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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第八十話 イゼルローン要塞に向けて出立します。

ブラウンシュヴァイク公爵私邸――。

ベルンシュタイン中将はブラウンシュヴァイク公爵の居間の一つで邸の主と向かい合っていた。フレーゲル男爵からの不興は、ついにベルンシュタイン中将をしてブラウンシュヴァイク公爵の身辺から離れることを決断せしめたのであった。
「では、どうしても卿は離れると申すか。」
「フレーゲル男爵閣下の御不興を買った以上、公爵様の側にいることはかないますまい。」
「まったく、あれは短慮にて困る。卿の才を未だ評価できぬのはわが甥ながら恥ずかしい事だ。」
苦々しい顔つきでブラウンシュヴァイク公爵はそう言った。
「あれには儂からきつく申しておくがゆえに、考えなおしてはくれぬか。今卿に離反されれば、何かと困る。それに・・・・。」
一転、ブラウンシュヴァイク公爵は口の端をあげた。
「卿の家族の面倒はどうなるかな?」
「お言葉ですが、公爵閣下。」
言外に込められたブラウンシュヴァイク公爵の脅しにもベルンシュタイン中将は顔色一つ変えない。
「此度の私の離反は御家の為でもあるのです。」
「なに?それはどういうことか?」
ブラウンシュヴァイク公爵がソファーに座り直し、身を乗り出した。だがベルンシュタイン中将はすぐには結論を言い出さず、逆に話題を変えてきた。
「先日ベーネミュンデ侯爵夫人の一派がローエングラム伯の手によって処刑された由、どう思われますか?」
「あれはあの女が勝手に行い、その罰を受けたことだ。それに対してどうこう言う筋合いはあるまい。」
「私刑、とは言いすぎでありましょうか。あのローエングラム伯は近年勢いを増しておりますが、このままでは第二のリッテンハイム侯とならないこともありますまい。」
「それは考えすぎであろう。リッテンハイム侯は名門貴族であり数百年続く名家である。あの金髪の孺子とはそもそも格が違うのだ。」
「世間ではそうは思いますまい。いえ、なまじそういった格式がない分平民にとみに人気であり、帝室の方々の中には警戒心を抱くお方も少なくないとか。それに、あのローエングラム伯の背後についている将帥らはなかなか侮りがたいという評判。現に――。」
ベルンシュタイン中将の額にかすかに影が差した。
「あのリッテンハイム侯爵星系での会戦では伯の麾下の一人の小娘にまんまとしてやられたではありませんか。」
「あれはフレーゲルめの独断で起こった結果だ。」
ブラウンシュヴァイク公爵はそう言ったが、苦々しさがあらたに表情に加わった。そう言ったとはいえ、不快さを感じているということだ。毒を含んだベルンシュタイン中将の言葉はブラウンシュヴァイク公爵に徐々に浸透していく。本人が自覚しなくともいずれはその毒によって思考を左右されてしまうものだ。
「第二のリッテンハイム侯が誕生してからでは遅いのです。」
ベルンシュタイン中将の度重なる言葉に、
「ではどうすればよいというのか?」
ブラウンシュヴァイク公爵が半ば不機嫌そうに半ば意外そうに尋ねる。

意外――。その言葉はまさに今の状況下のベルンシュタイン中将に当てはまることであった。

ベルンシュタイン中将の今までの印象は、ただ黙って叱責を耐え、無口ですらあり、自分の考えを積極的に言う事がない、というものである。それがここにきて自らの考えを積極的に述べ始めたばかりか、こちらの威圧をものともしなくなった。公爵は少し不気味さすら感じていた。
「リッテンハイム侯同様の処置を致すべきでしょう。」
リッテンハイム侯のことはブラウンシュヴァイク公の棘となって未だ心に残っていることをベルンシュタイン中将は知らない。知らないがゆえにリッテンハイム侯を「ダシ」にして話し続けている。
「私が危惧しておりますのは、公、あなたの勢力をあのローエングラム伯が乗っ取ってしまうことです。そこで、未だ芽であるうちにこれを摘み取ってしまうにしかるべきであると考えます。」
もう、自らの考えを封じ、本心を韜晦し続けるのはやめにしたのである。これまでそうしてきた結果はベルンシュタイン中将にとって芳しくないものであった。あのリッテンハイム星系会戦においてフィオーナ艦隊を囮にすべく作戦をフレーゲル男爵に打ち明けた際にも、自分は表立って姿を現そうとしなかった。作戦は失敗に終わったが、あれはあのようなやり方でしかできなかったための結果だと思っている。仮に自分が表立って作戦を主導していればフィオーナ艦隊を確実に葬り去っていたとひそかに自負している。

