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蒼き夢の果てに

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第7章 聖戦
  第161話 魔将ダンダリオン

 
前書き
 第161話を更新します。

 次回更新は、
 2月22日。『蒼き夢の果てに』第162話。
 タイトルは 『バトル・オブ・ガリア』です。
 

 
 ガリア的……と言うか、地球世界のフランス的な豪勢な食事。ガリア王家主催のパーティに参加させられると、トリステインの魔法学院で行われた各種のパーティがほんのお遊びに等しい物だったと考えさせられるのは間違いない。
 そう、給仕たちが忙しく動き回る毎に次から次へと並び立てられて行く豪勢な料理。
 杯が空になる間を惜しむかのように、並々と注がれて行くガリア産のワイン。
 テーブルの上にはこの場に集められた人々が実は人類のカテゴリーに納まる存在などではなく、大食漢の巨人(ガルガンチュア)たちなのではないのか、……と思わせるほどの大量の山海の珍味が唸る。
 もっとも、これがあっと言う間に消費されて行くのだから、タバサの属するガリアの王家や貴族たちが如何に――

 そう考え掛けて、しかし直ぐに、これがハルケギニアだけの特殊な事例とは言い切れない事に気付く俺。

 そう言えば地球世界でガリアに対応するフランスを支配したルイ十四世は、確か健啖家としても有名でしたか。おそらくその辺りが影響して、このハルケギニア世界のフランスに相当する国の王家……タバサを始めとしたガリア王家の人間が異常な大食漢として存在している。
 そう言う事なのかも知れないな。
 この世界にやって来てから感じる歪なパロディ化。妙に地球世界の歴史や事象のカリカチュア化された部分を感じる事が多いのだが……。この辺りもクトゥルフの邪神(這い寄る混沌)が動いている影響なのだろうか。

 何にしても、地球世界で一番の美食の国日本から訪れた仙人……当初は見習いだった俺。その俺が日本風の調味料や料理の方法を伝えた事により、このハルケギニア世界で一番の飽食の都となってしまったリュティス。
 王家として自慢出来る事ではないのかも知れないが、ハルケギニアの各王家の中ではダントツのエンゲル係数の高さと、取り込まれるカロリーの大きさだと思う。
 その王家に相応しい格式の晩さん会の後に引き続き行われる事となった舞踏会。本来の時代区分的に言うのならメヌエットさえ未だ王室主催の舞踏会に登場していない時代に、行き成り持ち込まれたワルツのリズムに支配された華やかな空間。

 照明に関しても、地球世界のブルボン朝がフランスを支配していた時代には考えられない眩し過ぎる明かり、蛍光灯の明かりが大広間を支配し――
 未だチェンバロが主流……と言うか、本当ならば未だ発明すらされていないはずのピアノの音色が周囲を流れ行く。

 尚、名目上で言うと、この晩さん会から舞踏会は俺を無事に異世界から救い出せた事を祝うパーティなのだが……。

 先ず食事に関してはと言うと、味は問題ないのだがその量に圧倒されて仕舞い……。
 更にワルツに関しては、そもそも俺自身、興味がない。確かに公式の記録で言うのなら、このガリアにワルツを広めたのは王太子ルイ……つまり俺と言う事になるのでしょうが、広めるのと、本人が好きで舞うのとは意味が違う。まして次から次へと現われては過去へと流されて行く貴族どもにも興味などなく、まして所詮は影武者に過ぎない俺には、後宮や寵姫、公妾(こうしょう)などとも現実には無縁。
 まぁ、中には娘を紹介して来る貴族なども存在していたのだが、其処はソレ。テキトーに一曲だけ踊った後にすっと身を躱せば角は立たない。

 そうやって、当たり障りのない時間を過ごし、ある程度、俺へ挨拶に訪れる貴族が居なくなる頃合いを見計らい……。



「はい、開いていますよ」

 オーク材製の重厚な作りの扉を二度、軽くノックした直後に返される聞き覚えのある声。
 現在、宴が行われている鏡の間を抜け、いくつかの部屋、回廊を通りぬけたその先。
 霊的な防御に優れたこのヴェルサルティル宮殿に於いても、その強弱に関して言うとかなり強力な結界を施してある部屋。本来ここは王妃の書斎として作られた部屋なのだが、現在、その主人と成るべき王妃が存在しない以上、こう言う集まりの際に使用される事が多くなった場所。

