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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第五章 トリスタニアの休日
  第三話 女ったらしにご用心

 
前書き
ジェシカ  「ちょっと止めて」
荒くれ者?1 「いいから呼べ!」
荒くれ者?2 「早くしろ!」 
士郎    「止めろ!」
ジェシカ  「シロウだめ!」
士郎    「何をやっている! 俺が相手をしてやる!」
ジェシカ  「ダメよシロウ! こいつらは」
荒くれ者風1「え、マジ? 本当に!」
荒くれ者風2「でゅふゅふゅふゅ……待ってたわ」
荒くれ者風3「ウホッ! いい男!」
士郎    「ちょ? え? あれ?」
ジェシカ  「逃げてシロウ! 奴らの狙いはあなたよ!」
士郎!   「ヒッ! ひいいいい!」




 襲い来る黒き怪物! 迫る怪人たちの魔の手から士郎は逃げきれるか!
 
 次回! 『黒き三連性!!』 迫り来る怪物! 打ち倒せ士郎!!

 それでは本篇始まります。
 

 
 チップレース三日目の夜。
 閉店した店内では、整列した少女達の前に腕を組んだスカロンが立っていた。
 ゴクリと誰かが喉を鳴らす音が、静まり返った客席に響く。
 客がいなくなった『魅惑の妖精』亭の客席では、給仕の少女達が目の前に立つスカロンを凝視している。少女達の視線に晒されるスカロンは、スポットライトを浴びる役者のように両腕を大きく開き。

「さあっ! お楽しみの結果発表よ!」

 スカロンが口を開き、少女達の視線が更に強まる。
 少女達の視線が強まったのを感じ、スカロンがうんうんと頷く。

「じゃあっ! 現在の上位三人を発表するわ! まずは第三位! ジャンヌちゃん! 五十一エキュー二十五スゥ」

 わあっと言う感嘆の声が起こり、拍手が鳴り響く。少女達の視線の先がスカロンから栗毛の少女に変わる。向けられた視線に応えるように、ジャンヌと呼ばれた少女が微笑み、頭を下げた。

「第二位! わたしの娘! ジェシカ! 九十七エキュー二十七スゥ、六ドニエ!」

 ジェシカの名が呼ばれると、え? と言う疑問の声が周囲から起こった。疑問の顔をスカロンに向けるが、スカロンの様子は変わらない。間違いではないのだと理解しても、未だ困惑から抜け出せない少女達が、戸惑ったような顔をしながらも拍手をする。まばらな拍手の中、チラチラと少女達から視線を向けられたジェシカは、まさかという顔を、少女達の中に微かに見える、桃色の髪の持ち主に向けた。
 コホンと握り拳を口元に当て咳払いをすることで、少女達の視線を自分に戻したスカロンは、一度ニヤリとした顔を少女達の後ろにいる人物に向け後、口を開き。

「ふふふ……では第一位! ルイズちゃん! 九十九エキュー十七スゥ、四ドニエ!」

 ええええ! と言う驚愕の声と共に、少女達の視線が桃色の髪の持ち主、ルイズに向けられた。一斉に少女達から視線を向けられ、戸惑い慌てるルイズ。しかし、視界の端に見えたニヤリと笑みを向けた士郎に気が付くと、悠然と腕を組みと、戸惑ったような顔をニヤリとした笑みに変えた。
 士郎と笑みを交換し合うルイズに、驚愕の顔を向けていたジェシカは、ぐっと唇を噛み締め。

「……ふざけないでよ」

 小さく口の中で呟くと、一人静かに騒めく少女達の中から姿を消した。








 チップレース三日目の結果発表の後。
 屋根裏部屋では、ルイズが士郎の膝の上で丸まっていた。時折髪を撫でる士郎の手の感触に気持ちよさげに目を細める。頬を優しく撫でてくる士郎の手を掴むと、半分寝ているような目で士郎を見上げた。

「……シロウの言った通りね……」
「まあ……結果は予想以上だったが。それもルイズが魅力的だったからだろう」
「ふふ……」

 士郎の言葉に、息を零すような笑いを漏らすと、ルイズはゆっくりと目を閉じ。今日一日の出来事を思い出す。 









 チップレース三日目。
 初日、二日目に続き、『魅惑の妖精』亭は盛大に盛り上がっていた。
 そんな客と少女達の笑い声が響く中、一人ルイズは声を出さず、小さく笑っている。
 ルイズの視線の先には、昨日ルイズが配膳をした男が、緊張の表情を浮かべて座っていた。

