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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百十一話 イーリス作戦の除幕式です。

帝国暦488年5月7日――。午前0時――。


 深夜だというのに煌煌とともされた議事堂の明かりは熱気をはらんでいた。シャロンは最高評議会議事堂演壇に歩を進める。この時をもってイーリス作戦の開幕を宣言するのだ。

 ようやくここまで、というのがシャロンの思いだった。待ちに待った。あまりにも待ちすぎた。だが、その分体の中にあふれ出る高揚と興奮は抑えがたいものになってしまっている。

 負けるなどとは微塵も思っていなかった。ラインハルト・フォン・ローエングラムとイルーナらをなぶり殺しにし、この宇宙から原子一つたりとも残さずに消滅させる。その瞬間が一秒ごとに彼女の手元に近づいてきている。

「自由惑星同盟が建国し、270年という年にこのような宣言ができる立場に立てたことを私は生涯忘れないでしょう。それはまた市民の皆様にとっても同じことと思っておりますわ。」

シャロンは慈愛に満ちた眼差しで評議員たち、そしてその後ろに詰めかけた傍聴席の群衆を見る。もはや定員の倍を超えているが、それでもなお押し合いへし合いしている様子が見て取れる。そして、議事堂前の大広場にも無数の群衆が集って、臨時に特設された巨大スクリーンを食い入るように見つめているはずだった。
 そして、それは自由惑星同盟130億人全土全員が見ているはずだ。いや――。
 シャロンは内心苦笑した。見ていない人間に少なくとも一人だけ心当たりがある。彼はそんな儀式には頓着せず、見もしないだろう。が、そのような事はどうでもいい。今や彼も手駒になったのだから。少なくとも表面上の利害が一致する間は。

「自由惑星同盟130億人の皆様。今宵皆様は私と共に歴史的な瞬間に立ち会うことをここに宣言できる事、光栄に思いますわ。」

皆が熱をはらんだ瞳でシャロンを見つめている。いや、熱望の視線を浴びせている。洗脳は完全に完了し、ここに埋め尽くす群衆はすべてシャロンの「人形」であった。彼女が糸を引けば、その通りに踊り、糸を切れば文字通り死ぬだけの「人形」。これこそがシャロンの能力の中で特筆すべきものの一つである。
(ククク・・・・・。)
微笑を浮かべながら、シャロンは言葉を続ける。

「遥か昔、銀河連邦が存在していたころは、誰しもが自らの権利を主張できていました。ですが、それもルドルフ・ゴールデンバウムによって、いいえ、フォンを自称し、皇帝を僭称するようになってからすべてが変わった。誰しもが彼に仕える奴隷になったのです。」

シャロンの微笑が濃くなった。そこには強烈な皮肉の色合いも出ている。

「ですが、アーレ・ハイネセンの存在がまだ民主主義が死んでいないことを示しました。彼と40万人の勇敢なる同志たちは帝国を脱出し、ここハイネセンにおいて自由惑星同盟を建国し、民主主義という崇高なる理想を守ることを誓ったのです。その血は今も皆様の中に脈々と流れているはず・・・・そう、この私にも。」

シャロンが胸元に手を当てると、皆が一斉にそれに倣った。

「建国150年来、私たちは耐えに耐え、帝国の攻勢を忍んできました。情報部がもたらした最新の情報では、今帝国はラインハルト・フォン・ローエングラムという新貴族の下に旧貴族を一掃し、統一したということです。ですがそれでは何ら本質は変わっていません。結局一人のルドルフの下に意思決定がされる体制と言うだけにすぎない・・・・。」
意識して言葉を切ったシャロンに群衆はかたずをのんで見守っている。

「帝国ある限り脅威は消えないのです。それも今宵をもって終わることをここに宣言します。そう・・・・・!!!」

シャロンが両腕を広げる。

「今この時をもって、民主主義の代表として、帝国から民衆を解放すべく『聖戦』を起こすことを宣言するからです!!イーリス作戦の開幕式ですわ。」

ウォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!

