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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百話 「チート転生者」シャロン・イーリスと対峙します。

 
前書き
なんだかんだで百話目まで来ました。見てくださっている方々ありがとうございます。 

 
帝国暦487年12月15日――。

クリスティーネ・フォン・エルク・ウィトゲンシュティン予備役中将は予備役から現役に復帰して、自由惑星同盟の士官学校校長になることとなったことは既に述べた。
「どうも不思議なのよね。ウィトゲンシュティン中将はシャロンという人に食って掛かったわけでしょ?彼女にとっては煙たい存在なのに、その人を呼び戻すなんて・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は出立前の慌ただしいさ中、アルフレートと話をしていた。と言っても、ヤン艦隊の第十七艦隊司令部から、自由惑星同盟士官学校に移るだけである。同じ惑星ハイネセンを移動するだけなので、自分の身の回りの荷物を整理するだけだった。ウィトゲンシュティン中将の整理をしようとしたところ、
「そんなもの、自分でやるからいいわよ。あなたは私をボケさせるつもり?」
と、冗談交じりに言われてしまったのだった。
「洗脳のご心配をなさっておいでですか?」
アルフレートが尋ねた。実際シャロンと接触した人間がごく一部の例外を除いて悉くシャロンの信奉者になってしまった事実を考えるとその方面の心配をせざるを得なくなる。
「それは大丈夫だと思うけれど、でも、あまり気持ちの良いものではないってのは確かかな。」
カロリーネ皇女殿下はと息を吐いた。
「これまでの銀河英雄伝説の二次だと、洗脳だとか、魔力だとか、そういったものはなかったわけでしょう?にわかには信じがたいのよね。ああいうものがこの世界に持ち込まれることが、その、しっくりこないのよ。」
「私も同感です。ですが、そのような言葉で表現しなければ、あのような奇怪な事象は説明がつきません。」
「・・・・・・・。」
「彼女は自由惑星同盟を掌握しました。これは事実でしょう。そして今我々が探らなくてはならないのは彼女の狙いが何なのか、という事です。」
「・・・・・・・。」
「敵の懐に入るということもまた、一策だとは思います。」
「あなたね~。自分が行かないからって、私の危険を考えないの?」
「それは・・・・・。」
アルフレートが狼狽するのをカロリーネ皇女殿下は面白そうに見ていた。
「冗談よ。彼女がどういう人であれ、一つ言えることがあるわ。それは非常に頭がいい人、だという事なのよね。そして考えなしにどうこうするような人ではないと思う――。」
カロリーネ皇女殿下の言葉が消えた。急にアルフレートに手首をつかまれていたのだ。
「・・・・お忘れですか?かつてムーア、アンドリュー・フォーク、コーネリア・ウィンザーらが死亡した事故の事を。」
アルフレートは一転して厳しい顔つきになっていた。なぜそのような事を言うのか、カロリーネ皇女殿下は一瞬わからなかった。
「この世界において彼らのつながり、共通項は一見するとありません。ですが――。」
アルフレートは一歩カロリーネ皇女殿下に近づいた。
「私たちだけが知っている。転生者である私たちだけが――。」
手首を掴まれたまま、カロリーネ皇女殿下は気圧されるようにつぶやいた。
「彼らは、自由惑星同盟を滅亡に追いやった・・・・。」
シャロンもまた転生者ではないか。そう考えていたのは――。
「私だけではなかったのね・・・・。」
「彼女は自分の障害となる人間を悉く始末する人間です。そのような人を探ることなど、危険以外何の要素もありません。だからこそ、私はあなたと共に行きたい旨を何度も上官に申し出ました。ですがそれはかなわなかった。」
アルフレートはカロリーネ皇女殿下の白い華奢な手首から手を外し、視線を外した。悔しそうに歯を食いしばって。
「本音を言えば、あなた一人で行かせたくはないんです。」
アルフレートの言葉はカロリーネ皇女殿下の胸をうった。
「でも・・・一人で行かなくてはならないわ。」
「だから無茶をしないで下さいとお願いするしかない。」
「わかってる。・・・・そんな顔をしないで。」
カロリーネ皇女殿下は微笑みかけた。本当は不安で一杯だったけれど、この「年下」の転生者にそんな顔を見せることはできなかった。
「お姉さんを、信じなさい。」
「上官の顔を滅茶苦茶にするお姉さんを、ですか?」
「時と場合によります。」
カロリーネ皇女殿下はすましてそう言った。二人は一瞬笑いあった。そう言えば、とカロリーネ皇女殿下は思う。こうして二人でいることなどあまり最近ではなかったのだな、と。
「あ、それよりも聞いた?今度同盟に最新鋭戦艦が配備されるという話。」
寂寥感を押し隠そうと敢えて別の話題を振ってみた。
「聞きました。軍拡の一環で、次世代級の艦だそうですね。これまでのフォルムとは全く違うものだと聞きました。しかも、設計者は最高評議会議長自らだそうですね。」
アルフレートがTVをつけた。ちょうど折よくその特集が大々的に放映されている。シャロン・イーリスが設計した次世代級戦艦の話題は自由惑星同盟各界で取り上げられていた。鹵獲した帝国戦艦の技術を流用した、大気圏降下も可能な流線形の戦艦だという。二人はしばらくそれに見入っていた。
「・・・・・普通こういうものは軍事機密の中でも最重要機密なのに、それを大っぴらに宣伝するんだから。底なしの自信家だわ。」
「違いますよ。大気圏降下が可能だという事は、いわば使い道は帝国と同じだという事です。反乱鎮圧を視野に入れているという――。」
アルフレートの顔色が悪い。カロリーネ皇女殿下はTVを見た。このところメディアでシャロンの顔を見ない日々はない。
「自由惑星同盟は、シャロンの就任をもって、終わったのね。シャロンは、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムと同じ、いいえ、それ以上に悪い存在だという事になってしまった。」
カロリーネ皇女殿下はつぶやいた。