「は、ははっ……。その、今日も来ちゃったよ。その、元気だったかい?」
「ええ」

 緊張に震える男に、ルイズが目を伏せ小さく笑う。ルイズが浮かべた小さな笑みに、男の顔が真っ赤に染まる。真っ赤に染まった顔を隠すように、男は頭を下げ。後頭部を片手でかきながら、空のコップにワインを入れようと瓶に手を伸ばす。が、男の手は瓶に触れることはなかった。

「え?」

 男が戸惑いの声を上げ、顔を上げると、瓶を手に持ったルイズが笑いかけていた。
 無言で瓶を傾けてくるルイズに、慌ててコップを差し出す男。
 コップにワインが注がれる音が響く中、男はルイズに見惚れていた。昨日見せた礼とは違い、どこかぎこちなさが見える動作だったが、ちょっとした仕草に感じる気品に男は魅せられていた。

「それでは失礼します」
「えっ! あ、ちょっと」
「……はい。何でしょうか?」

 ワインを注ぎ終わり。一礼したルイズが背を向けると、ぽーとしていた男が慌てたような声を上げた。呼び止められ、ゆっくりと、かつ優雅に振り返ったルイズは、小首を傾げながら問いかける。

「あっ、そ、その。君みたいな人がこんなところにいるのは、何か事情があるんだろう。……それは聞かなくても分かる……分かるよ。僕じゃきっと君の力になれないだろう……だけど、せめてこれを受け取ってくれないかな」
「えっ……これは」

 男が勢い良く差し出さした手には、一つの袋が入っていた。恐る恐るといった様子でその袋を受け取ったルイズが、袋の中を覗くと、金貨と銀貨が袋いっぱいに詰まっていた。
 目をいっぱいに見開いたルイズに、男は赤く染まった顔を隠すように背ける。

「君にとってははした金かもしれないけど、少しでも君の力になれれば――」

 そこまで言い、横目でそっとルイズの様子を覗いた男の目に、

「……あ」

 袋を胸に当て、満面の笑みを浮かべたルイズの顔が飛び込んだ。
 口をポカンと開け、男がルイズを見つめる中、ルイズはもう一度礼をすると、男の前から去っていった。
 

 

 客席の死角から、ルイズと男のやり取りの一部始終を見ていた士郎が、腕を組み背を壁につけた姿でニヤリと口元を曲げた。



 店が開店する前、士郎はルイズに二つのことを指示した。
 一つ目は客との距離を縮めること。
 二つ目は何かを貰ったら満面の笑顔を浮かべること。
 たったそれだけ? とルイズが聞き返してきたが、それで十分だった。


 ルイズに男のあしらい方……つまりはチップの巻き上げ方を尋ねられた士郎は考えた。
 理想は、着かず離れずの距離で、ルイズの本性を知られることなく客からチップを巻き上げること。
 それには、必要最小限の接触で相手を魅了しなければならない。ルイズは身体的に他の少女達に劣る点が多々あるが、それを突き放すほどの気品と美貌を持っている。ならばそれを活かせばいい。荒い気性を接触時間を少なくすることで気付かせず。魅力にかける身体は、気品が薫る物腰で隠せばいい。
 そして考え抜いた結果、一つの結論に至った。
 それは、客に勘違いさせようと言うものだ。
 ルイズの顔立ち、物腰はどう見てもただの平民には見えない。そんな少女が、こんなところで給仕をしているのをおかしいと思う人物が現れるだろう。ならば、それを利用すればいい。
 そして士郎は、ルイズを気品が溢れる謎の少女にした。