ラインハルト一派を今度こそ滅ぼしつくす。

ベルンシュタイン中将はそう決意を新たにに次なる作戦に取り掛かっていたのだった。
「ベルンシュタイン中将、卿は何を考えているのだ?」
公爵はそう言ったが「卿の行きつくところはいったいどこにあるのだ?」と聞いている風でもあった。
ベルンシュタイン中将は左右を見まわし「失礼をお許しください。」と断ったのち、ブラウンシュヴァイク公爵の耳に口を寄せて話し始めた。失礼極まりない態度であるが、その話の内容を聞くブラウンシュヴァイク公爵の顔には驚愕の色がうかび始めていた。


* * * * *
イゼルローン要塞に向けてフィオーナ以下の増援派遣が決まったことは既に述べた。 

 それに先立って、フィオーナはティアナと共に、フロイライン・マリーンドルフに初めて対面することとなった。既にイルーナ・フォン・ヴァンクラフトは参謀総長として彼女との対談を済ませていたが、その「教官」からフロイライン・マリーンドルフに一度会ってみるようにと話があったのだ。
「出立まで時間がなくて慌ただしいことは承知しているわ。けれど、この話合いはあなたたちにとっては不利益なものではないはずよ。」
と、二人の元教官はそう言ったのである。
 この話を受けた時、二人はやや唐突ではないかと思った。そう思った要因の一つには先日の事件が尾を引いていたからかもしれない。
 あのベーネミュンデ侯爵夫人一派の処刑は二人に衝撃をもたらしていた。二人に何の相談もなく、あっという間の処断である。正しくはベーネミュンデ侯爵夫人の行動を教官たちが阻止したという事であるのだが、なぜそのことを教えてくれなかったのか。二人はその思いを二人きりの時だけには口に出せずにはいられなかった。
特にフィオーナはそれを聞いてみたい気持ちを抑えきれなかった。前世から教官は自分に対して壁を作ることなく接してきていたからである。それがここにきて突然の相談なしの行動だった。二人の間に、にわかに壁がせりあがってきたようで、もどかしい気持ちを持ったことは事実である。
結局のところ、彼女たちはそれについて教官に尋ねることはどうこうなかった。自分たちに話してくれなかったということはそれなりの考えがあってことだと思っていたし、話してくれていたところでどうすることもできなかっただろう。
だが、フィオーナにとって更なる驚きだったのは、この話を受けて二人きりになった時の親友の言葉だった。
「私はいかない方がいいかもしれないわ。」
ティアナはそう言ったのである。
「どうして?」
いつにない親友の発言にフィオーナはおどろいた。
「だって、私はこの通りの性分だし、思ったことを正直に話すタイプだもの。その、ヒルダさんって、ちょっと繊細そうだし。」
「そんなことはないわよ。聡明な人だもの。それにこの時代において貴族令嬢ではなく秘書官としてラインハルトの下に就いていた人なのよ。並大抵の胆力じゃ務まらないわ。」
「そうね~・・・・。」
親友はそれ以上言わずに黙ってしまったが、フィオーナはティアナの態度に何か引っかかるものを覚えていた。
 車を回してくるわね、とティアナは言い、フィオーナの部屋を出ていった。半ばプライベートのため、ティアナは日ごろ運転しているラウディ7000を久々に自宅から引っ張り出して乗ることにしたのである。
 扉を閉めたティアナは、隣の壁にもたれかかってと息を吐いた。たまたま廊下を通りかかっていたヴァリエ・ル・シャリエ・フォン・エルマーシュ予備役中将がそれを聞きとがめた。胸元に書類を抱えている。彼女の私設艦隊が近い将来に正式にローエングラム元帥府の麾下に配属となることが決まったため、フィオーナに決済をもらうべく、書類を持参していたのである。