* * * * *
自由惑星同盟はシャロン・イーリスの指導の下、熱狂的な衝動に突き動かされるように動き始めた。シャロン・イーリスを「永久的に最高評議会議長にすべし。」などという声が声高に聞こえ始めたが、同時にそれは民主主義の終焉、自由惑星同盟の終焉を意味していた。そのことに誰が気が付いていただろうか。
 自由惑星同盟の軍備は拡大の一途を続けた。シャロンの魔手に侵された人間は、生きてさえいれば不満などを持たない。その結果、無償による各軍事産業の貢献が活発になり、自発的、いや、熱狂的な軍属志願者が続出し、自由惑星同盟の艦隊規模は急速に拡充していった。18個艦隊どころか、夜を日に継ぐ拡張で数年後にはそれが30個艦隊になろうかという勢いになってきていた。フェザーン資本を一方的に接収したその資金が財源ともなっていることも大きい。
 さらに、アーレ・ハイネセンに続く移動要塞が着工され、対イゼルローン回廊のみならず、フェザーン回廊にも進出することが決定された。
 カロリーネ皇女殿下がウィトゲンシュティン中将の副官となってハイネセンにある自由惑星同盟の士官学校に着任したのは、それから間もなくの頃だった。
「知っているわ、ご丁寧、ご苦労にも私の身辺を探りに来たことは。」
私が呼び寄せたのだけれど、という言葉を言わずに、シャロンは微笑を浮かべた。
「それをご存じならば即急な対策が必要かと――。」
「何を対策するというの?情報漏洩?放っておきなさい。」
アンジェ、カトレーナの注進をシャロンは意にも介さなかった。
「彼女たちがいくら私の懐を探ろうが、私の恐ろしさを知るだけの事。同盟の軍事機密、政治機密など、今更何の意味もないわ。理解するのは、狂乱、狂奔を纏った愚かな信者たちが同盟を包み込んだというただそれだけの事実。」
フフフフ、とシャロンは笑い声を立てた。
「それよりも今は自由惑星同盟のすべてを掌握することに傾注したいの。残すは・・・・。」
「ダゴン、ティアマト、エルファシル、そして、アスターテ星域です。」
アンジェが述べた。
「あまり時間がないわね。帝国もブラウンシュヴァイクをすぐに下し、こちらにかかるでしょうから。」
シャロンは少しの間考え込んでいたが、
「艦隊の整備と拡張、訓練を徹底させ、イーリス作戦の総仕上げにかかってちょうだい。私は『視察』の名目で各星系に赴き『支配』してやるわ。」
「では――。」
「アーレ・ハイネセンの出立準備を。」
帝国には手を出さず、自由惑星同盟の支配を完遂させ、やがてやってくる帝国軍を奥深くにまで誘い込んで圧倒的な大兵力をもって絶望の底に突き落とす。それがシャロンの欲する手だった。
アンジェとカトレーナが出ていくと、シャロンも出立準備をすべく立ち上がったが、その脚は書棚に向かっていた。
「出立準備をするその前に――。」
シャロンとしては一つやっておくことがあった。むろん成功するとも思っていない。ただし、別の意味で相手に一撃を与えておく必要はあった。