 このハルケギニア世界には結界術……情報の漏えいを防ぐ類の魔法はないのだが、何故か自らと感覚を共有する事を可能とする小動物系の使い魔を持つ事が可能な世界。故に事、諜報と言う部分から見ると敵が秘密として置きたい情報を結構、簡単に入手可能な世界と言えるかも知れない。
 そもそも屋根裏に潜むネズミが、自然に其の建物に棲むネズミなのか、それとも何処かの魔法使いが使役する使い魔なのかを見分ける術が系統魔法に存在しない以上、小動物系の使い魔を使った諜報活動を完全に防ぐ事は難しい。……と思う。
 普通に考えると重要な情報の漏えいを防ぐ意味から、何らかの形で結界術に近い魔法があったとしても不思議ではないのだが……。

 このハルケギニア世界の歪さ。もしかすると俺が知らないだけで、系統魔法の中にも俺の知っている結界術に類する魔法が存在するかも知れないのだが、どうにも歪な形……攻撃力偏重だけが目立つ魔法についてぼんやりと疑問を思い浮かべながらも、扉を開く俺。

 その先に存在していたのは――
 両開きの重い扉を開くと、部屋の奥には赤色系の派手な大理石製の暖炉。本来、このヴェルサルティル宮殿と言う建物は、夏はトコトン暑く、冬はメチャクチャ寒いと言う居住施設としては最悪の物件。更に昼なお暗い室内は猫並みの暗視能力がなければ本を読む事さえ出来ず、水の便も非常に悪いと言う、人間……と言うか、現代日本からやって来た俺に取っては絶対に住みたくないハルケギニアの住居ナンバーワンに輝く建物だったのだが。
 但し、科学の力と言う物は素晴らしい物で、現在、役に立たない……と言うか、見た目は豪華で一度や二度なら使ってみたくなるのだが、しかし、現実に使ってみるとその消費される(まき)の量に愕然とさせられた大理石の暖炉は開店休業状態。二十一世紀の科学技術に裏打ちされたエアコンと言う文明の利器が絶賛稼働中の室内。その春の陽気に設定された空気は、むき出しの……長い柱廊(ちゅうろう)を進み来る間に真冬の大気に凍えさせられた身体を優しく温めてくれる。
 部屋の中央にはクルミ材製の円卓……と言うか、俺の感覚から言うと馬鹿でかいちゃぶ台。その周りにはクッションと言うよりも、座布団と言った方が相応しい四角く、中に綿……このハルケギニア世界では非常に珍しいエルフ経由でもたらされた東方原産の綿が詰められた布製の代物が適当に並べられている。足元にはエルフの国から輸入されたソレと比べると未だデザインや品質に於いて劣るものの、それでもジョゼフの命により作られた工房にて織られたガリア産の絨毯が床を覆う。
 まぁ、トリステインのフランドル地方が旧教の連中に完全に制圧されて仕舞ったので、そちらの新教に属する職人たちをガリアに受け入れる事で、これから先のガリアの絨毯工房が発展して行く可能性は高いでしょう。

 ……地球世界と同じような歴史を辿るのなら。
 もっとも、あれはフランスの話などではなく、確かイギリスの話でしたが。
 但し、現在のアルビオンは旧教が完全に支配した、新教に取っては正に地獄と言っても良い国のはず。
 おそらく清教徒革命当時のアイルランドで起きた悲劇が、今のクロムウェル統治下のアルビオンでは起きているのでしょう。地球世界のカトリックとプロテスタントの立場を丁度入れ替えたような感じで。
 そう、木綿や織物に関してもこの世界ではアルビオンなどに渡す事はない。砂糖、お茶などと合わせて、その辺りの利権はすべてガリアで押さえる。
 ここから更に進めてハルケギニア世界の産業革命もガリア発で起こす事となる。
 問題は奴隷も、そして植民地も作らずに、それを成し遂げられるかどうかだけ。