「どうかしたの?」
「ううん、何でもないわ。」
「ウソを言わない方がいいわ。あなたらしくないため息交じりの声だもの。」
ティアナはあたりを見まわした。近くに面接などに使うブースがあったので、ヴァリエを誘って席に着かせた。このブースの周りには遮音力場があって、近づくものをシャットダウンできる仕組みになっている。
「フロイライン・マリーンドルフの事なのよ。」
単刀直入にティアナは言った。
「どういうわけか、私はあの人に会うのに躊躇しているの。」
「理由は?」
ヴァリエが目を細めた。
「わからない・・・・。けれど、なんというか、私たちがあの人に会うと余計な軋轢を生むんじゃないかって思ってしまうわけよ。しいて言えばそうね・・・・・原作じゃ女性はあまり出てこなかったでしょ?ところが今のこの現世じゃ女性士官は当たり前、将官だってバカスカバカスカ出てきているじゃない。」
「つまり、フロイライン・マリーンドルフが私たちに嫉妬するかもしれない、とあなたは言いたいわけ?」
ヴァリエは鋭い目でティアナを正面から見た。
「逆かもしれないし。」
僚友の視線から自分の眼を外しながらティアナは言う。
「あなたが嫉妬するなら、とてもわかりやすいわ。単純だし。」
ヴァリエは軽く笑った。
「何よ、失礼ね!」
「はいはい。いずれにしてもティアナ。よくフィオーナを補佐してあげて。主席聖将・・・ではないわね、イルーナ・フォン・ヴァンクラフト上級大将がどう考えていらっしゃるかはわからないけれど、少なくとも軋轢を生ませようとしているわけではないと思うわ。この時期にそんな行為はマイナスでしかないもの。SNSでやり取りしているネッ友と初めて会うくらいの気持ちで考えたら?」
その後、ティアナはロイエンタール大将にあった。彼はこれから元帥府に出府するところであった。
「ほう。珍しいな、こんな昼下がりから外出か?」
「うん、ちょっとフィオと二人でフロイライン・マリーンドルフに会うことになっているの。」
「フロイライン・マリーンドルフにか?」
ロイエンタールの眼が少し動いたような気がしたのは、気のせいだったろうか。
「女同士午後のお茶でも楽しもうということか、たまにはいいのではないか。」
原作で帝国随一の漁色家として鳴らした男はかすかに鼻を鳴らして、
「お前にはそう言った優雅で洗練された会話というものが時には必要だ。」
「失礼しちゃうわね。」
ティアナはそう言ったが、別に怒りなどしなかった。ロイエンタールと交流することになってかれこれ数年たち、彼の言動などはすっかり理解した気になっていたからだ。
「あなたは何かフロイライン・マリーンドルフについて、聞いてる?」
ティアナの問いかけにロイエンタールは首を振った。
「フロイライン・マリーンドルフの御父君については聞いている。実直な人柄だが、先年のリッテンハイム侯爵反乱の際には事前に縁戚であるカストロプの説得に向かったほどの胆力は持っている。娘の方はあまり評判は聞かんな。社交界にもこれといって出ていった形跡はない。聞くところによるとあまり貴族令嬢らしい趣味は持たず、野山を駆け巡って自然と接するのが好きだとのことだ。が、このような情報はあまり有益にはならんか。」
ロイエンタールは苦笑いして首を振った。
「ううん、参考になったわ。ありがとう。」
ティアナの言葉に顔を上げたロイエンタールは今度は真剣な顔で、
「あまり、肩ひじを張るなよ。最初からそうでは、たとえお前に対して悪意がない相手だとしても、不穏なものを持たずにはいられないだろうからな。気を付けろ。」
うん、とティアナはうなずいた。まだ奥歯にものの引っかかったようなうなずき方であったが、少なくともヒルダに会う決心はついたようだとロイエンタールは思った。