* * * * *
「これはまずいな・・・・。」
ヤンは久方ぶりに帰ってきた自宅で新聞を読みながらつぶやいた。どの紙面にもシャロンの名前が載らないことはなく、シャロンを賛美しない紙面は存在しなかった。娯楽などのチャンネルを除いては熱狂的なシャロンに対する特集が組まれ、賛美する番組が繰り返し流れていた。
「何がまずいのですか?」
ヤンに紅茶をもって書斎に入ってきたユリアン少年が尋ねる。
「普通なら繰り返し聞く情報は人間に刺激を与えなくなるものなんだよ、ユリアン。でも、外を見てごらん。」
ユリアンが薄い白のカーテン越しに外を眺めると、官舎の外では熱狂的な行進が行われつつあるところだった。それはデモではなく、シャロンを賛美し続ける集団の行進だった。
「帝国を倒せ!!」
「親愛なるシャロン最高評議会議長の敵、帝国を倒せ!!」
「シャロン最高評議会議長に仇なす不倶戴天の帝国は消滅すべし!!」
「そうだ!」
「そうだ!!」
という熱狂的な言葉が飛び交って行く。
「・・・・・・・。」
ユリアンは呆然とそれを見送っていた。ヤンはひとつため息をつくと、一口飲んだ紅茶のカップを傾けた。
「民主主義は終焉したのかもしれないね。」
カップの中の紅茶がさざ波のように波紋を広げている。それを見つめながらヤンは言葉を続けた。
「まだ、前政権の時の方が良かったかもしれない。何故なら大義名分とは言え、彼らは『自分たちの為に帝国を倒せ』などとは言わなかったのだから。かろうじてだけれど、民主主義としての政体は存続していた。でも、今は――。」
『今は自由惑星同盟の130億人が私個人の為に忠誠をささげる集団と化してしまった。つまり私はルドルフと同じ、ということかしら?ヤン提督。』
不意打ちだった。ユリアンはお盆を落とし、ヤンはカップを持つ手を上下させ、紅茶の幾滴かをはね飛ばした後、書斎のTVを見た。

