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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第75話 演習 その1

 
前書き
ちょっと時間が遅れてしまってすみません。

やっぱり戦闘(演習だけど)描写が長くなってしまいました。 

 
 宇宙歴七八九年九月 リオ・ヴェルデ星域からロフォーテン星域

 昇進・昇給があろうとなかろうと、休暇を終えて帰ってきた人間と、休暇なしで訓練計画を立案させられた人間とには、士気と体力に差があるのは仕方のないことだと思う。

 九月三日。旗艦エル・トレメンドの大会議室に集団司令部と第四四高速機動集団の各隊・各戦隊指揮官と第二・第三部隊司令部、それに査閲部からエルヴィン=メールロー中佐率いる一チーム三〇人全員が集まると、参謀長の挨拶も査閲部による訓練宙域説明もそこそこに、俺は訓練内容の説明を彼らの前で説明する。殆どエレシュキガル星系で実施した訓練の焼き直しと割り増しといったところ。

 エル=ファシルとアスターテで戦って生き残った指揮官達は、エレシュキガル星系での濃密な反復訓練が無駄ではないことを知っている。見知ったどの顔にも「メンドクサイがしょうがねぇ」としか書いてない。一方で別部隊から移動してきた指揮官達は「本当にこんな訓練でいいのか」と困惑を隠せない。査閲部の面々はナージー=アズハル=アル・アイン中佐から事前に話を聞いていたのか、もうこれが第四四高速機動集団のセオリーだと認識しているようで、手持無沙汰にしている。

 ただ今回、エレシュキガルでの訓練と違うのは、ほぼ同規模の第四七高速機動集団が同じ宙域で訓練を実施することだ。実施時期が侵攻作戦直前で、規模では格下であった独立機動部隊との共同訓練とはかなり意味が異なる。

 同盟軍は最前線の哨戒隊はともかくとして、四六時中帝国軍と戦闘しているわけではない。一〇〇隻単位以上の戦力が戦うのは、大抵どちらかが戦略攻勢をかける前兆から収束まで。戦略攻勢をかけるのは一年に一回あるかないかだ。ただ一度火が付いた攻勢が長期にわたって戦線を作り上げることはままあるので、常時戦闘しているようにも見える。

 そして高速機動集団という制式艦隊以外では最大級の機動戦力を有する部隊が、同盟軍の中でどういう位置づけかというと、エル=ファシル奪還のような制式艦隊を動員するまでもない規模での戦闘や、大規模会戦における司令部予備戦力といったところだ。それはつまり『ある程度の戦略的な視野と、機動戦力の独立運用能力』を司令官に求めるものであって、規模が違っても制式艦隊司令官に求められるものとほぼ同値である。

 つまりこの演習はただ単に第四四高速機動集団の再編成と再戦力化という意味だけではない。ぶっちゃけて言えば、アレクサンドル=ビュコックとグレゴリー=ボロディンのどちらが、制式艦隊指揮官として優れているかと評価する場でもある。マウンティングというわけでもないだろうが、今後の昇進の評価項目の一つとして使われることは間違いない。

「今回の訓練は小官もなかなか微妙な立場なのですが、小官は第四四高速機動集団の次席参謀であることを、皆さん頭に入れておいてください」

 前置きなくそう言って締めると、年配の指揮官を中心に苦笑が漏れる。メールロー中佐の眉がピクリと動いたのは間違いない。その後ろにいる査閲官達の顔に緊張が走るが、それも一瞬で終わり、演習事前会議は終了する。指揮官達が席を立ち爺様や参謀長達と雑談を交わす中、メールロー中佐に耳打ちされた一人の少佐が、明らかに俺を標的として近づいてきた。深い皺と思慮深そうな瞳。叩き上げか専科学校出身のベテランであろう初老の少佐は、俺より先に敬礼すると手を差し出してきた。