という、地鳴りのようなどよめき、喧騒、叫び声が会場を包んだ。それのみならず、少なからぬ地震も発生していたのである。群衆が足を踏み鳴らし、声高に叫んでいる。その声色は幾百であるが、言っていることは一つだった。

「シャロン!シャロン!シャロン!シャロン!シャロン!」

ククククク・・・・・。

シャロンはその熱烈な、熱狂的な、狂信的な叫びを全身に浴びながら笑っていた。もう笑い声を隠す必要などない。何故なら自らの声など消し飛ばさんばかりに群衆は叫んでいる。

自由惑星同盟はシャロン・イーリスの手に落ちた。

「自由惑星同盟よ、私と共に永遠に!!」

この言葉を残すと、一礼したシャロンは優雅に身をひるがえし、会場を出た。人気のない回廊に足を踏み入れると、シャロンは端末を操作して、相手を呼び出した。

「イーリス作戦発動よ。私はアーレ・ハイネセンに座乗して移動するわ。」

通信を切ったシャロンはためらうことなく、迷うことなく、足を進める。もはや足を踏み鳴らす時は終わった。後は積み重ねさせた「積み木」を崩す時まで歩くだけだ。

「クククク・・・・・。」

シャロンは笑いながら歩く。おかしい。どうしようもなくおかしい。あまりの喜びでどうにかなってしまいそうだ。

「アハハハハハハ!!!アハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!」

シャロンの狂信的な笑いも、会場の歓呼の叫び声に消えていった。


* * * * *
自由惑星同盟士官学校では、カロリーネ皇女殿下、アルフレート、ウィトゲンシュティン中将がTVを見ていた。軍属であれば非番当直を問わず、全員がTVを見るように言われていた。アルフレートはたまたま非番であり、カロリーネ皇女殿下に会いに士官学校に来ていたのである。
 自由惑星同盟士官学校校長室には他に人はおらず、防音処理を施された部屋には盗聴器の類もない事は確認済みだった。にもかかわらず、3人の声はともすれば低くなりがちになる。
 シャロンがどこからか聞いているような気がしてならないのだ。

「狂っているわ・・・・。」

 カロリーネ皇女殿下がつぶやく。目の前の光景は今までのどの式典よりも華麗で豪華であったが、その中にいる人間は画面越しに見ても正気でないことが伝わってくる。
「ええ、狂っていると思います。ですが、こうも思うのです。ああも全市民が同じ信条を抱いているのであれば、むしろそれを抱かない私たちこそが狂っているのではないか、と。」
「アルフレート!!」
「以前の私たちならそう思ったでしょうね。」
カロリーネ皇女殿下はアルフレートの言わんとしていることを理解した。たしかに前世では右に倣え、が主流だったし、他人と異なる意見を抱く人間に対してはどこか冷ややかで排斥する傾向があった世界だったし、その世界に暮らしていたころの自分もともすればそういう考えになりがちだったのだから。
「多数派であろうと、少数派であろうと、私は気に入らないけれど。」
ウィトゲンシュティン中将が軽くと息を吐く。
「もっとも、そうは言ってもシャロンは意に介さないでしょうね。自由惑星同盟のほぼ全員を手中に収めた状態なら、私たち数人が反対を唱えても毛ほどのダメージも与えられないでしょうし。」
微笑を浮かべながら演説を続けるシャロンをウィトゲンシュティン中将は嫌悪の表情で見つめる。
「本当に、このまま情報を集めていてもあの人のウィークポイントを見つけられるとは思えない。」
「そのことですが。」
カロリーネ皇女殿下の声に二人は彼女を見た。
「別の視点で考えることはできませんか?」
「別の視点?」
「シャロンをいくら探っていても、ウィークポイントは見つけられそうにないのであれば、強力な相手と共闘することを考えた方がいいと思います。」
アルフレートは眼を見張った。カロリーネ皇女殿下は最近元気がなく、覇気も失われたのではないかと思ったのだが、今の彼女はまるで別人のように張りのある声をしている。
「それは?」
「帝国と共同戦線を張ることです。」
『帝国と!?』
ひときわウィトゲンシュティン中将の声が高かった。ちょうどシャロンの演説が一区切りしたところで、群衆の歓声がこだましたところだった。防音処理をした壁越しにもシャロン賛美の声が地鳴りのように聞こえてくる。
「はい。」
「帝国と・・・・・。」
ウィトゲンシュティン中将の顔には嫌悪の色がにじみ出ている。彼女の心境をカロリーネ皇女殿下は理解していないわけではなかった。けれど、言わなくてはならない時もあるのだ。
「私が帝国に対してどんな感情をもっているかわかっていっているのね?」
「もちろんです。・・・・ってこんなことを言うと『お前なんだ!?』って思われるかもしれませんけれど、でも、これ以上情報を探っていてもウィークポイントが見つけられないのであれば、別の方法を探った方がいいと思うんです。」
「私は帝国からの亡命者の居場所を守る、ということを常に胸に抱き続けていたわ。第十三艦隊の司令官になってからも。そしてヤン・ウェンリー閣下に後任を譲ってからもずっと。それを捨てろと言うの?」
ウィトゲンシュティン中将の声音は厳しかった。
「捨てろとは言っていません。」
「私には同じことだわ。」
「・・・・・・・・。」
「それに帝国の体質が変わらなければ、結局は同じ事でしょう?」
カロリーネ皇女殿下は顔を伏せた。
「それは違うかもしれませんよ。」
アルフレートの言葉が二人に割って入った。
「さきほどシャロン自身が言っていましたが、帝国はラインハルト・フォン・ローエングラムの下に統一されたと。私は彼の存在が今後を左右するカギになるのではないかと思います。」
「理由は?」
ウィトゲンシュティン中将の言葉に、アルフレートは一冊の本の名前を上げた。それは先年自由惑星同盟と帝国との講和について書かれた本だった。むろん不都合な事実は伏せられているが、帝国からの使節の発言は貴重なものとしてむしろ掲載される分量が多かったのである。