 視界の端では、ルイズがまた別の男から何かを受け取っている。問題がないことを確認した士郎は、壁から背を離すと、厨房に向かって歩き出す。

「……計画通りだな」

 確認するかのように小さく呟いた士郎は、そのまま振り返ることなく厨房の中に入っていった。







 チップレース四日目。
 驚異の追い上げで一位に上り詰めたルイズは、今日も客の前で小さな笑顔を浮かべ、時に満面の笑みを浮かべる。その度にルイズの手に金貨や銀貨が入った袋が積み重なっていく。
 それに競うようにチップを集めるのは、いつも以上に胸元が開いた服を着たジェシカだった。
 ジェシカの客からチップを巻き上げるやり方は、ある意味ではルイズと似ている方法だった。簡単に言えば、客に惚れていると勘違いさせるのだ。その主な方法は、やきもちを焼くフリをすること。ジェシカにやきもちを焼かれていると勘違いした客は、やきもちの演技をしているジェシカの機嫌を治すため、チップを渡す。そしてチップを貰うと、何か言って客の前から姿を消す。ただ怒鳴って嫉妬を示すだけでなく、服の裾を掴んで寂しげに呟く等、様々な嫉妬の示し方をするジェシカは、さすが『魅惑の妖精』亭の看板娘だと言えるだろう。
 しかし、今日はその動きにちょっとした陰りが見えた。
 それは陰りというよりも、焦りと言ったほうが正しいだろう。
 肉感的身体の持ち主であるが、客の相手をする際は、その肉体を使うことよりも、言葉巧みに客からチップを巻き上げていたジェシカが、客に擦り寄っている。いつも以上に大胆な行動をとるジェシカに、客は大いに喜びチップを弾むが、客の中からチラチラとその様子を憎々しげに見つめる目があった。何時もならば、その視線に直ぐに気が付いたジェシカがフォローや言い訳を行い。男達からの嫉妬を有耶無耶にしていたはずが、今日のジェシカは全くそれに気がついていなかった。

 定石を崩してチップを集めた結果。四日目の結果発表では、ジェシカが巻き返しルイズから一位を奪い返すことに成功した。





 そしてチップレース四日目の夜。
 ルイズは士郎の上に馬乗りで跨っていた。

「ムキー! 何よあの胸だけ女! 男に擦り寄ってチップを巻き上げるなんて! 卑怯よ卑怯! 正々堂々戦いなさいよ一人だけ武器なんか使っちゃって!!」
「落ち着、け、ルイ、ズ。チップは、稼げ、たんだから、いい、だろ」
「良くないわよシロウ! 折角一位だったのに!」

 士郎の胸元を掴みガクガクと揺さぶるルイズを落ち着かせるようと、ルイズを胸元に抱き寄せた士郎は、泣く赤子をあやすように背中をぽんぽんと優しく叩いた。
 抱き寄せられたルイズは、興奮した野生の野獣のように荒い息を漏らしていたが、段々と落ち着きを取り戻していく。ゆっくりと息を吐いたルイズが、士郎の胸元から赤くなった顔をゆっくりと持ち上げると、
 
「……もうっ……子供じゃないんだから」

 そう、もごもごと口の中で呟いた。
 口の端を軽く曲げた士郎と視線が合ったルイズが、恥ずかしげに士郎の胸元に顔を戻す。恥ずかしがるルイズの頭を撫でながら、士郎は近い天井を見上げる。視線を天井に向いているが、見えているものは暗い天井ではなく。

「……危険だな」

 ジェシカを見つめる客の目の中、危険な光を宿していた男が何人かいたことに士郎は気が付いていた。

「……取り越し苦労だといいんだが」









 チップレース五日目。
 開店してから暫らく時間が過ぎた頃、士郎が厨房で料理をしていると。

「シロウさん! 早く来て!」

 長い金髪を振り乱しながら、一人の少女が厨房に飛び込んできた。
 金髪の少女は鍋を振っている士郎まで駆け寄り腕を掴むと、焦った顔で必死で詰め寄ってきた。

「ジェシカが客と揉めてるの! 早く!」
「っ! 分かった」

 フリフリのエプロンを取り外しながら、駆け出した士郎が客席に飛び込むと、客の男に取り囲まれたジェシカの姿が飛び込んできた。

「なあ、おいジェシカ! どういう事だよ! 何がチップなんていらないだよ! あんなに男に擦り寄りよりやがって!」
「キスしたいとか言っておきながら、全く身体に触らせなかったのに、他の男ならいいのかよ!!」
「あっ、いや、それは」
「おい! どういう事だよ!」
「きゃっ」

 興奮した様子の男達に詰め寄られたジェシカは、何時もの気の強さは鳴りを潜め、男達から逃げるように後ずさりを始めた。逃げようとするジェシカを逃がさないとばかりに男の一人が腕を掴む。