「ヴィクトール=ボロディン少佐ですね。メールロー査閲チームで次席を務めます、ケイシー=マロンと申します」
「ヴィクトール=ボロディンです。マロン少佐、はじめまして。今回はよろしくお願いします」
「あぁ実を言いますと、はじめましてではないんですよ。ボロディン少佐とは四年前にお会いしているんです。マクニール少佐がお辞めになられる時に、ちょうど査閲部に転属になりまして」
「あ、そうでしたか。これはとんだ失礼を……」
「ボロディン少佐は統計課でしたから覚えていらっしゃらないのも無理ないですよ。小官は航路保全課の大尉でしたから」

 ははっと笑いながらマロン少佐は短く切り揃えた髪を掻く。正直その屈託のない顔に見覚えはない。何しろ上がってくる報告書の集計が主任務の統計課と、訓練査閲以外でも常に船に乗って航路状況を把握する航路保全課では同じ査閲部でもほとんどすれ違いといっていい。マクニール少佐のご子息は航路保安局の警備艇乗務員だから、その縁での顔見知りということだろう。

「で、少佐?」
「まぁ、いろいろご苦労はあるとは思いますが、くれぐれも『不眠症』にはなられないようお気を付けください。とメールロー中佐からの伝言です」
 中佐が何を言いたいのか、ピンときた俺は一度他の査閲官達と話しているメールロー中佐を見た後、マロン少佐に頭を下げる。
「ご配慮ありがとうございます。しかし、よろしいのですか?」
「……えぇフィッシャー中佐の愛弟子には釈迦に説法でしょうが、『ハンデ』も過ぎると正当な評価ができませんからね。あからさまでなければ、結構です」
 ちょっと驚いて瞳孔が少し開いたマロン少佐だったが、もっともビュコック司令官は充分ご存知でしょうけれどと、すぐ表情を隠して肩を竦めながら笑って言った。

 あからさま、とあえて釘を刺しに来たということは、例えば『今から第八七〇九哨戒隊を既に提出された訓練から外すようなことはしないで欲しい、そこまで露骨に対応されては、流石に正当な評価どころかカンニングを疑われてしまう。それは査察チームとしても望んでいるわけではないですよ』と言いたいのだろう。

 指揮官や査閲部の面々が大会議室を出て、改めて司令部会議室に集まった第四四高速機動集団司令部は、俺とマロン少佐の話を聞いて溜息をついたり舌打ちしたりと諦めの感情を見せた。

「グレゴリー=ボロディン少将に寄せ集めとはいえ、先の一手を譲るのはあまり気分のいい話ではないですな。状況によってはワンサイドで終わってしまう可能性がある」

 眉間に皺を寄せながら珈琲をかき混ぜるモンシャルマン参謀長の顔は冴えない。集団としての実戦経験を積んでいるとはいえ、三割の要員転出をしている以上、新編制の部隊と何ら変わらない。特にエレシュキガルでは時間不足で艦隊機動訓練を行うことができなかった。全くの新戦力である第四七高速機動集団とは確かに能力差があるとはいえ、攻撃選択権まで譲る程では正直ないと俺も思う。

「釘は刺された以上、訓練は予定通りやるべきじゃろうが……ジュニア、対応できるか?」

 『やれ』ではない。『できるか?』と爺様が聞いてきたことに、俺は軽く衝撃を覚えた。これまでもそしてこれからも、仕事量は半端ではない。準備の二週間でブライトウェル嬢が三人分のサンドイッチと共に出勤してくるのは両手の指ほどもあった。特に各部隊指揮官の経歴と戦力から、部隊機動力の限界点を探る集団内評価表の作成には手を焼いていたが、提出された評価表にすら辛口評を忘れなかった爺様が、疑問形で仕事を任せに来るとは考えられなかった。

 あるいは、とも思う。爺様はグレゴリー叔父と俺の関係に遠慮してくれたのかもしれない。仮に俺が手を抜くようなことがあったとしても、モンシャルマン参謀長は即座に見抜けるし、俺自身が仕事の手を抜かないことには爺様も一定の評価を下している。だが手抜かりなく『第四七高速機動集団からの奇襲』対策を作成し、グレゴリー叔父がコテンパに敗北するようなことにでもなれば、叔父の出世は遅れる可能性だけでなく、家庭環境にも影響が出るのではないかと。