『自由惑星同盟の方々にとっては、我々は『専制政治の権化であり民衆を搾取する者』というフィルターがかかっている存在だという事を、そして我々銀河帝国にとっては自由惑星同盟の方々は『アーレ・ハイネセンという一奴隷によって逃げ出した奴隷集団の子孫、反乱軍』というフィルターがかかっている存在だという事を、まず理解されるべきでしょう。』
『フィルターそのものがすべてまがい物である、と私は申し上げてはおりません。一部ではそれはれっきとした事実です。ですが、事実をそのまま受け入れることと、事実を誇大曲解して受け入れること、この両者には大きな差がある、という事だけ申し上げておきます。これを解くには短時間での話し合いでは功を奏しないでしょう。』

 ラインハルト・フォン・ローエングラム、当時はラインハルト・フォン・ミューゼルと名乗っていた彼の発言を見たアルフレートは衝撃を覚えていた。到底原作のラインハルトでは発言しそうにないことを彼は発言している。自分たちの出現か、あるいはシャロンの出現がこのようなうねりを帝国にまで影響させたのだとしたら、それを良い方向に引き寄せる努力をすることは無駄にはならない、と思ってもいいのではないか。

「ラインハルト・フォン・ミューゼル・・・いえ、ローエングラムの出現によって帝国がいい方向に動くかどうかはわかりません。けれど、今の状態をただ見ているだけでは何の解決にもならない事は閣下もお分かりだと思います。」
「ならば彼にかけてみろ、と?」
「はい。」
「・・・・・・・・。」
ウィトゲンシュティン中将はじっと考え込んでいた。
「私もアルフレートと同じ意見です。あまりにもリスキーなんて思われるかもしれませんけれど、このままズルズルと引っ張られるよりもまだマシだと思います。」
「今まで幼少期から聞かされてきた教えと真逆の事を言われた時、あなたたちはどう思うかしら?」
防音壁越しにも、地鳴りのようなどよめきが聞こえてくる。思わず顔を見合わせる二人に、ウィトゲンシュティン中将は「そういうことよ。」と一言いい、後はTVに視線を向けていた。

TVではシャロンが優雅な一礼をし、万座の万雷の拍手の中を立ち去るところだった。



* * * * *

自由惑星同盟イゼルローン総軍総司令部では、ヤン・ウェンリーが一人黙然と紅茶を飲んでいた。TVのスイッチは切ってある。どのチャンネルを入れてもシャロンの演説になっていたからだ。手元には書類があるが、それは「作戦検討」という建前に過ぎない。彼の意識は別の方面に飛んでいた。

