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モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜

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特別編 追憶の百竜夜行 其の十

 
前書き
◇今話の登場ハンター

◇イスミ
 無愛想ながら優しい一面もある新人ハンターであり、男勝りな性格通りに男性用装備を愛用している女性。武器はバスターソードIを使用し、防具はスカルダシリーズ一式を着用している。当時の年齢は22歳。
 ※原案は平均以下のクソザコ野郎先生。
 

 
 命を賭けたヤツマの演奏。その魂ごと絞り出すかのような音色は、最も門に近い後方の戦線にも届いていた。

「……!」
「ふへぇ〜? ディノひゃん、どうしたんでひゅかぁ〜?」

 防衛線の維持をクリスティアーネとベレッタに任せつつ、ノーラの手当てに徹していたディノも。その演奏がヤツマによるものと気付き、手を止めている。

(ヤツマ……!?)

 現場を見ずとも、その音色を耳にすれば、最前線で何が起きているのかは容易に想像がつく。そこでヤツマの身に、何が起きたのかも。
 だからこそディノは、唇を噛み締めているのだ。出来ることならば、今すぐにでも彼の元に駆け付けるのに、と。

 ――同期達の中でも一際臆病だったヤツマは、訓練所時代においても成績優秀とは言えず。カツユキやビオのようなストイックなタイプからは、厳しい指摘を受けることも少なくはなかった。
 が、その中でもディノの「当たり」は特に強かったのである。泣き言が絶えないヤツマに、「なら辞めろ」と迫ったのは一度や二度ではない。そのことで、アダイトやウツシと言い争いになったこともあった。

 そのヤツマが。己の犠牲も厭わず、ただ仲間達の勝利に貢献するために、死力を尽くしたのである。それは、かつての彼をよく知る者達ほど、衝撃的な事実だったのだ。
 カツユキも、ビオも、彼の弱さを知る他の同期達も。その音色と献身に心を打たれ、旋律が生む効果以上に戦意を掻き立てられている。その中で最も強く、心の芯から揺さぶられていたのが、ディノなのだ。

 心優しく、臆病。それは本来、ハンターという職業に要求される資質からは最も遠い性格だ。
 そうと知りながらヤツマは、兄の想いを継ぐためにその装備を受け継ぎ、ハンターを志したのである。不得手と知りながら、モンスターのみならず弱い己とも戦おうとする彼の姿は、ディノにとっても敬意を表すべきものだった。

 だが現実は厳しく、ヤツマは臆病者という周囲の認識を払拭することは叶わなかった。だからディノは、彼を辞めさせようとしていたのである。
 自分以外の誰かのために、そこまで身を粉にできるような人間が、不向きな仕事で命を落とす。それこそあってはならないことだと、心を鬼にして。

 だが、器用な接し方を苦手とするディノの語彙では、厳しい叱責にしかならず。それは結果として、不要な衝突を生むばかりであった。
 そして皮肉なことに、そんな訓練所時代の日々が彼をここまで強くしてしまったのである。ヤツマ自身が望んでいた、資質の差を跳ね除けるほどの強さが、身に付いていたのだ。

(……俺は、あいつを信じきれていなかった。ヤツマの可能性よりも、あいつの命だけを優先した。だが奴は、己の力でその可能性を掴み取って見せた。俺の危惧など……未熟な小僧の浅慮に過ぎなかったのだ)

 悪役になってでも、ヤツマを守ろうとしたことに後悔はない。だが、その選択肢が間違いであることは、もはや疑いようもなかった。
 ディノも、信じ抜くべきだったのである。ヤツマなら必ず出来ると疑わなかった、アダイトやウツシのように。

(アダイト、ウツシ……必ず勝て! 勝って証明してくれ、ヤツマの強さを! そして……俺が間違っていたのだということを!)
「ディノひゃ〜ん、もっと触ってぇ〜……隅から隅までお薬塗ってくだひゃ〜い……」
「あらあら、ノーラ様ったらまたあんなにベタベタと……うふふ、全くもう、ふふっ……。ディノ様、よろしければ私が代わりましてよ? お望み通り、『隅々』まで塗り込んで差し上げますわ」
「ハッ! ク、クリスティアーネさんが……貴族令嬢にあるまじき表情に!? に、逃げて! ノーラさん超逃げて!」