シャロンが書斎のTVに写っていた。いつもの微笑をたたえて。

「あなた、どうしてここに――。」
このTVは普通のTVであってヴィジホン機能を有していないはずである。当初変なTV番組かと思ったが、違う。紛れもなくシャロンは通信してきている。
『どうして通信できるか、等考えなくてよろしい事ですわ。そんなことは些末時なのだから。』
「・・・・・・・。」
『さて、先ほどの話に移りましょうか。そう、今や自由惑星同盟は自由惑星同盟ではなくなったのです。民衆は既に私個人に忠誠を誓う集団となり果てた。私が『魔力』を使って彼らを支配した、と言ったらあなたは笑うかもしれませんね。』
「・・・・・・・。」
『ですがいつまでも笑ってもいられないでしょう。これは事実なのですから!つまりは帝国の対抗馬としてもう一つの帝国が出来上がりつつあるというわけですわ。』
「・・・・・・・。」
『どう思います?民主主義を尊重するあなたとしてはさぞかし不愉快極まりない事でしょうね。私はそれを否定しようとも思いません。否定する気にもなりません。あなたがこれに不満なのならば私を止めて見せればいいだけの話なのですから。』
「・・・・・・・。」
『とは言え、勘違いをしてもらっては困ります。私は弁舌等に耳を傾けることなど絶対にありません。論理的な思考、利、理等はすべて私にとっては無価値なのですわ。何故なら・・・。』
シャロンの微笑は濃くなる。
『何故なら、私の目的はただ一つ。帝国にいるラインハルト・フォン・ローエングラムとその支援者を完膚なきまでに叩き潰すことそれのみだから。正確に言えば、私が狙っているのは支援者の方なのだけれど。』
「その後はどうするのですか?」
初めてヤンはTVの向こう側にいる女性に問いかけた。
『どうする、とは?』
一瞬シャロンが目を細める。
「仮にあなたがラインハルト・フォン・ローエングラムを打倒し、そしてその支援者をすべて倒したとしましょう。その後はどうするのですか?」
『何も。』
あっさりとシャロンは言った。
『申し上げたでしょう。私の目的はそれのみなのだと。終わってしまえば、全てはどうでもいい事・・・・。権力に固執する理由もこうしてここに立っている理由も霧消してしまう。ただそれだけですわ。』
「・・・・・・・・・。」
『一つ取引と行きませんか?ヤン提督。』
シャロンは座っている席の前で両手を形よく組みなおした。
「・・・・・・・・・?」
『私が何故あなた方を、そう・・・こう申し上げてはよろしいかどうかわかりませんけれど『支配』しようとしなかったか、お分かりですか?あなたにチャンスを与えたかったのですよ。自由惑星同盟130億人はすべて私の手中にあります。その人質を解放してほしかったならば、私に協力しなさい。』
何を言っているのだと第三者が見れば思っただろう。それほどの事をシャロンは眉一つ動かさず、平然と言ってのけたのである。
『あなたは『不敗の魔術師』です。ラインハルト・フォン・ローエングラム及びその支援者に対抗できる力量は充分にあります。ただし、惜しむらくはあなたに全軍を指揮するだけの権限が今までなかったことです。』
「・・・・・・・・・。」
『ラインハルト・フォン・ローエングラムとその支援者を倒すことができたなら、民衆を解放しましょう。悪くはない条件だと思いますけれど?』
「ふ、ふざけないでください!!そんな無茶苦茶なこと、あってよいものでは――!!」
「ユリアン。」
ヤンが激昂するユリアンを制した。冷静さを一ミリも崩していない。
「そちらの坊やはユリアン・ミンツさんでしたかしら?ヤン提督の後継者となる人でしたわね。あなたに足りないのは自分の眼で物事を見て、自分の眼で考えること、そしてそのカッとする性格を直すことですかしらね。あなたは特に思考過程や精神面においてあまりにも養父に頼りすぎていますわ。まぁ、あのような幼少期を過ごされてきたのであれば無理もない事だけれど。」
「なっ・・!!!」
たじろぐユリアンをしりめにヤンは舌を巻いていた。どうしてシャロンは一度もあったことのないユリアンの性質を看破したのだろう。いや、そのような事はどうでもいい。今は目の前の相手に集中しなくてはならない。