 ただ……。

 ただ、そのような明るい未来に対して少し相応しくないのだが、心の中でのみ強く舌打ち。確かに、転生前の俺が何を考えてこんな複雑怪奇な方法。最初からハルケギニア世界での転生を望まず、他所の世界に転生。其処から召喚される事に因って、この世界に足を踏み入れる……などと言う事を為したのか、その理由は定かではない、のですが。
 そう考えてから少し方向転換。よくよく考えてみれば、仮説ぐらいならその理由を挙げられる事にその時、気付いたから。
 それは、俺のような存在の世界に与える影響が大き過ぎる事。確かに良い方向にだけ大きいのなら問題はないのだが、悪い方向にも大きい可能性が高い。故に、その辺りを嫌ったのが、この複雑怪奇な状況を作り出した原因ではないのか、……と考えられたから。

 出来るだけ短い時間に大きな事をさせ、そのままあっさりと退場させる。そうすれば、直接世界に与える影響は少なくて済むから。
 必要なのはクトゥルフの邪神の企てを阻止出来る人間であって、世界を一足飛びに進歩させる人間ではない。中世末から近世初頭の人間に、二十一世紀の技術や知識、思想などを教える必要はない、そう考えて居る連中が存在する可能性があるのでは……。

 ただ、その所為でティファニア……。前世の彼女と今世の彼女が同一人物なら、今のアルビオンの女王ティファニアはハーフエルフの少女。その彼女を奴ら……ロマリアと、その背後に居るクトゥルフの邪神どもの思惑通りに血まみれの女王に仕立て上げられて仕舞った可能性がある。
 おそらく、このままならば彼女は後世の歴史家からこう呼ばれる事となるでしょう。『ブラッディ・ティファニア』と。
 旧教の司祭であったクロムウェルが、地球世界のクロムウェルと同じような存在ならば、地球世界の彼が旧教相手にやった事を、この世界のアルビオンでも行う、もしくは既に行った可能性がある。
 その時、その弾圧の責任をクロムウェルが負うのではなく、アルビオンの名目上のトップ、ティファニアに擦り付ける可能性が高い……と思う。
 更に彼女の正体がハーフエルフならば、後に彼女の王位の正統性に対して疑問を投げかけ、その事を理由に処分して仕舞う事もそう難しい事ではない。

 少し……いや、かなり大きな陰気に沈み掛ける俺。
 ただ、何にしても今、そのような事を考えたとしても意味がない。行き止まりや、堂々巡りの思考に囚われる事の愚を感じ、無理矢理に明るい室内へと視線を転じる。
 其処には……。
 相変わらずの豪華過ぎる……と言うべき内装。壁や天井にまで細緻を極めた絵で覆うなど、日本人の俺の感覚からすると、どうにもゴテゴテし過ぎていて明らかに装飾過多と言う状態にしか思えない。一体全体、この部屋の何処が書斎の役に立つのかと首を傾げたくなる部屋。……なのだが。
 確かに王家の人間が暮らすのだから、ある程度のハッタリや見た目重視は必要だと思いますが……。

 そして、その部屋の中央。丁度、円卓の向こう側に――

「ようやく帰って来たのですか、この無能」

 さっさとこっちに来て座るのです。
 黒い少女が自らの足元を指差しながら、俺の事を睨み付けていた。
 身長はタバサと同じくらいだとすると、大体百四十センチ代半ば。小学校高学年女子と言う程度。蛍光灯に照らされた明るい室内に映える、腰まである長い黒髪……。真なる黒と言う意味で言うのなら、炎を思わせる崇拝される者ブリギッドよりも上。その長き黒絹を白いレースのヘッドドレスで纏める。
 七難隠すと言われて居るのも(むべ)なるかな、と思わせる肌の白さ。其処に、少し釣り目気味の大きめの瞳。
 幾層ものフリルやレースに飾られたゴシック・ロリータ風の衣装は漆黒。
 とても愛らしい、人形のような少女。黒き智慧の女神、……と言うには、少々見た目が幼すぎる帰来もあるのだが、それでも今生の俺の知識の多くが彼女から与えられた知識である事には間違いのない相手。

「何をぼんやりとしているのですか、このウスノロ」

 言われた事をさっさとしろ、なのです。
 相変わらずの命令口調……なのだが、何故だか今回は普段以上に勝気な瞳でそう言う彼女。ただ、見た目が明らかな少女のソレなので、その口調自体が妙に背伸びをしたような印象を与えるだけで、大して腹も立たない。
 ……と言うか、