「離し――」
「うるせえっ! ちょっとこっち来い!」

 掴まれた腕を振り、男の手から逃げ出そうとしたジェシカだったが、男の恫喝に怯んだ隙に、反対に外に向かって引きずられだした。

「え、ちょ、ちょっと待って、ねぇ」
「いいから黙って――」

 男達から引きずられながら、悲鳴のような抗議の声を上げるジェシカを、男が怒鳴りつけようとした時、

「お客様。従業員が嫌がるような行為は謹んでいただけませんか」

 男とジェシカの間にたった士郎が、男に話しかけた。

「あん、誰だテメェ!」
「オメエには関係ねぇだろ!」
「引っ込んでろ!」

 ジェシカの周りにいた男達が士郎の周りに移動すると、恫喝するように士郎に詰め寄ってくる。百八十センチを軽く超える士郎だったが、詰め寄ってくる男達は更に高い身長の持ち主だったことから、士郎は男達に埋もれるような形になっていた。士郎は慌てることなく、男達に笑みを向けると、ジェシカの腕を掴む男の手を掴んだ。

「ああっ?! 何す――イタタッ!」

 唐突に腕を掴んできた士郎を睨みつけよとした男だったが、急に腕が痺れ手を離してしまう。急に手を離されたジェシカが転けそうにになるが、転ける直前に士郎に引き止められた。士郎はジェシカの腕を引き、自分の下に引き寄せる。
 ジェシカを自分の後ろに下げた士郎が、男達に顔を近づけると、ドスの効いた声を発した。

「あまり騒ぐと力ずくで放り出すぞ」
「うっ」

 士郎の声と視線に怯んだ男達は、互いに目配わせすると士郎に背に隠れるジェシカに視線を向け、

「ちっ」
「覚えとけよ」
「……」

 それぞれ悪態をつくと、背を向け店から出て行った。
 男達の姿見えなくなると、士郎は後ろにいるジェシカに顔を向けた。ジェシカは士郎に顔を向けず、黙って俯いている。

「一体どうしたんだ」
「……ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」
「あ、おいっ」

 士郎が声を掛けようとすると、顔を上げることなくジェシカは士郎から逃げるように駆け出した。呼び止めようとした士郎の声を振り切り、ジェシカは店から飛び出す。

「ったく。さっきの男達がまだいるかもしれないってのに」
「あ、シロウ!」
「ちょっと行ってくる!」
 
 ルイズの声を背中に受けながら、士郎もジェシカの後を追って店から飛び出した。
 







 何やってるのよあたしは……。
 勝手に馬鹿やって勝手に逃げ出すなんて……。
 どうしてこうなって……。

 いや……理由は分かってる。
 あの子だ……あの子が来てからだ。
 暴れたり怒鳴ったりしても、時折見せる仕草からあの子があたし達とは違う……そう、貴族だってすぐに分かった。
 ……それも落ちぶれた貴族じゃなくて、現役の貴族だって。

 ……最初は良かったのに。
 客のあしらい方が全く分からず、あたふたするあの子を見てた時は良かった。客を殴ったり酒を浴びせたり……。
 馬鹿だなって思ってた。
 いつも私達を馬鹿にする貴族が慌てたり、叱られて落ち込んでいる姿をみて心の隅で笑ってた。

 だけど……あの子は変わった……。
 あたし達が決して真似できない、貴族の立ち振る舞いで、客を魅了していった……。

 変わったのは、あの人が切っ掛けでしょうね……。

 ルイズの兄だと言っていたが、どう見ても兄妹には見えない男。
 異様に執事服が似合う男。
 執事服よりもフリフリのフリルのついたエプロン姿が似合う男。
 料理が上手な男。
 ……変な……男。
 
 あの人と出会ったのは、常連のしつこい男に絡まれた時だった。
 周りは誰も助けてくれず、どうしようかと思った時に彼は現れた。
 男から助けだしてくれた彼が、働く場所を探していたから、感謝や興味とか色々あったし、軽い気持ちで家の店で働くことを誘ったんだけど。

 興味は最初からあった。
 鋼のような肉体。
 鷹のような眼光
 そんなどう見ても一般人には見えない男が、貴族を連れて仕事を捜していると言えば、興味を持つなと言われても無理よね。
 で、蓋を開けてみるとやっぱり只者じゃなかった。