 傷だらけの拳を震わせて。ディノは周囲の喧騒に耳を貸すことなく、暗く淀んだ夜空を仰ぎ、よりきつく唇を噛み締める。
 せめて彼らの勝利が盤石であることを、祈りながら。

 ◇

 大物リオレイアの猛攻に晒されながらも、演奏を完遂しアダイト達を強化して見せたヤツマ。そんな彼が奏でた勇壮なる音色は、前線のすぐ近くまで来ていたウツシとエルネアにも響いている。

「ヤツマ……君の覚悟と信念、俺達にも届いたよ! その想い、必ず勝利に変えて見せるッ!」
「……こんな時に、邪魔な奴らばっかりワラワラとッ……!」

 ヤツマの献身に胸を打たれた同期として、彼らはバサルモスとガルクに跨りアダイト達の元を目指していたのだが。その眼前に立ちはだかるジンオウガの電撃が、彼らの行手を阻んでいたのである。
 正面衝突で押し負けてしまったウツシのバサルモスは、熱線を放ち薙ぎ払おうとするのだが――荘厳な外見に反した素早さで、雷狼竜はその閃光を軽やかにかわしてしまう。エルネアもガルクの上からモンテベルデを連射しているのだが、ジンオウガはその弾丸すらも容易く回避していた。

「ウツシ、ここは私に任せて先を急いで。アダイト達にはあなたが必要!」
「エル……わかった。君の言葉を信じよう、ここまで付き合ってくれた友としてッ!」

 ガルクから颯爽と飛び降り、ジンオウガと真っ向から対峙するエルネア。普段の彼女からは想像もつかない力強い言葉に、その信念の固さを垣間見たウツシは、問答する暇も惜しむようにバサルモスを走らせていく。

「……行かせない。あなたの足止めは、私の仕事」

 彼の後をつけ狙おうとする雷狼竜の足は、そこに撃ち込まれたモンテベルデの弾丸によって阻止されていた。自分の行手を阻むエルネアに狙いを切り替えたジンオウガは、忌々しげな貌で全身の電光を輝かせている。

「狙わせるものかァッ!」

 すると、次の瞬間。そうはさせじと、現場の近くにいた同期の1人が大剣を振り上げ、怒号と共に加勢して来た。
 女性でありながら男性用のスカルダシリーズで全身を固め、顔を完全に隠しているイスミ。彼女の両手に握られたバスターソードIの刃は、地を踏み締めるジンオウガの前脚に沈み込んでいる。

「エルネア、無事かいッ!? こいつの注意はあたしが引き付ける、あんたはさっさと次弾を装填しなッ!」
「イスミ……! 迂闊に近づいてはダメ、そいつの尾が届く範囲は……!」

 男性顔負けの膂力で雷狼竜の肉を切り裂く彼女の視線は、自身よりも一回り歳下の同期へと向けられていた。だが当のエルネアは、殺意を込めた眼光でイスミを射抜くジンオウガの動向を察し、声を上げている。

「……がッ……!?」
「イスミッ!」

 だが、遅かった。電光を纏うジンオウガの長い尾は、遠心力を乗せた強烈な打撃をイスミの顔面に叩き込んでしまったのである。

 頭部のスカルダテスタを破壊されたイスミは、その鋭い切れ目の素顔を露わにされなら、激しく地を転がっていった。
 その光景を目の当たりにしたエルネアは、ジンオウガの注意を引き付けようと何発もの弾丸を撃ち込むのだが。雷狼竜は彼女の銃撃など意にも介さず、自分を斬り付けた女剣士だけにどす黒い殺意を向けている。

 そして、意識を失ったまま倒れ伏している彼女にとどめを刺そうと、前脚を振り上げた――その時。

「……!?」

 崖の上から、小石のようなものがぶつかった音が聞こえてきたかと思うと。そこから轟音と共に落下してきた岩石が、ジンオウガの脳天に直撃してしまったのである。
 予想だにしない不意打ちにのたうち回る雷狼竜は、イスミにとどめを刺すことも忘れて「悪戯」の犯人を探し始めていた。それから間もなく、ジンオウガの双眸は「落石」の実行犯を捕捉する。

「……その様子だと、俺からの『プレゼント』はよく効いたみたいだな」

 やや離れた位置から、左腕前腕部に装着された小型の弩――「スリンガー」を構えていた1人のハンター。「彼」がその得物で発射した小石が、崖上の岩石を突き動かし、ジンオウガの頭上へと落としていたのである。
 
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