「ダンダリオン、オマエ、無事やったのか」

 さっき、呼び掛けた時に返事をせんから、本気で心配しとったんやぞ。
 ソロモン七十二の魔将の一柱、俺の呼び掛けに答えてくれた個体は幼女風の智慧の女神姿のダンダリオン。ただ、古の魔導書に記載されている彼女の姿は数多の男女の顔を持つ悪魔で、常に右手に書物を持っている、……と記載されているので、その多くのペルソナの内、当時の俺の程度に相応しい個体が呼び出されたと考える方が妥当だと思う。
 職能はあらゆる学芸を教授する事。秘密の会合の内容を明らかにする事など。
 尚、俺の周囲に居る少女の例に漏れる事がなく、彼女も現界している間はずっと本を読んでいる少女でも有りましたか。

 彼女の能力から考えると、俺の元に居るよりもイザベラ……現在、星神のオリアスやデカラビアを式神として従えているイザベラの元に居る方が彼女の職能を活かし易いと考えて、リュティスに置いて出掛けたのが運の尽き。ルルド村の事件の際に異界に送り込まれて仕舞い、……結果、野球の試合は未だしもアラハバキ召喚事件は流石にヤバ過ぎたと思う。
 過ぎ去った過去に、たら、れば、……は意味がない。しかし、もし、あの現場にダンダリオンが居れば、状況はもっと安全な形で推移したのではないか、とも思うのだが。

 そう考えながら室内に入り、二歩、三歩と俺が進む内に何故か不機嫌な状態から改善されるダンダリオン。
 そして、

()()()()なのです。
 あの程度の相手に苦戦するような人間にシノブを育てた覚えはないのです」

 口調及び、その内容はアレ……俺はオマエに育てられた覚えはないぞ、と言うツッコミ待ちのような内容なのだが、何故だかその中に妙な高揚と言う物を感じさせる彼女。
 まぁ、確かに十代前半の三年間を共に過ごして来た相手。まして、彼女の方は神霊であるが故に、外見に関しては最初に契約を交わした際から一切、変わっては居ませんが、俺の方に関しては今現在も大きく変わっている最中。
 もしかすると彼女自身が本当に俺……武神忍と言う偽名を名乗る少年を一人前の術者として育てている心算なのかも知れませんが……。

 ……などと呑気に考えながら、そのダンダリオン、そして彼女の隣に座るイザベラ、妖精女王ティターニア(弓月桜)の対面側に腰を下ろす俺。毛足の長い絨毯は柔らかく、大理石の床に直に敷かれているとは思えないほど暖かかった。
 その俺の右側にタバサが、左側に湖の乙女(長門有希)が腰を下ろす。
 そして、何故だか非常に不機嫌な気配を発しながら最後に部屋に入って来た崇拝される者(相馬さつき)は、一瞬、視線を彷徨わせた後に、仕方なくと言う雰囲気を発しながら円卓のタバサの隣を自らの居場所と定めた。
 しかし……。

「シノブ、オマエはまた私の話を聞いていなかったのですか?」

 私はここに来て座れ、と言ったのです。聞こえて居るのなら、さっさとこっちに来やがれ、なのです。
 しかし、先ほどの会話は既に終わった物と早合点した俺に対して、そう言って来るダンダリオン。
 相変わらずの不機嫌そうな口調のままで――

 成るほど、先ほどの言葉は自分が不機嫌だぞ、……と言う自己主張だけではなく、本気でそう考えて居たと言う事ですか。
 ただそれだと――

「おいおい、ダンダリオン。その配置だと姉上(イザベラ)の話を聞くのに多少の不都合が生じると思うのですが」

 そもそも俺がここに呼ばれたのはイザベラから話があると言われたから。おそらく、俺が居なく成ってからの世界の流れについての説明が為されるのだと思う。
 確かに円卓と言うのは基本的に立場に関係なく活発に議論を行う為に使用される事が多いのだが、それにしても主に発言をする役割のイザベラの左横顔を見つめながらでは流石に問題がある。
 特にイザベラは本心を隠す事が多い相手。こう言う相手はちゃんとその人物の発する気配を掴んで交渉して置かないと、こちらの意図と違う結論に辿り着く可能性が高い。