 爺様だってボロディン家がそんな軟な家庭だとは思ってはいないだろう。だが爺様にしろグレゴリー叔父にしろ、誰もがシトレ派と認める軍人だ。同規模の戦闘指揮官を競い合わせて兵の練度を上げるというのはどのような分野でもあることだが、第四四と第四七を意図的に組ませたのは、『誰か』の、何らかの意図があるということかもしれない。

「万事お任せください、と申し上げるほどの自信はありませんが」
 だがそれでも、だ。
「叔父の向う脛を蹴り上げるくらいはできると思いますので、是非ともやらせてください」

 その回答に何故ブライトウェル嬢が小さくガッツポーズをしたのはよくわからなかった。





 訓練開始から二〇日目の九月二三日。

 例によって『誰かが一〇〇点出るまで次の課題には進まない』訓練を知らないご新規様の討ち入りを受けつつ、部隊運用訓練でトラブルが続いて、指揮官同士の調停を行わなければならず、参謀長も俺もしばらくそれにつきっきりだった。なにしろ陣形を変えるタイミングで、小戦隊同士の戦列が重なることがあり、ぶつかりそうになった双方が相手方に謝罪を求めて、何故か司令部に怒鳴り込んでくるのである。

 それでもかろうじてゆっくりとはいえ戦隊規模での移動と基礎陣形の組みなおしができるようになっており、いよいよ明日からは部隊規模での陣形変更訓練を開始するということで、今日一日は全休となる予定だった。

 ただ全休日とはいえ訓練宙域内に停泊していても、宇宙船である以上誰かは留守番をしなければならない。それに補給業務も必要だ。燃料やエネルギーに関しては一日の訓練終了後に満タンにされるが、食料などは一週間に一度のペースで補給される。幸いキベロン訓練宙域は同盟屈指の支援設備があり、演習宙域管理部の給糧艦も手練れ揃いで、一五〇〇時にはほぼ全ての艦が搬入を終えたところだった。

 これで後は明日〇六〇〇時の点呼まで訓練関連業務はないなと、戦艦エル・トレメンドの司令艦橋にある自席で、留守番よろしくのんびりと一人成績評価表の入力を行っていた時だった。突然、司令部専用のエレベータから真っ赤な腕章を付けた数名の士官が現れ、俺以外誰もいない司令艦橋に視線を廻し……俺の姿を確認したメールロー中佐が、視線を送ってくる。

「中佐。これは一体?」

 彼は俺の問いに答えることなく、小さく右手を上げて俺を制し、自分の左手首についている端末時計に視線を下ろして一分後。吹き抜けで繋がっている戦艦エル・トレメンドの戦闘艦橋から、戦闘警戒警報が鳴り響いた。人を不快にさせるブザーの長音の繰り返し。俺と同じく留守役だった数人のオペレーターが、文字通り椅子から跳ねて紙コップの中身を盛大に床に零している。俺は戦闘艦橋から中佐に視線を戻したが、中佐の表情は全く変わらない。これはつまり……

「戦闘艦橋! 艦内緊急放送! 『緊急戦闘態勢・機関緊急始動・総員配置につけ』」
 俺は自分でも信じられないほどの駈足で、爺様の席にある司令官専用マイクをとって叫んだ。
「第四四高速機動集団、全艦にも複数回路通信。『各艦機関緊急始動・戦闘戦術コンピューターC八回路を開け』以上!」

 一瞬だけ中佐の視線が俺に向けられたが、それもすぐに中佐の横に立つ大尉に移動して何か指示を出している。だがそんなことを気にしている暇はない。戦闘艦橋から大声で『了解!』との返答があり、俺は爺様の端末に暗証番号を打ち込んで無理やり起動させる。

 艦の外周レーダー情報の受信と艦隊指揮統制プログラムの起動。各指揮官座乗艦との多重連携回路の開放。長距離索敵レーダーの起動と、他艦からのレーダー情報を結合解析させる索敵コンピューターの戦時移行手続き。他にも戦闘態勢に必要な手続きを進めている間に、続々と司令部の要員が階段を自分の足で登って、司令艦橋へと流れ込んでくる。