「検討するにあたって、こちらからも条件があります。最高評議会議長閣下。」
『条件という物は相手に対して対等な立場の人間がつけることですわ、ヤン提督。私がその気になればすぐに新・憂国騎士団をそちらに差し向けるか、私自身が出向いてあなた方を一瞬で殺すこともできるのですよ。殺したところで何の罪もありませんわ。最高権力者の決定になびくのが民衆でしょう?』
「あなたは私と交渉せざるを得なくなりますよ。」
間髪入れずに飛び込んだ言葉にシャロンの口が閉ざされる。
「仮にあなたが万能ならば、そもそも私を当てにすることはないはずです。あなたの指揮で帝国軍を全滅させられるならね。」
今度はシャロンが沈黙した。ただし、微笑は消していない。
「私を当てにしたのは、憚りながら私の能力が帝国軍に対抗できる唯一と言ってもいい駒だからだ。違いますか?」
『・・・・・・・・。』
「あなたはどうやら少なからず未来を予知できる能力があるらしい。その未来とやらがどういったものはわたしにはわかりませんが、だからこそ、普通ならばあてにしない存在の私にこうして声をかけてきたのです。普通ならばシトレ閣下やビュコック閣下ら正規艦隊司令官、あるいはブラッドレー閣下に声をかけるはずでしょう。」
『・・・・・・・・。』
「あなたがそのように手の内を明かした理由はわかりませんが、あなたが私という人間を評価しているのであれば、こちらはそれ相応の条件を求めてもいいはずでしょう。」
フッ、という含み笑いと共にシャロンは一瞬ヤンから視線をそらし、また彼を正面から見つめた。
『それで、条件は何ですかしら。』
「まず、第一に私と私の養子、私の友人、艦隊幕僚、その家族らの身の安全の保障。第二に、さらには私が作戦を立案するにあたっては必要以上にくちばしを入れない事。第三に、私が協力するのはあくまでもあなたの保証があるという前提での話であること。」
『随分と抽象的な条件ですわね。総合すると、ヤン艦隊の完全な行動の自由権及びその安全保障、というところかしら。』
「・・・・・・・。」
シャロンとヤンが互いの視線を一ミリもそらさずに対峙している様をユリアンは青ざめた顔で見守るほかなかった。
『第一の話は結構。あなたが協力すると言うならば手出しは一切しませんわ。第三の話も目的はあくまでローエングラムとその支援者の撃滅にあるのだから、その目的達成まで、ということならば良しとしましょう。ただし、第二については一言言わせてもらいます。私が考える基本的な構想は『同盟領焦土作戦』なのですから、あなたには純然たる艦隊運用の指揮権のみを与えることとします。惑星における住民移動、物資の移動、その他救出用艦艇の派遣これは一切を禁じることとします。』
「なっ!?」
ユリアンが身じろぎした。シャロンのいうところの意味を理解したかどうかはわからないが、その凄まじさは伝わった様子である。
『そう・・・・。つまりは時がたてばたつほど民衆はローエングラムとその支援者に蹂躙されることになる。いえ・・・私の使い捨ての人間爆弾として機能することになることを申し上げておきますわ。もっと具体的に申し上げれば、民衆に爆弾を纏わせて帝国軍に突っ込ませる、と言ったところでしょうか。よくあるテロリストが使う手段ですわ。』
「・・・・・・!」
ユリアンもヤンも衝撃を受けていた。無垢な民衆に爆弾を纏わせて、無邪気に近づいた兵士を自分事吹き飛ばすなどという手法は古来テロリストらが好んで用いた手段だったし、あるいは大日本帝国の戦争末期の特攻に似た手段と言ってもいい。
『もっとも、私が用いるのはそのような稚拙なものではありませんけれど。・・・ご心配なく、何もあなたに人間爆弾、人間魚雷、人間ミサイルを指揮せよなどと言うつもりはありません。そういうことは私の範疇です。あなたは艦隊運用だけを行っていればいい。』
「・・・・・・。」
『もっとも、民衆に自発的な避難を求めても無駄ですわ。既に私の支配下に成り下がった民衆たちは喜んで私の犠牲になってくれるはずなのだから。』
「・・・・・・。」
『さて、ご返答は?』
ユリアンはヤンを見た。こんな非情・不愉快極まりない相手にどうこたえるのだろう。