 そう、俺の誤算はルルド村の事件に送り込まれた事。確かに一度、地球世界……長門有希が暮らす世界に流される事となるのは今まで経験して来た前世でもお約束のような物。この部分に関して言うのなら、そう成る事を事前に予期していなかった俺に防ぐ術はなかったと思う。
 俺の記憶が確かならば、前世でもルルド村の吸血鬼事件の後に長門有希が暮らす世界に流されたのは事実。但し、あの時はルルド村の事件が解決して、その事後処理を行っていた最中。湖の乙女が俺を朝、起こしに来た際。今回の人生で言うと「わたしの事を嫌いにならないで欲しい」……と彼女が言った朝と同じシチュエーションの時に起きた異常事態だった。
 しかし、その事によってガリアに内乱が起きているのもまた事実。
 確かに起きて仕舞った歴史に対して……たら、……れば、は意味がない。意味がないのだが、もし、あのウィンの月(十二月)に俺がイザベラの発していたはずの違和感に気付いていれば、……ラ・ロシェールで出会った暑苦しい(ボディービルダー風の)傭兵隊長ラウルの言葉。「ガリアでは辺境。北の方の領主がきな臭い動きをしている」この言葉の内容をもっと深く考えて居れば、今回の反乱騒ぎは未然に防ぐ事も出来たのではないか、そう考えられるのだが。

 しかし、俺の言葉など端から聞く心算のない彼女。本当に話を聞く心算があるのなら、何処で聞こうが問題はないはず、なのです。
 ……と至極真っ当な台詞を口にするダンダリオン。ただ、その真っ当な台詞に続けて、

「そもそも私は、シノブに口答えをする自由を許した覚えなどないのです」

 本当に少し自由にさせ過ぎたのです。矢張りシノブのようなダメ人間は私のようなちゃんとした人間が常に傍にいて見張っていないと、ロクな事にはならないのです。
 もしも~し、俺の基本的人権が完全に蔑ろ(ないがしろ)にされていますよ、ダンダリオンさん。そう言うツッコミを入れようか少し悩む台詞を口にする彼女。

 確かに、普段の俺には少々だらしない処があるのは認めますが……。
 例えば、自らのケツに火が着かない限り動き出そうとしない処とか。特に日常生活に於いてはそう言う例が幾らでもあるから。そう考えながら、それでも俺が何故、ハルヒの相手が真面に出来たのか。その理由がこの瞬間に分かったような気がする。今までは前世の色々な記憶を持つが故に、俺自身が見た目よりも精神年齢が高く、ハルヒのような人付き合いが苦手で、異性とどう付き合って行けば良いのか……距離感を掴みかねている少女が何を言おうと気にならないだけ、そう考えていたのだけど、どうやら俺はハルヒと出逢う以前にちゃんと躾けられていたらしい、と言う事が分かった。
 もっとも、ソレももしかすると精神的に成長した、と言える状態なのかも知れませんが。

「それぐらいで許してやったらどうだい、ダンダリオン」

 確かに、何処かに出掛ける度に周りを囲む女の子の数が増えているのは事実だけどね。
 先ず、自らの左隣に座る聖スリーズ様を見つめ、その後、俺の両脇に腰を下ろす無表情の少女二人、最後に何故か非常に不機嫌そうな炎の少女を順番にその蒼い瞳に映してから、嘆息混じりにそう言うイザベラ。ただ、彼女自身は助け舟を出してくれた心算なのでしょうが……。
 しかし、多分、俺たちの関係を勘違いしているでしょう、彼女……らは。
 そう考えた瞬間、何故か聖スリーズこと精霊女王ティターニアと視線が合う。その時、彼女は小さく首を横に振った後、微かに彼女に相応しい、……地球世界の弓月桜に良く似た笑みを見せてくれた。

 ……こう言う、何と言うか、目と目で通じ合っているような部分が、ダンダリオンは未だしもイザベラに邪推をさせる原因となっているのでしょうが……。
 ただ――
 ただ、少なくとも俺と彼女ら。タバサや、このハルケギニアに召喚されてから契約を交わした精霊王たちとの関係は……あぁ、いぇいな関係ではない。今の処は。
 大体、そうなる前に人生自体が終わって仕舞う可能性が大なのですから。