 最初に入ってきたのはモンティージャ中佐で、ジャケットを左腕に巻き付け野生動物のような俊敏さで司令艦橋に飛び込んでくると、俺とメールロー中佐達を見て小さく悪態をつき自分の席の端末を起動する。それで俺が索敵関係のコンピューターを起動させていることを理解したモンティージャ中佐は、何も言わずに俺に向けて小さくサムズアップした。

 次に入ってきたモンシャルマン参謀長は、やはりメールロー中佐達を無言で一瞥すると、俺を手招きし状況の説明を求めた。戦闘警戒警報の発令から、次席参謀の権限で戦闘準備を機動集団全艦下命したことを確認すると、俺の肩を二度叩いて、準備を進めるよう改めて命じた。

 三番目には爺様とファイフェルが同時だった。というより副官であるファイフェルが、司令部個室で休んでいた爺様を連れて来たということだろうが、爺様の服装はキッチリしているのに、ファイフェルのジャケットはボタンがズレていて中の青いシャツがその隙間から飛び出している。爺様がメールロー中佐達には目もくれずモンシャルマン参謀長のところに歩み寄る間に、俺はファイフェルに向かってジャケットを指差すしぐさをすると、奴もすぐに気が付いて手早く服装を整えにかかる。

 最後に来たのはカステル中佐とブライトウェル嬢で、カステル中佐は親の仇を見るような視線でメールロー中佐を睨みつけた後、自席に腰を下ろした。ブライトウェル嬢はここまでくる間にカステル中佐から話を聞いていたのか、何も言わず従卒席に座ることなく直立不動の姿勢を保っている。

 司令部の幹部が全て到着したのを確認したメールロー中佐が三〇八秒と呟いた後、爺様のところまで行って、非礼をわびた上で査閲官権限による強制配置訓練を開始した旨を通告した。爺様はそれに対して特に恨めかしいことを言うことなくそれを了解したが、事態はその一五秒後にオペレーター達からの報告で急変する。

「後衛駆逐艦ボストーク七七号より入電。部隊主軸〇七四五時の方向、距離六・七光秒より不明艦船群急速接近」
「当該艦船群より、敵味方識別信号の応答ありません」
「数、およそ二五〇〇。フォーメーションBを形成。速力大。この速度で行きますと標準艦砲の有効射程まで約五分!」
「当該艦船群より『挑戦信号』を受信!」

 同盟の、それも前線より遠く離れ厳重に管理されている訓練宙域に、二五〇〇隻にも及ぶ戦闘艦艇が同規模の部隊に対して『挑戦信号』を発するということは、内乱でもない限り可能性は一つしかない。俺を含めた司令部要員の視線がメールロー中佐に集中すると、中佐はにこやかに頷いた。

「標準九月二三日一六〇〇時。統合作戦本部査閲部長クラーコフ中将承認第〇九三三五号、対艦隊戦闘訓練の実施を宣告します」

 艦橋に掲げられている時計は一五五五時。オペレーターの返答から『仮想敵』は一六〇〇時ピッタリに第四四高速機動集団の左側背最後尾に砲火を届かせる位置に到着できる。これはあまりにも大きなハンデだ。『誰』が指揮しているのか今のところ分からないが、あまりにも可愛げがなく、隙がない。

「教練対艦戦闘用意!」

 爺様はバンッと机を叩くと立ち上がって叫ぶ。マイクなしでも階下のオペレーター席に届きそうな声だが、モンシャルマン参謀長かファイフェルがいいタイミングでスイッチを入れたらしく、逆に戦闘艦橋側から爺様の声が響いてくる。

「麾下全艦、第二戦速。前進方位〇二一五時。隊列は戦隊単位。速度調合時より形成。急げよ」
「第四四高速機動集団全艦、第二戦速。前進方位〇二一五時。速度達し次第、戦隊単位にて戦列を再形成せよ。至急」

