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MOONDREAMER:第二章~

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第四章 ダークサイドオブ嫦娥
  第16話 月の罪人:前編

 勇美の担当した『三日月の塔』、鈴仙の担当した『半月の塔』、そしてヘカーティアが担当した『満月の塔』。
 これらは月の都の結界を制御する役割を果たしており、これらを制圧する事で玉兎達は月の都を蹂躙する事が出来ていたのだった。
 だが、今こうしてこれらの塔が全て勇美達の活躍により解放された今、再び結界の効果が月の都に現れてきたのである。
 その感覚は今正に月の都を我が物顔でのさばっていた玉兎達に浸透するのだった。
「あれ……?」
「力が弱まっていく……?」
「あ、もしかして塔が全て解放されちゃったのか~?」
 そう口々に言う玉兎達の勢力は目と、熟練した者なら感じられるその妖力からみるみる内に衰えていくのを感じとる事が出来たのである。
 その様を見ながら今しがた月の兵と共に玉兎達の相手をしていた綿月姉妹は確信する。
「あ、もしかして勇美ちゃん達がやってくれたんだね♪」
「良くやったわ、あの子達」
 自分達が送り込んだ者達の活躍を確信しながら豊姫と依姫は密かにその者達の健闘を労った。
 これで当面の目的は達成されただろう。なので、今自分達が出来る事はというと……。
「じゃあ、一先ずこの玉兎達を捕らえておきますか?」
「それがいいわね」
 依姫とそう言い合った豊姫は、その視線を玉兎の群れへと送ると、にまぁ~っと嫌な笑みを浮かべて彼女らに迫るのだった。
「と、言う訳で、大人しく捕まってちょうだいね♪」
「ちょ、ちょっと待って!?」
 その得も言われぬ物凄い気迫のある豊姫の迫りに、先程まで悠々としていた玉兎達もたじたじになって慌てて口を挟む。
「何かしらぁ~、命ごいは聞かないわよぉ~♪」
「いや、そうじゃなくって。寧ろ、弾幕ごっこで命を奪うのはルール違反でしょ?」
 玉兎達はそうして必死になって言及をする。そして、この事を伝えるに至るのである。
「私達は、結界が解放された時点でもう抵抗する気はないですから」
「そういう事ね。私達が束になってもまともに結界が作動している月の都で万に一つもあなた達に勝ち目なんてないから」
「だから、少し勝手かも知れないけど、ここで私達は解散しますから」
 そう玉兎達は口々に自分達の方針を綿月姉妹に伝えていくのだった。
「それならいいでしょう。早くこの場から立ち去るのです」
 対してそう言ったのは依姫であった。彼女は無駄な争いは好まない性分なので、実に彼女らしい対処と言えるのだった。だが、疑問はあるのでそれを言及しておく。
「でも、いいのかしら? 貴方達がこのまま解散したら今までしてきた事が意味をなさなくなるのだけれど?」
 そう、ここで玉兎達が手を引けば、これまでやってきた事がただの騒動を起こしただけとなってしまうのだ。行動を起こすからには、為すべき意味が必要だという考えもまた依姫らしい結論であるのだった。
 だが、玉兎達から返って来た答えは意外……いや、ある程度予想出来た事かも知れなかった内容である。
「いや、私達が退けられた以上、嫦娥様が直々にお目見えする事だと思うよ」
「つまり、真打ち登場って事で」
 それを聞いて、依姫達は気が引き締まる思いとなる。
「いよいよ……ですね」
「そういう事のようね、じゃあ私は勇美ちゃん達を連れ戻して来るからね」
「ええ、お願いね」
 ここに『なるべく早くね』という言葉が入らない辺り、依姫は豊姫の能力や彼女自身の事を良く理解している裏付けなのであった。さすがは互いにその持ち味を引き出し合う仲睦まじい姉妹であるが故のようだ。

◇ ◇ ◇

 依姫の読み通り、豊姫の三人の出迎えは五分も経たない内に迅速に行われていったのだった。何せ、物理法則を無視して瞬時に行きたい場所へワープしてしまえる彼女の能力なのだ。これには時間が掛かる要因の方が見当たらないというものだろう。
 そして、豊姫は勇美達を連れて、あっという間に依姫達の下へと戻ってきたのである。
「お待たせ~♪ みんな連れて来たよ」
「ええ、ありがとうお姉様」
 自分の姉の奮闘を労う依姫。そこへ加えて連れられて来た三人は口々に言葉を放つ。
「依姫さん。どうやら私うまくやったみたいです」
「私もうまくやれたようですね」
「全く、女神たる私がこのような事をするとは思ってもみなかったぞ。楽しかったからいいが」
「三人とも、ありがとう」
 そんな勇美達にも労いの言葉を掛ける事を依姫は忘れはしなかった。
 そして、勇美達は再開の喜びを一先ず置いておいて本題に入る。
「後は、ボスキャラの登場を待つまでですけど……その人は一体どこにいるのですか?」
