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モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜

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特別編 追憶の百竜夜行 其の九

 
前書き
◇今話の登場ハンター

◇ヤツマ
 気弱ながら常に己を鼓舞して戦う狩猟笛使いの新人ハンターであり、兄から譲り受けた装備で里を守るべく立ち上がった。武器はエムロードフラップを使用し、防具はミヅハシリーズ一式を着用している。当時の年齢は16歳。
 ※原案はVerT-EX先生。
 

 
 今回の大移動は、数十年前にカムラの里を壊滅寸前にまで追い込んだ時と比べれば、まだ小規模なのだが。それでもこの時代のハンターや里守達にとっては、未曾有の脅威であることには違いない。
 圧倒的な巨躯と破壊力を以て、この「百竜夜行」を率いる大物(リオレイア)の存在は、他のモンスター達とは比べ物にならない迫力をその全身から放ち続けている。

「くッ……オレ達がこれだけ仕掛けても、まだ倒れないのかよッ!」

 それが見掛け倒しではないことは、彼女(・・)と戦い続けているアダイト達が誰よりも理解していた。群れの首魁という大敵を相手にしている彼ら主力メンバーは、その全員がすでに満身創痍となっている。

(なっ、なんなんだよ、あのリオレイア……! デカいなんてもんじゃないし、凶暴さも火力も桁違いじゃないか! あんなの、一国の軍隊を総動員するくらいじゃないと勝負にすらならないだろッ……!)

 その状況を岩陰から目撃している1人の新人ハンターは、同期達の中でも指折りの精鋭である彼らが苦戦している光景に戦慄し、震え上がっていた。ミヅハシリーズの防具を纏う、狩猟笛使いのヤツマである。
 負傷により引退を余儀なくされた兄の装備を譲り受け、ハンターの道に入ってからまだ1年目である彼には、大物リオレイアの迫力はあまりにも悍まし過ぎたのだ。無意識のうちに彼の足は、後退りし始めている。

(ダメだ……勝てるわけないよ、アダイト! いくら君や皆が一際強いからって、こんなの僕達みたいな新人なんかに務まる仕事じゃない! 今からでも全員リタイアするんだ! ウツシだって、この状況を見たらきっと分かってくれる! 兄さんだって……!)

 彼自身、ここに駆けつけて来るまでに何頭もの大型モンスターを仕留めてきた精鋭の1人なのだが。これまで打ち倒してきた尖兵達とは比べものにならない強大さを目の当たりにしては、あくまで自分達は「新人」に過ぎないのだと言う現実を思い知らされてしまう。
 これ以上はもはや、経験の浅い新人ハンター達に太刀打ちできる領域ではない。あの優しいウツシなら、そんな自分の言い分も分かってくれるはず。

 そんな期待に縋りながら、ヤツマは眼前で繰り広げられている死闘から目を背けようとしていた。が、自分の身体を守っているミヅハシリーズの防具に視線を落とした瞬間、彼は逃げようとしていた自分の足を止めてしまう。

(兄さん……)

 上位すら凌ぐ実力を持っていた彼の兄は、自分を超えられるハンターになれると信じていたからこそ、(ヤツマ)に己の相棒を託していた。それはヤツマ自身にも分かっていたことで、故に彼は兄の期待に応えるために今日まで戦ってきたのだ。

 全ては弱い自分を必死に押し殺し、兄のような強く明るいハンターになるために。

「――そこまでだぜ、デカブツがァッ!」

 その原点を呼び起こされたヤツマは――震え上がりながら、それでも顔付きだけは勇敢に。岩陰から飛び出し、リオレイアの背に怒号を飛ばす。

「待たせたな皆ッ! 俺の奏でる爆音で、スタミナ切れなんか吹っ飛ばしてやるぜッ!」
「なに……!?」
「あそこにいるのは……ヤツマか!?」

 その第一声に、雌火竜のみならずアダイト達も反応し、ヤツマに注目していた。同期達の中でも一際臆病だった彼らしからぬ登場に、誰もが目を剥いている。

(違う……ウツシがこの光景を見ても、アダイト達に逃げろなんて言わない。この戦いがどういうものかを分かった上で、覚悟を決めて僕達に依頼を出したんだから……一緒に死ぬまで戦うつもりなんだ、きっと! アダイト達も、その気で戦ってる。でも……僕は逃げるのか? アダイト達と一緒に、ウツシに「覚悟」を見込まれていた僕が、ここで逃げるのか!?)

 それから間もなく、ヤツマはアダイト達をサポートするべくエムロードフラップを取り出し、兄譲りの演奏を開始した。全員のスタミナ減少を抑えつつ、リオレイアが生み出す風圧に耐えられる効果を与える、アダイト達のための旋律である。

(できない……それこそできないッ! 僕みたいな臆病者が今さら逃げ出したって、どうせ誰も責めやしない! それでも僕だけは、僕を許せなくなる! ここで背を向けてしまうような奴が、皆の「同期」であることを誇れるわけがない! 逃げた先で、ハンターとして立ち直れるわけがないッ!)