 ファイフェルの復唱がオペレーターに繋がり、司令部オペレーターが麾下部隊旗艦へ、部隊旗艦から戦隊旗艦そして各艦へと伝達される。この戦艦エル・トレメンドも微振動した後、急速に速度を上げ前進を開始。その間も『仮想敵』は速度を維持しつつ、集団の後方へと接近してくる。

「全艦、速度を第一戦速に変更せよ。訓練戦闘の兵装再チェックを急げ」

 指令と共に、殆どバラバラに逃げ出した体の第四四高速機動集団は、さらに前後へバラけて行く。加速力のある巡航艦や駆逐艦が自然と前に、戦艦や宇宙母艦それに支援艦が後ろにと艦の配置は一時的に不均衡となるが、後方の仮想敵との距離は時間を追うごとに大きくなる。

 そして艦の乗組員たちも攻撃モードと識別信号と指差確認している。査閲官が訓練実施を明言した以上、間違って実弾を発砲して撃沈などしてはえらいことだ。攻撃指揮官である副長の怒鳴り声が、司令艦橋にまで届いている。

「モンティージャ、どのくらいじゃ」
「六分三〇秒です。気が付かなければ」
「後ろにいる男はそんなに甘い男ではない。すぐに気が付くじゃろう」

 言われるまでもなく、こちら側の増速に気が付いた後方の仮想敵も、合わせるように速度を上げてくる。それに合わせて艦隊シミュレーションの赤と青の四方形の隙間も少しずつ縮まっている。後方へ向けて砲撃可能な砲門を有しているのは駆逐艦と宇宙母艦だけで、他の艦は艦尾方向に砲撃の死角がある以上、このままでは追いかけっこになるだけだ。それは仮想敵側も望むところではないだろう。俺が席を立つと、直ぐに爺様が手招きしてくる。

「C八回路にはどういう指示を入れておった?」
「後背からの奇襲を想定した逃走指示です。戦闘指示は特に入力しておりません」
 俺の答えに、納得たように爺様が深く頷いた。
「なるほど、じゃから各艦が思ったより落ち着いて行動しておるわけじゃな。儂が考えていたより、戦列形成に手間取っておらん」

 それまで前を向いているというだけでバラバラであった各隊は、僚艦同士が連絡を取り、少しずつではあったが戦列が形成されて行っている。まだ同じ艦艇で構成される隊レベルではあったが、秩序は間違いなく回復傾向にある。仮想敵も最大戦速による追撃は陣形が乱れると考えているのか、第一戦速以上を出して追撃はしてこない。

「しかしこのまま鬼ごっこでは訓練にならん。どう戦うかの?」
「用兵術の基本では、後背に敵を負った場合、速やかに前進して小集団毎に分散し、砲火の集中を避けつつ各個反転。相互連携しつつ集合し、敵と正対する。となっております」
「仮想敵の指揮官は熟練した用兵家じゃ。そんな余裕など到底与えてはくれんじゃろう」

 もし教科書通りに行動すれば、仮想敵は陣形が乱れても最大加速し、小集団毎に各個撃破してくる。何しろ追撃されている中で反転迎撃するということは、足を止めることとほぼ同義だ。アスターテのムーア中将やエルラッハ少将の例を挙げるまでもなく、容易く撃破されるだろう。

 かと言って金髪の孺子のように全速前進して敵の後背に出るというのもほぼ不可能だ。消耗戦うんぬんより、肝心の兵力がそれについていけるだけの能力がない上に、仮想敵の攻撃方向を一つに絞ってしまう欠点がある。それこそムーア中将のいう通り、仮想敵の後背に辿り着く前に味方の後衛が壊滅してしまう。味方の後衛とはすなわち集団主力である戦艦や宇宙母艦だ。共食いの蛇になった時の火力不足を招きかねない。

 勝機があるとすれば、相互の指揮官の能力はともかく、指揮下戦力の練度に差があるということだ。例えば部隊毎の動きについて……

「何か面白い手が思いついたようじゃな、ジュニア」
 どうやら顔に出ていたらしい。爺様とモンシャルマン参謀長は皮肉っぽく、ファイフェルは気味悪そうに俺を見ている。一歩間違えれば全滅も間違いない話だが、今回の相手は金髪の孺子でも疾風ウォルフでもない。
「本来机上の空論ですが、実例がなかったわけではありません。閣下に恥をかかせることになるかもしれませんが、これまでの忠勤に免じてお許しいただければ、と」
「儂は貴官の主君ではなく上官じゃ。そして上官とは……」
 爺様はしたり顔で、きれいに髭の剃られた顎を撫でつつ言った。