 そのフロイライン・マリーンドルフとフィオーナ、ティアナが会うことになったのは、オーディン市内にあるホテル・エルミタージュの1Fロビーだった。
 フィオーナとティアナは駐車場に車を止め、ホテルのロビーに入った。昼下がりであったが、午後のお茶を楽しもうという人々で込み合っている。が、ロビー自体が広いのと、ここが上流のホテルのため、ほとんどストレスが感じないくらい静かだった。一面に分厚いじゅうたんが敷かれてあるのも、一役買っているのかもしれない。ロビー席の中央にはグランドピアノが置かれていた。
「これだけ広いと、探すのが大変ね。」
ティアナが言った。
「大丈夫よ。席は決まっているわ。ほら、あそこの窓際ね。」
フィオーナが示した先には外のテラス窓から温かい午後の陽光を受けている一角があり、ふかふかのソファが据え付けられてあった。そのソファに、こちらに横顔を向けて座っている一人の女性がいた。遠目からでも中性的ながら美しい顔立ちだということは一目でわかる。服装はスカーフを除けば男装と変わりなかったが、それでもその容貌は際立っていた。


 フロイライン・マリーンドルフは華奢な手を組み、じっと午後の陽ざしを受け風に揺れるテラスの草花を見ていた。
(フロイレイン・フィオーナ大将とフロイレイン・ティアナ中将。いったいどんな方なのかしら。この前お会いしたフロイレイン・イルーナ上級大将の後輩だというけれど。)
 ヒルダはその時の会見の様子を思い起こしていた。

* * * * *
「あなたは聡明で落ち着きのある方だわね、フロイライン・マリーンドルフ。」
イルーナ・フォン・ヴァンクラフト上級大将はそう評した。両者は2時間にわたり、最近の動向、政治経済、軍事に至るまで様々な話題を提供しあい、論評しあった。当初イルーナは敬語だったが、ほどなくしてその垣根を取り去ってしまうほど二人は率直に話すことができたのである。もっともヒルダの方は自分よりも年長の女性に対して話すので敬語のスタンスは変えなかったが。
「けれど、一つだけ注意しておくわ。あなたの率直な物言いは賞賛に値するけれど、才気がにじみ出すぎないように用心しなさい。」
「・・・・・・?」
ヒルダは形の良い眉をわずかに動かした。
「あなたの才幹と器量を高く評価する人の下ではあなたは持てる翼をすべて広げて飛翔できるでしょう。けれど、残念ながらすべての人がそうではないわ。嫉妬、羨望・・・そういった眼差しに耐える自信がなければ、あなたも自らの翼を隠そうとする努力は必要になる、という事よ。」
「お言葉ですがヴァンクラフト上級大将閣下、私はラインハルト・フォン・ローエングラム公の秘書官であり、あの方の下ではそのような心配をする必要はないと思います。」
後に、原作では皇后としてラインハルトを支え、また、それ以前にも秘書官として政戦両面で支えたヒルダもこの時はまだ若かった。自身の才幹と器量を試したいという思いでいっぱいだったのである。
「そう・・・・。」
イルーナは一瞬やや愁いを帯びた顔になったが、不意に立ち上がった。顔には元の穏やかな表情が戻っている。
「今日はあなたとお会いできてとても有意義だったわ。これからもローエングラム公のことを、よろしくお願いするわね。」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
ヒルダは一礼し、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトもまた頭を下げ、両者はわかれたのだった。