 屈強な傭兵達を簡単にあしらう程強いし。
 慣れた手つきで美味しい料理は作るし。
 店を見間違えたかと思うほど綺麗に掃除するし。
 いつの間にか女の子の相談に乗ってたりしてるし。
 
 仕事柄色々な男を見てきた。

 強い男。
 弱い男。
 天才。
 凡才。
 怖い男。
 優しい男。
 料理上手。
 掃除上手。
 
 本当に色々な男達を見てきた。
 物心ついた時からを含めたら、一体どれだけの男を見てきたのか自分でも分からない。
 だからあたしは男を知っていると思っていた。
 そりゃ、まだ男としたことはないから、男の全てを知っているとは言わないけど。
 男の性格や考えとかは知っていると思っていた。
 そう……思ってたんだけど……。
  
 ……あの人のことは分からなかった。
 全く同じ人なんかいやしないって分かっているけど、でも、似通うところはあるから、全く分からないなんてことは今までなかった。
 それなのに、あの人のことは分からない。

 近づくのも恐ろしい時もあれば、包み込まれるような優しさを見せる時があるし。
 戦うために鍛え抜かれた肉体で、感嘆の声しか出ない料理や掃除をしたり。
 女慣れしてないと思えば、こちらが照れてしまうほど恥ずかしいことをしたりやったりするし。
 鈍感かと思えば、落ち込んでる子や困ってる子に誰よりも早く気付いたりする。

 本当に分からない……。

 だから色々ちょっかいを掛けたりした。
 わからないのが嫌だったし、興味もあったから。
 わざと困らしたり、からかったり。
 いたずらしたり、たまに助けたり。

 はぁ……本当に色々やったな~……なのにあの人は全く気にしないし……。
 いっつもあの子とばかり話して……。

 ……たくっ、少しはこっちを見なさいよね。
 
 え? 

 あ……あれ?
 あれ? 
 あたし今……?
 何でそんなこと…………え?…………。
 あ、ああ……。
 はっ、ははは……。
 そっか……そういうことか……。

 わかった。

 なんでこんなにイライラしているか。
 なんであの子にムカついていたのか。
 なんでこんなに悲しいのか。
 なんでこんなに辛いのか。
 なんで……。

 あの子のせいじゃなかった。

 簡単なことだ。

 ただ、あたしが……

 あたしが……。



「あたしが……シロウのことを好きになったからだ」
   


 
 





 自分の気持ちに気付いたら、まだどろどろとしたものがお腹に溜まってる感じはしているが、スっと気が楽になった気がした。
 身体の中の嫌なものを吐き出すように深く溜め息を吐き、背を伸ばしながら息を思いっきり吸う。
 顔が天を向くと、二つの月が大分傾いているのが見えた。
 どうやら店を飛び出してから、それなりの時間が経ったみたいだ。
 周りを見渡してみるが、星明かりで精々物の輪郭が分かるぐらいだ。自分が今何処にいるかわからず、ジェシカはちょっと困ってしまった。

「……どうやって帰ろう」

 ポツリと小さく呟き、周りを見渡す。暗いとはいえ、店からそんなに遠くはないはずだ。知らずこんなところまで来てしまった自分に呆れつつ、ジェシカは店に帰るため足を動かし始めた。

「そっか……いつの間にか惚れちゃってたんだ」

 物音一つしない暗い夜道を、微かに空を見上げながら歩く。

「……でも……諦めなくちゃ」

 小さく溢れた声は、寂しげであった。

「……相手は貴族だし」

 ゆっくりと足を進めながら、そっと目を閉じる。
 目蓋に浮かぶのは、桃色の髪を持つ少女。
 士郎を殴ったり蹴ったり罵声を浴びせたり。
 めちゃくちゃな事してるけど、あの子が士郎に惚れてるのは一目見ればわかってしまう。
 そして士郎もあの子のことを憎からず思ってるのもわかってる。

 だから無理。

 ……恋敵が貴族だなんてムリムリ……。

 ああ……。

 わかってしまえば簡単なことだ。

 士郎に惚れても、相手は貴族だから無理……だから、せめてあの子が客の相手をして、あたふたしてる姿を見て溜飲を下げていた。
 だから、あの子が客のあしらい方を覚えたのを見て焦ったんだ。
 全部持っていってしまうあの子を見て……。
 せめてチップレースで勝とうと……。
   