来訪者を知らせる端末の光が彼の意識をもどした。

「失礼します、閣下。」
グリーンヒル大尉がディスプレイに出ている。
「第三十艦隊のコーデリア・シンフォニー中将閣下が、閣下にぜひお会いしたいと申されていますが。」
「今は誰とも会わないと伝えてくれないか?」
「それが・・・緊急の要件だという事です。」
「緊急?」
ヤンはいぶかしがった。全軍の将兵がシャロンの演説を食い入るように見つめているさ中、緊急事態など起こりようもない。帝国が攻め込んでこない限り。それにしても――。
「わかった。通してくれていい。あぁ、すまないが紅茶を二つ用意してくれないか?」
「はい、閣下。」
グリーンヒル大尉の姿が映らなくなって数分後、コーデリア・シンフォニー中将がヤンの前に姿を現した。
 金髪を緩やかにウェーヴさせたボブカットであるが、左耳の近くの一房のプラチナブロンドの前髪が彩を添えている。緑の瞳は翡翠のきらめきをもってヤンを見つめ、バラ色の頬と白い肌の輝きがまだ20台前半で有ることを示している。どこか少年めいた雰囲気にヤンは内心はっとするものを感じた。純粋さを直射されたような気だったのだ。それはシャロンの魔手に侵された人間をほとんど相手にしていてここ最近ついぞ感じることのなかった感覚だった。
「閣下。」
澄んだ声はアルトだったが、どこか気品に満ちた声音だった。相手を十分に尊敬しているが、その声の主もまたどこか高貴な生まれのような印象を与える。
「お忙しいところ申し訳ありません。ですが時間がありませんので。」
「君は最高評議会議長の演説を見なくてもいいのかな?」
「このタイミングだからこそ、閣下にお話をしたいと思っておりました。」
「???」
女性が一瞬部屋を見まわして、集中する仕草を見せたからだ。
「盗聴器の類はなさそうですね。ですが・・・・。」
一瞬中将の身体が光った。淡く青色に光る身体。それはヤンをして奇妙な感覚に陥れるには十分な輝きだった。
「これで安心して話ができます。」
女性将官はほうっと息を吐きだした。
「閣下は以前イオン・ファゼガスでの講和会議の際に、あるいはフェザーンにおいて、フィオーナ、そしてティアナと話をされていましたね。そして私の勘ではその際にシャロンについて何か警告を受けていらっしゃったのではないですか?」
唐突すぎる発言に、ヤンはしばし言葉を失っていた。
「何故それを知っているかというお顔ですね?何故なら、私もまた、シャロン、フィオーナ、ティアナと同じカテゴリーに属する人間だからです。」
「・・・・・・・。」
「シャロンについて話しますと、彼女は人間ではありません。正確に言えば、閣下の世界に属する人間ではないのです。こんなことを申し上げること自体突拍子もないことは重々承知しています。ですが、閣下も薄々はそれをご存じでいらっしゃるはずです。」
「・・・・・・・。」
「ご心配なく。私はシャロン・サイドの人間ではありません。シャロンの野望を止め立てするためにやってきたのです。何故と言われれば話は長くはなりますからその話は省略しますけれど。」
今やコーデリア・シンフォニー自由惑星同盟宇宙艦隊第三十艦隊司令官という身分肩書すらも怪しくなってきた女性はと息を吐いた。
「今やシャロンは自由惑星同盟を完全に掌握しました。したと思い込んでいます。ですが、閣下、少なくともあなたとあなたの周辺の人間には彼女の『魔力』は及んでいません。それが意図的なものなのか、あるいは彼女が予期しない事態なのかはわかりません。ですが、一つ確実に言えることは、自由惑星同盟がすべて彼女の支配下に入ったわけではまだないという事です。」
「・・・・・・・・。」
「閣下がどう思っていらっしゃるかはわかりませんが、私一人ではとうていシャロンにはかないません。それは帝国領内にいるフィオーナ、そしてティアナたちであっても同じ事。ですが、閣下、あなたと艦隊幕僚の力があれば、もっといいますと、帝国にいるラインハルトたちと共闘ができれば、あるいは――!!」
コーデリア・シンフォニー中将は身を震わせた。かすかなどよめきのような物が聞こえてきたのだ。防音壁を通してでもはっきりと聞こえるのは、狂乱の色を秘めた喧騒だった。
「時間が来てしまったようです。ヤン閣下、どうか覚えておいてください。あなたは独りではないということを。」
結局ヤンは一言も話すことはできなかった。身をひるがえしてコーデリア・シンフォニー中将は出ていったからである。
「・・・・参ったな。」
ヤンは頭を掻くしかなかった。これまで漠然と組み立てていたある計画があった。それが今の彼女の登場でいささか練り直しをさせられることになりそうだった。そうはいっても、彼女の登場、そして彼女の言葉がすべて真実だとすれば、闇の中の一条の光を見出したことになる。

そう、それがすべて真実なのだとしたらであるが――。


* * * * * *
翌日――。
 立体TV全チャンネルがシャロンの出立の様子を映し出した。

シャロンは大観衆が完成を上げ続ける中、微笑を浮かべて優雅に一礼すると、シャトルに搭乗し、宇宙に待機しているアーレ・ハイネセンに搭乗し、一路目指したのである。

惑星フェザーンを。

アーレ・ハイネセンの周囲を、アンジェ・ランシールのフェザーン方面総軍が護衛して艦艇20万隻が幾重にもなりながら宇宙を航行する様は、同盟史上かつてなかった光景である。

時を同じくして、ヤン・ウェンリー指揮下のイゼルローン方面総軍もまた、順次イゼルローン方面に向けて出立することとなった。
 
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