* * * * *
ふと視線をロビーに移したヒルダの視界にこちらに歩みよってくる二人の人間の姿が写った。
「失礼します。」
正面に佇んだフィオーナが礼儀正しくお辞儀をした。午後の陽光に一瞬銀の刺繍がきらめく。帝国軍の女性士官の制服は約2年前から新様式に女性らしくアレンジされてローエングラム王朝にあるような綺麗な銀の刺繍が施された上衣とスカートになっている。
「少し遅くなってしまって・・・申しわけありません。」
「いいえ、エリーセル様、ローメルド様、私もつい先ほどついたばかりですわ。」
ヒルダは立ち上がって頭を下げた。ほどなくしてソファーに座った3人の前にウェイトレスが現れて注文を聞きに来た。
「ここの紅茶とケーキは絶品ですのよ。」
心持ヒルダが顔をほころばせてそう言った。そういえばこのホテルを指定したのもヒルダだったから、彼女は時たまここにきてお茶をたしなんでいるのかもしれない。そういうところは年相応の女の子なのだなと、フィオーナは少しヒルダに親近感を覚えていた。
「飲み物はアールグレイ、ミルクもレモンもなしでシフォンケーキのセットお願いします。」
「私はチーズケーキ、飲み物はブラックコーヒーでお願いするわ。」
「私はダージリン、レモンを乗せたものを。ケーキはラズベリーパイを。」
と、三者三様の注文が終わり、ウェイトレスが引き下がったところで、グランドピアノが鳴りだした。いつの間にか演奏者が座ってピアノを弾き始めている。
「時たまああやって短い穏やかな曲を演奏してくださるのです。お客様の邪魔をせぬように時々ですが、それがまた良いと聞きに来る方々が多いのですわ。あいにくと演奏は不定期でして私でも滅多に聞くことはかなわないのです。」
ヒルダが説明した。
「あなたはピアノを弾いたりはするの?」
ティアナが尋ねた。
「いいえ、私はそう言ったことに興味がなくて・・・父にもよく言われましたけれど。」
「野山を駆け巡って馬に乗って、か。あなたは自然と共に歩いてきたのね。羨ましいわ。私も機械いじりは好きだけれど、いつもいつも周りは金属ばかり。たまには野山にでて思いっきりリフレッシュしたい気分になるもの。」
「森林浴なんか素敵よね。」
フィオーナも声を合わせる。
「でしたらお二人ともマリーンドルフの領地に遊びにいらっしゃいませんか?あそこにはうってつけの森林がありますし、今の時分はとても気候が穏やかで良い風が吹くのです。」
その時、ウェイトレスが3人分のケーキと飲み物を持ってきたので、話はいったん中断した。そして、
「これ、とても美味しいわ!」
「ええ!私も帝都で5指に入る美味しさだと思っているのですわ。」
「今度三人でスイーツ巡りしない?」
等という女子会さながらの会話が続いたのだった。その意味ではイルーナが企画したこの会談は成功だったと言えるだろう。
 いささか杞憂だったかしらね。ちらっとそんな思いを脳裏にめぐらしながらティアナは美味しいケーキと楽しい会話へと思考を没頭させた。