 それに……と、短く区切った後、

「ダンダリオンが居なければ、親父の暗殺未遂や今回のヴェルフォールの策謀を完全に防ぐ事は難しかったはずだから……」

 流石にダメ人間は言い過ぎじゃないかね。……と言ってくれるイザベラ。
 ただ、成るほど。ジョゼフ王の暗殺未遂ね。確かに今のガリアは王一人に権力が集中し過ぎているのは間違いない。少なくとも議会は存在しない。有力貴族も居るには居るが、彼らも王の親政に口を挟む事はない。
 それに、邪魔に成りそうな王太子()の姿も見えない。ならば、ジョゼフ王を暗殺して仕舞えばガリアは終わり、そう考えたとしても不思議でもない……か。

 何時までもダンダリオンの相手をしている訳にも行かないか。どう考えても、イザベラの話は長い話に成りそうだから。
 自らが地球世界で経験して来た事も説明するとかなり長い話になるのは確実なのだが、おそらくソレ以上に長い話となるのは確実なイザベラの話。

 ならば、その前に……。

「……それで、姉上。件のヴェルフォール卿は?」

 一応、ハルケギニアに戻って来た途端に対峙した相手だけに最初に聞いて置くべきですか。そう考え、ハルケギニアに戻って来てからずっと被り続けているガリアの王太子ルイの仮面のままで問い掛ける俺。
 もっとも、流石にこの部屋。ヴェルサルティル宮殿の最奥に当たるこの辺りまで踏み込んで来る貴族など存在しないし、更に魔法を使用した諜報や、科学的な諜報さえも不可能。……とまでは言わないが、俺の科学的な知識で知っているレベルの諜報ならば、絶対に盗み聞きなど出来ないレベルの魔術的な防衛は施してある。

 故に、苦手なキャラを演じる必要など本来はないのだが……。

「あのカブ頭かい?」

 妙に自信満々で偉そうな態度だったから招き入れてみたけど、蓋を開けて見れば独創性の欠片も感じさせない愚物に過ぎなかったね。
 かなり冷たい口調でそう言うイザベラ。当然、その愚物の相手をさせられた。それも、奴にとっての見せ場をわざわざ作ってやらなければならなかった俺の徒労感と言う物に対する褒賞は一切感じさせる事もなし。
 もっとも、その辺りは仕方がないか。流石に危険だと分かっている相手。例えばゲルマニアの暗黒の皇太子ヴィルヘルムや、自らの事を名づけざられし者だと言うあの特徴のない東洋人の青年は、流石に危険過ぎて此方の本拠地の最深部にまで招き寄せる訳には行かない。

 それに――

 それに、確かに奴に憑依()りついたのは悪霊の中でも地球世界のヨーロッパでカブ頭と評される炎系の悪霊だったのだが、イザベラの言うカブ頭はまた別の意味だと思う。
 そう、例え部屋の中であろうと、王の前であろうとも脱ぐ事のなかった魔法使いの帽子の意味は、トリステイン魔法学院のコルベール先生と同じだったと言う事。

 ……ただ、おそらくあの無残な状況は、カブと言うよりは玉ねぎの呪いか何かだとは思うのですが。
 見事なまでに後退した額に――

 もっとも、カブだろうが、玉ねぎだろうが、野菜の星からやって来た王子様的なその辺りは然して重要な部分ではない。重要なのは奴の後ろ側。
 そう考え掛けて、一瞬、俺の術式により縛り上げられ、大理石の床に転がされた奴の蛍光灯の光を反射するナチュラルな剃り込みと、僅かに残された後頭部を思い出し――
 ――ヤバい!
 いや、別に頭髪の後ろ側の事を言っている訳ではなく、下っ端に過ぎない神に選ばれた英雄殿の後ろ。どう考えても彼奴は鉄砲玉扱いだったので、それほど重要な情報を持っているとも思えないが、それでも生きて捕らえる事の出来た敵と言うのは重要だと思う。