だが、ヤンの返答は早かった。

「いいでしょう。お受けいたします。」
シャロンの微笑が濃くなった。
『そう言ってくださると思っていましたわ。』
「勘違いしないでください。あなたの為に、ではない。」
『あなたが誰のために戦おうが私の知ったことではありません。あなたの参戦そのものが意味を成す、ただそれだけですわ。』
シャロンはヤンの言葉を無造作に切り捨てた。
『数日後にあなたに対して特進が与えられることとなるでしょう。中将であるあなたは元帥に昇進し、30個艦隊のうち15個艦隊の指揮権を与えられることとなります。あなたの知略をもってすれば充分すぎる手駒でしょう?』
「・・・・・・・・。」
『私の言いたかったことはこれで終わりですわ。そうそう、一つ付け加えておくならば、暗殺などという手段に訴えることなどなさらぬように。何故なら・・・・。』
シャロンの微笑がますます濃くなった。絶世の美貌なのにまるで悪魔的な色合いが濃くなっている。
『ローゼンリッター一個師団はおろか、自由惑星同盟130億人をもってしても、そしてあなたの手駒になるであろう15個艦隊の艦砲射撃をもってしても私を倒すことはできないのだから。死体と兵器の残骸の山が増えるだけです。惑星ごと私を消滅させるというのならば話は別ですけれど。』
では、御機嫌よう、という優雅な言葉を残してTVは消え、元の番組に戻った。

たっぷり2分間はTVの意味をなさない「シャロン賛美」の映像が流れ続けた。

「うえっ!・・・・うう・・・・。」
突然えずく音がした。ユリアンがたまらず床にしゃがみこんで体を震わせている。
「大丈夫か!?」
ヤンが抱き起すと、青ざめた顔でユリアンはうなずいた。
「・・・すみません。なんだか強烈に吐き気がして・・・・。」
無理もない、とヤンは思った。繊細な子供が、あのような強烈な言葉を並べ立てられては気分が悪くならない方がどうかしている。自分でさえ吐き気がしないと言えば嘘になるほどだったのだから。
「少し休んだ方がいい。リビングに移動しようか。」
ユリアンを抱きかかえるようにして、ヤンはリビングに行き、少年をソファーベッドに寝かせた。毛布を取って戻ってきたヤンが無言でそれをかけ、少年の震える体をさすっていると、
「・・・・これでいいんですか?」
ユリアンがかすれた声が空しさをはらんでリビングに流れた。
「・・・・押し売りをするのは本来私が最も嫌いなことなんだけれどね、あの時はああいうしかなかったんだ。ごめん。」
「いえ、ヤン提督は悪くありません!悪いのは、あの人です!」
やや赤みを取り戻してきたユリアンが声を上げた。
「悪い、か・・・・。」
しばらくして、ヤンの低い独り言がユリアンの耳に入ってきた。
「その人が悪いかどうか、決めるのは後世の人だと言うが・・・・・。」
ヤンはユリアンに語り掛けるというよりも自分に言い聞かせているようだった。
「私自身はあの人を完全に見誤っていた。あの人は・・・自由惑星同盟、いや、民衆にとって最大最悪の人だ。ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムよりもずっと。」
ユリアンは声もなくヤンを見た。これほど怖い顔をしている養父を彼は見たことがない。ヤンはヤンで有る二人を思い出していた。自由惑星同盟と帝国が互いの人質を交換をしているさ中、二人の若い帝国軍女性将官が自分に警告をしたことを。

警戒はしていた。密会をして注意喚起をし、対策を練ろうとしていた。だが、そんな程度では到底済まされなかったのだ。何故それをもっともっと、もっともっと、もっともっと重大にとらえなかったのだろう。