「あ~あ……あたしって馬鹿だな~……」

 知らず口元に浮かんだ苦笑を隠すように、手で口を覆う。
 
「ま、今ならまだ間に合うわね」
 
 指の隙間から漏れ出た声は……震えていた。

 


「あっ、ここ」

 気付けば見覚えのある所に着いていた。
 そこは何の偶然か、士郎と初めて会った場所だった。
 ついこの間のことだというのに、随分と懐かしい気がし。先程とは違う笑みが顔に浮かび、口から小さな笑い声が漏れた。

「はは……変なの」

 懐かしさだけでなく、寂しさや悲しみが胸に湧き。早く離れようとジェシカは、近道だが、日が落ちたら使わないよう注意していた路地裏に向かって駆け出した。
 路地裏に入ると、唯一の明かりである星明かりが遮られ、周囲は更に闇に染まっている。路地裏に入ってすぐ、闇に目を取られたジェシカは、荒れた地面に足を取られ音を立て転がった。

「痛っ……っ、もう最悪……」

 痛みに堪えながら立ち上がったジェシカは、足首に走る鋭い痛みに顔を顰めた。
 壁に手をつき、前に進もうとするが、目は未だ闇に慣れていない。歩くよりも遅い速度で、ゆっくりと前へと進む。

「ちょっ、あっ!」

 闇に紛れ落ちていた何かに足を取られ、再度地面に向かって倒れるジェシカ。咄嗟に目を閉じる。痛みに耐えるように歯を噛み締めた。
 しかし……。

「あれ?」

 痛みはこなかった。
 恐る恐ると目を開けたジェシカは、右手を誰かに握られていることに気付く。
 まさかと焦る気持ちを抑えるように、ゆっくりと振り向くと。

「よう、奇遇だな」
「あ」

 大きな手で腕を握り締める。
 歪んだ笑みを向ける、男達がいた。









「あ、ありがと。でも、もう大丈夫だから放してもらっていいかな?」

 凶暴な獣を刺激しないように、静かに話しかける。握る手の上に自分の手を置き、無理やり笑いかける。

「ハハハ! ……誰が放すか。店ではあの野郎が邪魔したが、ここじゃあ誰も来ねえ。こっち来いよ」 
「あんたに払った分は取り戻させてもらうぜ」
「ひひひ……楽しみだなぁ」
「あ、あんた達」

 やっと闇に慣れてきたジェシカの目に、店で絡んできた男達の姿が映った。咄嗟に逃げ出そうとしたジェシカだが、腕を掴む男の手は強く、逃げ出すことが出来ない。

「そ、そんな」
「まさかお前の方から会いに来てくれるなんてな」
「俺達を探してたのか」
「ち、違っ」
「ああ……俺もう我慢できねぇ!」
「いっイヤアアアア!」

 取り囲むように立っていた男の一人が、ジェシカに向かって飛び掛る。逃げようにも逃げられないジェシカの胸元を掴むと、音を立て服を破く。元々胸元が大きく開いていた服は、もはや服として機能せず、微かに首に布がかかっているだけになっていた。

「ぃ……ぁ……」
「こりゃいい」
「ああ」
「堪んねぇ」

 闇にぼんやりと浮かぶ白い胸に、男達の獣欲に濁った視線が集まった。剥き出しになった乳房に夜風が当たり、身体が震える。呼吸に合わせ、胸が上下に揺れる度に、男達の視線が強まっていく。必死に息を沈めようとするが、時が経つにつれ、逆に呼吸が荒くなる。カチカチと歯が鳴らしながら、声の出ない悲鳴を上げるジェシカ。




 男達の視線には慣れていた。
 男達が何を望んでいるかは知っていた。
 男達の視線を集める自分が、それだけ魅力的だと思い優越感に浸っていた。

 けど、違った。

 こんなの知らない。

 怖い。
 気持ち悪い。
 吐き気がする。
 
 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……。  
 
 男の手がゆっくりと伸びてくる。
 
 生臭い吐息が近付いてくる。

 身体が凍ったように動かない。

 声が出ない。


「……ぃ」


 ……声が出せれば、何を言おうとしたのだろう。

 誰の名を言おうしたのだろう。 
 
 誰の……。


「……ぉ」

 
 涙に歪んだ視界に映るのは……。


「……ぅ」


 誰の……。




「ッガ!」
「え?」

 鈍い音が響き、腕を圧迫していた感触がなくなり。それと同時に身体に腕を回され、耳に風を切る音が響く。一瞬にして男達が遠ざかっていき、唐突な視界の変化に呆然となるジェシカ。
 いまだ混乱する頭を持ち上げ、これらの原因であるものを確かめようとしたジェシカの目に、