* * * * *
イゼルローン方面に大部隊を増援したことについて、イルーナ・フォン・ヴァンクラフト上級大将はいささかの迷いも抱いていなかった。これについてはさすがのアレーナでさえもイルーナに質問したことがある。
「イゼルローン方面に帝国の双璧、そしてあなたの教え子の双璧を送り込んでいいの?ちょっと戦力が過剰じゃない?もしもフェザーン回廊から同盟が大挙して押し込んで来たらどうするの?」
この問いかけに対して、
「あなたの情報網によれば敵の一翼にヤン・ウェンリーがいる。同盟軍数個艦隊ならばこれほどの規模の派遣はしないけれど、ヤン・ウェンリー一人に対しては私は最大限の手当てを行ってしかるべきだと思うわ。一方で、フェザーン回廊から自由惑星同盟が攻め込んでくるのなら、ラインハルト、若しくは私が迎撃の指揮を執る予定よ。その際には同盟を完膚なきまでに殲滅することになるわね。イゼルローン方面に関しては敵の攻勢を支えるだけでいいわ。だからこそフィオーナを派遣したの。負けない戦いをすることにかけてはあの子以上の手腕を発揮できる将官はそうはいないわ。彼女の婚約者を除いては。」
「え!?」
「ごめんなさい。何でもないわ。」
笑いに紛らわしながらイルーナが優雅に手を振った。
もっとも、とイルーナは後に保留の言葉を付け加えることは忘れなかった。
「向こうにはシャロンがいる。彼女の事だからアムリッツアの愚行はおかさないでしょう。既に自由惑星同盟の帝国遠征派はシャロンによって抹殺されたようだし、今後もそのような人物が出てくれば彼女の手はまた血で染まることになるわ。私が彼女であれば・・・・むしろ自由惑星同盟領内に引き込んで徹底的な縦深陣形を敷いての殲滅戦を展開するわね。」
自由惑星同盟は個々の艦艇の能力はともかく、艦隊総数においては帝国軍よりも戦力は劣る。その自由惑星同盟がなりふり構わず勝利をつかむとすれば帝国軍を自領深くに誘い込んでの各個撃破をする方策しかないとイルーナは思っていた。このことについては帝国領内侵攻の可能性と同程度の可能性があるとしてラインハルトらと何度も協議を重ねてきている。なりふり構わず、と言ったのはこの迎撃作戦自体が帝国領に近いエル・ファシルなどの主要惑星を放棄することに等しいものであり、仮にも民主主義国家である自由惑星同盟がそのような策を取るとは思えないという意見もあった。
だが、イルーナは自由惑星同盟がこの作戦を取ることをほとんど確信をもって信じていた。なぜなら、向こうにはシャロンがいるからである。並の人間ならともかくとして、シャロンは自由惑星同盟全土の民衆の命や財産など一顧だにしない。それを大義名分の外枠で華麗に装飾してしまうのが前世からのシャロンの得意技であることは嫌というほど知っていた。
「アムリッツアの時と正反対というわけね。」
元帥府のイルーナの自室でアレーナは肩をすくめた。
「これまでのところ同盟には十六個艦隊が創設されて、今度はヤン・ウェンリーの第十七艦隊ができるそうじゃないの。半個艦隊だっていう話だけれど、それだって一個艦隊への昇格は間違いないわ。そしてその昇格の材料となるのが例によってイゼルローン要塞になるというわけみたいね。あのヤン・ウェンリー相手にあなたの教え子たちがどこまでやれるか見ものだわね~。」
これについてはイルーナは可もなく不可もなしという態度を取った。何しろヤン・ウェンリーと対峙することになるのは今度が初めての経験だからだ。今までは同じ戦場に立ったとしても直接相対をしたということはない。それでさえ、ヴァンフリート星域会戦などではヤンの手腕がいかんなく発揮されてビリデルリング元帥が戦死する憂き目を見ている。片時も油断はならないのだ。
「私の教え子たちの気質の中で私が自慢できるものがあるとすれば――。」
前世の主席聖将は前世の公国侯爵夫人兼将軍を正面から見た。
「それは戦略・戦術の類でも艦隊指揮の手腕などでもないわ。何物にも屈することのない不退転の意志、そして互いを思いやる深い絆よ。これに関しては私はあの二人はヤン艦隊よりもはるかに強いものを持っていると思っているわ。互いの為なら命を懸けて守り抜く。その意志が剣となってヤン艦隊に向いたとき、彼らが無事でいられるかしら。」
「なるほどね。」
アレーナは面白そうにイルーナを見た。
「わかったわ。あの二人を信じるあなたを信じることにする。・・・な~んてことはとっくの昔からやってきていることだけれどね。ま、何かあったら私も向こうに飛ぶし、いつでも使ってくれていいわよ。」
厚意は深く感謝するけれど、あなたには帝都や帝国領における様々な改革や謀略の任務があるでしょう、とイルーナは笑いながら言った。そう言いながらも今のはアレーナなりの二人、そして自分への気遣いだったのだな、と心の隅でそれを素直に感謝することにしたのだった。

 
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