 その勇ましい声も、猛々しい音色も、毅然とした顔付きも。彼の兄さながらの逞しさに満ちているのだが――地を踏む両足だけは、ヤツマ本人の胸中を反映させているかの如く、震え上がっていた。目尻には、恐怖と悔しさに由来する涙も溜まっている。

 どんなに気弱な自分を偽ろうとしても、この土壇場でそれを貫くことなど出来るはずもない。しかしそれでも、情けない膝の震えを露わにしてでも、必ずこの戦いに勝利する。

「ヤツマ……!」

 せめてそれだけは完遂せねば、敬愛する兄にも、こんな自分を見捨てなかった同期達にも、報いることはできない。そんなヤツマの死力を尽くした演奏は、音色を通じてアダイト達にさらなる力を齎していく。

「……! ヤツマ、危ないッ!」
「おぉおおぉおッ!」

 だが、ヤツマを「倒すべき敵」と認識したリオレイアは、演奏を阻もうと猛烈な勢いで突進して来た。それを迎え撃つべく、演奏を中断したヤツマはエムロードフラップを振り上げ、渾身の一撃を放つ。

 ――通常の大型モンスターなら、一撃で昏倒するレベルの衝撃であった。が、にも拘らずリオレイアの突進はそのまま止まることなく。

 ヤツマの身体を、遥か上空へと跳ね飛ばすのだった。

「ヤツマァァアッ!」

 アダイトの叫びが天を衝くと同時にヤツマの身体は上昇を終え、落下し始めていく。いかに強固なミヅハシリーズの防具といえど、その高さから落下してはひとたまりもない。
 それでも受け身さえ取れば、まだ助かる可能性はあるかも知れなのだが。大物の突進をまともに食らって吹っ飛ばされては、そもそも生きている方が不思議なのだ。

 もはや、ヤツマが助かることはないのか。そんな可能性を、誰もが想像してしまった――その時。

「……!?」

 音色が、聞こえてきたのである。それは紛れもなく、エムロードフラップの演奏によるものであった。
 ヤツマという気弱な少年の訓練所時代をよく知っている同期達だからこそ。それは、信じられない光景だったのである。

「ヤツマ、お前……!」

 リオレイアに跳ね飛ばされ、空中に放り出されながら。ミヅハシリーズに亀裂が走るほどの衝撃を受けた後なのに。

(俺は……僕は……この里を救うために来た、ハンターなんだッ……!)

 ヤツマは生きている、どころか――落下中でありながら、演奏を再開していたのである。意識が朦朧となり、白目を剥きながらも狩猟笛だけは手放さず、彼はアダイト達を強化するための音色を奏で続けていたのだ。

 もちろんそんな状態では、受け身など取れるはずもない。このままではヤツマは演奏を続けながら、頭から地面に激突してしまう。

「ヤツマ……あんた、男だよッ!」

 これほどの奮闘を見せられては、臆病者などという評価は改めざるを得ない。そう言わんばかりに笑みを浮かべるカグヤは、翔蟲を飛ばして空中に飛び出していく。

「絶対……死なせなるもんかっ! でぇぇえいっ!」

 墜落寸前に演奏を完了させたヤツマの身体を、間一髪のところで彼女がキャッチしたのはその直後であった。鉄蟲糸を伸ばして弧を描くように舞い、アダイト達のそばに着地した彼女は、ヤツマの身体をゆっくりと地面に下ろす。

「柄にもない無茶をしおって……ヤツマ、しっかりしろ! 回復薬は飲めるか!?」
「里守達よ、バリスタはもう良い! ただちに此奴を拠点(ベースキャンプ)に運べ! 決して死なせるでないぞ!」
「お、おうっ!」

 レインが素早くヤツマに回復薬を飲ませている一方で、カツユキは同期随一の勇士の手を握りながら、里守達に指示を飛ばしていた。
 その様子を見届けつつ、雌火竜と相対するレノとナディア――そしてアダイトは。それぞれの得物を構え、改めて戦意を高めていく。

「……後で、他の連中にも教えてやるぞ。あのヤツマが、この勝利にどれほど貢献したのかをな」
「……えぇ。もはや誰にも、彼を臆病者と誹る資格はありませんね」

 絶対に退けない、負けるわけにはいかない。その信念と決意を新たに、彼らはリオレイアと対峙していた。
 長時間に渡る戦闘で疲弊していたはずの身体は、焔の如き闘志に満たされ。これまで猛威を奮っていたはずの、大翼による風圧にも怯まなくなっている。

「……行こう、皆。ヤツマがくれたこの力で、必ず里を守り抜くッ!」

 命と誇りを賭けたヤツマの演奏が齎す効果が、彼らの背をさらに強く押していたのだ。その強化を実感するアダイト達は、得物を握る手に力を込め、リオレイアに向かっていく。

 気焔万丈。その言葉を、体現するかのように。
 
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