「すまん。遅くなった」

 厳しい顔を男達に向けた士郎がいた。






「……シロウ」
「ああ」
「シロウ」
「ああ、大丈夫か」
「シロウ……シロウ、シロウッ!」
「あ、おい」

 縋り付くように身体に手を回してきたジェシカに慌てた士郎だが、胸が丸見えになっている姿に眉根に皺を寄せると、上着を脱ぎジェシカの身体を覆うように着せた。

「すまない。ちょっと用事が出来た。ここで少し待っていてくれ」
「え」

 優しくジェシカの手を体から離すと、士郎は地面に座り込むジェシカに背を向けた。ジェシカの戸惑った声を後ろに、士郎は物騒な物を取り出した男達に向かい合う。
 
「また貴様か!」
「舐めやがってもう許さねぇ!」
「上等だぶっ殺してやる!」

 大振りのナイフを取り出した男達は、口々に士郎に罵声を浴びせる。気の弱いものなら震え上がる罵声を、士郎はどこ吹く風かと気に止めていない。
 ジェシカは肩に掛かった服を握り締めると、士郎の大きな背中を見上げる。

 冷えて固まっていた身体が、熱く火照っていく。
 恐怖に染まっていた心が、温かい何かに包まれる。
 強張っていた表情が、柔らかく緩んでいく。

 視界の端にナイフを持った男達が、士郎に向かっていくのを捉えたが、全く焦りもなにも浮かばない。
 男達が慣れた手つきでナイフを振り上げ、

「……馬鹿が」

 吹き飛んだ。







「すまない。もっと早く来れれば」

 呆然と見上げてくるジェシカに手を差し伸べるが、ジェシカは顔を見つめてくるだけで何も反応しない。最悪の予想が脳裏を過ぎ。士郎が歯を食いしばると、おずおずとジェシカが口を開いた。

「……何で」   
「ん?」
「何で助けて……」
「え?」
「助けてくれたの?」
「……」

 答えを聞きたいが、聞くのが怖いというように、ジェシカの視線が彷徨う。叱られるのを恐る小さな子供の様な仕草に、思わず小さな笑みが浮かび。膝を曲げ視線を合わせると、微かに流れる涙を指先で拭いつつ、ジェシカの頬を優しく撫でた。

「あ」

 ハッと顔を上げたジェシカを安心させるように笑いかけると、止まりかけた涙が勢い良く流れ出した。 突然泣き出したジェシカに驚き、頬から手が離れそうになったが、直前にジェシカの手が重ねられ、離れることはなかった。

「っ……ぁ……っ」
「ジェシカ?」
「シロウ!」

 ボロボロと涙を零すジェシカが心配になり、士郎が体を寄せると、ジェシカは勢い良く胸に飛び込み、背中に腕を回し。胸元に顔を押し付けると、身体を震わせながら声を上げ泣き始め出した。
 小さな子供の様なその姿に応えるように、士郎は自分が掛けた服の上からジェシカの身体に腕を回し、ゆっくりと抱きしめた。

「もう大丈夫だ」


 




 視界が緩く上下に揺れる。
 ズレる体を両腕に力を込めて動かし、広い背中に体を擦り付けるように動かす。
 背中に片耳をつけ、緩やかなリズムを刻む心臓の音を聞く。

「どうかしたか?」
「……んん」

 士郎が声を掛けてくるのを、小さく顎を引き答える。
 顔を押し付けた背中からは、胸が苦しくなる不思議な匂いがした。
 士郎に背負われながら、ジェシカはぼんやりとした目で、闇の中ぼんやりと浮かぶ白い髪を見つめる。
 締め付けられるような息苦しさを感じ、士郎の体に回した腕に力を込めた。ぎゅっと目を瞑り、背中に頬を寄せる。

 はぁ……失敗したな。  

 助け出され、すっかり油断した。
 思いっきり泣いてしまって、子供のようにあやされて……でもそれが嫌なわけじゃなくて……。
 弱った心を優しく包み込んだり。
 凍える身体を抱きしめて温めたり。
 