「ええ、今の所その気配はないけれど……」
 勇美の疑問に依姫が答えている、正にその時であった。その空気の変化にいち早く気付いたのがヘカーティアである。
「! お前達、『来る』ぞ!」
 彼女が一番にそれを感じ取る事が出来た要因。それは他でもなく、彼女がその者との因縁がこの場にいる者達の中で一番深いが為であった。
 そう、彼女こそが今現れる『月の罪人』たる嫦娥と最も因縁の深い存在なのだ。
 そして、ヘカーティアが指を指した場所へ皆が目を向けていると、そこに突如として力場が現出したのであった。
「!?」
 ただならぬその雰囲気に勇美を始めとした者達が思わずたじろいでしまう。
 そう、綿月姉妹やヘカーティアといった有力者の力を身近に目の当たりにしてきた勇美であってもそれには身を引いてしまう所なのであった。
 その理由は、嫦娥から発せられる力場が極めて異質だからであった。依姫のような誠実さを感じさせるような信頼出来るような形でもなく、女神たるヘカーティアのような神々しさをひしひしと伝えるような形でもない。どこか不安感すら煽ってくるような言葉に言い表せないような異質な形であったのだ。
 やがて、力だけではなく、その罪人本人すらその場に現れたのであった。
「この人が……嫦娥って人?」
 確認するように勇美は皆に聞いた。それに対してヘカーティアは迷う事なく彼女に返す。
「ああ、間違いない。奴こそが私達がずっと追い求めている嫦娥本人だ!」
「この人がそうなんですね?」
 ヘカーティアに言われて、勇美もそれに納得を見せるのだった。何となく、それだけでその人だと思わせるような存在感が嫦娥にはあったからである。
 その風貌も目を引くものであった。服装は白一色の和服であり、更には髪も白のロングヘアーとなっていて、まるで氷細工を思わせるような繊細な芸術品と比喩出来るような代物であった。
 加えて、顔には狐の面が被されており、その素顔を確認出来ない事も彼女の異質さを引き立てる要因となっているのである。
 そんな異端の権化ともいえる嫦娥を見ながら、ヘカーティアはその口を開くのだった。
「久方ぶりだな、嫦娥よ」
 その呼び掛けに対して、嫦娥は言葉を返す。まるで、言葉を発する事のない別の次元の存在にすら思えた彼女であったが、問題なくそれを行う事は出来るようである。
「ええ、久しぶりね」
 その最低限の口調の挨拶からは、嫦娥がいかなる人格なのかを察する事は出来ない。そして、ヘカーティアの様子がおかしい事に勇美は気付くのだった。
「ヘカーティア様、どうして……」
「?」
 その言葉を聞いてヘカーティアは訝しげに勇美の事を一瞥する。
 それに対して重圧的なものを感じて怖気づきそうになる勇美であったが、この先は敢えて言っておかなければならないだろう。
「ヘカーティア様はあの嫦娥って人を追っていたんですよね」
「ああ」
「なのにおかしいじゃないですか? 今絶好の機会だというのに、どうして手を出さないのです?」
 その勇美の疑問は至極真っ当なものだろう。それに対して答えたのはヘカーティアではなく、嫦娥本人からであった。
「お嬢さん、察しがいいですね。では私からお答えしましょう」
「……」
 嫦娥に言われて、勇美は思わず無言で固唾を飲んでしまう。そうしてしまうだけの存在感が彼女からは感じられるのであった。
「それはですね。私の能力が『神を退ける』ものだからです」
「! そんな事って!?」
 その能力明かしに勇美は驚愕してしまった。
 何故なら、彼女は今まで神の力の強大さを幾度となくその肌で感じてきたからである。普段からその力を借りて戦い、時にその力と向き合い戦うという事までして行ってきたのだから。
 その神を退ける事がいかに恐ろしい事か、勇美にはよく分かるのであった。
「これは……厄介ですね」
「ああ、全くだよ。この能力があるから私と純狐でも今まで奴を捉える事が出来なかったのだからな」
 勇美の意見にヘカーティアも同意する所であった。これの為に今まで手こずってきたのだから。
 そして、今までの経験である程度勘が働くようになってきた勇美は、もしやと思い依姫へとその口を向ける。
「……もしかして依姫さんの……」
 その疑問はどうやら見事に的を得たようであった。依姫は無言で頷くと、諭すようにこう答えを言うのだった。
「ええ、私の神降ろしもあの者の力で退けられてしまうわ。だから、私達も彼女には手出し無用だったという事よ」
 更に事の詳細を突き詰めるとこうであった。綿月姉妹という強大な存在がいながら、彼女達に警戒すらされる程であったのが嫦娥である。
 その事も、綿月姉妹の実力を良く知る勇美にはそれがいかに脅威であるかが感じられるのであった。
「そんな……、依姫さんやヘカーティア様程の人が手出し出来ないなんて……」