 しかし――
 矢張り、彼奴は下っ端。大した情報は引き出せなかったよ。然して残念そうでもない口調で、そう答えるイザベラ。但し、直ぐに

「それでも、この街では常に新鮮な血液と臓器に関しては不足気味だからね」

 某かの役には立ってくれる事となるだろうさ。
 こう続けたのだった。かなり人の悪い笑みを見せながら。その笑みだけで、彼奴の未来が分かろうと言う物だが。

 ……と言うか、

「姉上からその台詞を聞かされると少々、洒落にならないのですが」

 夜の一族を統べる国(ガリア)。其の国の諜報活動を担う部署の現在進行形でトップに座る人物の口から出たその手の台詞は。……と心の中でのみ付け加える俺。

 もっとも、そう言っては見るものの……。まさか本当に血液や臓器を取り出したとしても、このハルケギニア世界の医療技術では使い道は殆んどないと思うので――
 この部分。ジャック・ヴェルフォールが結局、死罪になる事。それも、これまでの例から言うと、おそらく表沙汰にされる事もなく、このまま彼や、彼の家に繋がる者たちが人生から退場する事となるのは仕方がない事なのでしょう。
 何故ならば、ガリアの法に従えば、流石に王の暗殺未遂を穏便に済ます方法はないから。
 まして、コイツは他国の軍隊を招き寄せようとした売国奴。確か二十一世紀の日本に於いても外患誘致罪(がいかんゆうちざい)は死刑が適用されたと思うから。

「何だい、何か不満があると言うのかい?」

 もしも不満があるのなら、お姉ちゃんが聞いて上げるから言ってみな。
 優しい姉と言う設定に相応しい内容だと思う。……言葉の内容自体は。しかし、その言葉を発した彼女からは、どう考えても優しげな、などと言う雰囲気以外の物を発しているのは間違いない。
 ただ……。

「いえ、不満などはありませんよ、姉上」

 表情を消し……と言っても、流石に完全な無表情にするのは難しく、少し眉根を寄せて仕舞う俺。
 そう、頭の中では理解している。俺が居なかったこの二か月近い間は、ずっと相手のターンだったと言う事が。それまで奴らが準備してあった物が一気に表面化して、此方が防戦一方だったと言う事が。

 確かにこの件。俺が再召喚された今日起きた出来事に関して言うのなら、当然、他にも言いたい事がある。
 事件が起きる前。わざわざ首謀者どもを泳がせるような真似などせず、もっと早い段階で反逆者どもを一網打尽にしても良かったのではないか。更に、わざわざ他の貴族が集められた召喚の儀式場までヴェルフォールを招き寄せる意味などあったのか。彼奴だけ他の場所でも良かったのではないか。等々……。

 但し、それも終わって仕舞った事。おそらく、あの場で俺はヴェルフォールのすべての攻撃を無効化して見せたし、俺自身はさつきから貰った火避けの指輪を持っていたので無傷で終わる公算は大きかったと言えるでしょう。
 そして、俺よりも準備に時間を費やす事が出来たイザベラの方は、おそらく俺が行っていた防御用の術式以上の準備が為されていたはずですから。

 例えば、湖の乙女=長門有希には、原理ははっきりしませんが、俺よりも強力な対物理攻撃用の斥力フィールドのような物を展開させる能力は有りますし、俺以上に高い科学的な知識を持っているのも間違いない。
 更に言うと、ダンダリオンは俺以上に高い魔術の知識を有している魔界の公爵さまですから。
 この二人が居るだけで、俺よりも強力な防御の術式を組み上げる事は可能。……だと思う。故に、あの鏡の間にはかなりの強度を持った術式が構築されていた可能性の方が高い。
 確かに絶対に安全……とは言い切れないけど、それでもかなりの安全は担保されて居た以上、ギャラリーたちには歴史の目撃者に成って貰った方が後々にプラスになる事が多いと思うから。

「当然なのです。そもそも肝心な時に居なかったマヌケが不満を抱くなど烏滸(おこ)がましいにもほどがあるのです」

 大体、戻って来る事は難しくても、言葉を送るぐらいは出来た()()なのですよ。
 成るほど、確かにそうだ。神の言葉を聞く、と言う類の術式なら幾つかあるはず。まして俺はダンダリオンの真名を知っているのだから、彼女を直接召喚せずとも、言葉だけ。知恵だけを借りる方法はあったはず。