 ……そんな事されたら……。

 ますます好きになってしまうじゃない。

 馬鹿……。

 馬鹿馬鹿。

 馬鹿馬鹿ば~か……。
 
 ……バカ……。

 あたしの……。

 ……ばか……。


 でも……おかげで確信した……。



 ……士郎は天然の女ったらしだと。

 
 前からそうじゃないかと思ってたけど……今回のことで確信した。

 
「天然かぁ~……あ~ぁ……やっちゃった」
「何か言ったか?」
「ん~ん、何も」

 顔を上げ応えると、士郎の匂いをもっと嗅ぎたくて、首元に顔を寄せる。
 静かに、しかし大きく息を吸い込む。士郎の匂いを感じながら、ジェシカは小さな頃、『魅惑の妖精』亭で働いていた当時の看板娘に言われたことを思い出していた。


 
 ―――いいジェシカちゃん、あなたが将来、ここで働く気があるなら、男を見る目を養いなさい―――

 ―――ここに来る男の人の目的は、お酒じゃなくてわたしたち女よ。だからわたしたちを手に入れるため、男達は色々な嘘をつくわ―――

 ―――でも気を付けなさい……男を見る目が鍛えられれば鍛えられるほど……男を信じられなくなってしまうから―――

 ―――そうなれば、どんなにいい男が現れても心が動かなくなってしまう―――

 ―――恋が出来なくなってしまうわ―――

 ―――だからね、そうなる前に恋をしなさい……好きな人を作りなさい―――

 ―――……でも女ったらしにだけは気を付けなさい……特に……―――

 ―――特に天然の女ったらしにはね―――

 ―――わたし達みたいな商売をしている女にとって、天然の女ったらしは天敵よ―――

 ―――天然の女ったらしはね、嘘とかお世辞とか言わずに、ただ真っ直ぐに自分の気持ちを伝えてくるからね……―――

 ―――引っかかってしまったら、わたし達みたいな女は一気に深みまで引き込まれてしまう―――

 ―――捕まってしまったら、逃げられない……劇物みたいなものだから……ね―――



「忠告されたのに……捕まっちゃった」
 
 士郎の耳に入らないほど小さな声で呟くと、ますます腕に力を込めて身を寄せる。
 最初は小さかった笑みが、段々と大きくなり、頬が痛む程に笑みが強くなり。

「ふふ……ま、いっか」

 段々と遠くなる意識の中、ジェシカは天然の女ったらしの男(・・・・・・・・・・)と結婚した、元看板娘の言葉を思い出していた。


 ―――でもねジェシカちゃん……もし天然の女ったらしの男に惚れたら……楽しみなさい―――

 ―――ライバルが大勢いるだろうけど、そこらの男とじゃ経験できないようなことが沢山あるから―――

 ―――それを思いっきり楽しみなさい―――

 


「……もちろん……言われなくても、思いっきり楽しむわよ」





 
 
 

 
後書き
ジェシカ 「……シロウ」
士郎   「ふっ、ふふふ……」
ジェシカ 「だ、大丈夫?」
士郎   「な、何とかな……三位一体技のジェットチュトリームアタックはやばかったが」
ジェシカ 「そう……なら安心ね」
士郎   「……何がだ?」
ジェシカ 「実はあなたを指名してる人がま――」
士郎   「俺はちょっと買い物に行ってく――」
スカロン 「待ってたわよシロちゃん!!」
士郎   「ゲエェ! スカロン!!」
スカロン 「私のお友達があなたを指名してるのよ! 早くおいで!」
士郎   「断る!!」
スカロン・友達×30 「「「待ちなさぅわあああああいいいいい!!!!」」」
士郎   「死ぬ! 死ぬ! 死んじゃあああああううううう! 絶対死ぬうううううう!!!」


 黒き三連性を打倒した士郎の前に、立ちふさがるは無敵の(オカマ)軍団!! 

 むくつけき男達がピチピチのドレスを着て追いかけてくる恐怖!! 

 士郎よ! 君に耐えられるか!!??

 出来れば耐えてくれ!!

 ……多分無理。

 次回! 『オカマとネカマは使いよう』

 迫り来る恐怖!! 打ち倒せ士郎!!


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