「採用した部下の提案についての責任を負う立場の者のことを言うんじゃ」





 それから二〇分。爺様と参謀長がひたすら付かず離れずで稼いだ時間を使って、俺は作戦行動指針をひたすら端末に打ち込んでいく。部隊毎の戦闘指揮は部隊指揮官であるプロウライト准将とバンフィ准将にある程度任せるしかないが、少なくとも編成されてより実戦二回。大過なく戦えている以上、そこは信じるしかない。取りあえず俺が入力すべきは各部隊のとるべき進路と行動のタイミング。あとは今回重点的に鍛えた艦隊運用術を生かしてもらうしかない。

 あとは仮想敵の進撃速度と行動予測。基幹部隊との連絡線の確保。戦況変化における戦闘序列の確認。後方部隊の退避・再合流ルート。すべてにおける戦闘評価。それらをすべて入力の上、爺様と参謀長の前でシミュレーションを使って説明する。

「大胆な構想だ。確かに前例はあるが、果たして味方が付いてこれるかどうかは……」
 モンシャルマン参謀長は何度かシミュレーションの時系列を戻しながら動きを確認しつつ、そう応える。
「なぁに、失敗しても構わん。このままじりじりと尻に火を付けられているよりはマシじゃて」
そういうと爺様はファイフェルを呼んで、各旗艦へ作戦案のデータ送信を指示する。これは実戦ではないが、戦闘訓練とは全ての後始末も含めてのことになる。モンティージャ中佐もカステル中佐も、実戦ではどうなるかを想定した上で、それぞれの指示を部下に出していく。

 一〇分後。戦艦エル・トレメンドのサブスクリーンに映る戦況投影シミュレーションには、第四四高速機動集団が予定通りの行動をとっているのがはっきりと映っていた。赤で示される味方は三つに分裂し、両翼の部隊はそれぞれ左右に大きく進路を変更している。追撃してくる青の仮想敵は陣形を変えずに一定速度で、直進する部隊を追撃している。当然その直進している部隊と言うのは、俺達がいる集団司令部直卒部隊である。

「戦艦ラトゥーン、撃沈判定出ました。戦列から離脱いたします」
「巡航艦レイトン一二号も撃沈判定です」

 次々と上がる報告はどれも味方の損害ばかり。直卒部隊七二四隻は、その三.五倍の戦力に全速力で追撃されている。
 仮想敵の指揮官は、分裂した第四四高速機動集団を各個撃破する為、まずは進路上に残っている直卒部隊を殲滅すべく、戦列が乱れるのも覚悟の上で最大戦速で接近し、火力を叩きつけてくる。それに対し、爺様は各艦の間隔を広げて砲火の集中を避けつつ、仮想機雷を散布して追撃の足を鈍らせようとしている。今のところ被害の相対は一対四で、こちらが圧倒的に不利ではあるが……

「第二部隊、ポイントXに到着。反転攻撃開始との連絡あり」
「第三部隊より通信。ポイントYに到着、これより仮想敵右側面に攻撃を開始するとのこと」

 左右に分かれた両部隊は第一戦速で仮想敵の側面射程を避けつつ逆進し、その両後背に出る寸前で急速反転を行った。仮想敵の指揮官としては残念なことに、部隊の戦列は乱れておりその両側面の防御は薄くなっている。その薄くなった側面に対し、第二・第三部隊は容赦なく砲火を浴びせる。一五〇年前のダゴン星域会戦の再現、というわけではない。三方からの包囲陣ではなく、二方からの追撃という形だが、両部隊とも思う存分火力を叩きつけ、仮想敵の後衛を削り取っている。