「どうするんですか?」
ユリアンが自分に話しかけてきたと理解した時、少年の眼はまっすぐこちらを見ていた。リビングにはヤンの父親が持っていた骨董品の古時計が時を刻む音が流れているだけだった。
「・・・提案を受けることに変わりはないさ。」
3分後に答えは帰ってきた。
「あの人を倒すことはできない。同盟を短時間で自らの配下にしてしまった手法は常人で話しえない。」
「・・・・・・・・。」
「あの人の考えていることは非常極まりない事だ。恐らく帝国軍に対して凄惨な戦いを仕掛けることだろう。そして、それは紛れもない事実だ。誇張でも脚色でも何でもない。」
ヤンはその光景を思い起こしたらしく額に手をやったが、それを払い落とすように首を振って、
「だとしても、私は戦わなくてはならない。帝国軍数千万人を殺すことになるとしても、130億人をただ黙って見殺しにするよりかは多少なりとも良心に恥じないで済む。こいつはとんだエゴイズムだろうけれどね。」
人間を助けるために人間を殺す。傍から見ていれば狂気を帯びた行為ととらえられても仕方のない事なのかもしれないと、ユリアンは思った。
「そう、やらなくてはならないんだ。130億人の人質を解放するために、一人でも多くの人をあの人の魔手から解放するために、どうしても。」
ユリアンはうなずいた。ここでヤン一人が逃げてしまうようなことがあれば、ユリアンとしても養父をなじらずにいられなかっただろう。
「一方の人間を解放するために、もう一方の人間を殺す、か・・・・。」
ヤンがどのような思いを持っているか、ユリアンにはわからないが、その口ぶりから平然とは程遠い心境にあることは間違いなかった。
「でも、やらなくてはならない。私は多くの人を見捨てて自分だけ逃げられるような肝の太い人間じゃないからね。」
というヤンらしいコメントを残し、彼は立ち上がった。行動を起こすためではなく、ユリアンにホットミルクを飲ませるためだった。


* * * * *
 クククク、とシャロンは笑みを漏らし、ヴィジホンから手を放した。本来これは私設回線のみの対応物なのだが、魔力によって一時的にヤンとの間に通信を構築したのである。成功するとは思っていなかったが、相手は案外あっさりと陥落した。どのような思惑があろうと関係ない。要はヤン・ウェンリーが自分に協力をすることそれ自体が重要なのだ。
「ヤン・ウェンリーに全軍の半数を指揮させ、残る半数と130億人の手駒をもって私が帝国軍を文字通り消滅させる・・・。」
口元に微笑がうかぶ。シャロンは民衆を解放すると言ったが、あくまでもそれは「生き残った民衆」である。彼女は更なる手段をもって帝国軍を恐怖のどん底に叩き落す手段に使役するつもりだった。ヤンは先ほどの会話でああいったが、実のところシャロンはヤンに多くを期待しているわけではない。期待している「ふり」をしているだけである。

 ヤン・ウェンリーは帝国軍と戦い勝利を収めるだろう。あくまでも常識的な勝利を。
 シャロンにとってはそれは物足りないのだ。そんなものを求めるくらいならば最初から仕掛けなどしない。
「所詮ヤン・ウェンリーは帝国軍を皆殺しにしてしまうことはできない。弱った帝国軍に恐怖を味あわせ、その上で止めを刺し、ラインハルトとイルーナたちを塵に変えてやるのはこの私。」
だからこそシャロンはヤンに全軍を指揮させなかった。最後のとどめを刺すのは自分自身であると固く決めていたのである。
 自由惑星同盟をほぼ完全に掌握し、全ての準備完了に向けて時が進みつつある。いよいよなのだ。自らが前世から願ってやまなかった復讐の第一歩を踏み出す時が来たのである。
「もう、誰にも邪魔はさせない。もっとも、邪魔ができる人間など今の自由惑星同盟には存在しない。」

シャロンの肩が震えていた。それがこみ上げてくる自身の笑いを発散している所作に他ならなかった。

「フフフフ・・・アハハハハハハ!!!!!アハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
おかしくてたまらない笑いが、書斎を満たした。聞くものが聞けば狂気そのものの笑いで気が狂いそうになっただろう。
 
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