 こりゃ、ダンダリオンが怒るのも分かるような気がするな。少なくとも、向こうの世界に行っている間の俺は、かなりだらけて居たのは間違いない。
 ただ――

「シノブ」

 ただ、現実問題として向こうの世界の有希の傍で、俺の方からハルケギニアに連絡を入れる事が出来たかと言うと、それは流石にかなり疑問なのだが……。但し、それでもその方法を思いつきもしなかった事には問題がある。
 今回の場合は、俺の置かれた状況を良く知っていたはずの湖の乙女と妖精女王が居たので、此方の世界に大きな問題はなかったと思うのだが――

 矢張り、かなり緊張感に欠けていたのは間違いない。

「シノブ、未だ大丈夫なのですよ」

 人の心は絶望に染まってなどいない。世界は未だ明日に希望を抱いているのです。
 何故、俺が不満……と言うより、不安を感じて居るのか。その答えを口にするダンダリオン。その口調はそれまでの妙に居丈高な、明らかに不機嫌だぞ、と言う事が分かる物などではなく、彼女の外見年齢に少し相応しくない妙に大人びた、何処か優しげな口調。
 本当に姉が居たのなら、こう言う口調で話し掛けて来るのではないか、と感じさせる雰囲気。

 そう、俺は不安を感じて居た。確かにロマリアやゲルマニアに代表される人間の意志。領土欲やブリミル教の指導者的な欲望に端を発する出来事はすべて防いで来た。しかし、その結果発生する可能性のある負の感情。怨み、(ねた)み、(そね)みや、阻止された連中が死する際に発生させる強い感情が世界に満ちる時、その陰の気が世界にどんな悪影響を及ぼすか分からない。
 もし、這い寄る混沌や名づけざられし者の目的が、そのような陰気で世界を満たす事が目的ならば……。

 しかし――

「心配するなダンダリオン。俺は未だ焦ってはいない」

 誰にも気付かれないように、円卓の下にある俺の左手をそっと握って来た絹の長手袋に包まれた華奢な手。その手を強く意識しながら、しかし、表面上は冷静な振りをして答える俺。
 大丈夫。そう言う感情を強く出す事に因り。……繋がった手を強く握り返す事に因って、俺を向こうの世界に閉じ込めたと感じて居る少女の罪悪感を振り払う。そう、あっちの世界に行ったのだって、奴ら(クトゥルフの邪神)の思惑だけではなく、むしろ、此方の人間関係の補強のために行かされた。そう考える方が妥当だと思う。

 これだけ人生に影響が大きい人間関係が偶然だけで出来上がる訳はない。俺と湖の乙女。妖精女王。それに、崇拝される者との繋がりが強く成る為には、何処かのタイミングで地球世界に行って前世の彼女らとの邂逅を果たす事は必要だったはず。
 大体、崇拝される者との契約を果たす為には、地球世界の長門有希が持っていた火避けの指輪が必要だった以上、あの地球世界への異世界漂流譚は必要な道行きだったと断言出来る。

「そうしたら次は――」

 
 

 
後書き
 ブラッディ・メアリーが何を為した人物か、を知って居れば、主人公が居なかった間のアルビオンとトリステインの戦争の結末はおおよそ分かると思います。
 尚、トリステインの対アルビオン戦に投入した艦隊の名称を分かり易い形で訳すると『無敵艦隊』と訳する事が出来ます。

 もっとも、ティファニアはお飾りに過ぎないのですけどねぇ。虚無魔法を使う人間兵器。
 ……って、おいおい。

 次。綿に関して。
 アメリカ大陸が発見されていない。更に、イギリスの東インド会社もない。
 それどころか東方にはプレステ・ジョアンの国がある、レベルの文明度の可能性もあるハルケギニアでは本来、綿は未だエルフとの交易でもたらされる珍品の部類かも知れないのですが。
 ペルシャでは栽培していたと思うので、エルフの国にならあるとは思います。……が、しかし、それを人間の国に輸出する可能性はかなり低い確率であると思うけど、その栽培法を教えるか、と言うと……。
 まぁ、本格的な内政物ではないので、その辺りは少し曖昧です。

 それでは次回タイトルは『バトル・オブ・ガリア』です。
 
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