 そこで仮想敵の指揮官は事態打開の為、大胆な手段に出る。第四四高速機動集団司令部直卒部隊に対する追撃を中止し、その矛先を右翼方向に振り向けたのだ。仮想敵の先頭集団は、直卒部隊と第三部隊の中間宙域に向けて進路を変更し、全速力で第三部隊の右側面へとなだれ込み、第三部隊に対して三対一の半包囲体制を敷こうと試みた。

 だがそれは結果として直卒部隊への攻撃が中止されることとなり、爺様は即座に現宙点での反転迎撃を指示する。それも逃走の先頭に立っていた巡航隊からの規則正しい順次反転により、混乱することなく陣形の反転は一〇分で完了。そのまま左翼方向へ移動しながら、仮想敵の左前側面を削り取る。それを確認した第二部隊は攻撃重心点を直卒部隊同様に左翼方向へと平行移動させた。第三部隊も半包囲の意図を察知し、陣形を左翼方向に広げつつ九時の方向へ後進する。

 仮想敵部隊がさらに第三部隊を追撃しようと繞回運動を続けても、それに合わせるように三つの部隊が移動して、常に攻撃目標点を仮想敵部隊の重心と一致させている。シミュレーションでは青く太いCの形をした蛇が時計回りに回りながら、赤い蛙の一つを飲み込もうと追っかけるも追いつかず、その背中を三つの蛙がしたたかに叩きのめす状況を映し出している。

 もはや消耗戦であり、圧倒的に第四四高速機動集団が優勢な状況だ。味方に比して仮想敵の損害は著しく過大になっていて、あと数時間もすれば計算上では仮想敵に残存艦艇は居なくなる……安心したのも束の間、仮想敵の戦力の一部が、蛇の背中から分離し、直卒部隊への突撃を試みる。僅か二〇〇隻程度ではあったが、その動きは鋭く、火力は強烈だった。

「砲撃じゃ、急速接近中の敵の鼻面を叩きのめせ!」
「砲撃。方位〇〇三〇、仰角〇.三、距離〇.〇〇一八」
「直卒部隊、ポイントXプラス〇.一一、Yプラス二.五、Zプラス一.二。集中砲火、斉射三連!」

 爺様の怒声と、参謀長の冷静な指示。それに俺が計算式を加えて、ファイフェルが指示を復唱する。直卒部隊の十分すぎるほどに弱められた演習モードの砲撃が、突入してくる敵部隊に叩きつけられ、次々と戦列から離れていくが、士気旺盛なのかそれとも破れかぶれなのか、その勢いに衰えが見られない。

「敵艦接近! 艦番から見て、戦艦コンコーディア!」
「主砲斉射! 目標至近!」

 旗艦エル・トレメンドの艦長の声と共に、主砲が煌めきコンコーディアに命中する。普通なら爆発四散するような至近距離の砲撃だが、コンコーディアは外部塗装の一部を焦がしただけで、艦首付近に白旗を上げて進路を外れていく。喜ぶのも束の間、コンコーディアの艦尾の影からさらに戦艦が姿を現す。そこはエル・トレメンドの主砲の死角だった。

「いかん! 進路変更〇二五〇、俯角二〇度、急速前進!」

 しかしその戦艦の主砲の照準はエル・トレメンドの前にいた位置にキッチリと合わせられており、多少の軌道変更などでは避けきれないのは疑いない。エル・トレメンドの艦橋メインスクリーン左側面に映る四連装二基の主砲に光が灯った瞬間、敵艦とエル・トレメンドの間にいきなり味方の戦艦が割り込んでくる。艦首にはっきりと映える艦番は三〇七-G……司令艦橋後方から小さな悲鳴が上がる。

「アラミノスが!」
「後方の味方より砲撃! 敵戦艦撃沈判定の模様! ……これは!」

 オペレーターの報告と共に、メールロー中佐が部下の端末を確認して、現時点での演習の終了を宣告した。戦艦コシチェイの撃沈。すなわち仮想敵……グレゴリー=ボロディン少将の乗艦が撃沈したことによる対艦隊戦闘訓練の、それが決着だった。
 
 

 
後書き
2022.08.08 更新 
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