 その事実に勇美は絶望感すら覚えるのだった。無理もないだろう。彼女達の底力というものは勇美程知る者は限られてくるのだから。だから、これがいかに一大事かは良く分かる所であるのだ。
 そんな彼女へと一筋の希望の光を差し与えるかのように依姫はこんな事を言うのだった。
「でも、安心しなさい勇美」
「依姫さん?」
 一体何事だろうかと勇美は首を傾げながら依姫へと聞き返した。そして彼女へと目を向けると、普段の厳格な雰囲気とは違う、優しく包み込むかのような様相を依姫は醸し出していた。
 そして、菩薩のようなその振る舞いの下、彼女は勇美にこう言う。
「貴方の『マックス』の力なら通用するでしょう。確かに神降ろしの力を動力にして発揮しますが、あくまで戦うのは彼自身なのですから」
「えっ……?」
 それには勇美は再度驚く所であった。ここに来て、希望となるのが自分自身だという事だと言われたも同然だからである。
 当然その事実には戸惑う勇美であった。だが、今までの経験により心身共に成長した勇美は、ここでその期待に応える事にしたのだった。
「分かりました。私が頼りなら、嫦娥って人と私が戦います」
 勇美は迷う事なくそう言い切ったのだった。それに対して他の者も応えていく。
「神の力を使わない私なら大丈夫だからね勇美ちゃん。一緒に戦おうね」
「私も友達を詳細の知れない敵と一人で戦わせる趣味はないですよ」
 そう口々に言うのは豊姫と鈴仙であった。無論勇美は彼女達の力は良く知る所であり、非常に頼もしいのであった。
 特に鈴仙は先の月の異変で常に自分と共に戦ってくれた仲間であるのだ。彼女の実力は勇美は良く分かっているのだ。
 これは勇美にとって、とてもありがたい申し出であった。だが、この展開になった時点で勇美の腹は既に決まっていたのである。
「豊姫さん、鈴仙さん。あなた達の気持ちはとても嬉しいです。はっきり言ってとても心強いです。ですが……」
「勇美ちゃん?」
「勇美さん?」
 勇美の含みのある物言いに、豊姫と鈴仙は頭に疑問符を浮かべた。そして、その疑問を払拭すべく勇美が放った言葉は実に驚愕すべき内容であったのだ。
「どうか、ここは私一人で戦わさせてもらえませんか? この人とは以前から私だけで戦わなければならないと思っていたんです」
 突拍子もなく、かつ無謀な申し出であった。だが、それを聞いた豊姫の答えは至って穏やかなものなのだった。
「分かったわ、勇美ちゃん。あなたの好きにやるといいわ」
 そう応えるのは、彼女が勇美の事を自分の『同志』だと認めているからであった。だから、同じ志を持つ者の意見は尊重してなんぼだと豊姫は思う所なのだ。
「ありがとうございます、豊姫さん」
 勇美はそんな豊姫の心意気に感謝しながら、自分の名の通りに勇ましく戦いの舞台へと躍り出るのだった。
「では、嫦娥さん……ですよね。始めましょうか?」
「あなた一人で大丈夫?」
 そんな勇美に対して、嫦娥は割と本気で気遣うような素振りを見せてくる。その対応に勇美は今まで抱いてきた疑念が『もしかして本当』かも知れないと思う所なのだ。
「ええ、もう決めた事ですから。迷いはありません」
「そう……」
 嫦娥は静かにそう呟くと、勇美と向かいあって臨戦態勢となるのだった。
 これが勇美にとって一世一代の戦いとなるだろう。故に彼女は気を引き締めて相手に向き合った。

◇ ◇ ◇

「私の力でこの場に結界は張ったわ」
「豊姫さん、ありがとうございます」
 豊姫の計らいに対して、勇美はお礼を言う。
 そう、今これから月の都の中で戦いを始めるに辺り、周りに被害が出ないようにとの豊姫の判断だったのである。
 これで、勇美と嫦娥の両者とも、都の事を懸念せずに思う存分に戦えるというものだろう。
 そして、月の罪人という未知数の存在との戦いはここに始まったのであった。そこで嫦娥はこう口にする。
「玉兎達から聞いているわ。あなたは後手に出る方が得意だと」
「はい、よくご存知で」
 丁寧に相手の特性を指摘する嫦娥に対して、勇美は複雑な気持ちで以てそれに答えるのだった。
 そして、相手は『神を退ける』という能力を持っている事以外、全くの未知の存在なのだ。故にどういう戦い方をしてくるか勇美は神経を張り詰めさせて感じ取る事にする。
「では、お言葉に甘えさせてもらって、私から攻めさせてもらいましょう……」
 そう静かに嫦娥は言うと、懐からスペルカードを取り出す。その仕草一つだけで、どこか神秘的な雰囲気が彼女からは醸し出されるのだった。
 そして、注目すべき月の罪人のスペル名宣言の瞬間がここにやって来たのであった。
「【超符「エスパースパーダ」】……」
 その宣言の後であった。嫦娥の右手には立派な蛮刀が握られていたのだ。
(エスパー……)
 その言葉を聞いた勇美は、その時点で読みを始めたのだ。そこから察するに恐らく……。
 そして、その蛮刀を嫦娥はその場で振るったのだった。そう、勇美から離れたその場で。
(私の読み通りだった!)
