして。あの原作小説のモンモランシーは、矢張り、ギーシュくん有ってのモンモランシーですから、彼女単独で行動するには少し……。

 まぁ、湖の精霊も、ゼロ魔原作の湖の精霊とは似て非なる存在です。もっと、神話上の存在に近い設定に成って居ります。
 そして、彼女の従兄弟と言うのは、歴史上では割と有名な方ですから、多分、多くの方が知って居る人物だとは思いますよ。

 もっとも、モンモランシ家と、モンモランシー家の違いは有るのですが。
 まして、従兄弟の方は、ガリア貴族ですし。
 更に、私は彼の境遇に少し同情して居ますから、某小説やアニメとは違った切り口の人物として登場します。

 その上、この物語内のガリア自体が、ゼロ魔原作のガリア王国とは違う国ですから。この蒼き夢の果てに内のガリア王国は……。

 それでは、次回より新展開。第3章 『白き浮遊島』 に突入します。
 ゼロ魔原作小説第2巻のアルビオン編の開始と言う訳です。

 これで、ようやく『戦闘描写多し』のタグ通りの内容に成って来ますね。

 それでは次回タイトルは、『ギトーの災難』です。

 追記。
 何故か、手直しに時間が掛かり過ぎている。
 一応、蒼き夢の果てに第58話は完成しているのですが……。

 右目が痛くて、ついでに熱を持って居るのが問題なんですよね。
                                               
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