 そう心の中で歓喜した勇美。加えて、嫦娥が振るった刀から念導力の刃が放出された事も彼女の察していた通りの展開だったのだ。
 ならば、勇美はその攻撃に対して自分の行動を合わせるだけである。この瞬間に勇美が使う力は決まっていたのだった。
「【鏡盾「ミラーシールド」】!」
 そう言うと勇美は石凝姥命の力を自身の分身の機体・マックスへと送り込む。すると、彼女の右手には見事に磨かれた鏡の盾が握られていたのだった。
 その鏡面を勇美は敵の繰り出した念導波へとあてがったのである。そして、見事にその攻撃を弾き返す事に成功するのだった。
 文字通り弾き返したのである。その攻撃は真っ直ぐに嫦娥の元へと送り込まれて行く事となった。
「甘いですね」
 そう短く言うと、彼女は咄嗟に身を翻して最低限の動きでその攻撃の回避運動を行ったのであった。
 自分の攻撃がそう易々と返される機会というのも中々ないだろう。だが、その局面に立っても嫦娥は動じずに対処した辺り、やはり彼女の力量の高さというものが伺えるだろう。
 だが、実は動じてはいないのは嫦娥だけではなかった。咄嗟に避けた嫦娥を見据えながら勇美の眼光は鋭くなっていたのだった。
「……【影弾「シャドーショット」】」
 そう勇美が宣言した瞬間だった。今しがた自身の攻撃の反射を避けた嫦娥の足元から、数発の弾丸が撃ち出されたのである。そして、それらは全てしたたかに嫦娥に命中する事となる。これは三日月の塔でも使役した『ヒドゥン』の力によるものである。
「っ!」
 突然の事であったために、嫦娥は受身を取る事が出来ずにその攻撃を全てもらう事となってしまった。彼女に飛び掛って行ったその『影の弾丸』は、彼女に命中すると次々と黒い爆ぜを生み出したのである。
 そして、体勢を崩してしまった嫦娥は思わず手に持った念導力の媒体である蛮刀を手放してしまったのだった。
 それが床に落ちるとまるでガラス細工のように粉々に砕け、そして霧のように溶けて消滅してしまったのである。どうやらこれは嫦娥の力で作り上げたエネルギー体の武器だったようで、彼女の管理化から離れたそれはその形を維持出来なくなったようだ。
 だが、そのような状況になっても彼女は冷静なようで、難なく体勢を立て直すと、再び勇美との適度な距離を取ったのであった。
 そんな中、嫦娥はおもむろにその口を開く。
「見事ですよ……勇美さんと言いましたっけ? 先程の鏡の盾に、今の影からの攻撃」
 その物言いに、勇美はおや? と思った。鏡の盾の事はさておき、影からの射撃は相手の意表を突く、卑怯とも言えるような戦法だったからである。それを咎められる事なく言われた勇美は意外だと思ったのだ。
「あれ、卑怯って言わないんですか?」
 その疑問に対して、嫦娥はいとも当然というようにこう返すのであった。
「スペルカードのルールに乗っ取った攻撃ですから、それを責めるのは筋違いというものでしょう。別に自身の能力でも策でもないのに、相手の弱みに付け込む訳ではないのですから」
「ほええ~……」
 その嫦娥の物言いに勇美は呆気に取られてしまった。かなりこの人は物の考え方が達観しているようだと彼女は思う所なのであった。 
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